第三章 自由行動編

第45話 汚物は消毒

 気が付くと、拳凰の目に映る景色はユニコーンの森からシステムルームに変わっていた。

「おかえりなさい。見事な勝利でしたよ」

 ザルソバが事務的に賞賛する。

「凄いですよ最強寺さん! あの怪物に勝っちゃうなんて!」

 幸次郎が拳凰に駆け寄り、目を輝かせた。

「ちっ、冗談じゃねーぜあんなバケモン。チビ助がいたからよかったものを……」

 そう言ったところで、拳凰はふと森を映したモニターの方を見る。

「……なあ、お前らここで俺のことも見てたのか?」

「ええ、コロッセオとの戦闘も、その後のことも」

 拳凰の顔色が赤くなったり青くなったりした。

「意外と情熱的なんだな」

 デスサイズが追い討ち。こちらに戻ってきてもまたいじられ、拳凰にとって最早地獄であった。

「てめーら後で覚えとけよ……つーか、まさかあれテレビ放送されてねーだろな!」

「流石にあれは映さないようにしておきました。ビフテキさんの指示で」

 ヤケクソで怒鳴る拳凰に、ザルソバは事務的な返答。

 拳凰が拗ねている傍ら、ビフテキは転送の魔法陣へと足を進める。

「では私は表に向かうとしよう。魔法少女達に伝えねばならんこともあるしな」

 魔法陣に入ったビフテキの姿が消え、直後モニターに映る競技場の御立ち台に現れた。

「魔法少女の皆様、最終予選突破おめでとうございます」

「ちょっとー! 魔法少女バトルは絶対安全じゃなかったの!? 何なのよあのおむつ男ー!」

 ビフテキが挨拶をしたところで、少女達の中から怒号が飛ぶ。叫んだのは先程花梨が治療した魔法少女の一人である。

「それに関してはこれより説明致します。端的に言うならば、おむつ男ことミスターNAZOから皆様が受けた傷や痛みは全て演出であり、実際に怪我をしたわけではありません」

 まさかの答えが返ってきて、少女達は唖然とした。

「水瓶座の方はよくご存知でしょうが、我々の一員であるカクテルはスプラッタホラーへの造詣がとても深い。ミスターNAZOという凶悪殺人鬼がバトルに乱入したのは、彼のプロデュースしたホラーイベントなのです。勿論安全にはとても気を遣っております故、このイベントで皆様が実際に怪我をすることはありません。ですがカクテルは色々とやり過ぎてしまうきらいがありまして……このイベントで皆様を怖がらせ不安にしてしまった事、深くお詫び申し上げます」

 ビフテキがそう言って頭を下げ、少女達はざわめく。

(あれは全部演出であり事故は無かったと……まったくあくどいもんだぜあの腹黒ジジイ)

 平然と嘘をつくビフテキに、システムルームでそれを聞くハンバーグがそんな感想を思った。

「これより皆様の魔法少女バトルアプリに妖精界で使用できる電子マネーをお贈りするのですが、お詫びを兼ねて本来予定していた五万ルクスの倍の額、十万ルクスを贈呈致します。なお、一ルクスおよそ二円程とお考え下さい」

「ソシャゲの詫び石的な?」

 ポタージュがだらけた口調で野次を入れた。

 二十万円相当の電子マネーと聞いて、少女達が再びざわめく。

「本戦の概要は三日後の朝に発表致します。それまでの間、皆様には妖精界観光を存分に楽しんで頂きたく存じます。なお本日中の行動範囲はホテル内に限定させて頂きますが、明日以降は自由に外出が可能です」

「随分と間が空くんだな」

 モニターを通してビフテキの話を聞く拳凰が、ザルソバに尋ねた。

「本戦のための準備期間というのもありますが、最も重要なのは彼女達にこの国を楽しんでもらいたいということです。せっかく異世界に来たのに、禄に異文化に触れることもできずホテルや試合会場に閉じ込められてばかりではつまらないですし、ストレスも溜まるでしょう」

「その割に我々はホテルと訓練所に閉じ込められっぱなしだったがな」

 デスサイズが口を挟む。

「明日以降はハンターの皆様にも外出を許可致しますよ。人間の男性が妖精界に来ること自体が前代未聞の出来事ですから、制度化がされておらず許可を取るのに色々と手間がかかりまして。窮屈な思いをさせてしまったことは大変申し訳なく思っています。ああ、勿論ミスターNAZOことコロッセオに関しては別ですよ。あんなものを街に出すわけにはいきませんからね」

