第2話 最強寺拳凰の帰還

 山奥での戦いの翌朝。久々に自宅のベッドで眠った拳凰は、腹に何かがのしかかる感触で目を覚ました。

「あ、起きた。おはよケンにい

 拳凰の腹の上に乗っていたのは、さっぱりした黒のショートカットで小柄な体躯の美少女。

「……おう、チビ助」

「もー、チビ助じゃなくて花梨かりんだよ!」

 彼女は拳凰の従姉妹、白藤しらふじ花梨かりんである。こうやって拳凰を起こしに来るのは彼女の日課であった。今日は久しぶりにそれをやることができ、花梨はとても嬉しそうにしている。

「ケン兄、昨日は突然帰ってきてびっくりしたよ。今日は山でのお話とか、いろいろ聞かせてね」

「別にそんな面白い話でもねーぞ」

「いいの! 久しぶりにケン兄とお話沢山したいんだもん!」

 昨夜遅くに帰宅した拳凰は、風呂で汚れと汗を流した後すぐベッドに入って寝てしまった。お蔭で花梨は昨日一度も拳凰と会話していなかったのである。

「んだよチビ助、いちいち後ついてきやがって」

 花梨は洗面所に向かう拳凰の後ろをひよこのようについていく。

「もー、チビ助チビ助って。私だってもう中学生なんだよ! いい加減ちゃんと名前で呼んでよ!」

 花梨はピカピカのセーラー服を見せびらかすように胸を張った。

「何も変わってねえだろ、チビ助」

「むー……」

 頬を膨らます花梨。拳凰は洗面台の鏡に顔を向けると、だらしなく伸びきった髪の先端を摘んだ。

「ねえケン兄、髪の毛、私が切ってあげよっか」

「おう、頼む」

 拳凰の考えていることを察して尋ねた花梨に、拳凰はぶっきらぼうに答えた。

「じゃあ、ご飯の後でね。私、ご飯の支度してくるから」

 拳凰が剃刀で髭を剃り始めると、花梨は台所へと駆けていった。


 朝の支度を終えた拳凰が食卓につくと、花梨はいそいそと朝食を盛り付け拳凰に差し出す。

「はい、どーぞ」

「おう」

 拳凰はそう一言だけ言うと、すぐ朝食に手をつける。

 丁度その時、花梨の母であり拳凰の伯母である白藤しらふじ亜希子あきこがダイニングに入ってきた。

「あっ、お母さんおはよう」

「よう、亜希子伯母さん」

「あらケンちゃん、そういえば帰ってきてたんだったわね。また一段と逞しくなったじゃない。背も少し伸びてるかしら」

 亜希子はそう言うと、欠伸をしながら椅子に座った。花梨は亜希子の分も朝食を盛り付ける。

「ねえねえケン兄、どう? 美味しい?」

 自分の作った料理の感想を、期待に満ちた目で拳凰に求める花梨。

「山ん中じゃ碌なもん食ってなかったからな、今なら何でも美味く感じるぜ」

「むー……山では何食べてたの?」

「草とかキノコとか、鳥や獣捕まえて食ったりとか……」

「あー、うん……」

 比較対象がそれであることに、花梨は酷く落胆した。

「せっかく沢山練習したのに……」

「おうチビ助、早く髪やってくれよ」

 さっさと食べ終えた拳凰は箸を置くと、花梨に催促した。


 朝食後。床に敷いた新聞紙の上に腰掛けた拳凰の髪を、花梨は軽快に切っていく。

「はい、できあがり」

 修行に出る前と同じ長さに整えた花梨は、拳凰に手鏡を見せる。

「おう、サンキューな」

 拳凰は花梨の頭をぽんぽんと撫でると、シャワーを浴びに浴室へと向かっていった。

 脱衣所で服を脱いだ拳凰は、ふと自身の体の違和感に気付いた。昨日の魔法少女との戦闘で受けた傷が、綺麗さっぱり消えているのだ。

 昨晩風呂でヒリヒリ痛んだのを覚えているため、傷自体受けていなかったというのはあり得ない。不思議に思いながらも、拳凰はシャワーを浴びた。


 制服に着替えた拳凰は、鞄を背負って家を出る。拳凰達が住んでいるのは、住宅地にあるアパート二階の一室である。

 アパートから拳凰の通う高校までは本来ならば電車で行く距離であるが、拳凰はいつも電車を使わずトレーニングを兼ねてランニングで通学している。

 半年以上ぶりの登校。普通に走っているだけでも以前より足が速くなっているのを感じ、拳凰は山篭りの成果を実感した。

 途中、朝っぱらから道端で中学生相手に喝上げをしているチンピラを見つけた拳凰は、すれ違い様に裏拳で吹っ飛ばした。ぽかんとする中学生を尻目に、振り返りもせず駆けてゆく。


