第21話 智恵理VS梓

 妖精騎士団人間界拠点。まだ他の誰も出勤していない早朝に、ホーレンソーは一人パソコンをいじっていた。勿論それは妖精界製の魔力で動くパソコンである。

 ホーレンソーは機密情報に何度もアクセスを試みていたが、一向に成功しない。

(……やはり駄目か)

 最強寺拳凰の正体。カクテルとソーセージの企み。ビフテキや妖精王も怪しい。今回の魔法少女バトルの裏で一体何が動いているのか。騎士の立場上表立って動くことはできないが、それでも真実を知らねばとこのような行為に出たのである。

 と、そこで別の騎士が出勤してきた。

「おやホーレンソーさん、今日はお早いですねえ」

 やってきたのは、よりにもよってカクテルである。

「何か調べごとですか?」

 まるで全てをわかっているかのような表情で、カクテルは画面を覗き込む。

「貴方如きでは真実には辿り着けませんよ。戦うことしか能のない脳筋で、外面だけ取り繕った田舎者。そして民を悪魔に売った外道領主の息子の……ホーレンソーさんにはね」

 ねっとりとした口調で煽りつつ、カクテルは特にホーレンソーの行為を阻止するような動きもなく自分の研究室へと向かって行った。

(阻止する必要も無いくらいの余裕、ということか)

 ホーレンソーがそう思ったところで、カクテルは扉の前で一度立ち止まり振り返る。

「あ、そうそう。いずれは陛下から騎士団全員に通達がありますので、余計なことをして立場を悪くするくらいでしたらそれまで大人しく待っていた方が貴方のためになりますよ」

 カクテルはそう言って研究室の中に入り、扉に鍵をかけた。


 対戦組み合わせの知らせを受け取った翌日、智恵理は梓の自宅を訪ねた。

 昨日の夜、智恵理は対戦相手の名前を見た後すぐさま梓に連絡をとった。梓も智恵理と同じく非常に驚いていた様子だった。お互いこれで初めて親友が魔法少女であることを知った身。昨日の時点で伝えるべきことはお互い全て伝えてあったが、夜遅かったこともあり直接会うのは今日まで引き伸ばされることとなったのだ。

「お、おはよ……」

 何だか気まずい雰囲気で、智恵理は梓に挨拶する。

「おはよう智恵理。上がって」

 梓は平然とした態度で挨拶を返し、智恵理を自室に案内した。

「き、昨日のことはその……」

「大丈夫、気にしてないわ。びっくりはしたけど……それはお互い様でしょう」

「う、うん……」

「どっちが勝っても恨みっこ無し。お互いベストを尽くしましょう」

 既に覚悟を決めている梓と、未だ煮え切らない智恵理。

(はぁ……最低寺さえいなければ、次であたしと梓のどっちかが脱落なんて状況にならなかったかもしれないのに……)

 昨日の時点で、智恵理と梓はお互いにあと一回負けたら脱落であること、拳凰に黒星を付けられたことを伝え合っていた。二人ともどうしても叶えたい願いがあるわけではない、所謂「優勝してから考える組」であるのだが、かといって一方が棄権し親友に勝ちを譲るということにはならなかった。二人とも願いとは別の、勝たなければならない理由があったからである。

 もし二人とも負けられる回数がまだ残っていれば、こんな深刻な状況にはならなかったのかもしれない。智恵理は拳凰の存在が恨めしくて仕方が無かった。

 智恵理はその後も若干気まずい空気のまま梓の家で過ごし、昼食前に自宅へと戻った。


 そしてその日の夜。どこかの学校の体育館で、親友同士の試合が始まろうとしていた。

「梓……いくら梓が相手でも、あたしは負けられない」

 覚悟を決めた智恵理は、杖の先を梓に向ける。

「どっちが勝っても恨みっこ無しって言ったよね? だからあたしが勝っても、親友やめないでよね」

「どっちにしろここで負けた方はここで負けたことの記憶が無くなるわ。だからこれまで通り親友の関係は続くわよ」

 大会のルールを理解した上で、ドライに返す梓。

(あたしはあいつを……カニミソを忘れたくない。だからこれからも勝ち残って、絶対に優勝する!)

