第69話 不穏なる気配
ハンバーグにとって、地獄の日々が始まった。
礼儀作法を学ぶ前に、まずは学校で習う一般教養を学ばねばならない。毎日机に向かわされ、ひたすら勉学に励む。退屈で仕方の無いことだったが、騎士になるために必要だからと我慢した。ハンバーグのあまりの学の無さには、ビフテキも少々頭を抱えることとなった。
座学と並行する形で、戦闘訓練も行った。地獄の修行場と言われるケルベルス山で、常軌を逸した修行の数々。しかしようやく体を動かせると、ハンバーグは俄然やる気が出ていた。
修行を続けある程度強くなったことを実感したハンバーグは、ビフテキに戦いを挑んだ。だが結果は惨敗。幻覚に翻弄され続け、最後は斧の柄で突かれダウン。涼しい顔で手玉に取られ、酷く悔しい思いをした。
結局ビフテキには勝てぬまま、約束の一ヶ月。今日は謁見の間にて、妖精王オーデンより騎士勲章を授与される。ビフテキから貰った正装に身を包み、精悍な顔立ちで受勲式に臨む。
謁見の間の扉が開く。盗賊騎士とやらがどれほど下品で野蛮な男か見物に来た諸侯達の前を、ハンバーグは堂々と胸を張って歩く。
小汚い盗賊だったこの男だが、身なりを整えれば意外と様になる。だが所詮見かけを取り繕っただけだと、諸侯達は見ていた。
ビフテキから教わった作法通りに跪くハンバーグを、オーデンが仮面の奥の目で見下ろす。
「面を上げよ」
ハンバーグは睨み返すようにオーデンを見る。
「これより其方を、獅子座の騎士に任命する」
「このハンバーグ、命に代えてでもムニエル王女殿下を御守り致します」
妖精王相手でも全く怯まぬ大胆不敵な態度は、以前と変わらず。しかし今の彼からは、一ヶ月前のような無謀な愚か者といった雰囲気は感じさせなかった。まるで以前から騎士だったかのような、堂々たる立ち振る舞い。
だが皆が感心したのはハンバーグにではない。あれほどどうしようもなかったハンバーグをここまでの物にしたビフテキの手腕にである。
オーデンから勲章を授与される間、ハンバーグはその奥で腰掛けるムニエルをじっと見つめていた。ムニエルもまた、こちらを見ている。
(ムニエル様……いよいよ俺は……)
力みがちになるのを根性で我慢し、冷静沈着な騎士を装う。
授与式が終わって控え室に戻ると、ハンバーグは堅苦しい正装を脱ぎ捨て下着一枚になった。
「はー……あのクソ貴族どもめ、相変わらず蔑んだ目で見てきやがる」
天井を見上げていると、ビフテキが扉を叩いた。
「入って良いかね?」
「おう、構わねえぜ」
扉を開けたビフテキは、ハンバーグのだらしない格好を見てやれやれと顔をしかめた。
「先程はよく我慢したなハンバーグ」
部屋に入って扉を閉め、ビフテキは言う。
「あの連中をブン殴りてえとは思っていたが、ムニエル様の手前だからな」
「だが忘れるな。これはスタートであってゴールではない。本当の評価は今後のお前次第なのだからな」
「ああ、わかってるよそのくらい」
ハンバーグがそう言ったところで、ビフテキはふと何かに気付いたように後ろの扉を見た。
「すぐに身なりを整えよ、ハンバーグ」
強い口調で言う。ハンバーグは躊躇わず従い、脱いだ服を急いで着た。
「我じゃ。入っても良いか?」
扉の向こうからムニエルの声。ビフテキはハンバーグを見て服装チェックすると、扉を開けてムニエルを招き入れる。
「どうぞお入り下さい」
「うむ、では失礼する」
ムニエルが部屋に入ると、ハンバーグはビシッと背筋を伸ばした。
「見違えたぞハンバーグ。其方がここまで立派になるとは……」
目を輝かせて顔を見上げてくるムニエルに対し、ハンバーグは目線を下げ跪いた。
「ムニエル様、先月は出過ぎた真似をして大変申し訳有りませんでした。今後は一騎士として立場を弁え、貴方様をお守りしてゆく所存です」
別人のように畏まって言う姿に、ムニエルは少したじろいだ。
「……うむ、期待しておるぞハンバーグ。我も冬が過ぎれば十歳となり、騎士の座に就く。騎士である以上は王族も平民も立場は同じじゃ。二年後の魔法少女バトルでは、共に頑張ろうではないか」
「有り難いお言葉、感謝致します」
キャラの変わりように唖然とするムニエルを眺めながら、ビフテキは髭をいじっていた。