 拳凰が校門を通ると、周囲がざわついた。拳凰はそんなこと意にも介さず校庭を横切り、教室へと向かった。

(そういや、もう一回一年生やるんだっけか。かったりいな)

「ヤベエ! 最強寺拳凰が来た!」

 一人の男子生徒がそう叫ぶと、隠れるようにて教室に入る。拳凰はその生徒と同じ教室の扉を開けた。

 教室にいた全員の視線が、拳凰に注がれる。一人の女子生徒が立ち上がり、拳凰を指差して叫んだ。

「ああーっ、あんたは!」

「お? 誰だお前」

 興奮する女子生徒は先日拳凰と戦ったオレンジ色の魔法少女、鈴村智恵理である。

「あー……そうか、お前昨日のオレンジか。髪の色変わってたから気付かなかったぞ」

 拳凰は既に智恵理に対する興味を無くしたかのように冷淡に返すと、自分の席に着こうとした。

 すると、智恵理の隣にいた眼鏡の女子生徒が拳凰に近寄ってくる。

「最強寺君、その髪、校則違反よ」

 拳凰の髪を指差し、クラス委員長の三日月梓は注意した。周りが一瞬静まり返った後、再びざわめき立つ。

「お、おいやめろ委員長」

「殺されるぞ……」

 周りの生徒が制止する中でも梓は意思を変えず、拳凰をまっすぐ見つめていた。

「ん? この髪か? こいつは地毛だよ。生まれた時からこの色なんだ。学校にもそれで通ってる」

 拳凰はそれに怒るでもなく、平然とした態度で返した。

「……そう、ならいいわ」

 梓はそれだけ言って、自分の席に戻った。肝を冷やされた他の生徒達は、何事もなかったことに安心して一息ついた。

「まあ、そういうわけだ。これから三年間よろしくな、新入生ども」

 気さくに挨拶する拳凰だったが、皆はどう反応していいのかわからず誰も返事をしようとしなかった。


 授業中、拳凰はずっとハンドグリップを握ってトレーニングをしていた。

 教師はそのことに気付いていながらも関わり合いになりたくないのか注意はしない。

「えー、今日は九日だから、黒板に書いた問題は、出席番号九番の……」

 と、そこまで言って拳凰が九番だということに気付いた教師はぎょっと目を丸くした。

「あー、じゃなくて、五月だから五番の……」

 慌てて切り替えようとしたところで、拳凰が立ち上がる。

「ああ、心配しなくていいぜ先公、トレーニングしながらでも授業はちゃんと聞いてっから。つーかそれ去年もやったとこだし」

 そう言って拳凰はハンドグリップを握ったまま黒板に向かい、答えを書いて席に戻った。

「せ、正解です……」

 顔を青くしガクガク震えながら、教師は言った。


 休み時間、拳凰は暇潰しに廊下をぶらついていた。

 ふと、目線の先に別のクラスの男子生徒二人が見えた。

「ほらほら早く金出せよ、そんなに殴られてえのか」

 そう言うのは茶髪で人相の悪い、いかにも不良といった外見の男子。そして彼から恐喝を受けていたのは、いかにも気が弱そうな背の低い眼鏡男子であった。

(今日は喝上げをよく見る日だな)

