第二章 最終予選編
第26話 集う二百名
二つの世界を繋ぐ道は、長いようで一瞬のようでもあった。
気がつくと周囲の風景は一変し、花梨達は円形競技場のような場所にいた。
「ご覧ください! 彼女達が一次予選・二次予選を勝ち抜いた二百名の魔法少女です!」
司会者の声が競技場に響く。異世界への第一歩を踏み出した彼女達を出迎えたのは、満員の観客から飛び込んでくる溢れんばかりの歓声であった。
「す、凄い……」
花梨の近くにいた一人の少女が、ついそんなことを口走った。事実、まるで自分達がスーパースターにでもなったようだと錯覚する程の状態である。
多くの者達がこの状況についていけず呆気に取られる中、涼しい顔をする者が一人。この入場自体が二回目である上に本物のスターでもあるが故、注目されることに慣れている麗羅である。
(四年ぶりの妖精界……前回は本選であえなく敗退したけど、今回こそは!)
雲一つ無い空を見上げ、麗羅は拳をぎゅっと握る。
「小鳥遊麗羅は流石に肝が据わっているな」
ホーレンソーが言う。妖精騎士団は一足先に妖精界に飛び、競技場内のシステムルームからモニターを通して魔法少女達を見ていた。
「前回大会の能力を引き継いでいるが故の慢心を捨て去ったことで、これから更に強くなるでしょうね。古竜恋々愛への敗北は彼女にとっていい方向に働いたようです」
ザルソバは眼鏡を指で上げて光らせながら言う。
「ボクは全勝で勝ち上がって欲しかった的なー」
ポタージュは未だ麗羅の敗北に納得がいっていない様子で、恋々愛戦の話題が出ると途端に期限を悪くした。
「その古竜恋々愛も、小鳥遊麗羅に負けず劣らず肝が据わってるようじゃねえか」
ハンバーグの指差した恋々愛は、何の感情も無いかの如くぼーっと突っ立っていた。
「恋々愛がぼーっとしてるのはいつものこと。今だってきっと妖精界の食べ物のことでも考えてるのよ」
ミルフィーユが呆れ混じりで微笑ましそうに言った。
「やはり世間の注目度が高いのはその二人ぜよな。だがわしの本命も負けてはおらんぜよ」
「
ミソシルの発言に、ザルソバが返した。
「見ろよ姉ちゃん! あんなに観客がいるぞ! すっげー!」
近くでそんな大声が聞こえたので、花梨はそちらを向く。
声の主は、健康的な小麦色の肌と八重歯がチャームポイントのボーイッシュな少女。歳は小学校高学年ほどで、タンクトップにホットパンツのスポーティな軽装。髪はさっぱりと刈り揃えたスポーツ刈りベリーショートで、前髪に付けた花のヘアピンがさりげなく女の子らしいお洒落を主張している。
「小梅! はしたないからはしゃがないの!」
そう言って注意したのは、夏の日差しに負けぬ美白の肌と艶やかな黒髪ストレートのロングヘアが目立つ少女。歳は高校生ほどで、ボーイッシュな妹とは対照的に女性らしさを前面に出したファッションをしている。
多数の観客に目を輝かせていた小梅は姉から叱られて、渋々大人しくした。
「貴方だってもう小六なんだから、いい加減大人になりなさい。恥ずかしいのは私なんだから」
「はーい」
小梅は両手を頭の後ろに重ね、うんざりだとでも言いたげな態度で答えた。
(あの二人、姉妹で魔法少女なのかな? おうちでもバトルのことを色々話したりできるのって、ちょっと羨ましいかも)
その様子を見ていた花梨は、そんなことを思った。
「悠木姉妹……大正時代に行われた前回の日本大会優勝者の玄孫か」
ホーレンソーはザルソバがモニターに表示したデータ見ながら言う。
「魔法少女の素質はある程度遺伝すると言われています。彼女達は先祖の素質をしっかりと受け継いでいると言えるでしょう」
ザルソバが人差し指でくいっと上げた眼鏡が光った。
「ま、優勝するのは私の担当する朝香なんですがね」
嫌味ったらしく口を挟んだのはカクテルである。誰もが自分の担当する魔法少女こそ今年の優勝者だと自信を持っていた。
ザルソバは更にモニター上にデータを映し出す。
「今回の魔法少女バトルにおける各星座毎の最注目選手をリストアップしますと……牡羊座は二大会連続出場の公式チートな現役アイドル、小鳥遊麗羅。牡牛座は温泉宿の娘で熱湯を自在に操る
蟹座はこの中で唯一本命が脱落しており、代わりに智恵理の名前が挙げられている。しかも実力についてはあえて触れられず、「唯一生き残った」という何とも微妙なコメントが添えられていた。
(ここまで残った魔法少女は皆強そうカニ。智恵理の強さは二百人の中でも下から数えた方が早いと言ってもいいかもしれないカニ。それでも俺は……智恵理を信じる!)