こうして、遂に妖精騎士となったハンバーグ。同じく平民出身であった先代獅子座の起こした問題の件もあり、元盗賊が騎士になったことは国民からも多大なバッシングが起こった。
しかし国防の要になり得る圧倒的な強さと、ムニエル王女への鋼の忠誠心。そして貧しい者達、とりわけ子供を救うことに身を捧げる姿が国民の胸を打ち、次第に受け入れられてゆくこととなったのである。
かつてハンバーグが修行した地であるケルベルス山にて、拳凰は崖に腰掛け夜空の天の川を見上げていた。
自分は一体何のために強さを求めているのか。温泉でデスサイズに言われたことが、頭の中で何度も木霊する。
「最強寺さん、どうかされたんですか?」
後ろから幸次郎に声をかけられ、拳凰は振り返った。
「おう、明日はいよいよ本戦だからな。どうやって乱入しようか考えてたんだ」
拳凰は前もって考えておいた言い訳をして誤魔化す。
「やっぱり乱入するつもりなんですね……」
「ああ、ここまでの修行の成果を試す時だからな」
やる気に満ちている拳凰を、幸次郎は呆れて見ていた。
「残念だが、それは難しいだろうな」
デスサイズの声。二人は振り返る。
「本戦では外部からの介入ができないよう魔法がかけられているとパンフレットに書いてあった。つまりお前の乱入に対策がとられているというわけだ」
「ゲェー、マジかよつまんねーな。せっかく修行したってのに、相手がいなくちゃ意味ねーぜ」
「まあ、大人しく観戦してることだな」
デスサイズはそう言って、一緒に崖に腰を下ろす。
(だとしたら、尚更不自然だ)
幸次郎は思った。
(試合に乱入させるつもりもないのに、一体何のために修行を……)
結局ハンバーグにははぐらかされてしまった疑問が、再び浮かび上がる。ハンバーグは何となくだの嫌がらせだのと言っていたが、それが本当だとは思えない。きっと何か拳凰を鍛えねばならない理由があるのだ。
「どうしたよ幸次郎、さっきから神妙な顔して」
「あ、いえ、少し考え事を……」
「何だエロいことでも考えてたのか」
「違いますよ!」
エロいこと、と言われた途端に恋々愛の姿を思い出してしまったのは秘密である。彼女は存在自体がエロい。
「本戦はチーム戦になるそうだ。最終的に一人の優勝者を決める大会でチームを組ませる意味はわからんが、なかなか見応えのある試合になるだろうな」
「ほー、そいつは楽しみだぜ」
拳凰は再び空を見上げる。楽しみだと言いつつもどこか上の空な拳凰を見て、デスサイズはフッと静かに鼻で笑った。
ムニエルの部屋を後にしたハンバーグとビフテキは、騎士団の執務室へと足を進めていた。ムニエルは早々に休ませ、自分達は明日に向けての準備を続けなくてはならない。
と、その時だった。廊下の天井が開き、一人の男が二人の前に着地し跪いた。
男はかつてレグルス盗賊団でハンバーグの右腕を務めたカシューである。現在は盗賊時代に培った技能を活かし、軍の密偵として働いている。
ビフテキはカシューに右手をかざし、敵の変装だったり洗脳魔法をかけられたりしていないかを調べる。
「うむ」
何も問題ないことを確かめると、ビフテキはハンバーグを見て頷く。
「お頭、これを」
カシューは懐から書簡を一つ取り出し、ハンバーグに手渡した。ハンバーグは早速開いて内容を見る。
「……」
顔つきが険しくなる。ハンバーグは黙ってそれをビフテキに手渡した。
「ほう、これは……よくぞこの情報を掴んだ。ご苦労だったなカシュー、あとはゆっくり休むとよい」
ビフテキがそう言うと、カシューは敬礼の後天井へと消えた。
「ハンバーグ、至急騎士団を集めよ。国の一大事だ」
「ああ、わかってる」
妖精騎士団十三名は、緊急で会議室に集められた。明日の本戦に向けて各々が準備に忙しい中での召集であるため、不満げな表情をしている者が多かった。
「諸君、まずは忙しい中お集まり頂き感謝する」
「で、一体何的な? せっかく僕部屋でゲームしてたのに」
「貴様はこの忙しい時に何しとるぜよ!!」
言わなくていいことをわざわざ言ってミソシルに怒鳴られたポタージュは、どこ吹く風とばかりの表情で耳を塞いでいる。
「ムニエル様、せっかくこれからお休みしようということろで呼び出してしまい、誠に申し訳ありません」
