第86話 幸次郎の覚悟
王立アンドロメダホテル前。
空中に設置した足場を身軽に飛び移りながら、ホーレンソーは四方八方から矢を放つ。空中戦には絶大な自信のあったアブラーゲであったが、ジェットパックの機動性ではそれを避けることはままならず。全身に矢を浴びて虫の息であった。
「ば、馬鹿な……俺は下級幹部のナンバー3だぞ……それがこんな……」
「さて、貴様に問おう。一体何故魔法少女を狙う?」
今にもジェットパックの火が消えて墜落しそうなアブラーゲに矢を向けて、ホーレンソーは尋ねる。
「何故だと……人間どもは妖精界を汚す存在だからだ! 妖精界は妖精だけのものだ! 魔法少女を皆殺しにし、二度と人間が妖精界の地を踏むことがないようにしてやるのだ!」
「ふむ……そんなことをすれば魔法少女バトルを行えなくなるぞ? 魔法少女バトルが無くなれば魔力エネルギーの安定した供給が失われ、この国のインフラが成り立たなくなるではないか」
「知るかそんなこと! 人間を追い出すことの方が重要だ!」
「……話にならんな。所詮はテロリストか。貴様が過去に人間と何があったかは知らないが、この凶行に及んだ時点で同情の余地はない」
力を籠めて引き絞った矢は解き放たれ、アブラーゲの腹をジェットパックごと貫いた。そのまま落下するかに思われたが、勢いのついた矢は更に突き進み、足場の一つに刺さって止まる。まるで磔のように、アブラーゲの身体は打ち付けられた。
ホーレンソーはその足場の上に立ち、アブラーゲの服を掴む。打ち付けていた矢は消え、ホーレンソーはアブラーゲと共に飛び降りた。そして見上げる兵士達の前に、木の葉のように柔らかに着地。
「お疲れ様です、ホーレンソー様」
敬礼する兵士の一人に、ホーレンソーはアブラーゲを差し出す。
「急所は外しておいた。一応まだ生きている」
「了解しました」
兵士達は、一斉にアブラーゲを拘束する。その後ろでは、洗脳兵士化されていた市民達の病院への搬送が続いていた。
一方、無人の市場で戦うのは穂村幸次郎と十四使徒・辻斬りのサシミ。剣士同士の対決であった。
「俺は昔から剣の才能があってね、それを見せたくてたまらないから辻斬りになったんだ。そしたらあっという間に指名手配。そこを匿ってくれたのがフォアグラ様だった。だから今の俺は、フォアグラ様への感謝の念を籠めて辻斬りしてるのさ」
(なんていかれたことを言っているんだ……まともに話の通じる相手じゃなさそうだ)
太刀筋を一つ一つ見極めてオーブで受け止めながら、幸次郎はそんなことを考える。
「意外とやるなあ。ガキだと思って見くびってたぜ」
サシミは強く打って勢いをつけ、後ろに飛び退く。そして一度曲刀を鞘に収めた。
「知ってるか? 俺の居合いの速度は並じゃねえ。この一撃で、幾多の命を奪ってきたのさ」
そう言い終るや否や、サシミは抜刀。幸次郎の首を刎ねんとばかりに、超速の刃が迫る。だが肉裂ける音は無く、響き渡ったのは金属音。サシミの居合いを、オーブではなく剣で受け止めた。そしてその剣の柄に填められているのは、黄色のオーブ。
「雷撃!」
剣からの放電。迸る電撃が剣から剣へと伝い、サシミ本体を痺れされる。
「ギャアーッ!」
悲鳴を上げて飛び退くサシミ。
「ば、馬鹿な!? 俺の居合いを見切っただと!?」
「こんなもの、最強寺さんのパンチと比べたら全然遅い!」
更なる追撃を狙って幸次郎は放電するが、サシミは更に下がって避ける。
「ちっ、ガキだと思って甘く見てたぜ。だったらこっちも本気を出させて貰う」
そう言うサシミの肉体が、不気味に蠢き始める。
「教団に入る前の、ただのサシミの戦い方はここまでだ。ここから先は、フォアグラ教団十四使徒・辻斬りのサシミだぜ!」
蠢きが止まり、どうやら肉体変化は終わったようである。だがその身は元の形に戻っただけで、見た目は特に変化が無い。
警戒して身構える幸次郎。サシミは笑いながら再び剣を収め、居合いの体勢に入る。
「さっきまでの俺と一緒だと思うなよ!」
その挙動に、幸次郎は思わず愕然とした。サシミの胴体が、有り得ない方向に捻じれている。
「喰らえ!」
捻りを加えて、サシミは抜刀。巻き起こる衝撃波。幸次郎は咄嗟に剣と三つのオーブを重ね防御力を強化して受け止めるも、先程とは比較にならない速度の一撃によって吹き飛ばされた。サシミの胴体は抜刀の慣性によって更に逆方向に捻じれる。
「ぐ……な、何だあの体……」
後ろの壁に叩きつけられた幸次郎は、己の目を疑った。サシミはタコのようにうねうねと体を変形させている。
「どうだ? ポトフの改造によって得たこの俺の軟体ボディ! これで俺の剣速は何倍にも強化されたのさ!」
そして腕をゴムのように伸ばし、超リーチの突きを繰り出す。幸次郎はオーブで剣先を受け止めようとするが、サシミの腕は関節が無いかのように曲がってオーブを避けた。曲刀が幸次郎の胸を突く。だが刺さることはない。