この絶望的な状況でも希望を捨てず、最後まで智恵理の助けになることを誓うカニミソ。一方でその智恵理はといえば。
「あ、梓! いたいた!」
沢山の魔法少女の中から梓を探し出し、歩み寄りながら声をかける。
「凄いよねー、あたし達本当に妖精界に来ちゃったんだ」
「……そうね」
梓はどこか複雑そうな表情をする。
「どうかした? 梓」
「いいえ、何でもないわ」
「そう? ならいいけど」
梓の様子を、智恵理は不思議に思った。それを察してか、梓は急に話題を変える。
「あっ、そうだ智恵理。ここにいる中に、前に対戦したことのある魔法少女っている?」
「え? うーん、今のところはいないかな。今は皆変身してないから髪の色とか違うし、気付かないだけかもしれないけど」
「そう。私は対戦したことのある顔をちらほら見かけたけど」
「え? そうなの?」
佐藤唯や宍戸朱音を始め、智恵理が一次・二次予選で戦った魔法少女は悉く脱落していた。自分を負かした拳凰と幸次郎はいずれもイレギュラーな存在であるため自分は実質無敗ではないかと甘いことを考えていたが、それはたまたま弱い魔法少女とばかり当たっていたからここまで来られたに過ぎなかったのだ。
(ヤバ……これじゃあたし、完全にザコにしか勝ってないってことじゃん! ど、どこかにあたしと戦った子は……)
辺りをキョロキョロと見回す智恵理。そこでふと、遠くで一際目立つ長身の少女が目に入った。かつてカニミソの目の前で恥ずかし固めをさせられた因縁深い相手、プロレス魔法少女の金剛峰寺磨里凛である。
「あ、いた! あたしと戦った人!」
雑魚にしか勝ってなかった疑惑を払拭できたことで、智恵理は喜んだ。実に低レベルな喜びであった。
「皆の者、静粛に」
競技場にアナウンスが響く。妖精騎士団の一人、
「これより妖精王国王位継承者、ムニエル王女殿下より開会のお言葉を頂く!」
競技場がざわめく。突然明かされた衝撃の真実に、何より驚いたのは花梨である。
(ムニちゃん……お姫様だったんだ! そういえば喋り方がそれっぽかった!)
ムニエルは競技場の高い位置に設置された御立ち台から、背筋を伸ばして胸を張り、翠の瞳でこちらを見下ろしている。
人間界で会った時のムニエルは競泳水着のようなシンプルなデザインのレオタードを着ていた。だが今身に纏うレオタードは生地が陽に当たって光沢を放ち、煌びやかな装飾が施されたドレスのようなデザインである。頭には夜空の星々の如き輝きを放つ宝石が鏤められたティアラをしていた。
(ムニちゃん、凄く綺麗……)
その気品に溢れた堂々たる佇まいに、一同は息を呑む。
「魔法少女諸君、よくぞここまで勝ち抜いた。まずはおめでとうと言おう。だが本当の戦いはここからじゃ。一次・二次予選の一年間で鍛えられたそなた達の力を存分に揮い、魔法少女としての誇りを胸に正々堂々美しく戦って欲しい」
手短に演説を済ませたムニエルは壇上から降り、元の席に戻る。代わって壇上に上がったのは七三分けに眼鏡の妖精騎士、
「それではこれより、最終予選のルール説明を致します。そちら側から見て右手の大型魔導ビジョンをご覧ください」
ザルソバの手の先には、見上げるほど大きなモニターが設置されていた。そこには最終予選の概要が表示される。
「最終予選は、ユニコーンの森で行われます。この説明が終わった後、皆様をそちらに転送致します。最終予選は端的に言うならば、全員参加のバトルロイヤルです。森の中全域を使い、残り人数が六十四名になるまで戦って頂きます。なおこれまでと違い、一度でも変身解除させられた時点で脱落となります」
「一回で脱落!?」
魔法少女の中から声が上がる。声の主は智恵理であった。二次予選をギリギリで勝ち抜いた魔法少女にとって、このルールは非常に厳しいものになる。
「脱落となった方は即座に人間界へ強制送還です。なお名目上は全員敵となっていますが、仲の良い者同士で協力したり、強敵を倒すために一時的に共闘する等は自由です。また休み無しで連戦となるとMP切れを心配する方もいらっしゃるでしょうが、その点はご安心。最終予選中は魔法少女が一人脱落する度に、その魔法少女にダメージを与えた者全員のMPが回復する仕様となっています。回復量は自分の与えたダメージ量に比例しますが、例外としてとどめを刺した一人は与えたダメージ量に問わず全回復することになっています。なお、HPの回復手段は基本的にありません。HP回復の能力を持った魔法の使える方は例外となりますが」
(回復魔法……それって私のことかな?)