「アレは人間界の刑務所に帰すカニ?」

「いや、こちらで処分するとしよう」

 ビフテキはそう言ってハバネロと目を合わす。意図を理解したハバネロは頷いた。

 コロッセオの話が出たことで、幸次郎はカクテルのことを思い出す。

(魔法少女バトルをデスゲームにしようなんて、カクテルさんは一体何を考えてるんだろう。やっぱり姉さんをあんな風にしたのも、カクテルさんの仕業……?)

 幸次郎が不安に苛まれる中、少女達をホテルに転送し終えたビフテキがシステムルームに戻ってきた。

「ビフテキさん、演出ってのはどういうことですか!?」

 魔法陣から出るや否や、早速幸次郎が飛び出してきて尋ねた。

「正直に事故だと言えば、彼女達を余計に怖がらせてしう。それにあれは魔法少女に対してだけではなく、国民に対しての発表でもあるのだ。国の威信を守るためには時に嘘も必要。そうするのがこの国のためなのだ。ご理解頂けませんかな」

 ビフテキは幸次郎の両肩に手を置き、威圧するように諭す。

「もしも我々が魔法少女や妖精界の民に真実を話したら?」

「最悪の場合、闇の一族ダークマターの出番だろうな」

 デスサイズの尋ねに、ハバネロが答えた。

「では私は陛下の所に行ってこよう。カクテルの告げ口に対する弁明をしてこねばな」

 戻ってきてすぐまた出て行くビフテキ。騎士達とハンター達は、黙ってその背中を見送った。

「……ビフテキさんは一見好々爺ですが、国や王家のためならば黒い手段に出ることも厭わない男。彼の怒りに触れるようなことはしないのが身のためです」

 ビフテキがいなくなった後で、ザルソバが言った。

「ちっ、いい爺さんかと思ってたが、意外とズルい奴じゃねーか」

「善悪とはそう簡単に判断できるものではない。お偉いさんなんてのはどこの国でも大体あんなものだ」

 ビフテキに失望した拳凰の発言を聞き、そういった人との関わりが多いデスサイズが言った。


 ホテルに転送された魔法少女達を出迎えたのは、ラタトゥイユであった。

「こちらが皆様にお泊り頂く、王立アンドロメダホテルでございます」

 そのあまりに壮大かつ優美な建物に、少女達は開いた口が塞がらず。

「あら、なかなかいいホテルじゃありませんこと。わたくしが過去に泊まった中では五番目くらいには立派ですわよ」

 そう自慢げにそう言うのは、お嬢様系魔法少女の黄金珠子である。

「何やねんこの縦ロール。金持ちアピールかいな」

 露骨に不快感を示すのはヤンキー魔法少女の竜崎大名。

「皆様、まずは魔法少女バトルアプリをご覧ください」

 ラタトゥイユは台本でも読んでいるかのように淡々とした口調で説明する。

 少女達がアプリを開くと、そこにはここまで勝ち残った六十四名全員の名前と部屋番号が載っていた。

「こちらに全員の部屋番号を掲載してあります。自分の部屋に戻る際は勿論のこと、特定の魔法少女とコンタクトを取りたい場合にもご活用下さい。また、名前をタップするとその魔法少女のデータが表示されます。今後の対戦に向けての研究等にご活用下さい」

 花梨はとりあえず試しにと自分の名前をタップしてみる。するとページが切り替わり、花梨の変身前と変身後の写真、年齢と部屋番号、そして使う魔法の簡単な説明が表示された。続けて、他の魔法少女のも適当にいくつか見ていく。

(凄い……全員の魔法が載ってる)

 つまりこれまでは相手の魔法がどんなものか分からない状態で戦っていたが、ここからは情報がお互いにオープンされた状態での戦いになるのである。

「それでは皆様をお部屋までご案内致します」

 ラタトゥイユがそう発言したところで、花梨はスマートフォンをしまった。


 魔法少女達が泊まるフロアは、最上階の一つ下である。それぞれはアプリに書かれた自分の部屋へと向かう。部屋は完全個室である。

 内装は妖精界独特の意匠を感じさせるものであるが、機能的には人間界の一般的なホテルとほぼ変わらない。流石高級ホテルだけあって、設備も充実している。

(綺麗なお部屋……こんなところに泊まれるんだ)

