第27話 もう一つの世界
話は三日前に遡る。
拳凰はビフテキによって、妖精界に連れて来られていた。
「マジかよ……本当に妖精界に来ちまったってのか……」
最初に足を踏み入れたのは、妖精騎士団の会議室であった。拳凰と共に来たビフテキを含め、この場には十二人の騎士全員が揃っている。二次予選が終了した時点で騎士一同は妖精界に戻り全員で会議や様々な準備をした後、当日改めて人間界に行き魔法少女を迎えに行くことになっているのである。
騎士団総出での出迎えに、拳凰は武者震いした。一人だけでもとんでもない奴らが、十二人である。実力的に大きく見劣りするカニミソも、この面子の中に混ざれば不思議と強者のオーラが見えてくる。
十二人が揃っているということは、つい数時間前に拳凰を再起不能の重体にした張本人も当然いるわけである。拳凰がハンバーグと目を合わせると、ハンバーグはフッと鼻で笑った。
拳凰とハンバーグが火花を散らす中、モヒカン頭にサングラスの中年男性がそれを遮って前に出た。
「そいつが噂の乱入男かい。本物を見るのは初めてだな」
二次予選終盤の期間を妖精界の護りに就いていた妖精騎士、
拳凰が部屋の奥の方に目を向けると、この部屋には拳凰と妖精騎士団以外にも人が二人いることに気付いた。
「あれ? 最強寺さんじゃないですか」
その内の一人から、拳凰にとって聞き覚えのある声がした。声の主は、二次予選中に拳凰と戦った穂村幸次郎である。
「お前、いつかの剣道小僧じゃねーか。確か……幸次郎っつったっけ。ここ妖精界だろ? どうしてお前がいるんだ?」
幸次郎を強敵と認め名前を覚えていた拳凰。幸次郎は前に出て、拳凰を見上げる。
「ソーセージさんとカクテルさんに連れていかれまして……それまで魔法少女バトルに関する記憶も消されてたんですが、それも復活させてもらったんです」
「ほー、連れてこられたのは俺だけじゃなかったのか」
幸次郎と話した後、拳凰は奥にいるもう一人の男に目を向ける。
「そっちのあんた……相当できるな。見たところ妖精ではないようだが、あんたも俺らと同じ世界の人間か?」
その男からは妖精や魔法少女から感じる魔力を感じないため、拳凰はそう考えた。
「その通りだ。俺はデスサイズ。傭兵だ」
「デスサイズ……そういえば聞いたことがあるな、中東の国にそんなコードネームの物凄く強い傭兵がいるって話を。戦場でそいつの通った跡には敵兵の死体が山のように積み重なり、さながら死神のように恐れられるとか」
「そいつは誤解だな。死神ってのは俺を使う連中のことだ。所詮俺は道具に過ぎない」
デスサイズは目を閉じ、自嘲するように言う。
「なるほど、それで
「最低限の日本語なら喋れんこともないが、別に上手くはない。それに今俺は母国の言葉で話しているし、お前の言葉も俺の母国の言葉に聞こえるが」
「あ?」
デスサイズの言っている意味がわからず、拳凰はとぼけた表情になる。
「それは我々の魔法によるものです」
口を挟んだのは、ザルソバであった。
「今私は妖精界の言語で話していますが、あなた方には自身の常用する言語に聞こえているはずです。同様にあなた方の話す言葉も、我々妖精には妖精界の言語で聞こえています。そしてこの自動翻訳は人間界の言語同士でも行われるのです」
「そういうことだったのか。よくよく考えりゃ外人と言葉が通じる以前にずっと異世界人と普通に言葉が通じてたな」
「魔法少女バトルの運営をスムーズに行うための工夫ですよ。言葉が通じなければどうにもなりませんからね」
「よくできてんなー」
拳凰はこの合理的に作られたシステムに感心した。
「で、そろそろ本題に入ってくれよ。俺や他の二人は何のためにここに連れてこられたんだ? ここに来れば強くなれるってのは本当なのか?」
「ああ、それについては私から話そう」
ビフテキは前に出て、最終予選のハンターについて説明を始めた。
「ほう、今度は正式なルールの上で魔法少女と戦えるのか。そいつは楽しみだぜ」
「異世界まで連れてこられて何をやらされるのかと思えば、また妙な仕事を請けてしまったものだ。まあそれが仕事なら言われた通りにやるだけだが」
説明を受けた拳凰は、喜び気合を入れる。対してデスサイズはあまり乗り気ではない様子だった。
「先程ハンターは四人と言っていましたけど、ここには三人しかいませんが……」
「もう一人は少々危険な方ですので、別室で待機しています」
幸次郎の疑問にカクテルが答えた。
(危険な方って……本物の傭兵以上にヤバい人がいるのか……?)
