第4話 魔法少女バトル

「はい、これでもう治ったよケン兄」

 花梨の出した魔法の包帯に巻かれると、拳凰の傷はたちまち癒えた。

「凄えな、魔法。もしかして、昨日もお前が治したのか?」

「う、うん。ケン兄が寝た後にこっそりと、ね」

「それにしても驚いたぜ、まさかお前が魔法少女だったとは」

「驚いたのは私の方だよ。まさかケン兄が魔法少女とケンカしてたなんて……」

 花梨から治療を受けている間、拳凰はこの怪我の経緯を話していた。

「強い奴との戦いが俺の人生だからな。魔法少女の強さを知っちまった以上、戦わないわけにはいかねえだろ。つーかそれよりもチビ助よぉ、お前いつの間にこんなパンツ穿くようになったんだ? 前はもっとガキ臭えの穿いてただろ」

 花梨のスカートを捲り上げ、下から覗く拳凰。魔法少女の衣装で花梨が穿いている下着は、歳の割にも幼い容姿の花梨には不釣合いな大人っぽい黒のランジェリーである。

「こっ、これは……大人っぽい格好にしたいって思ったら、衣装の下着がこんなんなっちゃって……変身してない時はこんなの穿いてないよ! っていうかめくらないでよ、ケン兄のエッチ!」

「そんでチビ助、何でお前魔法少女なんてやってんだ?」

 スカートを捲ったことには謝りもせず、拳凰は話を変えた。

「えっと……どこから説明すればいいか……とりあえずケン兄は、魔法少女とか魔法少女バトルについてどのくらい知ってるのかな?」

「魔法少女ってのは魔法が使えてすげー強いってことくらいしか知らねーな」

「そっか。じゃあ、まずは魔法少女や魔法少女バトルが何なのかから説明しないといけないね。魔法少女バトルってのは、妖精界っていう異世界のお祭りなの。妖精さんからスカウトされた十歳から十五歳までの人間の女の子が魔法少女に変身して、戦って一番強い子を決めるんだよ。オリンピックみたいに四年に一度開催されるらしくて、前回はドイツで開催されたんだって」

「ほう、そいつは最高に面白そうだな」

 一番強いという単語に反応し、拳凰はテンションが上がる。

「だがチビ助、喧嘩もしたことがないお前が戦えるのか? 危なくねーのかよ」

「そこは大丈夫。魔法少女バトルは、参加者の安全面には凄く気を遣われてるの。魔法少女の体は傷つかないようになってるし、変身が解除されても暫くはバリアが張られて攻撃を受けなくなるから。戦っても怪我をすることは絶対にないの」

「そういや昨日戦った奴も今日戦った奴もそんなようなことを言ってたな」

「それとね、優勝した子は、妖精界の王様から願いを叶えてもらえるんだよ」

「ほー、てことはお前、和義かずよし伯父さん生き返らせるために魔法少女になったのか?」

「ううん、叶えられる願いにはいろいろと制約があって、死んだ人を生き返らせるのはダメなんだって。もしお父さんを生き返らせることができたらそうしたかったけど……」

 花梨は少し悲しそうに俯いた。

「そいつは残念だったな。じゃあお前、どんな願い叶えてもらうつもりなんだ?」

 拳凰が尋ねると、花梨はドキリとして顔を上げ頬を染めた。

「え、えっと、それは……優勝してから決めてもいいってムニちゃん言ってたから……」

 真っ赤な顔で目を泳がせながら、花梨は言う。

「ムニちゃん? 誰だそいつは」

「ムニちゃんっていうのは、私の担当の妖精さんだよ。妖精騎士団っていう十二星座に対応した十二人の妖精さん達がいて、その人達は自分と同じ星座の女の子を魔法少女にすることができるの。私は魚座だから、魚の妖精ムニエルちゃん。妖精騎士団の人達はバトルの運営のお仕事をしたり、魔法少女をいろいろサポートしてくれたりもするんだよ」

「ほー、そういう奴等もいるのか」

 騎士団という強そうな響きに、拳凰は胸が高鳴った。

「それでチビ助、お前は優勝できそうなのか?」

「うーん、それはまだわかんない。今やってるのが二次予選で、これに勝ち残ってもまだ最終予選、本戦、決勝トーナメントがあるらしいから」

「じゃあ、とりあえずは二次予選突破が目標だな。二次予選はどんなルールなんだ?」

「指定された場所に行って、対戦相手と一対一で戦うだけの簡単なルールだよ。相手の魔法でダメージを受けてHPがゼロになるか、魔法を使いすぎてMPがゼロになったら変身が解除されて負けちゃうの。三回負けたらその時点で敗退なんだって」

