第87話 神の血を引く女騎士

 オリンポステレビの報道スタジオ。番組放送中に乱入してきたのは、第十五使徒・光刃のガーリック。魔力で固めたビーム状の剣を扱う剣士である。

「聞こえるか妖精王オーデン! フォアグラ様ほど清廉な騎士はいなかった! それを醜い嫉妬で陥れた貴様に、我らが正義の裁きを与えるーっ!」

 剣を振り回しながら、ガーリックはカメラに向かって叫ぶ。

「そして貴様ら、フォアグラ様を侮辱した報道をするマスコミもだーっ!」

 そしてカメラマン目掛けて、剣を振り下ろした。だがその時、一本の鞭が剣を絡め取る。

「何!?」

 カメラマンを守ったのは十三人目の妖精騎士、蛇遣座オフュカスのラタトゥイユである。

「貴方、陛下の悪口を言ったわね……許されないわ」

「現れたか妖精騎士! フォアグラ様に嫉妬して陥れた下劣な一味め! 我が正義の刃で死ぬがいい!」

 怒りの声を上げて、ガーリックはブンブンと剣を振り回す。だがラタトゥイユはそれを難なく避ける。

「まあ、なんて下品な戦い方」

 そしてカウンターに鞭を振り、ガーリックの脇腹を打つ。辺り一体に響き渡る打撃音。吹っ飛ばされて壁に叩きつけられるガーリックであったが、この程度で倒れる男ではない。

「効かんわー!」

 そう言って再び攻撃に出ようとしたところで、異変は起こった。鞭を打ってもいないのに、突然響き渡る鞭の音。それと同時に、ガーリックの身体が仰け反った。

「ギエッ!?」

 音が鳴ったのは、先程鞭を受けた傷口。ガーリックが目を丸くしてそこを見ると、再び音が鳴り全身に衝撃が走った。

「ギョエーッ! な、何だこれは!?」

「これが私の残響魔法……鞭で打った場所に音を残し、そこから何度でも同じ音と衝撃を再生できる……」

 そして再び、鋭い打撃音が繰り返される。その度に同じ場所が何度も鞭に打たれたように激しく痛み、ガーリックは悲鳴を上げた。打たれる度に傷口は抉られ、血飛沫が舞う。

「ヒ、ヒィ~ッ、助けてくれーっ! や、やめてくれ! 死んじまう!」

 先程までの強気はどこへ行ったのか命乞いを始めるも、ラタトゥイユは表情一つ変えず。鞭の音が無情に響き続け、傷口を抉り続ける。

「わ、わかった! テロなんかした俺が悪かった! 謝るから!」

「カメラ、止めて下さるかしら?」

 ラタトゥイユは命乞いを無視して、番組スタッフの方に語りかける。これから起こることを察したディレクターは、慌てて中継を切った。それを確認すると、ラタトゥイユは再びガーリックの方を向く。

「陛下を侮辱したこと、死んで詫びなさい」

 顔を青くして涙目になりながら、ガーリックの身体は傷口から裂けてゆく。

「く、くそっっ!! 騙したなポトフめ! 今の俺ならば妖精騎士団に勝てるんじゃなかったのかーっ!!!」

 断末魔の叫びと共に、ガーリックの上半身と下半身は二つに裂けた。物言わぬ肉塊と化したガーリックを、ラタトゥイユは冷たい目で見下ろした。


 蛇遣座オフュカスのラタトゥイユ。本名、ラタトゥイユ・ミラ。

 ミラ家は妖精王家の遠い親戚筋に当たる貴族だが、事業失敗により没落。ラタトゥイユは王宮に拾われ、オーデン付きのメイドとして仕えることとなった。

 しかし腐っても王家の血筋、彼女はすぐに頭角を現した。魔力の高さに目をかけられ、魚座の騎士に就任したのである。

 妖精王家は創世神オムスビの子孫。尋常ではなく高い魔力という、神の力を遺伝しているのだ。王家の血が薄まるほどその力は弱まり、ミラ家は相当薄い方ではあったが、多少訓練しただけでそこらの軍人をゆうに超える戦闘力を得られた。

 騎士としてのキャリアを積む最中、やがて彼女は后を亡くしたオーデンの愛人となるのだが、それはまた別の話である。


 現在の妖精騎士団で、神の力を持つ騎士は三名。ラタトゥイユと王女ムニエル、そして最後の一人が、乙女座バルゴのミルフィーユである。

 本名ミルフィーユ・ベガ。ベガ家はミラ家より遥かに王家の血が濃い、妖精界全土にその名を轟かす大貴族である。

 今回ミルフィーユが担当する防衛地点は、オムスビ大神殿。王都オリンポスにおけるオムスビ教の中心地である。そして対するは、全身がごつごつした鋼のような肉体を持つ男、第八使徒・無敵のトリガラ。七聖者に次ぐ地位を持つ、下級幹部最強の男である。