 花梨はつい子供心にはしゃぎたくなってしまった。

 とりあえず設備を色々とチェックする中で、一つ気になるものを発見。

(ここのトイレ、和式なんだ。ちょっと意外……)

 西洋風なこの世界で、何故かトイレは和式のような形状である。そしてもう一つ気になるのが、壁に掛けられた謎の籠。

(あの籠、何だろう? 荷物入れ? 公衆トイレならともかく、このトイレに要るのかな?)

 花梨は何となくこのトイレにしゃがんでみるが、そうしたとことでふと気が付いた。

(そっか、妖精界の女の人って服装がああだから)

 花梨が思い出したのは、スクール水着等のワンピース状の水着を着てトイレに入る時のことである。そういう場合、全部脱がないと用を足せないもの。中には股布をずらしてやっちゃう人もいるが、花梨は汚したくないので全部脱いでしている。となればおのずとあの籠は脱いだ服を入れておくものであると理解できる。あれは妖精界の衣服事情に順じたものなのだ。

 ふと籠の中を見ると、ザルソバの著した魔導水洗式トイレの説明書が入れられていた。それを読んだところ、籠の用途は大方花梨の予想通りであった。トイレが和式のような形状をしているのは、妖精界においてはこの伝統的な形状が好まれ洋式トイレは普及しなかったと書かれている。

 また、このトイレは流すために魔法の水を生成しており、それによって常に清潔だという。その上トイレットペーパーにも魔法が掛けられているため、汚物を余さず拭き取り殺菌消毒できるのだ。

(へぇー、すっごい……)

 一見ただの和式トイレに見えるが、人間界には無い魔法技術を寄せ集めて作られている。妖精界の驚くべきテクノロジーである。


 一方その頃、システムルームからホテルに転送された幸次郎は、ホテルの受付に詰め寄っていた。

「お願いします! カクテルさんに会わせて下さい!」

「そうは言われましても、外出許可が出るのは明日ですので……」

 只事ではない様子の幸次郎だったが、受付嬢はマニュアル対応することしかできない。

 その時、ドロンと煙が舞いソーセージが姿を現した。

「+激しく忍者+」

「あ、ソーセージ様。何か御用でしょうか」

「冷蔵庫に牛乳があたかもしれない」

 相変わらず脈絡の無い発言をしながら、ソーセージは手紙のようなものを受付嬢に渡す。

「こちらですね。これは……かしこまりました。穂村幸次郎様にカクテル様の研究室への移動許可をお出しします」

 受け取った手紙を読んで態度を変えた受付嬢が、幸次郎の足下に魔法陣を出現させる。次の瞬間、幸次郎の体は光に包まれカクテルの研究室へと飛ばされた。


「ようこそいらっしゃい、幸次郎君。どうかしましたか?」

 目の前に広がる怪しげな研究室。幸次郎を招いたカクテルは、椅子に腰掛けたままにこやかに挨拶をした。

「どうかもこうかもないですよ! それより……うわっ!?」

 カクテルに問い詰めようとした幸次郎だったが、隣で鎖に繋がれているコロッセオを見てひっくり返りそうになる。コロッセオは拳凰にやられたのが嘘のようにピンピンしており、陥没した顔面も元通りになっていた。

「私もある程度は治癒魔法が使えるのでね、コロッセオの怪我はとっくに完治しましたよ。今は鎖に繋がれているので安心して下さい」

「安心なんかできませんよ! どういうことですか魔法少女バトルをデスゲームにするって!」

「文字通りの意味ですよ? 私はスプラッタな物が好きなので、魔法少女バトルも私好みに変えたいのです」

 サイコな発言をさらりとするカクテル。

「まさか姉さんの昏睡も、カクテルさんの仕業なんですか!?」

 更に詰め寄る幸次郎に対し、カクテルは呆れ顔で溜息。

「やれやれ、めんどくさいですねえ」

 カクテルは手元にあるスイッチを押す。突如天井から電撃が発射され、幸次郎に降り注いだ。

「うわああああああ!」

 悲鳴が部屋内に響き渡る。ここは完全防音であるため、その声は外には届かない。

 気を失い倒れた幸次郎を、カクテルは見下ろす。

「さて、どう致しましょうか。色々と実験に使えそうなので連れてきてはみましたが……思っていたよりつまらない子でしたね彼は。とりあえず先程の魔法で記憶処理はしておきましたが……いっそ処分してしまうのもいいかもしれません。彼には最期に私を愉しませてもらいましょう。他の方々には人間界に帰ったとでも言っておけばいいですし。それではコロッセオ、殺っちゃっていいですよ」