「敗退したらどうなるんだ?」

「魔法少女に変身することができなくなって、魔法や妖精に関する記憶も消えちゃうの。あとは何事も無かったみたいに元通りの日常に戻るだけだよ」

「そうか。指定された場所へはどうやって行くんだ?」

「この魔法少女バトルアプリに、試合会場にワープする機能があるの」

 花梨はスマートフォンの画面を拳凰に見せた。

「魔法少女への変身もこのアプリを使ってするし、対戦相手の情報や運営からの告知を受け取ったりとかも、全部このアプリがやってくれるんだよ」

「そいつは便利だな。そういやチビ助、お前の魔法は回復魔法みたいだが、どうやってそれで勝ってきたんだ? 一次予選は突破できたんだろ?」

「私の魔法は、正確に言えば魔法の医療器具を操る魔法なの。攻撃にも使えるんだよ」

 花梨は掌の上にに注射器をぽんと出現させると、それをふわふわと宙に浮かせてみせた。

「そいつを敵にぶっ刺すってわけか」

「うん。魔法の注射で攻撃したり、魔法の包帯で自分のHPを回復したりね」

「いい魔法だな。その魔法があれば医者も必要無いんじゃないか? それ使って商売だってできるだろ」

「それは無理だよ。魔法少女の力は魔法少女バトルのためのものだから。魔法少女に変身できるのは、結界の中でだけなの。普通の人は結界の中に入ってこられないし、魔法少女は結界から出ることができないようになってるんだよ。アプリには結界を張る機能もあるんだけど、それが対応してるのは登録された自宅の中だけなの。それと試合会場には妖精騎士団の人が予め張っておいた結界があるから、魔法を使えるのはその二箇所でだけってこと。だから、アニメみたいに魔法を使って人助けしたりとかはできないの」

「そういうもんなのか、なかなか世知辛いな。ん? つーことは、ここも結界の中ってことか?」

 拳凰はふと、今いる玄関から漂う不思議な感覚が昨日の山や今日の公園で感じたのと同じものであることに気付いた。

「うん。結界ってのはね、その場所をコピーして作られた異空間みたいなものらしいの。つまりここは、本当の私達の家じゃないってこと。結界の中のものは全部ただのコピーだから、ここで物を壊したり動かしたりしても元の世界では何も起こらないんだよ。例えばこうやって……」

 花梨は靴箱から靴を一足取り出す。

「今出した靴も、元の世界では靴箱の中に入ったままってこと」

「なるほど、それで……」

 拳凰は、魔法少女達が躊躇無く公園の遊具を破壊していたことや壊された遊具が直っていたことに合点がいった。

「結界が張られる場所に元々いた普通の人、例えばうちのお母さんとかは、結界を展開しても元の世界に残ったままなんだよ……って、あれ?」

 そこまで説明して、花梨は自分の発言の矛盾に気付いた。昨日も今日も怪我をした拳凰を見て思わず変身して治してしまったが、普通ならば自宅に結界を張った場合、当然拳凰は亜希子と同じく元の世界に残ったままになるはずである。花梨が魔法で拳凰を治すことは不可能なはずなのだ。

「ケン兄って、普通の人なのに結界の中に入ってこられるよね……? どうして?」

「さあな。何か知らんけど普通に入れるみてーだ。ま、何にせよそのお蔭で俺は魔法少女と戦えてるんだ、理屈なんてどうだっていいぜ」

 拳凰は包帯を解いて立ち上がると、腕を回して調子を確かめた。

「治してくれてサンキューな。あと魔法少女について教えてくれたことも。お前も優勝できるよう頑張れよ。俺も頑張って魔法少女を倒しまくるからよ」

 花梨の頭をぽんぽんと撫で、自室に向かう拳凰。花梨はむっとしながら、上目遣いで拳凰を見送った。

(ケン兄ったらまた危ないことして……少しは心配する側の身にもなってよ。昔はこんなじゃなかったのに……どうしてこうなっちゃったんだろう)


 翌日。今日は土曜日である。花梨は朝から遊びに出かけ、拳凰もその後でランニングをしに家を出た。

 つい加門公園に立ち寄ってしまった拳凰は、公園の中を覗いていった。

(流石にこの時間にはやってねえか)