「殺すとは随分な物の言い様ね。そんなに自信があるのかしら?」

「言っておくが、俺が下級幹部だからといって舐めないことだ。教団には上級幹部の席が七つしかないばかりに運悪く下級幹部の地位に甘んじることとなったが、俺の実力は九番以下を大きく引き離し七聖者と同等なんだよ」

「そう」

 全く興味が無いとばかりに、ミルフィーユは一言だけで返事をする。

 直後、まるで瞬間移動したかの如くトリガラの後ろに回り込んだミルフィーユが、トリガラの腕を掴んで地面に投げ伏せた。だがトリガラは土煙の中からすぐに立ち上がる。

「効かん! 俺のこの無敵装甲は絶対無敵だ!」

 その身は無傷。鋼の肉体を自慢するかのように、トリガラは叫ぶ。

「確かに、耐久力だけは七聖者並かもしれないわね」

「女の分際でこの上から目線……許されざることだ!」

 トリガラが腕を引いて勢いよくパンチを打つと、辺りに突風が巻き起こった。

「俺の鋼の拳は敵の体を貫通するぞ! 女が喰らえばただでは済むまい!」

 だが、ミルフィーユは最低限の動きで容易く避けていた。

「女女と……何か女に恨みでもあるのかしら?」

「恨みではない! 蔑みだ! 女は全てにおいて男に劣る下等な生物だ! にも関わらず貴様のように立場を弁えぬ女が後を立たない! 女が上に立つ組織は滅びるのが常! 故に我が教団幹部は全て男なのだ!」

 饒舌に捲し立てながら、トリガラは連撃を畳み掛ける。しかしその拳は一発も当たらず。

「今のこの国は男の王が治めているから良いが、次に王位を継ぐのは女だ! だからそうなる前に王家を滅ぼし、フォアグラ様を新たな王とするのだ!」

 後ろに回り込んで背中から殴り貫こうとするが、ミルフィーユは腋の下を通す形で拳を避ける。そして脇を締めて腕を取り、関節を極めた変則背負い投げ。トリガラの背中を強く地面に打ちつけた。しかしトリガラがダメージを受けている様子はない。

(内部は脆いかと思っていたけど、関節もあまり効いている様子は無し……確かにこの耐久力は侮れないわね)

 起き上がったトリガラは、すぐにまた攻撃に移る。

「そのためにまずはこの神殿を破壊する! 何が創世神だ! 女の分際で神などありえん! フォアグラ様こそ、この世の王にして神に相応しいのだ!」

「随分とフォアグラに心酔しきっているのね」

 嵐の如き連打を捌きつつ、ミルフィーユは冷めた反応を返す。

「いちいち癇に障る言い方をしやがって! 俺は男だぞ! 俺を敬え!」

「……ええ、では貴方に敬意を表し、本気でお相手致しましょうか」

 突き出した拳を避けると同時に、ミルフィーユはトリガラの鳩尾に手を添える。次の瞬間、トリガラの体が前のめりに回転し地面に顔をぶつけた。更にそこから車輪のように回転を繰り返し、トリガラは何度も地面に打ち付けられる。

「ベガ式格闘術奥義……無限投げ・柔」


 ベガ家は治癒魔法の名門であり、王都オリンポスに大病院を構えている。ミルフィーユもまた世界最高峰の治癒魔法を学び、軍医として国に奉仕していた。

 だがベガ家には、それとは違うもう一つの顔もある。大病院に併設された格闘場。それこそが妖精界最強の格闘一門たるベガ家に代々伝承される、ベガ式格闘術の道場である。

 体の治し方を知る者は、壊し方も知る。ベガ式格闘術は、かつては戦場においても使われていた超実戦的殺人格闘戦術。ミルフィーユが乙女の護身術と称して教えているのは、その殺傷力を大幅に落とし、か弱い女性でも扱えるようデチューンしたものに過ぎないのだ。


「いかに防御に優れていようと、脱出不可能の攻撃をされればどうなるかしら? 貴方が降参するまで止まらないわよ。これでもまだ意地を張るのかしら?」

 無限投げ・柔はその名の通り無限に続く投げ技。この技を使う間、ミルフィーユはただそっと手を添えているだけ。トリガラは自分自身の攻撃の勢いを利用されて投げられ続けているのである。まさしく柔よく剛を征す、究極の柔の奥義。受け手は一度これを喰らえば自らの意思で抜け出すことは叶わず、死ぬか降参するまでこの地獄は続く。

