第28話 妖精王オーデン

 王宮内の衣装部屋に連れてこられた拳凰は、メイド達から勝手に衣装を着せられていた。

 妖精界の女性の衣服は独特の文化風習を持つが、男性の衣服は人間界とさして変わらない。

「おお……とてもお似合いですよ拳凰様」

 妖精界の服を着た拳凰の姿を見て、ビフテキは感銘の声を漏らす。

「いや、これは無いだろ……流石に」

 拳凰は鏡に映る自分の姿を見て、愕然としていた。それはさながら昔の西洋の貴公子が着るような、窮屈で煌びやかな衣装。当然拳凰はこんなものを着るのは初めてであった。

「いえいえ、拳凰様の金色の髪と翠の瞳はその衣装にとても映えております。貴方様ほど似合う方もそうおりませんよ」

「そう言われてもなあ、俺の趣味じゃねーっつーか……」

 何とも言えない自分の姿を見ながら、拳凰は頭を掻く。

「……まあ、王様に会うにはそれ相応の格好しろって言うならしょうがねーからこれを着ていくけどよ」

「いえ、お嫌であるなら無理をすることはありません」

 やむを得ずこの服を受け入れた拳凰だったが、ビフテキはその途端に態度を変えた。

「拳凰様のお召し物はもう一着ご用意しておりまして……こちらは気に入って頂けるのではないかと」

 ビフテキがそう言うとメイド達は一斉に拳凰の服を脱がし始め、素早い手つきで別の服を着せた。

「ん……おお!?」

 鏡に映る自分が着ているのは、ノースリーブの拳法着のような軽装であった。

「この世界の武道家が使う胴着にございます。儀礼試合にも用いられる上等品ゆえ、礼服としても申し分ない一品です」

「へえー、ほおー、確かにこいつはいいな。すっげー軽くて動きやすいぞ」

 拳凰は空中に軽くパンチを打ってみて、動きやすさを確認する。

「気に入って頂けたようで幸いです。では一度会議室へ戻りましょうか」

 メイド達が揃ってビフテキに頭を下げ、ビフテキは拳凰と共にその場から姿を消す。次の瞬間、拳凰は会議室に戻ってきていた。

「おかえりなさい、ビフテキさん」

 ザルソバが言う。

「待たせてすまんなラタトゥイユ。それでは陛下の所に参ろうか」

 ビフテキは拳凰、幸次郎、デスサイズそれぞれに一度ずつ目を合わせる。

 気がつくと、拳凰達ハンター三人は王宮内の廊下にある大きな扉の前に立っていた。扉は金属製で、何やら不思議な文様が掘られている。

 一緒にいるのはビフテキとラタトゥイユのみであり、他の妖精騎士は会議室に残ったようだった。

「いつの間にワープを……?」

 一瞬のワープに驚いて辺りをキョロキョロと見回す幸次郎。

「この扉の先が謁見の間だ。これからお会いするのは妖精界全土を統べる百八十一代妖精王、オーデン陛下である。失礼の無いようにな」

 そう言った後、ビフテキは扉に手をかざす。重たく揺れるような音と共に、扉は開かれた。


 謁見の間の最奥に位置する玉座に、その男は座っていた。

 妖精王オーデン。この世界の全てをその手に治める、偉大なる王。

 拳凰達は赤い絨毯の上を真っ直ぐ進み、事前にビフテキから言われた通りの位置で跪いた。

「そなたらが今回の魔法少女バトルにゲストとして招かれたハンターか。なるほど、良い顔立ちだ」

 オーデンは座ったまま、拳凰を見て言った。

(こいつが、王様……)

 拳凰は少し顔を上げ、オーデンを見る。オーデンは煌びやかな服にマントを携え王冠を被った、人間界の人から見ても解り易いステレオタイプな王様といった風貌である。だが一つ妙なことに、この男は頭部全体を覆う兜のような仮面を身に着けていた。その表情をこちら側から読み取ることはできず、仮面の向こうから覗く翠の両眼は冷たい宝石のようにこちらを見下ろしている。

「最終予選でのそなたらの活躍、とても期待している。我を失望させるでないぞ」

 オーデンは高圧的に言う。職業柄偉い人と接することも多いデスサイズは平然としていたが、幸次郎は緊張で冷や汗だらだらである。ましてや事前に闇の一族ダークマターの話を聞いているだけに、この人に失礼なことをすれば自分は消されてしまうのではと想像してしまい恐怖は更に強まった。拳凰はといえば、王様相手にまるで怯むことなくオーデンを見つめ返している。

