第5話 蟹座のカニミソ

 赤いドレスの魔法少女は、宍戸ししど朱音あかねといった。指揮棒を使い音楽のように風を操るのが彼女の魔法である。

 迷彩服の魔法少女は、諏訪すわ美波みなみといった。ロケットランチャーを武器に戦う、ミリタリーな魔法少女である。

 加門公園で行われていた二人の試合に乱入した拳凰は、無謀にも二人を同時に相手にすることにした。

 朱音は自らの操る風に乗って宙を舞い、拳凰を閉じ込めた竜巻を見下ろす。

「てめえ、なかなかやるじゃねえか……」

 竜巻の中で身動きがとれない拳凰は、そう呟く。

「だが!」

 拳凰は自らの身体を、竜巻と逆方向に回す。逆回転によって竜巻を打ち消し、見事脱出した。

 丁度そこに、美波の撃ったロケット弾が飛来。拳凰は横から肘で突き軌道を逸らした。ロケット弾は後ろにあったブランコの残骸に当たって大爆発。拳凰が来る前に一度ロケット弾を受けて破壊されていたブランコは、最早原形を留めないほど木端微塵になった。

 美波のロケットランチャーには、魔力によって形成されたロケット弾がすぐさま装填される。

「弾切れしない魔法のロケットランチャーだと!? 魔法要素そこかよ!」

 再び発射されたロケット弾をかわし、背後の爆風で加速。拳凰は美波へと一気に間合いを詰めた。

 美波が驚いたのも束の間、必殺の右ストレートが炸裂。殴られた衝撃で武器を手放してしまい、大きく突き飛ばされる美波。後ろの瓦礫に背中を打ちつけたのがとどめとなり、HPがゼロになった。変身が解かれ、バリアに包まれる。

「まずは一人!」

 美波を倒してから間髪を入れず振り返り、大きく踏み込んで跳び上がる拳凰。朱音は自分の前に竜巻を起こして防御する。拳凰の拳は竜巻によって弾かれ、朱音までは届かない。

「ほう……やっぱ魔法が使えるって言うからにはこのくらいやってもらわないとな」

 拳凰は一旦距離をとると、助走をつけて再び突進する。朱音は指揮棒を振って竜巻の盾に風を送り込み、より大きな竜巻へと変えた。

 このまま真正面から竜巻に突っ込むかと思われた拳凰。だが、竜巻に当たる直前で急に向きを変え、左側へと避けた。竜巻の風を背に受け、拳凰は加速。それはさながらロケットのスイングバイであった。拳凰は竜巻の中にある瓦礫を蹴って宙に上がり、朱音の前まで来る。

 この戦いを心底楽しんでいる拳凰の、修羅のような笑顔。それを見た朱音は得も知れぬ恐怖を感じ臆した。そこに繰り出される、空中前転踵落とし。地面に叩き落された朱音目掛けて、拳凰は拳を下にして急降下。とどめの拳骨を腹部に喰らい、朱音のHPはゼロになった。

 変身が解かれバリアが張られたことで、拳凰はバリアに跳ね飛ばされる。

「うおっと」

 体勢を立て直し、拳凰は改めてバリアに包まれた朱音を見る。その後、美波の方も。

「今日も快勝! 三勝目と四勝目だ!」

 満足した拳凰は公園を去る。

「な、何だったんだあいつは……」

 何が何だかわからないうちに倒された朱音と美波は、唖然として見ていることしかできなかった。


 翌日、日曜の夜。今日も拳凰は加門公園に足を運ぶ。

(なんだ、今日はいないのか)

 途中空気が変わるのを感じなかった時点で察していたが、夜の公園には人っ子一人いなく静まり返っている。

 拳凰はもしかしたらこれから魔法少女が来るかもしれないと考え、ベンチに腰掛けて待つことにした。

 昨日はロケットランチャーで無惨に破壊された加門公園だが、あくまでそれは結界の中の話。結界の中でどれだけ破壊しようと本物の加門公園には何の影響も無く、いつもの姿で何事も無く佇んでいる。目を疑うような不思議な出来事だが、魔法なら仕方が無いと拳凰は納得した。