ただでさえデスサイズの殺気に気圧されているのに、それ以上に危険な人がいると聞いて幸次郎は戦慄した。
と、その時、会議室の扉がノックされた。
「失礼します」
会議室に入ってきたのは、濃い青色の髪をした美人で巨乳のメイドである。
「うおっ、何だあのエロメイドは」
その姿を見て拳凰が言った。彼女はスタイルのよさもさることながら、ハイレグレオタードの上に小さなエプロンというなんとも扇情的な服装をしている。その格好は人間界生まれの感覚としてはとても王宮仕えのメイドとは思えず、何やらいかがわしい店の人のようにしか見えなかった。
「最強寺さん、エロメイドって……」
幸次郎は彼女を直視することができず頬を染めながら目を逸らすが、対して拳凰は遠慮なくガン見している。
「妖精界で未婚の女性はレオタード状の服装が一般的なのです。世界の違いによる文化の違いですよ」
「ほー、そういうもんなのか。道理であっちのガキもエロい格好してるわけだ」
拳凰はムニエルに視線を向けて言った。
「おいてめえ、ムニエル様に向かって何てこと言いやがる! 次ムニエル様に失礼な口を聞いたら今朝と同じ目に遭わせてやるぞ!」
突然ハンバーグが怒り出し、拳凰の胸倉を掴んだ。
「へえ、あんたでもそうやって取り乱すことはあるんだな」
拳凰はむしろハンバーグの逆鱗に触れたことを喜ぶかのように、したり顔で言う。ハンバーグは拳凰を手放し、舌打ちをした。
「ちっ、もう立ち直ってんのか。大したメンタルしてやがる。こうして脅かせばトラウマでションベン漏らすかと思ってたのによ」
普通ならば完膚なきまでに叩きのめされ骨や内臓が露出するほどの重体にさせられれば、そうなるのが当たり前である。だが拳凰は一度我武者羅に走ったことで、すっかり気持ちを切り替えることに成功していた。
「最終予選で魔法少女と戦いまくって、俺は更に強くなる。次戦う時は勝たせて貰うぜ」
「無理だな」
二人はまたしても火花を散らす。
「あの、そろそろ用件を言っても宜しいでしょうか」
突然喧嘩を始めた拳凰とハンバーグのせいですっかり蚊帳の外にされたメイドが、痺れを切らして口を開く。
「すまんな、血の気の多い者達で。では話してくれ」
ビフテキが拳凰とハンバーグの間に割って入りながら言った。
「はい。妖精王陛下が、ぜひハンター様方にお会いしたいとのことです」
ビフテキの眉が、ピクリと動いた。
「陛下が……うむ、陛下が言うのであれば仕方があるまい。こちらで準備をしておくので、もう暫くかかると陛下にお伝えしてくれ」
「わかりました」
返事を貰うと、メイドは一礼して後ろを向く。その露出度の高い豊満な尻を見て拳凰は嬉しそうに「おっ」と声を出した。
「王宮ってのはいいもんだなー、あんなエロメイドが普通にいるなんてよ。乳とかケツとか見放題じゃねーか」
メイドが部屋を去っていった後、拳凰は鼻息を荒くして言う。
「最強寺さんのそういうオープンスケベなところ、よくないと思いますよ」
初心な男子中学生の幸次郎は、まるで自分が恥ずかしくなるような気分であった。
「だそうですよホーレンソーさん」
「いやはや耳が痛いものだ」
普段いがみ合ってるカクテルとホーレンソーがゲストの手前妙に息の合った掛け合いをする中、ザルソバがいつものように解説を始める。
「勿論この王宮にメイドは沢山いますが、彼女はただのメイドではありません。彼女は
「そんなのがいるのか!?」
「彼女は先代
「彼女は
ミルフィーユが補足を入れた。
「そういうことなのか。つか、そこのツインテールお姫様だったのか。そりゃブチ切れるのも当然か。そいつは悪いことをしたな」
ムニエルの素性を知り、今更謝る拳凰。ハンバーグは露骨に不快そうな表情をする。
「……構わぬ」
ムニエルは拳凰と目を合わせようともせず、俯いたまま静かに言った。
「お優しいムニエル様に感謝しろよ、最強寺拳凰」
「おう。ありがとなお姫様」
拳凰は礼を言うが、ムニエルは仏頂面のままであった。
「ところで拳凰さん」
カクテルがいやらしい目つきをしながら、拳凰の肩を人差し指で叩いた。