「陛下、まだ彼らに案内せねばならないことがありますので、そろそろ……」

「ふむ、そうであるか。ならばもう下がってよいぞ」

 オーデンの確認をとったビフテキは、一礼するとハンター達を連れて謁見の間を出る。ほぼ顔を見せに行っただけも同然の、あまりにも短い時間であった。

 拳凰が何となく振り返ると、オーデンがラタトゥイユに何か耳打ちしているのが見えた。

 会議室に再びワープすると、今度はラタトゥイユも付いてきた。

「ここからは、私も会議に参加させて頂きます」

 ラタトゥイユは丁寧に頭を下げて言う。ビフテキが少し苦い顔をしたことに、デスサイズは気付いた。

 一方で拳凰は、どうにもオーデンのあの奇妙な仮面が頭から離れなかった。

「なあ、あの王様って何であんな仮面被ってるんだ?」

「下々の者に素顔を見せることはできないとか、そういった理由じゃないですか?」

「でもお姫様の方は普通に顔出してるぞ」

「そういえばそうですね」

「それでは解説致しましょう」

 拳凰と幸次郎の疑問に、早速ザルソバが反応。だがそれを遮るように、ラタトゥイユが前に出た。

「それについては私から説明致します」

 大好きな解説を横取りされ、ザルソバはむっとしながら眼鏡を指で上げる。

「今から四年前、この宮殿に暗殺者が侵入しました。それによりオーデン陛下の父君にして当時の妖精王であったラザニア陛下、そしてオーデン陛下の奥方だったマカロン殿下が亡くなられ、オーデン陛下も顔に深い傷を負われたのです。それ以来陛下は他者にその傷を見せぬよう、常に仮面を付けて生活しておられるのです」

「そんなことがあったんですか。それでその暗殺者はどうなったんですか?」

「勿論捕らえられ、カクテルさん考案の身の毛もよだつほどおぞましい方法で処刑されたそうです」

 ラタトゥイユの返答を聞いて、幸次郎は鳥肌が立った。まともに話の通じない担当騎士ソーセージに代わってカクテルから魔法少女バトルの概要を聞かされていた幸次郎は、それに伴う世間話でカクテルがどういう趣味を持っているかを知っていた。だからこそどれほどおぞましいものか容易に想像できたのだ。

「その王様の顔の傷、チビ助の魔法なら治せるんじゃないのか?」

「チビ助というのは治癒魔法を使う魔法少女、白藤花梨さんのことですね」

 テレビ放送で魔法少女バトルを見ていたラタトゥイユは、当然注目選手の一人である花梨のことを知っていた。

「この妖精界では人間界の医療技術を遥かに凌ぐ性能を持った治癒魔法が非常に発達しております。そこにいるミルフィーユさんのような高位の治癒師であれば治せない怪我や病気など無く、どんな傷も綺麗さっぱり何事も無かったかのように治せてしまうのです。それこそ欠損した体の部位を完全再生させることも可能です。ですがこの世界には、与えた傷を永遠に残す禁断の魔法というものもあるのです。暗殺者がその魔法を使って陛下の顔に傷を負わせたため、陛下の傷はどんな魔法でも治すことができないのです」

「そ、そんな恐ろしい魔法が……」

 この世界に来てからというもの、幸次郎はことあるごとに震えっぱなしであった。

「それにしてもあの王様、百八十一代目だっけ? 随分と長く代が続いてるもんだなー」

「慣例として、現妖精王国の前身となったゾディア王国の国王から代を継続していますから。妖精王国の妖精王になってからに限定すればもっと少なくなります」

「それだけではありません!」

 ザルソバが、ラタトゥイユに負けじと割り込んだ。

「我々妖精は、人間よりも寿命が短いのです。平均寿命はおよそ五十五年。五十歳くらいまでは人間と同様に歳をとりますが、そこから急激に老け始め五年ほどでご臨終します。寿命が短いから代替わりも早いのですよ」

「そういうもんなのか。俺らの感覚で五十五歳っつったらまだ普通に働いてる歳じゃねーか。世知辛いもんだな」

「ビフテキは五十三歳だったな。もうそろそろポックリ逝ってもおかしくねえぜ」

 ハンバーグが口を挟んだ。

「何、私は六十でも七十でも生きるつもりだが。体もこの通り健康そのものだ。ムニエル様のご即位、そして御子の誕生を見届けるまでは死ぬことなどできぬよ」

 髭を手でいじりながら自信満々に返すビフテキ。拳凰がマッチョジジイと形容する通りこの男は服の上からでもわかるほどに筋骨隆々で、とても年寄りとは思えない体つきをしていた。この鍛え上げられた肉体を見れば、彼の言葉が決して虚勢ではなく説得力を帯びたものであると誰もが理解できる。

「牡牛座の騎士候補どもが泣いてるぜ。いつまでも目の上のたんこぶが辞めてくれねーってな」

「何、若い者どもが不甲斐ないだけのことだ。こんな年寄りにも勝てぬ者に誰が騎士の座をくれてやるものか」

 ビフテキの返しに、ハンバーグはフッと笑った。

「そういえば先程妖精王国と言われましたが、この世界には他にも国があるんですか?」

「いえ、現在の妖精界にある国は妖精王国だけです。妖精界=妖精王国だと思って頂いて構いません。およそ四百年前までは複数の国が存在していましたが、やがて国々は争いを始め、世界全土を巻き込んだ戦国時代が到来。そしてその大戦を制したのがゾディア王国です。妖精界を統一したゾディアは国号を妖精王国に改め、ゾディア国王は妖精王となりました。以来、四百年の平和が保たれているのです」