「ん? もしかしてお前、魔法少女バトルのHPシステム使ってんのか?」
伸ばした腕を幸次郎が剣で切ろうとすると、サシミは腕を引っ込めた。
「やだねー、斬れない相手ってのは冷めるぜ」
相手が隙を見せたところで、幸次郎はここぞとばかりに切りかかる。だが、サシミは人体の構造では絶対に不可能な動きで体の形を変えて避ける。
「もしかしてお前、俺が十四番だと思って甘く見てたか? 言っておくが、十四番ってのは改造前に計った順位だ。この状態での実力ならもっと上が妥当。俺達は上位の使徒と戦って勝てば順位を上げられるんだが、俺の場合うっかり相手を殺しかなねないからな。教団にとって大事な人材を失うわけにはいかないんで、あえて十四番に留まってるのさ」
ぬるぬると動いて、回避と攻撃を繰り返すサシミ。幸次郎の攻撃は当たらぬまま、こちらのHPだけが削られてゆく。かつては絶対的な信頼のあったオーブによる絶対防御も、変幻自在に動かせる軟体の腕が相手では上手く攻撃を防げない。
(く……このままじゃHPがゼロになって司令室に戻される……)
次に幸次郎がとった行動は、オーブの一つを剣の柄に填めることであった。ここは防御を手薄にしてでも、攻めに転じるしかない。
(相手の動きを封じるならこれだ!)
装着したのは、青のフリーズオーブ。剣を一振りすれば、斬撃と同時に冷気が放たれる。いかに軟体ボディといえど、凍ってしまえばあのような動きはできないという判断だ。
「ちっ、小賢しい真似を!」
サシミは体を目一杯伸ばし、勢いをつけて避ける。続けて、体勢を低くして滑り込むように幸次郎に接近。下から上に向かって切り上げる。幸次郎は負けじと下に剣を突き刺そうとするが、ぬるりとすり抜けるように避けられる。
「無駄なんだよ! お前の攻撃は俺には当たらない!」
己の回避技術に絶対的な自信を持って粋がるサシミ。しかし幸次郎は、先程の冷気攻撃を焦って避ける姿を見逃さなかった。
(冷気に対してだけは反応が違った……恐らく弱点だろう。どうにかしてそれを当てることができれば……)
敵の弱点発見、光明が見えたかに思えたが、幸次郎には一つ気がかりがあった。
(だけど果たして僕のHPがもつかどうか……)
戦闘開始からもう随分とダメージを受けており、既に残りHPは二割を切っていた。
幸次郎は、今朝の騎士団会議室での会話を思い出す。
「何故か使えない最強寺君は仕方が無いとして、穂村君とデスサイズさんにはHPシステムを使って頂こうと思います」
フォアグラ教団の成り立ちを説明する前に、ザルソバはこんな提案をしていた。
「生憎だが俺は断らせてもらう。そいつはゲームのために作られたものだろう、実戦に耐えうるとは思えん」
「ええ、確かにこれは魔法少女バトルというゲームを成立させるためのシステムであり、実戦に向けて作られたものではありません。ですが、あなた方の身を守る上では一定の効果はあります。痛みを感じにくくなりますし、自身の身体が傷つくこともありません」
「そんなものを使えば実戦の感覚が鈍る。俺は無しで頼む」
「流石デっさん、プロって感じするぜ」
「……そうですね。わかりました」
頑なにHPシステムの使用を拒むデスサイズに、流石のザルソバも折れた。
「彼の言い分も一理あります。実際あれを実戦で使う上では相応のデメリットもあります。本人はまだ戦えるつもりでも、HPがゼロになれば強制的に戦闘不能にさせられてしまいますから。満身創痍でも立ち上がり根性で戦い続けるような戦い方はできなくなります」
「そいつは困るな。何でか知んねーが俺がそいつ使えなくてよかったぜ」
拳凰は暢気にそんなことを言っていた。
「それで、穂村君はどうします?」
「あ、僕は……有りでお願いします」
申し訳なさそうに、幸次郎は答えた。まるで自分が酷く臆病で情けなく感じたような気分だった。
幸次郎自身、二次予選まではHPシステム無しで戦ってきた。しかしそれは、オーブの絶対防御を突破できる相手と当たらずに済んでいたからに他ならない。それが通用しなくなった今、HPシステム無しではもう戦えなくなっていた。
(HPがゼロになれば、僕はバリアに包まれた後、司令室に転送される。僕は怪我することなく生き残れるけれど……)
そもそも幸次郎は、ただ剣道が得意なだけのどこにでもいる普通の男子中学生である。それが成り行きでテロリストと戦わされている。恐れるのは当然のことなのだ。戦闘のプロであるデスサイズはともかく、普通の男子高校生のはずなのにあそこまで肝が据わっている拳凰の方がおかしい。コロッセオとの死闘を見て、自分とは住む世界が違うと思ったものだ。
(僕がいなくなったら、あの人が殺されてしまう!)
