第92話 天空の聖者

 大聖堂内を進む拳凰に、壁の穴から無数の矢が襲い掛かる。拳凰は一つ一つ見切って躱しつつ、手で掴んで投げ返した。

 だが直後、そこから一歩進んだところで再び何かを踏んだ感触を足に覚えた。

(ちっ、またかよ!)

 足下の床が開き落とし穴が出現。穴の底は鋭く長い棘だらけである。拳凰は床が開き終える前に素早く跳んで落下を防いだ。着地したところで壁から発射されたレーザーを、ダッシュで避ける。

(危ねー危ねー。それにしても、モヒカンのおっさんは一体どこ行ったんだ?)

 拳凰は、今の状況を不自然に感じていた。この道に入ってから暫くは焼け焦げたトラップが散乱しており安全に進むことができた。しかしある地点からトラップが全て未作動のものとなり、自力でこの場を切り抜けねばならなくなったのである。

 第一使徒の専用バトルルームは間違いなくこの道の先にある。にも関わらず、まるでハバネロがこの道を通っていないかのような状態であった。

(まさか罠にかかって死んじまった……ってのは流石にねーと思うが)

 上から降ってきたギロチンの刃を拳で粉砕した後、拳凰は立ち止まって廊下の先を見る。

(まあいいさ。むしろこいつは俺一人で最強の奴と戦える好機だ。騎士団の奴らはつえーからな、きっとどこかで無事でいるだろ)

 拳凰は前向きに考え、進撃を再開する。するとまたしても、何かスイッチのようなものを踏んだ感触を足に覚えた。

「またかよ!」

 早く戦いたいのに、進行を妨害するトラップの多さ。さながら一歩歩くごとに仕掛けられているような数である。拳凰はげんなりしてしまった。

(さて、次は何が来る……?)

 身構える拳凰だったが、暫く待っても何も襲ってこない。

(何だ? 不発か?)

 今までこんなことはなかった。新たな疑問を胸に抱きながら、拳凰はまた足を進めていった。



 血の海と化した司令室には、大人と子供、各一人ずつのバラバラ死体が転がっていた。カクテルは椅子の上に乗っていた目玉を手で払い除けると、そのまま椅子に腰掛ける。モニターに付いた血を手で拭い、白衣で手を拭いた。

 モニターに映るのは、大聖堂各地に仕掛けられた監視カメラの映像である。バトルルームで妖精騎士団と七聖者が対峙する様子も、全て映されている。そして勿論、四つの捕虜収容室も。

(ここからなら皆さんの戦いを楽しめそうですし、一仕事終えたら高みの見物と行きますか。おや、第四収容室が面白いことになっているようで。他は無事制圧完了の様子。さて、こちらで私がトラップを解除すれば囚われた市民は無事助かるというわけなのですが……)

 カクテルの心に邪な思いが宿る。

(トラップを解除したと伝えて実は解除されておらず、彼らは全滅。希望から絶望へ。なーんてことがあったら面白そうですねえ)

 その様子を想像しながら、身体を震わせクックと笑う。

(まあ、今回求められてるのは一人の犠牲も出さない完全勝利なので、涙を呑んで真面目に仕事しますけどね)

 カクテルは慣れた手つきで操作パネルを動かし、トラップの解除作業を始めた。捕虜収容室のみならず大聖堂内の全トラップを解除し終えると、通信機で仲間に連絡する。

「えー、こちらカクテル。第二使徒ポトフ及び第二十使徒チクワの討伐完了。並びに全トラップの解除も完了しました」


 通信を受けた拳凰は、トラップが作動しなかったことに納得した。

(なるほどそれで。つーか第二使徒を瞬殺かよ。すげーなあいつ。いつか戦ってみてーぜ)


 カクテルが面白いことになっていると言った第四収容室。ヨーグルトの翼から抜け落ちた黄金の羽根によって全身切り傷だらけの王国兵九人が倒れる側で、隊長のパエリア中佐は黄金の羽根を優しく額に当てられていた。パエリアの目は次第に曇り、全身から力が抜けてゆく。

「さて、これで君は俺のしもべだ」

 洗脳魔法をかけ終えて、ヨーグルトは鼻で笑う。

「君もここに入るんだ。王国軍のカスどもを皆殺しにしたら、ほかの娘達と皆で一緒に楽しもう」

 指示を受けると、パエリアはそれに従って牢屋の方へと歩く。ヨーグルトの羽根が一枚鍵穴に入ると、それによって扉が開いた。パエリアは自ら牢屋に入り、他の虚ろな目の女性達と並んで座る。