「わ、わかった! 降参する! だからもう止めてくれ!」

 意外にもあっさりと降参を認めたトリガラに対し、ミルフィーユは疑う素振りも見せず解放。すると、トリガラは素早くミルフィーユから離れ、神殿の方へと駆け出した。

「残念だったな下等生物め! 貴様と戦わずとも神殿さえ破壊すれば俺の勝ちだ!」

「そう、だと思ったわ」

 トリガラがパンチを打とうとした矢先、ミルフィーユはそれよりも速く動いて前面に回り込むと、拳を掴んで塞き止めた。

「なっ!?」

 トリガラは驚きを隠せず大口を開ける。先程までは回避に徹していたが故に、いかに騎士ミルフィーユといえど自身のパンチを喰らえば只事では済まないと踏んでいたのだ。

「ば、馬鹿な! 俺のパンチを片手で……!」

「本当に降参していれば、優しい方の奥義で済ませてあげていたのに」

 穏やかな表情でそう囁くミルフィーユを見て、トリガラは背筋に冷たいものを感じた。

 空気が震える。ふんわりウェーブのピンク髪が、天に向かって逆立つ。逃げ出したくても、とてつもない握力で拳を掴まれてぴくりとも動けない。

「無限投げ・剛」

 静かに技名を呟き、それをトリガラが聞くや否やの間、神殿から引き離すかのように片手だけで投げ飛ばした。地面が砕けるほどのパワーで叩きつけられるも、やはりさしてダメージを受けている様子はない。だが間髪を入れずミルフィーユはまた掴みかかり、その場の地面にまた投げる。そしてまた掴んで、投げる、投げる、投げる。ただひたすら投げる。まさしく剛よく柔を断つ剛の奥義。


 ベガ式格闘術には、二つの型がある。一つはミルフィーユが普段用いる柔の型。こちらは比較的扱い易く、体格を問わず使えるものである。乙女の護身術の元のなったのもこちらの型。そしてもう一つが、本来は屈強な成人男性が使うことを前提として作られた剛の型。

 ミルフィーユは幼少期より柔の型を極めるべく修行してきたが、本来女子供が使うものではない剛の型については触れてこなかった。だが乙女座の騎士試験決勝で敗れたことを機に、周囲の反対を押し切り剛の型の修行を始めたのである。そして遂にはベガ家の長い歴史の中でも会得した者は数少ない剛の奥義を、女性としては初めて会得するに到ったのである。

 剛の奥義たる無限投げ・剛は、相手を永遠に投げ続けること以外は無限投げ・柔とは全く異なる技。傍から見ればテクニカルな印象を受ける無限投げ・柔と比べ、こちらは奥義と呼ぶにはあまりにも強引で稚拙に見える。ただひたすら、相手を掴んでは投げ掴んでは投げるだけの技である。だがその実態は、とてつもなく高度な技術を要するものであった。

 どんなな体力自慢でも、休まずひたすら攻撃を続ければ疲れが溜まるというもの。それに強力な攻撃は、打つ側の反動も相当に大きい。だが忘れてはならない。ベガ家は治癒魔法の名門でもあるということを。相手を投げ続けながら、自分自身に治癒魔法をかけ続ける。疲労も反動もすぐそばから回復し、常に自身は健康体で永遠に敵を投げ続けられる。王家の血を引くが故の膨大な魔力と、ベガ家が誇る卓越した治癒魔法の技術、そして最強の殺人拳法たるベガ式格闘術。それが合わさってこそ成し得る奥義なのだ。


 絶え間なく響き続ける、トリガラを地面に打ち付ける音。なまじ防御力がある分、投げられる回数も多くなる。

 そしてミルフィーユが投げるのを止めた時、トリガラは顔面がボコボコに潰れ、全身の関節が有り得ない方向に折れ曲がっていた。

「命だけは取らないであげる。尤もテロリストはどのみち死刑でしょうけど」

 トリガラが完全に気を失っていることを確認すると、ミルフィーユは司令室に連絡を取る。

「こちらミルフィーユ、敵幹部の撃破完了しました。これより負傷者の救護に向かいます」

「了解しました。お気をつけて」

 白衣の天使にして恐怖の女傑。それがミルフィーユという女なのだ。


 ミルフィーユからの通信を受けたザルソバは、通話を終えるとビフテキの方を向く。

「これで敵は第九使徒と第四使徒の二名を残すのみ。カニミソと最強寺拳凰はいずれも苦戦中です。救援を向かわせますか?」

「いや、このままでいい」

「ですが……」

「カニミソを第九使徒に向かわせる判断をしたのは君だろう。君は王都の防衛がかかったこの局面で、温情だけを理由に勝てるかも怪しい者を向かわせたのかね?」

「いえ、彼の実力を信じてのことです」

「ならばよい」

「ですが、最強寺拳凰と第四使徒の交戦は意図したものではありません。本来第四使徒と戦うはずだったのは蠍座スコーピオンのハバネロ。彼の火炎放射器は炎を吸引して自分の魔力に変換することもできますから、爆発を操る相手には有利と踏んでのことです。最強寺拳凰が第四使徒に勝てるとは、到底思えません」

「君も最終予選でのコロッセオとの死闘を見ていただろう。あの方は奇跡を起こす男だよ」

 ビフテキの自信に満ちた目。ムニエルはそれを不安げに見ていた。



<キャラクター紹介>

名前:第十三使徒・不吉のソーメン

性別:男

年齢:35

身長:207

髪色:赤

星座:魚座

趣味:登山

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