 カクテルはまた別のボタンを押し、コロッセオの拘束を解く。

「こいつ男。男殺してもつまんない」

「女みたいな顔してるんですから、女だと思って殺ってください」

 やる気が無さそうなコロッセオに、カクテルはイラっとしながら命令をする。

「わかったー」

 渋々鉈を振り上げるコロッセオ。その時、突如飛んできた火の玉がコロッセオの顔面で爆発した。

「うがぁ」

 ふらついて怯むコロッセオ。攻撃の主をカクテルは瞬時に理解する。その攻撃の主は倒れた幸次郎を一瞬で攫い、カクテルとコロッセオから離れた位置に下ろした。

 いかつい悪人面に、黒のサングラス。火炎放射器を背負い、半裸に大きな肩甲の付いたアーマー。そして何よりも目立つ、真紅のモヒカン。妖精騎士団の一人、蠍座スコーピオンのハバネロである。

「おいカクテル、この小僧に何をした?」

「軽い記憶処理をしただけですよ。まだ手荒な真似はしていません。まだ、ね」

「そうかい、それなら安心だ」

「彼を返してもらえませんかね? 私の大事な実験台なんです」

「それなら尚更返せねえな。まあそれはそれとして、今回俺が来たのはその小僧が目的じゃあない。その殺人鬼を処分しろとの命令があったんだ。あんなものが街に出でもしたら只事じゃ済まないからな」

 ハバネロはコロッセオに火炎放射器を向ける。

「やめてくれませんか? コロッセオにはまだまだやってもらいたい事があるんですよ。もっと強化改造もしなければ……」

 カクテルが言い切る前に、コロッセオは身の危険を感じいきなり怪物化する。

「待ちなさいコロッセオ、今の貴方が敵う相手では……」

 ハバネロをミンチにせんとばかりに、チェーンソーが呻る。だがハバネロの姿が一瞬で消えたかと思うと、注射器のように尖った火炎放射器の先端がコロッセオの腹に突き刺さっていた。目にも留まらぬ速さで懐に飛び込んだハバネロ。その動きはさながら獲物に忍び寄る蠍。

「汚物は消毒だー!」

 その言葉と共に、引き金が引かれる。コロッセオの体内に注ぎ込まれる地獄の業火。全身がボコボコと脹らみ、体内から破裂して爆発四散。

「……消毒完了」

 一仕事終えたハバネロはカクテルに背を向け、幸次郎を拾って肩に担ぐ。バリアを張って爆炎を防いだカクテルは、ハバネロを睨む。

「酷いことをしますね……コロッセオを殺すばかりか私の研究所をこんなにして。片付けるのにどれだけ時間がかかると思ってるんですか」

「それだけお前の禄でもない研究が遅れると思えばいいこと尽くしじゃねえか。それよりカクテル、あんまりふざけたことばかりやってると、いずれはお前を消毒することになるぜ?」

「有り得ませんよ。陛下は私が好き勝手やることで社会に迷惑がかかるデメリットよりも、私という優秀すぎる超天才を失うデメリットを重く見ていますから」

「そうかい。なら精々自惚れているがいいさ」

 そう言い残し、ハバネロは幸次郎と共に研究所から姿を消した。

「……どいつもこいつも私の邪魔ばかり。コロッセオの死に方が私好みだったので今回は許しますが、覚えておきなさい。最後に勝つのはこの私ですから」

 負け惜しみでも言うかのように、ハバネロがいなくなった後でカクテルはそうぼやいた。



<キャラクター紹介>

名前:蛇遣座オフュカスのラタトゥイユ

性別:女

年齢:26

身長:157

3サイズ:87-59-88(Eカップ)

髪色:黒

星座:魚座

趣味:陛下へのご奉仕

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