 そんなことを考えながら二人に歩み寄る拳凰だったが、それより先に梓が不良男子に声をかけた。

「ちょっと、何やってるの!? 恐喝はやめなさい!」

「あ? 恐喝なんかしてねえし。俺ら友達同士だからよ、友達料払ってもらおうとしてるだけだし」

 あまりにも突飛な理論でしらばっくれる不良男子。しかし眼鏡男子は明らかに怯えており、二人の関係は友達同士にはとても見えない。

「よう、弱いもの虐めは楽しいか?」

 拳凰がそう言って不良男子に話しかけると、不良男子はびくりとした。

「え、えーと……その……」

 梓に対しては強気に出ていた不良男子だが、拳凰の顔を見るや否や全身から冷や汗を流し目を泳がせ始めた。

「俺もやっていいか、弱いもの虐め」

 拳凰がそう言うと、不良男子の表情がぱっと明るくなる。

「ど、どうぞどうぞ!」

「じゃ、遠慮なく」

 そう言った瞬間、拳凰は不良男子の顔面を思いっきりぶん殴った。不良男子は後ろの窓を突き破って吹っ飛び、二階から校舎裏のコンクリート上に落下した。

 拳凰は割れた窓から飛び降り不良男子の所に向かう。不良男子は無惨に顔面がへこみ白目を向いて気絶していた。拳凰は不良男子のポケットに手を突っ込むと財布を取り出し、そこに入っている金を全部抜き取った。そして振り返るとダッシュで校舎の壁を垂直に登り、割れた窓から再び校舎内に戻った。

「ほらよ、こいつはお前にくれてやる」

 不良男子から奪った金をいきなり手渡され、眼鏡男子は狼狽えた。

「やっぱつまんねえな、弱い奴虐めても」

 何事も無かったかのように教室に戻る拳凰と、気絶したまま放っておかれる不良男子。この様子を見ていた生徒達は、誰もが唖然としていた。

「やっぱりあいつ頭おかしい……」

 物陰から密かに様子を窺っていた智恵理は、そう口にした。

「そうかしら。やり方はともかく、虐められていた生徒を救おうとしたことは好感が持てるけど」

 そう言う梓の顔を、智恵理は思わず二度見した。

「何言ってんの!? 絶対頭おかしい人だよアレ!」


 昼休み。いつの間にか机の中に入れられていた果たし状を手に、拳凰は校舎裏に来ていた。

「来やがったな留年野郎。てめーをぶっ倒して、俺がこの学校の覇権を手にする!」

「おーおーこいつは随分と活きのいい新入生がいるじゃねえか」

 登校初日から喧嘩を挑まれたことで、拳凰は嬉しそうに返した。果たし状の主は、筋骨隆々な不良男子。廊下で喝上げをしていた小者臭のする不良男子とは違って、見た目からして強そうである。

「やっぱ戦うなら強い奴が相手じゃないとな。さあ、かかってこいよ」

 手招きして挑発する拳凰に、不良男子は殴りかかる。拳凰はその場を動かず、カウンター気味に拳を振るった。

 先に相手に触れたのは、拳凰の拳だった。不良男子は大きく吹き飛ばされ、そのまま気絶してしまった。

「ちっ、見掛け倒しだったか」

 期待外れに落胆し、拳凰は舌打ちした。

「あーつまんねえ。魔法少女と戦いてえ」

 拳凰は空を見上げ、そう呟いた。

 昨日倒した智恵理以外にも、魔法少女はもう一人いる。去年の九月に智恵理と戦っていた、薄紫色の髪にエメラルドグリーンの衣装の魔法少女である。

 そしてもしかしたら、魔法少女は他にももっと沢山いるのかもしれない。まだ見ぬ強敵への期待が、拳凰の胸中にはあった。


 その日の夜。部活を終えて自宅に戻った梓は、スマートフォンから魔法少女バトルのアプリを起動した。

「……マジカルチェンジ」

 梓の着ていた服が粒子となって消え、髪が深緑に染まる。形成された魔法少女の衣装は赤い袴の巫女服に、黒い胸当て。手には長い和弓を持ち、頭には三角の狐耳。胸当ての肩紐には射手座のブローチが取り付けられている。

 変身を終えた梓はすぐに試合会場へとワープする。

 本日梓の戦う会場は、高層ビルの屋上。一見すると危険な場所のようだが、魔法少女バトルの会場には見えない結界が張られており魔法少女はその外に出ることはできない。つまりここから落下することはないのである。

 既に会場に来ていた対戦相手の魔法少女は、ピンクのドレスを着て手に槍を持っている。ブローチのデザインは蠍座である。

「今日は妖精騎士団の人は来ていないみたいね。まあいいわ、監視が無い方が気が楽だし。さっさと始めましょうか」

 梓がそう言って弓を構えると、手の中に魔力によって形成された光の矢が出現した。



<キャラクター紹介>

名前:最強寺さいきょうじ拳凰けんおう

性別:男

学年:高一(一回留年)

身長:191

髪色:金

星座:獅子座

趣味:トレーニング

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