ザルソバの言葉を聞き、花梨は思う。
(もしかしたら他にも回復魔法が使える人がいるのかも。私の魔法を使えば自分のHPを回復したり、仲間になった人を回復してサポートしたりできるからこのルールでは有利かもしれない。でも回復魔法はMP消費量が大きいからMP切れには気をつけないと……)
珍しい魔法を持ったことの優位性を自覚しながら、それに甘えて油断しないよう自戒する花梨。
「なお、最終予選においてはMPだけでなくHPも本人にしかわからないようになっています。これは残りHPの少ない魔法少女が集中的に狙われるのを防ぐためのものです」
皆がルールをしっかり覚えようと身を入れて聴く中で、既にこの開会式を一度経験している麗羅は一人違った点に着目していた。
(ここまでは前回大会と全く一緒ね。ポタージュの話によれば、今回の最終予選には前回には無かった追加ルールがあるそうだけど……)
麗羅は追加ルールの存在をポタージュから聞かされていたが、その内容については言ってはいけないことになっているとして教えてもらえなかった。
四年前のドイツ大会最終予選は難なく勝ち残れた麗羅であったが、今回はその追加ルール次第では前回と同じ攻略法が通用しなくなる可能性がある。経験者だからこその大きな優位性を持つ彼女も、その点に関してだけは強く警戒していた。
「さて、前回大会までこの最終予選は魔法少女二百名のみで行っていましたが、今回は人間界からやってきた四名のスペシャルゲストをご用意致しました」
(来た!)
いよいよ追加ルールの説明が始まる。
「四名のスペシャルゲストは『ハンター』として魔法少女と共に森に転送され、試合に参加します。ただし本戦に進める六十四名にハンターは含まれず、あくまで魔法少女が残り六十四名になった時点で試合終了です。ハンターにもHPは通常通り設定されていますが、MPは無限です。また重要な点として、ハンターを倒しても戦った魔法少女のMPは回復致しません。戦えば戦うだけ損をするシステムとなっておりますので、ハンターとの戦闘は極力避けることをお勧めします」
(なるほどねー、要は運営側が用意したプレイヤーキラーってこと。これは前回よりも大分難易度上がってるわね。ハンターの強さがどれほどかにもよるけれど)
「さて、それではここでハンター達をご紹介致しましょう。まずは中東出身、幾多の戦場で活躍してきた人間界最強の傭兵、コードネーム・デスサイズ!」
ザルソバに紹介されて壇上に上がったのは、背中に銃を背負った浅黒い肌の男。歳は三十代ほどで、渋い顔立ちと細く鋭い目つきが見る者に威圧感を与える。まさに戦争を生業とする、人殺しの目をした男といった風貌であった。
「続いては日本の美しき少年剣士、穂村幸次郎!」
二人目のハンターは、かつて拳凰と戦った魔法少年である。
(確かあの人、ケン兄と戦った……)
その姿を見て、花梨は以前のことを思い出す。
「続いて、出身経歴全てが謎の男、ミスター
三人目として現れたのは、頭部全体を覆面で隠し手錠と足枷によって拘束させられた異様で不気味な男。美少年の次がこれと来て、少女達の反応は引き攣る。
「そして最後に紹介するのはは……圧倒的な強さに妖精界でもファンを多数生み出し、今回の魔法少女バトルを盛り上げてくれた噂の乱入男!」
「えっ?」
声を上げたのは花梨である。だが花梨のそんな声を掻き消すかのように、観客席から多くの歓声が上がる。
壇上に上がる男は胸を張り、緑の瞳でこちらを見下ろす。
「最強寺拳凰ー!」
ザルソバがアナウンスをすると同時に、歓声は最高潮に達する。
「ケ、ケン兄ー!?」
妖精界でまさかの再会。そこにいたのは紛れも無く拳凰であった。
<キャラクター紹介>
名前:
性別:男
年齢:30
身長:180
髪色:黒
星座:天秤座
趣味:解説
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