「先程貴方はラタトゥイユさんをエロメイドと仰いましたが、あながちそれは間違いとも言い切れませんよ」
「お? 何だそんなにエロいのかあのメイド」
案の定拳凰は興味津々。
「カクテル貴様何を言う気ぜよ」
ミソシルが睨むが、カクテルは構わず言う。
「ここだけの話。実は彼女、陛下の愛人という噂があるのですよ」
「あ、愛人!?」
幸次郎はぎょっとした。
「陛下もお妃様を亡くされて寂しかったのでしょうねえ。御付の護衛兼メイドに手を出されるとは……」
「口が過ぎるぜよカクテル! それもムニエル様の見ておられる前で!」
ニヤニヤといやらしく笑うカクテルを、ミソシルが叱った。
「構わぬぞミソシル。父上とラタトゥイユの仲は我も存じておる」
ムニエルに言われて、ミソシルは引き下がった。だがそう言うムニエルもあまりいい気がしていないことは表情から察することができ、知ってはいるが納得はしていないといった様子であった。
「あれ? でも王妃様が亡くなられているのでしたら、普通に再婚すれば宜しいのでは? それに王様って側室とかいたりするものでは……」
「人間界の感覚ならそうでしょう。ですが、妖精界では違うのです」
幸次郎の疑問に答えるのは、やはり妖精騎士団の解説担当ザルソバである。
「世界が異なれば社会や道徳も異なります。妖精界においては基本的に、結婚できるのは生涯に一度だけです。離婚や再婚は認められていません。妖精界は夫婦の絆を非常に重んじる価値観が強いのです。徹底的な一夫一妻主義の社会とでも言ったところでしょうか。そしてそれは妖精王とて例外ではないのですよ」
「離婚も再婚もできないって……何か不自由ですね。もしも性格とかが合わない人と結婚してしまったらどうするんですか?」
「結婚する気の無い相手と遊びでヤって子供出来た奴とか悲惨だろうな」
「だからこそ妖精界の人々は相手のことをよく調べ、絶対にこの人となら結婚できると言い切れるようになるまで恋人関係にはなりませんし体の関係も持ちません。人間界のように軽い気持ちで何となく付き合ったりはしないのですよ。妖精界において、生涯で肉体関係を持った相手が二人以上いることはこの上ない恥なのです。浮気不倫には刑事罰が科せられ、強制性交及び強制猥褻は殺人と同罪として死刑になるほどです。人間界では体の関係を持った異性の数を自慢するような輩もいますが、妖精界でそれは路上で脱糞した回数を自慢してるも同然のことなのですよ」
「ヤリチンには生き辛い世の中ってわけか。いい世界じゃねーの」
尾部津がこの世界に来たら即行で死刑になりそうだなと、拳凰は思った。
「結婚に対するハードルが随分と高いように見えますけど、それでこの世界の人達は本当にちゃんと結婚できるんですか?」
「それについてはご安心を。大抵の方は運命の人と言えるほどの相手と自然に出会い、結婚して幸せな生活を送ってるんですよ。まあ、そうでない方もいるにはいますが」
「なるほど。あっちの乳でかピンクもスカート穿いてるってことはそういう相手と出会えたってことか」
拳凰はミルフィーユの方を見て言う。一瞬、その場が静まり返った。
(最強寺さんがまた変なあだ名付けるから……)
呆れる幸次郎。だが少しして、それが理由ではないことがわかった。
「彼女は独身ですよ」
「三十過ぎて独身の行き遅れババアは世間体考えて独身でもスカート穿いたりすんだよ」
最初に言ったのはカクテルである。それに続いたのはハンバーグ。
「彼女が三十過ぎてるのは事実ですが、スカートを穿いているのはまた別の理由なのですがね……」
カクテルがまた、いやらしい笑みを浮べる。
「カクテルさん、貴方は余計なことを喋り過ぎです」
ザルソバは顔を俯かせ、声を低くして言った。
「それにしても、徹底的な一夫一妻主義の世界で王様がそれを破るってのは皮肉な話だな。一般市民はどう思ってんだ?」
「その点はご安心を。陛下とラタトゥイユさんの関係は決して世間に広まらないようになっていますから。このことを探ろうとしたり拡散しようとしたりした者は、
「け、消される!?」
物騒な単語が出てきて、幸次郎は背筋がびくりとなる。
「
「……まあ、そんなところだ」