 初めての恋に燃え、そのために勝つことを誓う智恵理。

(この魔法少女バトルには裏がある。私はそれを突き止めたい。そしてそれが私達に危害を加えるものなら、止めなくちゃいけない)

 ホーレンソーが見せた不穏な空気。バリアを破壊する魔法少女。拳凰の乱入。様々な要因が、梓の正義感を突き動かした。一度関わってしまった以上、もう引き返すことはできない。

 二人はそれぞれの負けられない理由を胸に、武器を構える。

「行くよ、梓」

「来なさい、智恵理」

 戦いの火蓋は切って落とされた。魔法弾と光の矢が交差する。二人は互いに初撃をかわした後、次の攻撃を放つ。


「行け智恵理ー! 頑張るカニー!」

 カニミソは「ガンバレ智恵理!」と書かれたハチマキを巻き、モニターに向かって声援を送る。

「親友同士の潰し合い、心躍りますねえ。これが殺し合いだったなら更によかったのですが……」

「カクテル!」

 ホーレンソーに怒りの声を上げられ、カクテルは「おおこわい」とでも言うかのようにおどけた顔をした。

「相変わらずいかれた男ぜよ」

 ミソシルが呆れて言う。

「基地外警報!!! 基地外警報!! 気の触れた方がいらっしゃいます!」

 ソーセージが突然騒ぎ出し、全員から白い目で見られた。

 本日この場所には、現在人間界にいる妖精騎士九名全員が揃っている。

「ミルフィーユさん、どうかされましたか?」

 ミルフィーユの浮かない顔に気付き、ザルソバが尋ねた。

「少し……昔のことを思い出して……」

「そういえば貴方もかつて幼馴染で親友だった人と戦ったんでしたねえ」

 カクテルが嬉しそうな顔で割り込む。ミルフィーユは表情を強張らせた。

「一度目は乙女座の騎士の採用試験で、そして二度目は……」

「カクテルさん!」

 先程のホーレンソーと同じくらいの声量で、ザルソバが叫んだ。普段冷静沈着なこの男が声を荒げたことに、他の騎士達は不穏な表情を見せる。

「……すみません。観戦を続けてください」

 ザルソバは謝った後、普段の調子に戻った。

 皆が智恵理と梓の試合にばかり注目することに、不満そうな者が一人いた。牡羊座アリエスのポタージュである。

「親友対決だか何だか知んない的だけどさあ、そんなのより僕の担当する娘の試合も見て欲しい的なー」

 現在五つの試合が同時進行されており、その全てがこの場所のモニターに映されている。ポタージュはその内の一つを指差しながら言った。

「麗羅ほどじゃない的だけどー、僕的に結構一押しな娘的なー」

「その割には既に二敗しているんぜよな」

 ミソシルの冷静な返しに、ポタージュは声が詰まる。現在行われている五試合に出ている魔法少女は、いずれもあと一回負ければ脱落となる者ばかりである。そしてこの五試合全ての決着がついた時、最終予選の定員を迎え二次予選が終結するのだ。

「そ、それはたまたま強い魔法少女と当たっちゃった的な……」

「やめてあげましょうよミソシルさん。本命が二敗しちゃってる方もいるんですから」

 ポタージュをフォローするふりをしながら、その真意はホーレンソーへの煽り。カクテルはとても嬉しそうな顔で言った。

「そ、それは俺のことカニか!? 俺の本命、二敗どころか三敗してとっくに脱落しちゃったカニ!」

 突然カニミソがしゃしゃり出て、泣きそうな表情で言った。ホーレンソーは一度カニミソの方を見た後すぐ顔の位置を戻し、フッと鼻で笑う。

(芝居がわざとらしすぎるな)