「構わぬ。それほどの事態なのじゃろう」
ビフテキは深々と頭を下げて詫びる。一度寝巻になったムニエルは、再び正装に着替えて会議室に来ていた。
「してラタトゥイユ、陛下はどうなされた?」
「陛下は他にやらねばならぬことがあると仰られ、今回の会議はご欠席されるとのことです」
「国家の一大事より大事なこととは、一体何なんでしょうねえ?」
「それだけ我々を信頼しておるということぜよ!」
オーデンの行動を嘲るカクテルに対し、ミソシルが反論する。
「陛下がこの手の会議に出たがらないのはいつものことだ。俺も来るとは思っちゃいなかった」
腕を組んで腰掛けるハバネロが、鼻で笑って言う。
「陛下は騎士団の業務に馴染みの無い方であるからな、致し方あるまい。陛下抜きにはなるが、いつものことだとして話を始めよう」
「で、結局何で僕ら呼び出された的な? 大佐がいるってことは、大会の運営に関することじゃなさそう的な」
集められた者の中には、騎士団以外の者も一人だけいた。豪華な軍服に身を包んだ、立派な口髭の中年男性。伍長からの叩き上げで王国軍のトップに上り詰めた豪傑にして、騎士団からも強い信頼を寄せられる優秀な指揮官。王都司令部総司令、ショウチュー大佐である。
「軍を動かさねばならぬ事態ということですな、ビフテキ殿」
ビフテキの目を見て、ショウチューは言う。
「うむ、先程密偵から情報が届いた。これを見て欲しい」
会議室のモニターに、カシューから受け取った報告書が映し出される。
「こ、これは……!」
「厄介なことになったな」
「とうとう動き出しましたか」
「よりにもよってこのタイミングでカニ!?」
「基地外警報! 基地外警報!」
驚愕の内容に、会議室内がざわめいた。
「フフ……これは面白いことになってきましたねえ」
騒ぐソーセージを窘めながら、カクテルは一人だけ楽しそうに笑みを浮かべた。
「笑い事ではないぞカクテル!」
ホーレンソーが怒りを露にすると、カクテルは尚更愉快だとばかりに口角を上げる。
「でも何で今なんだカニ? 単に事を起こすなら、我々が人間界に行っている間が邪魔されなくていいんじゃないのカニ?」
「ええ、そのはずなのですが彼らは、何故かその間殆ど動かなかった。理解のできない行動です」
「あえて今動く理由があるとするならば、奴らの狙いが魔法少女である可能性は高いわね」
ミルフィーユの予想に、同じ考えを浮かべていた騎士達が頷く。
「奴ら罪無き国民を傷付けるばかりか、魔法少女にまで手を出すつもりか。許せぬ……」
「異界からの客人である魔法少女を傷付けることで国の権威を失落させることが狙いか、はたまた魔法少女の力そのものが狙いか……」
「大変カニ!魔法少女を守らなきゃカニ!」
「落ち着くのだカニミソ。我々が冷静であらねば、奴らの思う壺だぞ」
そう言うホーレンソーも、拳を震わせ額に冷や汗を浮かべている。
「もちつけ。もちつけー」
「す、すまないカニ。それで一体どうするカニ?」
「まずは大佐、明日の警備を増やしてもらいたい。非番の兵士も招集し、最大レベルの警戒態勢とするのだ」
「了解した。今日中に王都内の全兵士に通達する」
「我々騎士団は通常通り大会運営を行いつつ、有事の際には戦闘に出る。良いな諸君」
全員が頷く。
「奴らの狙いが魔法少女である可能性は高いが、絶対にそうとは限らない。あらゆる事態を想定せねばならぬ」
「あらゆる事態、ねえ。大会の運営だけでも激務だってのに、全く面倒なことしやがる」
「でも魔法少女の身の安全は最優先ね。彼女達を無事に人間界に帰すことも我々に課せられた使命なのだから」
「うむ、国家の威信にかけて、誰一人犠牲者を出すことなく事を終わらせるのだ」
全員の決意が固まる。集まった時には気だるそうにしていた面々も、すっかり気合が入った様子だった。
「覚悟しろよテロリストども。妖精騎士団の恐ろしさ、とくと味わわせてやるぜ!!」
<キャラクター紹介>
名前:メザシ・アクラブ
性別:男
年齢:50
身長:168
髪色:白
星座:魚座
趣味:ゴルフ
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