 休日の公園らしく幼い子供達が遊具で遊んでおり、魔法少女バトルは行われていない。結界の中に入った際に起こる空気の変化も、今日は感じなかった。

 昨日若葉に破壊された滑り台は、花梨の言った通り元通りになっている。

 ふと、拳凰は公園のベンチに座る花梨ともう一人の少女を発見した。

「お、チビ助じゃねーか」

「あれ、ケン兄」

 拳凰が駆け寄ると、花梨の隣に座る少女は小さく頭を下げた。

「何だ、こんなところにいたのか。そっちは?」

「私の友達の佐藤さとうゆいちゃんだよ。小学校から一緒だったし、ケン兄も何度か会ってるでしょ?」

「んー……俺人の名前覚えるの苦手だからよ。顔に関しても興味無い奴のはすぐ忘れるっつーか……」

 そう言いながら唯の方を見た拳凰だったが、突然目を大きく見開いた。

「お、お前……あの時の魔法少女!」

 興味の無い相手の顔はすぐに忘れても、強敵の顔は忘れないのが拳凰である。髪の色こそ黒に変わっているが紛れも無く、佐藤唯はかつてこの公園で智恵理と戦っていた薄紫色の髪にエメラルドグリーンの衣装の魔法少女。

「え……あの、魔法少女って何ですか? 私もうそういうアニメとかは卒業しましたんで……」

 唯は困惑しながら、冷ややかな視線を拳凰に返す。魔法少女であることを隠すため誤魔化している様子は無く、素でわかっていないようであった。

「ちょっとケン兄!」

 花梨は拳凰の手を引き、唯から少し離れた場所に連れて行く。

「昨日言ったでしょ、敗退した魔法少女は記憶が消えちゃうって。唯ちゃんは同じ魚座だから私がムニちゃんに紹介して魔法少女になったんだけど、一次予選で敗退しちゃったの。それで、今はもう魔法少女だったことの記憶が無いんだよ」

「何だ、あいつもう負けちまってたのか」

 倒そうと思っていた相手が既に戦う力を失っていたことに、拳凰は落胆した。

「まあ、それなら仕方が無え、あいつを倒すのは諦めるとするぜ」

 拳凰は即行で唯への興味を失い、再びランニングに戻り公園から走り去っていった。


 その日の夜、拳凰はまたしてもランニングに行くと言って加門公園に向かった。

 朝とは違う、不思議な空気。今日もここで魔法少女と戦えることを、拳凰は確信した。

 昨日来た時は試合開始前で魔法少女は一人しかいなかったが、今日は既に試合が始まっていた。

 戦っている内の一人は、赤いドレスを纏いウェーブのかかった長い金髪の魔法少女。どういう原理か宙にふわふわと浮かんでおり、手には指揮棒を持っている。

 もう一人は茶髪でボブカットの小柄な少女。迷彩服にヘルメット、肩に担ぐ武器はロケットランチャーという魔法少女と呼ぶのが相応しいとは言い難い格好だが、星座のブローチを付けている以上紛れも無く彼女は魔法少女である。

「魔法少女ども! その戦い、俺も混ぜろ!」

 拳凰は迷わず飛び出し、二人の間に入った。

「な、何だ!?」

「何これ、何かのイベント!?」

 魔法少女達は戸惑うが、拳凰は構わず迷彩服の魔法少女に殴りかかる。殴り飛ばされた魔法少女はHPが少し削られた。

「お前もだ!」

 大ジャンプした拳凰は、空中にいるドレスの魔法少女にアッパーを喰らわす。吹き飛ばされた魔法少女は弧を描いて地面に落ちた。

 迷彩服の魔法少女はその隙に起き上がり、ロケットランチャーを構えた。

「くっ……何者か知らんが、攻撃を加えてきた以上は敵とみなし排除する」

 拳凰目掛けて、ロケット弾が発射された。

「ロケットランチャーかよ! もう魔法要素どこにも無えな!」

 拳凰はなんとか直撃を避けるも、強烈な爆風に吹き飛ばされる。更にそこに、上空から竜巻が襲ってきた。竜巻に巻き上げられ上空へと飛ばされた拳凰は、目を見開きこの攻撃の正体を探る。

 再び宙に浮かび上がったドレスの魔法少女は、指揮棒を振って風を操っていた。拳凰はニヤリと口元を上げる。

「こっちは風使いか。面白くなってきたぜ」


 同刻。本日試合の無い智恵理は、自室のベッドに寝転んでくつろいでいた。

 すると突然結界が張られ、カニミソが智恵理の前に姿を現す。

「今日試合無いんだけど、何か用?」

「一昨日の不戦敗のことを訊きに来たカニ。一体何があったカニ?」

 智恵理ががばっと起き上がる。

「そう、それ! 実は変な不審者が出たのよ!」

「不審者? 詳しく聞かせて欲しいカニ」

 いつになく真剣な表情で、カニミソが尋ねた。



<キャラクター紹介>

名前:白藤しらふじ花梨かりん

性別:女

学年:中一

身長:146

3サイズ:69-54-75(Aカップ)

髪色:黒

髪色(変身後):黒

星座:魚座

衣装:ピンクのミニスカナース服

武器:医療器具

魔法:様々な医療器具で攻撃や回復ができる

趣味:日記

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