「……お蔭で残った魔法少女は智恵理一人だけになっちゃったカニ! もうこうなったら智恵理が俺の最後の希望カニ! 頑張るカニ智恵理ー!」

 カニミソは一度ホーレンソーの方を見た後、すぐにまた捲し立て始めた。

「でもその娘が勝てばホーレンソーさんの本命が脱落しちゃいますねえ。いやあ愉快愉快」

 どこまでも煽るカクテル。カニミソはここで初めてそれに気付いたようで、「あっ」と一言発して固まった。

「結局みんなあっちの話題になっちゃう的な……」

 ポタージュは一人、ふて腐れていた。

「なあテキテキ坊主、お前が担当してる奴んとこ、乱入男来てんぞ」

 ハンバーグがモニターを指差す。

「なっ!?」

 ポタージュ一押しの魔法少女の戦う会場に現れたのは、ご存知乱入男こと最強寺拳凰。この二次予選最終日にも、案の定やってきた。

 ホーレンソーとカニミソ、そしてミルフィーユが顔を上げ、一転してポタージュ一押しの場所に注目が集まった。


「よう魔法少女ども。今日も乱入してきてやったぜ」

 意気揚々と挨拶をする拳凰。二人の魔法少女に緊張が走った。


 智恵理と梓のバトルは、始め互角であるかに見えた。しかし少ししてみれば、その実力の差は顕著に現れた。

(う……梓がこんなに強かったなんて……)

 既に二敗しているとのことから自分と同等の実力だと踏んでいた智恵理は、梓の圧倒的な強さに愕然としていた。

 梓のHPは僅かしか減っていないにも関わらず、自分は既に半分を切っている。撃った魔法弾は矢で簡単に相殺され、一方的に攻撃を受け続ける。梓の矢は空中で直角に曲がるわ物に当たればピンポン玉のように跳ね返るわ、矢とは思えぬ軌道のものばかり。

 更に梓が上空に向けて矢を放つと、それは空中で無数に分裂して矢の雨を降らす。これはどう足掻いても回避不能。智恵理はやみくもに魔法弾を撃つもこれといって効果がなく、みるみるうちにHPが減ってゆく。

 魔法少女の使う魔法の強さは、本人の素質に左右される面が大きい。智恵理が単にダメージを与えるだけの魔法弾しか使えないのに対し梓の矢は様々な応用が利き、この点で大きな格差が生じていた。

(ど、どうしよ……こんなの勝てるわけがない……)

 たまたま朝香や拳凰と当たったために二敗していたが、本来ならば梓は全勝で二次予選を通過していてもおかしくない実力である。万に一つも智恵理に勝ち目は無いと、妖精騎士団の殆ども妖精界の一般庶民も皆思っていた。

「智恵理……貴方はこの技で倒すわ」

 梓は智恵理の手の甲を的確に撃ち、その拍子に杖が手からこぼれる。梓は手早く次の矢を番え、スカートの端を射抜いた。その勢いで智恵理は後退。後ろの結界に矢が刺さり、スカートの端が縫い付けられた。

「なっ!?」

 智恵理は矢を引き抜こうとするが、どんなに力を籠めても矢は抜けない。丈夫に作られたコスチュームは破くことができず、この位置からでは杖を拾いに行くこともできない。矢一本で身動きをとれなくさせられた智恵理は、最早絶体絶命。

 梓はこの消化試合を必殺技のトレーニングに使おうと、弓を引き構えをとる。袴を突き抜けて九つの尾が生え、矢にエネルギーが集まってゆく。

「ちょ、ちょっと、何そのヤバそうな技……」

 焦る智恵理だったが、梓は構わず溜めを続ける。智恵理は必死で脱出を試みるも、矢はびくともしない。

 今回は相手が弱いので、溜める時間は十分にある。エネルギーを十分に溜めた後、梓は弦から手を離す。

 その時だった。突如、梓と智恵理の変身が解けた。今まさに放たれようとしていた必殺技も不発に終わる。

「な、何!?」

 急に拘束から解かれた智恵理はバランスを崩しずっこけた。

 丁度そこで二人のスマートフォンが鳴り、魔法少女アプリにメッセージが届いたことを知らせた。

 それは残り人数が丁度二百名になり、二次予選が終了したことを伝えるものであった。

「どうやら、二人とも二次予選を通過できたみたいね」

「よ、よかったぁ~」

 安心した智恵理は気が抜けてしまった。ギリギリ赤点回避の次はギリギリ二次予選通過。普段から度々ギリギリで遅刻を回避していることもあり、何とかギリギリセーフに縁のある女である。