幸次郎は、倒れている軍人の方を向く。今の自分の行動には、他人の命が関わっている。
(く……一体どうしたら……)
またも振りかざされた剣をその身に受け、HPが削られる。もう四の五の考えていられる余裕はない。
「ザルソバさん、今からHPシステム解除することはできますか!?」
幸次郎は、司令室に通信を試みる。
「ええ、では貴方のHPシステムを解除します」
事態を察知して、ザルソバは聞き返すことなく迅速に対応。
「ありがとうございます!」
幸次郎は自身の思考の中にずっと浮かんでいたHPバーが消えたのを感じた。もうここからは、攻撃を受けたら自分の身が傷つく。だがそれでも、今はそうする他ないのだ。
(僕は最強寺さんみたいにはなれない……それでも僕には、僕の戦い方がある!)
「何ボソボソ言ってやがる!」
覚悟を決めた幸次郎に、再び剣が迫る。幸次郎は先程と同じようにオーブを前に出して防御しようとする。
「無駄だ無駄だ!」
先程と同じく伸びる腕を曲げ、サシミの剣はオーブを避ける。だが次の瞬間、幸次郎は僅かに横に動いて回避した。
「ちっ、まぐれか?」
オーブはフェイント。オーブを避けた先を読んで自ら動いたのだ。初心に立ち返った動きの読み合い。これぞ剣道少年の本領。
「ならこいつで終わらせてやる」
サシミは剣を収め、居合いの体勢に入る。
「喰らえぃっ!」
軟体ボディを捻って加速させた、必殺の居合い。だがそこで、幸次郎の鷹の目が光る。脅威の必殺技への対抗策も、今の自分ならばできる。
赤いオーブを柄に填めて、作り出したのは炎の壁。一度見た技、剣の軌道はわかっている。だが炎の壁は容易くかき消され、火の粉を纏った衝撃波が幸次郎の肌を切り裂く。しかしそれも計算の内。血が出ようとも構わず、幸次郎は剣に剣をぶち当てた。途端、
「馬鹿なっ!」
武器は破壊した。次はこちらが攻める番だと駆け出す幸次郎だったが、サシミはすかさず胴体を蛇のように長く伸ばし、幸次郎に巻きつく。
「軟体ボディにはこういう使い方もあるんだよ!」
幾分にも切り札を残しているサシミ。だが幸次郎は、それにも冷静に対処する。オーブを黄色に換装し、周囲に放電。
「ウギャーッ!」
感電したショックで元の体型に戻ったサシミに、幸次郎は畳み掛ける。
「フリーズオーブ!
凍りついた刀身から、冷気を纏った斬撃。身体が痺れて動けないサシミは、防御も回避もできずに受けた。
「お、おのれーっ! この俺が騎士団でもない奴にーっ!」
冷凍されたタコの如く軟体ボディを完全に凍らされ、サシミは倒れ伏す。
「この勝負……僕の勝ちだ!」
一皮剥けた、覚悟の勝利。少年は今、魔法の戦士へと覚醒した。
<キャラクター紹介>
名前:第十六使徒・死の道化師ジャンバラヤ
性別:男
年齢:34
身長:176
髪色:紫
星座:牡羊座
趣味:ジャグリング
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