 一方その頃。試合が始まるまでの時間を勉強に使っていた梓は、自宅に結界が張られるのを感じた。

 優等生の梓は、休日にも授業の予習復習を欠かさない。だがそれを邪魔するかのように、矢筒を背負った馬のぬいぐるみが机の上に姿を現した。

「やあ三日月君、今日も勉学に励んでいるようだね」

「ええそうよ。だから邪魔しないでくれるかしらホーレンソー」

 冷ややかな目で見ながら梓は言った。ホーレンソーと呼ばれた馬のぬいぐるみは、それを受けて机の上から床に飛び降りる。

「やれやれお厳しい。常々言っているが、君はもう少し可愛げを持った方が良いのだよ。そんなに人当たりが厳しくてはせっかくの美貌が台無しだ」

「生憎だけど、嫌いな相手にまで愛想を良くするつもりはないの」

「そんなに嫌われているとは、悲しいことだ。さて、そろそろ試合の始まる時間だろう、変身したまえ」

「そうね」

 梓は立ち上がるとホーレンソーの頭を鷲掴みにし、窓を開けて外に投げ捨てる。その後スマートフォンを取り出し、魔法少女バトルアプリを立ち上げた。

「マジカルチェンジ」

 アプリの変身機能は音声認識必須であるため、必ず「マジカルチェンジ」を声に出して言わなければならない。高校生にもなってこんな台詞を言うのが恥ずかしい梓は、小声で呟くように言う。

 梓の魔法少女衣装は、狐耳の付いた巫女服である。勿論眼鏡は掛けたままだ。

「うむ、やはり君にはその衣装がよく似合うな。あとはその衣装に見合った愛想があればよいのだが……」

 先程窓の外に投げ捨てたにも関わらず、平然と梓の後ろに立っているホーレンソー。

「また変身してるとこ覗いたわね貴方。いい加減やめてって言ってるでしょう」

 梓は額に青筋を浮かべて静かに怒り、ホーレンソーの頭を踏みつける。

「痛いのだよ三日月君……それにどうせ潰すならその熟女のような尻で圧し潰して欲しいのだよ」

 梓は胸も大きい方だが、それ以上に尻がでかい。安産型で肉つきのよい尻は、クラスの男子の間でも話題の的であった。

「誰が熟女のような尻ですって? あなたのそういう所が嫌いなのよこのセクハラ馬」

 気にしていることを言われ頭にきた梓は、足でホーレンソーの頭をぐりぐりと床に擦り付けた。

「で、今日は一体何の用? ただ覗きやセクハラをしに来たわけじゃないんでしょう」

 ホーレンソーから足を離し、再び椅子に腰掛けて梓は言う。

「うむ、それでは本題に移ろうか。実を言うと最近、魔法少女バトルに介入する謎の不審者が確認されているのだよ」

「不審者? それは貴方のことでしょう」

「いやいや、私は決して不審ではないのだよ。それはさておきだ。三日前と一昨日、先に会場に着いていた魔法少女が試合開始前に何者かに倒される事件が立て続けに起こった。更に昨日、試合中に謎の男が乱入し魔法少女を二人とも倒してしまったのだ。その男が何者かはわからないが、何にせよバトルの邪魔をする迷惑な存在であることは確かだ。もしかしたら君の試合にも現れるかもしれないからね、気をつけたまえ」

「そんなのがいるの? まあ、気をつけておくわ。そろそろ時間ね、確か今日の試合会場は加門公園だったわね……って、あら?」

 梓はアプリに表示された情報を見て首を傾げる。今日の試合会場として指定された場所は、梓の記憶と違って和多ヶ浜わたがはまとなっていた。

「おかしいわね、確か今朝見た時は加門公園だったはずだけど」

「ああ、今日の試合会場は私の独断で変更させてもらった。実を言うと、昨日と一昨日その不審者が現れた会場がその加門公園なのだよ。だから念のため会場を変更したというわけだ。私は同じ弓使いとして、君には特別目をかけているからね。不審者に倒されて不戦敗などということにはなってほしくないのだよ」