「まさか、二人とも乱入男に救われるとは……」

 試合を観戦していたザルソバが、眼鏡を光らせながら言う。

 拳凰が魔法少女二人を撃破したことで人数が定員に達し、智恵理VS梓の試合は無効試合になったのであった。

「やったカニ! ホーレンソーもよかったカニー!」

 カニミソは滝の涙を流し、ホーレンソーに抱きついた。ホーレンソーはカニミソの行動に苦笑い。

「おのれ乱入男……僕の魔法少女が脱落しちゃった的な!」

「まー元気出せよテキテキ坊主」

 ハンバーグはポタージュの頭をわしゃわしゃしながら慰める。

「やれやれ、つまらない結果になりましたねえ。乱入男も余計なことをしてくれたものです。家に帰ってスプラッタ映画で口直しでもしましょうか」

「よかったわ、二人とも残れて」

 この結果に残念がる者もいれば喜ぶ者もいた。

「まだ帰らないでくださいよカクテルさん。これから最終予選に向けての準備があるんですから」

「……そうでしたね。日本とももうじきお別れですか。まだ見てない映画も結構あるんですがねえ」

 カクテルは名残惜しそうに言った。


 揃って二次予選を突破できた智恵理と梓は、試合が終わってもすぐには帰らなかった。体育館の壁にもたれかかって腰掛け、話をしていたのである。

「あたしね、本当は結構嬉しかったんだ、梓が魔法少女だって知った時。魔法少女バトルのこと、今までずっと誰にも話せなかったからさ。これで梓とはバトルの話題を共有できるのがすっごく嬉しい」

「智恵理……」

「梓、バトルのことで何か相談があったら、あたしにしてくれていいからね!」

 梓の手を握り、智恵理は言う。

「……ありがとう」

 梓は口では礼を言うものの、智恵理のその言葉をあまり歓迎できていなかった。

(もしかしたら魔法少女バトルには何か危険な裏があるかもしれない……そのことを智恵理に話すべきなのかしら)

「?」

 梓の微妙な表情に、智恵理は首を傾げる。

「ああ、何でもないのよ。気にしないで。少し疲れただけだから」

「あんなに余裕であたしをフルボッコにしといて疲れたって……まああれだけ強力な魔法連発してたらそりゃ疲れるよねー。ていうか梓強すぎ。あのまま試合が続いてたら危なかったよー」

「そうね。二人とも残れたのは幸運だったわ」

 磨り減った精神を智恵理の明るさに励まされ、梓に笑顔が戻る。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。また明日学校で」

「うん、じゃあまた」

 そうして二人はアプリを操作して試合会場を後にした。


 智恵理が自宅に戻ると、ぬいぐるみ姿のカニミソが待っていた。智恵理の姿を見るとカニミソは人の姿に戻る。

「あ、カニミソ……」

 好きな人が平然と自分の部屋にいる。そんな状況に、智恵理は思わず心臓が高鳴ってしまう。

「き、来てたんだ。もしかして待たせちゃった?」

「いや、俺も今来たとこカニ。二次予選突破おめでとうカニ」

「ありがと。まあ、ギリギリだったけどね」

「それで智恵理、これから最終予選について説明するカニ。最初に言ったはずだけど改めて言うと……最終予選から先は妖精界で行われるカニ。泊まりになるから準備はしっかりしておくカニよ」

 最終予選以降の開催地は妖精界。つまりこれから先、拳凰がバトルに乱入することはできないのである。今日も快勝し自転車で帰路を進む拳凰は、そんなこと知る由も無かった。



<キャラクター紹介>

名前:乙女座バルゴのミルフィーユ

性別:女

年齢:33

身長:173

3サイズ:93-60-90(Gカップ)

髪色:ピンク

星座:乙女座

趣味:ガーデニング

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