カクテルから急に話を振られたハバネロは、ぶっきらぼうに答えた。
「そ、それってカクテルさんが一番危ないんじゃ……!」
つい今さっき、そのことが拡散された現場がここである。ならば
「ああ、その点についてもご安心を。私に関しては何をしても消されることはありませんから。尤もあなた方が誰かに口を滑らせたらどうなるかはわかりませんがね」
幸次郎の背筋が凍る。
「ぼ、僕は絶対口を滑らせたりしませんから!」
「徹底的な一夫一妻主義というのには単純な道徳としての価値観以外にも、合理的なもう一つの理由があります。妖精界はとても小さく狭い世界ですから、必要以上に出生率を上げ過ぎないようにするという意味もあるのです」
「妖精界って、俺達の世界より小さいのか?」
「ええ。こちらが妖精界の世界地図です」
ザルソバは手元のフェアリーフォンを操作し、空間に地図を立体映像で投射する。
地図に描かれる妖精界は三つの大陸と無数の島々からなる世界である。
「西にあるのがオリオン大陸。南東にあるのがアルゴ大陸。そして中央にあるのが、ゾディア大陸です」
「俺達はどこにいるんだ?」
「今我々がいるのは妖精王国の首都、王都オリンポスです」
ゾディア大陸南端やや北付近に、カーソルが表示された。
「三つの大陸の中で最大のこのゾディア大陸、あなた方はどのくらいの面積だと思いますか?」
「うーん、オーストラリアくらいですか?」
妖精界が小さく狭いということを考えに入れて、幸次郎は人間界の中でも小さめの大陸を挙げる。
「正解は……日本でいう、本州とおおよそ同程度です」
「ほ、本州!?」
思っていたより遥かに小さいことに、幸次郎、拳凰、そしてずっと黙って聞いていたデスサイズまでもが驚いた。
「人間界の感覚ではとても大陸とは言えない面積ですが、我々の感覚ではこれが『大陸』なのです。妖精界がどれほど小さな世界か、ご理解頂けましたか」
「それほどに小さな世界……確かにあんたらが『妖精』を名乗ってるのも頷ける話だ」
口数の少なかったデスサイズが、流石に驚いたのかそんなことを口にする。
「我々自身は別に小さくはありませんがね。人間界でぬいぐるみの姿をとるのも、魔法少女バトルの雰囲気作りのために魔法で変身しているだけですし。生物的にはあなた方人間と殆ど変わりませんよ」
「そういえば、これまでの会話の中で妖精の皆さんは普通に自分達のことを人と呼んでいましたよね」
「それについては自動翻訳によるものですね。あくまで我々は人ではなく妖精ですが、解り易く意思疎通するためには慣用的に人と翻訳された方が都合のいいことが多いですから。例えば妖精の人数を表す単位として『一妖、二妖』と言うよりは『一人、二人』と言った方が解り易いでしょう」
「なるほど、確かにそうですね」
と、話していたところで、再び扉がノックされた。
「そろそろ宜しいでしょうか。陛下が待ち侘びております」
ラタトゥイユの声。ザルソバの解説好きのせいで、すっかり時間が過ぎていたようである。
「おや、もうこんな時間ですか。仕方がありません、私の解説タイムも一先ずここでお開きとしましょう」
ザルソバは流石に反省し、眼鏡を光らせながらハンカチで汗を拭った。
「それでは謁見の間に向かうとしましょうか。ですがその前に拳凰様、その格好では陛下に失礼というものです」
ビフテキに言われ、拳凰は自分の着ている服を見る。ボロボロに破れたみすぼらしい服は、この王宮ではとても浮いていた。ハンバーグとの戦闘で体に受けた傷は花梨の魔法で治ったものの、服の傷までは直せなかったのだ。
「こちらでお召し物をご用意しております。私と共にお越しください。すまんがラタトゥイユ、拳凰様の着替えが終わるまで待ってはくれんか」
「かしこまりました」
ラタトゥイユはビフテキに一礼する。ビフテキは拳凰と共に、その場から姿を消した。
<キャラクター紹介>
名前:
性別:男
年齢:53
身長:214
髪色:焦茶
星座:牡牛座
趣味:盆栽
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます