第3話 鋼を砕く拳

「おうチビ助、背中乗れよ」

 拳凰が復学した日の夜。夕食を食べ終えた拳凰は、食後の運動がてら花梨を自室に呼びつけた。そして花梨を背中に座らせた状態で、指立て伏せを始めたのである。

「すごいなあケン兄。お母さんも言ってたけど、前にも増して逞しくなって」

 人を背に載せての指立て伏せなど普通に考えれば苦行のようなことだが、拳凰はまるで苦にすることなく涼しい表情で素早く繰り返している。花梨はそんな拳凰の背中の上で、仄かに頬を染めながら嬉しそうに微笑んでいた。

「お前は変わってねーなチビ助。もっと飯食った方がいいんじゃねえか」

「変わってなくなんかないよ! 私だって、結構大人になってるんだよ!」

「どこがだよ。あまりに変わってなくて逆にびっくりしたぜ」

 そうやって話をしている内、拳凰は指立て伏せを千回終える。花梨が背中から降り、拳凰は立ち上がった。

「そんじゃ俺はランニングでも行ってくるわ」

「こんな時間に?」

「ああ、まだ運動し足りなくてよ」

 腕を回しながら拳凰は言う。

「大きくなりたかったらもっと飯食えよ、チビ助」

 拳凰はそう言って花梨の尻を軽くぽんと叩くと、部屋を出て行こうとした。

「ひゃっ! ケン兄のエッチ!」

「はあ? 何言ってんだお前」

「今お尻触った!」

「ガキのケツなんざ男のケツと変わらねーだろが」

 あまりにデリカシーの無い発言をしながら、拳凰は振り返りもせずに部屋を出ていく。花梨は赤い顔をむっとさせながら、その背中をじっと見つめていた。

(もう……ケン兄のバカ)

 花梨が拳凰を見送ると、廊下から母の声が聞こえてきた。

「花梨ー、早くお風呂入っちゃいなさい」

「はーい」

 母から言われて浴室に向かった花梨は、脱衣所で服を脱ぐ。

 拳凰が修行に出ている間に、花梨はブラジャーをするようになった。背も少しは伸びたし、他にもいろんなところがちゃんと大人に近づいてきている。帰ってきた拳凰に「大人っぽくなった」と言ってもらえるんじゃないかと、密かに期待していたりもした。

 だが、その希望は儚く打ち砕かれた。鈍感な拳凰にとってそんな些細な成長は成長と感じられず、未だに「チビ助」としか思われていなかったのである。

(結構、女の子らしいお尻になってきてると思うんだけどな……)

 鏡に背中を向け、両手でお尻に触れながら花梨は思った。胸は母親も小さいからあまり期待できないが、お尻なら自分でも拳凰好みになれる希望はある。それに拳凰が胸よりもお尻派であることは、本人の部屋にあったエロ本からリサーチ済みである。

(ハダカ見せたら、ケン兄も私が大人になったって認めてくれるかな……?)

 前を向きなおし、鏡に映る裸体を見て花梨は思う。

(無理無理絶対無理! もう子供じゃないんだもん! 好きな人が相手でも、気軽に見せちゃいけないんだから!)

 顔を真っ赤にし、両手で股間を隠しながら花梨は首を横に振った。

(はぁ……ケン兄から子供扱いされなくなるためには、もうあれに賭けるしかないのかな……)

 溜息をついて落胆し、花梨は浴室の扉を開けた。


 高層ビルの屋上でバトルしていた梓は、難なく勝利を収めていた。

 無数の光の矢を受けて変身解除した対戦相手の横で、梓の無傷のHPゲージが輝いている。

「いい勝負ができたわ。ありがとう」

 試合を終えた後、梓は礼儀正しく対戦相手に頭を下げる。相手の魔法少女は戸惑いつつも礼を返した。


 家を出た拳凰が向かった先は、かつて初めて魔法少女を発見したあの場所、加門かもん公園である。

 花梨にはまだ運動し足りないからと説明したが、その実拳凰がこんな時間にランニングに出た理由はこの場所に来るためであった。再びこの場所に来れば、再び魔法少女に会えるかもしれない。そんな思いが、彼をこの場所にいざなったのだ。

 公園に近づいた時、拳凰はかつてと同じように空気が変わるのを感じた。

(いる……魔法少女が……!)

 身に鳥肌が立つ感覚。昨日の山奥でも同じものを感じた。拳凰はこの先に魔法少女がいることに、確信を覚えた。

 公園では、一人の少女が腕を組んで待っていた。

「ん? あんたが今日の対戦相手……にしてはごっついな。本当に女か?」

「俺は男だ。そういうお前は魔法少女だな」

 公園にいた少女はタンクトップにスパッツというシンプルな服装をしており、以前拳凰がこの公園で見た二人のようないかにも魔法少女といった風貌ではなかった。しかし彼女が胸に付けている星座のブローチは、あの二人が付けていたのととてもよく似ていた。

「確かにあたしは魔法少女だが……あんた一体何者だ? どうしてここに入ってこられた? 見たところ妖精騎士でもなさそうだし……」

「んなこたあどうでもいい。俺と戦え魔法少女!」

 有無を言わさず殴りかかる拳凰。魔法少女は流石に焦るも、すぐ臨戦態勢に入る。

「頭おかしいのかこいつ。こういうのが相手なら、ケガさせても正当防衛成り立つよな」

 魔法少女の右手に、自身の身長と同程度もある巨大な円錐状のドリルが形成された。

「喰らえ! ドリルボンバー!」

 ドリルを回転させながら、拳凰を迎え撃つ魔法少女。拳凰は危険を察知し拳を引っ込めるも、魔法少女は容赦なく拳凰にドリルをぶつけてくる。

 両掌でドリルを押さえ込んで受け止める拳凰。しかし回転するドリルが、掌を削ってゆく。拳凰は手を離すと同時に後ろに大きく跳んだ。

「ちっ、受け止められるもんじゃねえなこいつは。魔法少女ってのは皆魔法の杖みたいなので戦うもんだとばかり思ってたが、まさかドリルを使う魔法少女もいるとはな」

 着地して体勢を立て直し、掌から流れる血をズボンで拭いながら拳凰は言った。

「むしろ杖で戦う魔法少女らしい魔法少女の方が少数派だと思うよ、少なくともこれまで戦った相手の中では」

 魔法少女はドリルの先端を拳凰に向け、次の攻撃の構えに移る。

「ドリルデストロイヤー!」

 ドリルを高速回転させながらの突進。拳凰は横っ飛びで避けるも、かわしきれず脇腹をドリルが掠めた。肉を抉られ、赤黒い血が飛び散る。だが拳凰は怯むことなく横からドリルをぶん殴り、その勢いで後ろに跳ぶ。

「強いなお前。昨日の魔法少女より強いぜ。せっかくだから名前を訊いておいてやる」

「あたしはくろがね若葉わかばだ……ってやべっ、不審者に名乗っちまった」

「そうか、覚えとくぜドリル女」

「あんた覚える気あんのか? まあ、覚えて貰わなくていいけど」

 若葉は再びドリルを振りかぶり、拳凰を狙う。呻るような音を立てて回転するドリルを、拳凰はじっと見据える。先程と同じ突進攻撃が、拳凰に襲い掛かった。

 拳凰は今度はしっかりと見切り、タイミングを合わせて横に跳んでかわす。若葉のドリルは後ろの滑り台に激突し、滑り台を鉄屑へと変えた。以前智恵理ともう一人の魔法少女との戦いでも破壊されたこの滑り台、拳凰がこの町に戻ってくるまでの間に修理されていたようだが、またしても壊されてしまった。

 着地の拍子に拳凰は足を振り上げて身体を回転させ、ドリルに向かって回し蹴りを放つ。続けて、鋼のような拳によるパンチ。若葉自慢のドリルが、粉々に砕け散った。

「あたしのドリルが!?」

「これでてめえの武器は破壊したぜ!」

 ここぞとばかりに本体へと殴りにかかる拳凰。だが若葉から湧き上がる妙な気配を察し、急ブレーキをかけた。

 若葉の右手に、再びドリルが生成される。拳凰は寸でのところで当たるのを防ぎ、後ろに下がる。

「危ねー危ねー、何度壊しても復活する魔法のドリルってか」

 若葉の攻撃はパワー、スピード共に申し分ない。膨大な質量で高速回転するドリルの破壊力は、まともに喰らえば命すら持っていかれるほどである。だがそれが武器である以上、破壊してしまえば問題無いと拳凰は考えていた。しかし再生機能を備えている以上、その手は通じない。

「上等じゃねえか。魔法が使えるってんならそのくらいやってもらわねえとな」

「うええ、何だこいつ、気持ち悪……」

 想像以上に強かった若葉に対し、拳凰は悦びを覚え自然と笑顔になった。その様子を気味悪がって若葉は顔が引き攣る。

「っしゃあ行くぜーっ!」

 今度はこちらから突っ込んでいく拳凰。盾のようにドリルを構える若葉に対し、拳凰は左側に回り込んで本体へパンチを放つ。若葉は素早い反応速度でドリルを拳凰に向けた。拳凰の拳は本体に届かず、ドリルの回転によって弾かれる。

「ちっ、やるな!」

 これまで幾多の不良と戦ってきた拳凰。その拳の速さは敵が防御体勢に入る前に一撃を喰らわせ、その拳の威力は鉄板さえも貫きどんなに固いガードをも無力化してきた。そのため攻撃を完璧にガードされるというのも、久しぶりの経験であった。

 これほどの強敵と出会い戦える悦び、そしてこれほどの強敵と渡り合える悦び。拳凰は今、幸せを噛み締めていた。

「ずあああっ!」

 嵐のような高速ラッシュが、若葉のドリルに炸裂する。ドリルの回転を物ともせず、自分の拳が傷つくのも厭わず、拳凰は一心不乱にパンチを打つ。一発も本体には入らないが、それでも尚その一発一発はドリルにダメージを与えてゆく。

 山での修行は地獄のような日々であった。滝に打たれ、崖を上り、飢えと寒さに耐え、猛獣との死闘を繰り広げた。その日々があって、今の自分がここにいる。修行によって強くなったと、今再び実感する。

 ラッシュに耐え切れなくなり遂にドリルが砕け散ると、拳凰は本体目掛けて渾身の一発を放つ。若葉は大きく吹き飛ばされ、後ろの結界に背中を打ちつけた。HPは残り四割まで削られる。

「ほう……耐久力もなかなかじゃねえか」

「くそっ、こんなわけのわからない奴に負けてたまるか!」

 若葉は再びドリルを生成し、拳凰に突撃する。拳凰は自身もまた突撃し、真っ向から迎え撃った。

「ドリルデストロイヤーッ!」

「うおおおおおおお!」

 再び巻き起こる、ラッシュとドリルの押し合い。拳の壁のような強烈なラッシュが、若葉のドリルがこれ以上前に進むのを阻む。

「俺は……もっと強くなる!」

 拳凰の拳が、再びドリルを粉砕。そして若葉本体へとその拳を伸ばす。だがその拳は若葉に届かず、ドリル以上に固いものによって跳ね返された。

「ぐ……何っ!?」

 一旦引いた拳凰は、何が起こったのかを確かめる。拳凰の拳を阻んだのは、若葉の周りを覆う球状のバリアであった。若葉は変身が解除され、学校の体操服と思わしき格好に変わっている。

「な、何だ、どうなってやがるんだ!?」

 拳凰はコンコンとバリアを軽く小突くも、とても拳で砕ける強度ではないと察した。

「変身が解けちまった……あたしの負けだ、畜生」

 若葉が言う。だが拳凰は腑に落ちない様子だった。

「どういうことだ、まだHPが残ってるだろ。それにこのバリアみてーなのは何だ?」

「MP切れだよ。あたしのドリルは強力な分、消費も大きくてな。魔法少女はMPがゼロになっても変身解除されちまうんだよ。このバリアは変身解除された後、生身の体を守るためのものだ」

「ほーお、つまりこれは俺の勝ちってことでいいわけだな」

「ああ……もうそれでいい。それよりあんたは一体何なんだ。どうして結界の中に入れる? 何のためにあたしと戦った? こっちは質問に答えたんだ、あんたも教えてくれ」

「俺は最強寺拳凰、最強を目指している。結界がどうとかは知らん。魔法少女と戦うのは、お前達が強いからだ。これでいいだろ。俺は一度倒した相手には興味無いんでな、帰らせてもらうぜ」

 拳凰の言っていることの意味がまるでわからずぽかんとしている若葉を尻目に、拳凰は公園を去ってゆく。

「ちょ、ちょっと待て! あたしこれから試合があるんだが! 一度変身が解けたら半日は変身できないし、どうすんだよこれーっ!」


 公園を出て帰路を歩む拳凰の足取りは、時間が経つに連れて重くなっていった。戦っている間は興奮で痛みを忘れていたが、冷静になると途端じわじわと痛みに襲われる。脇腹は抉れ止め処なく血が流れており、両拳は回転するドリルを何度も殴ったことで皮膚が裂け骨まで見えていた。

(ヤベェ……まさかここまでやられるとは……)

 気を失うまいと必死に食いしばりながら、必死に自宅に辿り着いた拳凰。玄関に入るや否や、ばたりと床に倒れ伏す。

「あ、おかえりケン兄……ってえええええ!? ケン兄!?」

 帰りを出迎えた花梨が、血まみれになった拳凰の姿を見て大声を上げた。

「ま、待ってて! 今私が治したげる!」

 花梨はそう言うとスマートフォンを取り出す。

「マジカルチェンジ!」

 花梨の姿が光に包まれると、着ている服が粒子になって消えた。拳凰は残った僅かな意識で見上げ、ぎょっと目を見開く。

 裸になった花梨の身に、大人っぽい黒のレースのショーツとブラジャーが形成される。更にその上からワンピース型のミニスカナース服を纏い、靴を履き、最後にナースキャップが被さった。胸に輝くは、魚座のブローチ。

「チビ助、お前……!」

「大丈夫だよケン兄。私の魔法があれば、そんなケガすぐに治せるから!」



<キャラクター紹介>

名前:くろがね若葉わかば

性別:女

学年:中二

身長:155

3サイズ:76-57-79(Bカップ)

髪色:茶

髪色(変身後):赤

星座:牡牛座

衣装:タンクトップ&スパッツ

武器:ドリル

魔法:巨大なドリルを作り出す

趣味:ロボットアニメ鑑賞

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