 加門公園は梓の住む市内にある公園であり、梓も小学生の頃に遊んだことがある。そこに不審者が現れたと聞いて、梓は嫌悪感を覚えた。

「加門公園には、騎士団の者を一人向かわせてある。もし今日も不審者がそこに現れるようならば、彼が退治してくれるだろう」

「そう、わかったわ。それじゃあ、和多ヶ浜に行ってくるわね」

「今日の試合は私が立ち会うのだよ。華麗なる勝利を見せてくれたまえ」

 梓は転送のボタンをタップし会場へとワープ。その後でホーレンソーもワープした。


 一方で、加門公園。

 暫く待っても魔法少女が来ないので、拳凰は暇潰しに腕立て伏せをしていた。

(魔法少女バトルってのは、毎日ここでやってるってわけでもねえんだな)

 痺れを切らして帰ろうとした矢先、ふとこの場に結界が張られるのを感じた。

(……来た!)

 拳凰は身構える。小さな光球が天から降り立ち、蟹のぬいぐるみへと姿を変えた。

「何だ? カニか?」

 明らかに魔法少女ではないものがこの場に現れ、拳凰は驚く。

「お前が件の不審者カニな。俺は妖精騎士団が一人、蟹座キャンサーのカニミソ。魔法少女バトルの運営に携わる者だカニ」

「妖精騎士団だぁ? カニのぬいぐるみが騎士とか、冗談きついぜ。つーか何だその語尾。キャラ作ってんのか?」

「ぬいぐるみはあくまでカニの、いや仮の姿カニ。そしてこれが俺の本当の姿」

 カニミソが光に包まれると、次の瞬間ぬいぐるみとは別の姿が現れる。

 蟹の甲羅のような朱色の髪をした、甘いマスクの美青年。黒いスーツに身を包み、その目線はきりりと拳凰を睨む。

「カニがホストに変身した!? どっちにしろ騎士には見えねえぞ」

「姿形などどうでもいい。それよりも貴様に問おう、貴様は何者だ? 一体何が目的で魔法少女バトルに介入する? 何故結界の中に入れる?」

 本当の姿になったカニミソは、語尾からカニが消えている。

「どいつもこいつも同じこと訊きやがって。俺は最強寺拳凰。魔法少女と戦うのは、強い奴と戦いたいからだ。結界の中に入れる理由は知らん!」

「魔法少女達は皆、自分の夢を叶えるために必死で戦っている。そんな理由で少女達の夢を踏み躙ってきたのか貴様は。まさしく悪魔の所業、許されることではない」

「だったら俺はもっと強くなるのが夢だ。魔法少女みたいな強い奴と戦いまくれば俺も強くなれるからな。そのために俺も必死で戦ってるぜ」

「自己中心的で非常識、頭のいかれた戦闘狂か……危険だな。可哀想だが、排除させてもらう」

 戦闘態勢に入るカニミソ。

「そいつは話がはええ、かかってきやがれカニホスト!」

 カニミソは右手の指を揃えてピンと伸ばし、拳凰に突き立てる。受け止めようとする拳凰だったが、突如危険を察知し後ろに跳んだ。

 鋭い貫手を紙一重でかわしたかに見えた拳凰。しかしカニミソの指差す拳凰の鳩尾が裂け、血が噴き出した。

 拳凰が驚いたところでカニミソは右手を高く上げ、手刀を振り下ろす。鳩尾を抉られ一瞬怯んだ拳凰だったが、素早く両腕を眼前にクロスさせ防御体勢。手刀を受けた部分の皮膚は、刃物で切られたように裂けて血が流れた。