「そんな歴史が……」

「何故妖精王国が大戦を制すことができたのか、その秘密は魔法少女バトルにあります」

 ここでまさかの魔法少女バトルの名前が出てきて、拳凰と幸次郎はザルソバの目を見た。

「そもそも魔法少女バトルはおよそ八百年前、魔力エネルギーの安定した供給を目的としてゾディア王国で始められたものです。我々妖精は自身の体に宿す魔力以外にも、自然に存在する魔力エネルギーを人間界における電気や燃料のように使って生活しています。当時、自然にある魔力エネルギーが将来的に枯渇することが危惧されていました。そこで人工的に魔力エネルギーを作り出す方法が模索され、ある学者が人間界の十歳から十五歳の少女に魔力を与えて戦わせることで膨大な魔力を得られるという理論を提唱したのです」

「よくそんなとんでもねーこと思いつくなその学者」

「まあ、馬鹿と天才は紙一重と言いますし」

 あまりにも突拍子の無い話に、拳凰と幸次郎は冷静にツッコむ。

「それを早速実行に移すことになったのですが、問題はその方法です。当時の大臣の中には人間界の少女を拉致して強制的に殺し合わせるべきだと主張する者もいました。しかし心優しきゾディア王はそれに反対。拉致を支持する勢力に闇の一族ダークマターを嗾けて粛清した上で、少女達の生命と人権を守りつつ戦わせる方法の研究を学者達に命じました」

 当時のゾディア王の人格者ぶりを物語る逸話かと思いきや、途中に酷く物騒な話が挟まれ拳凰達は困惑した。

「学者達は努力と苦心を重ね、HPMPとバリアのシステムを作り上げました。更に優勝した少女には魔法で願いを叶えてあげるという約束のもと、強制連行ではなく少女達に自らの意思で参加させる形をとりました。勿論、参加者は全員ちゃんと無事人間界に帰れることも保障されるようにしました。当時の妖精界が持てる技術の粋を集めて徹底的なまでに安全性を追求した魔法少女バトルは、見事大成功を収めました。計画通り魔力エネルギーを得ることができ、かつ一切の事故が起こることなく参加者全員を無事に帰して終えることができたのです。勿論優勝者の願いはきちんと叶えました。魔法少女バトルによって安定したエネルギー供給を得られたゾディア王国は急成長。世界一の大国へと姿を変え、世界の覇者へとのし上がったのです」

「八百年前の時点で今のシステムが殆ど完成してたのか……日本で八百年前っつったら、鎌倉時代くらいか? そんな時代にこれだけのシステムを作り上げたって、魔法の力すげーな」

「基本的な部分は確かに殆ど完成していたと言えますが、やはり当時はまだ荒削りで様々な問題がありました。魔法少女バトルのシステムは開催の度に更新され、燃費の改善や安全性の更なる強化がされていったのです。またそれに加えてエンターテイメント性も高まり、やがて魔法少女バトルは莫大な経済効果を生む国を挙げてのお祭りとなったわけです」

「そういやテレビ放送されるとかチビ助が言ってたな」

「はい。容姿に優れた少女ばかりを選んでいるのもそのためです。魔法少女はアイドルのようなものですから」

「この世界の風景って何となく過去の世界に来たような印象を受けますけど、実際は僕達の世界よりずっと進んでいたんですね」

 幸次郎は窓の外に目を向ける。伝統的な建築様式で作られた城下町と遠くに広がる緑の草原は小説やゲームに描かれる中世ファンタジーの世界そのもので、自分達の住む人間界より文明が優れているようにはとても見えなかった。

「伝統様式の建築物や広大な自然を壊し人間界のようなビルの立ち並ぶ風景に作り変えることも、やろうと思えば簡単にできます。ですが我々はそれを良しとしません。それに見た目は伝統的でも、中身はハイテクですからね」

 ザルソバは自身のフェアリーフォンから立体映像を空間に投影しながら言った。

「妖精界の魔導機器は人間界の電子機器より遥かに高性能です。今からこのフェアリーフォンの素晴らしいところを一つ一つ解説していきましょう」

「ザルソバよ、そろそろ次に進みたいのだが……君の解説はまだ続くのかね」

 ノリノリで次の解説を始めようとしていたザルソバを遮り、ビフテキが釘を刺した。

「……申し訳ありません。少々出過ぎた真似を致しました」

 ザルソバが引っ込んだところで、ビフテキが拳凰達の前に立つ。

「それではこれより、あなた方三名を宮殿外の施設にご案内致します。まずは試合に向けて体を作って頂くためのトレーニング施設から」

「ほう、そいつは楽しみだ」

 トレーニング施設と聞いて、拳凰の目つきが変わった。



<キャラクター紹介>

名前:獅子座レオのハンバーグ

性別:男

年齢:20

身長:193

髪色:くすんだ金

星座:獅子座

趣味:ギャンブル

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