「ただの手刀じゃねえな……衝撃波でも出してんのか」

「ご名答だ。だが理屈がわかったところで、貴様には防げまい」

 カニミソは連続して手刀を繰り出す。右手を振るう度耳に響く風切り音が、彼の手刀の力強さを物語っている。

 衝撃波が胴体に届くのは防いでいる拳凰だったが、ガードする両腕の表面はズタズタに切り裂かれてゆく。このまま防戦一方では疲弊するだけと判断した拳凰は、思い切って右脚を前に出しカニミソを蹴飛ばした。カニミソは素早い判断で拳凰の右脚に自分の左脚を重ね防御。だが拳凰はその勢いで大きく後ろに跳び、カニミソから距離をとった。

「お前強いなカニホスト。魔法少女より強いんじゃねえのか」

「当たり前だ。魔法少女バトルを取り仕切る我々が魔法少女より弱いはずがなかろう」

 僅かに手合わせしただけでカニミソの実力の高さを察知した拳凰。だがその表情は明るい。

「最高じゃねーの。魔法少女も悪かねえが、やはり強い男と戦ってる時が一番燃えるってもんだぜ」

「この男……やはり危険だな」

 カニミソは揃えた指先を拳凰に向けて構える。拳凰は駆け出し、思いっきり右手を振りかぶり殴りかかった。だがカニミソの手刀の方が拳凰のパンチより速く、拳凰は胸部に大きく切れ込みを入れられる。

 それでも拳凰は手を引っ込めず、一心不乱に拳を打つ。カニミソは手刀を出した動きからの流れで姿勢を低くし、体を右に逸らしてそれを避けた。更にそこから、拳凰の脇腹目掛けて反撃の手刀。

 拳凰は左手でそれを掴んで阻む。カニミソの手刀から放たれる衝撃波を直接受けた拳凰の左手からは、血が滲み出す。

「捉えたぜ……」

 切られた痛みなどまるで感じず、拳凰は左手に力を籠めカニミソの右手を握り潰した。痛みに顔を顰めるカニミソ。

「潰してやったぜてめーの利き手。これでもう自慢の手刀は出せまい」

 左手でカニミソの右手をしっかりと握って逃げられないようにし、拳凰はカニミソの顔面目掛けて渾身のパンチを打つ。

 あらゆる不良を一撃の下に沈めてきた黄金の右腕。妖精騎士カニミソといえど、その一撃には耐えられない。拳凰はそう思っていた。

 突如として、拳凰の右手が視界から消えた。背後で何かが落ちる音がする。拳にはカニミソを殴った感触は無い。

「利き手を潰した? 何の冗談だ?」

 拳凰が気付きもしない一瞬の間に、カニミソは左腕を振り上げていた。その指はピンと伸ばされ、手刀の姿勢。拳凰は恐る恐る、その左手から自身の右肩へと視線を移す。

 拳凰の目の前が一瞬真っ暗になった。現実を知りたくないという意思がそうさせたのかもしれない。拳凰の右肩からその先が、すっぱりと無くなっていた。鋭利な刃物で切られたような直線状の切り口からは、止め処なく血が溢れる。背後に落ちたものとは、紛れも無く拳凰の右腕であった。

「俺は左利きだ。人間相手にこちらを使うのは忍びないと封印していたが、右手を潰された以上使わざるを得まい。むしろ利き腕を失ったのは貴様の方だったな不審者よ」

 冷徹に言い放つカニミソ。戦いの興奮から現実に引き戻されるにつれ、拳凰の身に激痛が走ってゆく。

「ぐわああああああああああ!!!」

 絶叫しながら左手で切り口を押さえ、地に膝をつく拳凰。最強と呼ばれた男が未だかつて上げたことのない悲鳴が、結界の中に響き渡った。



<キャラクター紹介>

名前:蟹座キャンサーのカニミソ

性別:男

年齢:27

身長:177

髪色:朱

星座:蟹座

趣味:知恵の輪

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