「た、隊長……」

 あれほど強かった隊長ですら成すすべなく完敗し洗脳されてしまったことに、兵士達は絶望した。

「さて、男どもは必要無いから殺すとするか。とはいえこの部屋を君達の死体で汚したくはないからな、とりあえず洗脳して身投げでもさせるとするかな」

 九人分の羽根を翼から抜き、身動きのとれない兵士達の方へと飛ばす。

 と、その時だった。突如放たれた灼熱の炎が、黄金の羽根を焼き払った。

「何だ!?」

 階段の方から聞こえてくる爆音。その男は真紅の大型バイクを駆り、階段を駆け下りてきた。いかつい顔に、真紅のモヒカン。黒のサングラスがキラリと光る。妖精騎士団が一人、蠍座スコーピオンのハバネロである。

 バイクをドリフトさせて停車したハバネロは、ヨーグルトの前に立った。

「そこまでだ、七聖者」

「あーあ、妖精騎士が来ちゃったよ」

 本来対戦相手とするはずだったジェラートの部屋に向かっていたハバネロであったが、たまたま第四収容室から一番近くにいたためザルソバの連絡を受けて進路変更し駆けつけたのである。

 ハバネロは倒れている兵士達の方に右掌を向け、広範囲に治癒魔法の光を放つ。

「お前らの治療にあまり魔力は使えねえぞ。最低限の治療だけするから後は自力で立て」

「了解です!」

 妖精騎士の助太刀によって、兵士達の目に希望の光が宿った。

「おっと、そいつらに何させる気だ?」

 ヨーグルトが翼を広げると、ハバネロはすぐさま左手で握った火炎放射器を上げる。ハバネロを脅すために使うかと思いきや瞬時に右手に持ち替え、炎の壁を作り出して自分達と兵士達を分断した。

「こいつは俺が引きつける。その隙にお前達は人質の救出をしろ」

「了解!」

 傷を癒し体力を回復させた兵士達は、命令を受けてすぐに作戦を再開する。

「てめえ! 俺の嫁達を!」

「冗談はよしなよ変態野郎が」

 翼を広げ飛び立つヨーグルトに、ハバネロは炎を放射する。だがヨーグルトは天井すれすれを飛行し、それを容易く避けた。

 同じ飛行能力を持つ教団幹部といえば第十使徒・飛翔のアブラーゲがいるが、彼の飛行能力は魔導機械のジェットパックによるもの。対してこちらは自身の魔力によって作り出した翼で飛んでおり、空中での精密動作性はジェットパックの比ではない。ゴージャスに煌く黄金の翼。それはまさしく、この男の実力の具現化と言ってもよい。

「死ね!」

 黄金の翼から抜けた羽根は弾丸の如く発射されハバネロを狙う。だがハバネロは炎を盾にして冷静に対処。

「攫った女を洗脳して嫁扱い。気持ち悪いったらありゃしねえ。反吐が出るぜ」

 嘲りの言葉を投げつけながら、握り拳大の火の玉を弾幕のように散らせ牽制。ただ炎を放射するだけでなく、炎の動きや形状まで自在に操る。火炎放射器自体は普通の魔導武器ながら、ハバネロ自身の魔法がそれを可能にしているのである。

「それはお前がオムスビ教の思想に洗脳されきっているからだ。ハーレムこそ男のロマン! 本来男なら沢山の女に囲まれたいはずなのだ!」

「……確かお前は反オムスビ教活動家だったな」

「いかにも。俺はフォアグラ教徒ではないが、利害の一致で組んでいるのさ」

 ヨーグルトはこちらも黄金の羽根を弾幕の如く飛ばし、火の玉と相殺する。黄金の羽根は一つ一つが鋭利な刃。それが弾丸の如く飛んでくるのだから、喰らえばひとたまりもない。しかも抜けた羽根はすぐまた生えてくるため、弾切れすることもない。

「俺はオムスビ教の教義って奴が死ぬほど嫌いでな……妖精は生まれつき将来結ばれる相手が決まっている。それは縁結びの神であるオムスビ様によって結ばれし特別な縁である。故にオムスビ教徒は恋人間や夫婦間の絆を重んじただ一人の相手を生涯愛し続けるのだ……まったくくだらない教えだよ。モテる男ほど損をするようにできてる。複数の女から好かれても一人しか選べないなんて間違っている! 俺はこの国を一夫多妻制に変えるのだ!」

「あの娘さん達がお前に惚れてるようには到底見えねえが……第一、攫った女を洗脳するのがモテる男のすることだとは思えんな」

「黙れ! お前のような一生女に縁の無さそうなオッサンに俺の気持ちがわかるものか!」

 ハバネロは空中のヨーグルトに向けて強い炎を放射するも、旋回して躱される。天井が焦げるも燃え広がりはせず。

 炎の壁の向こうでは、捕えられた女性達を救出する兵士達の声がしていた。

「ちっ、俺の嫁達が連れ去られる前に、さっさとこいつをブチ殺さないとな」

 決着を急ぐヨーグルトは翼を大きく広げると、それを叩きつけるように大きく前を扇ぐ。

「見るがいい、必殺の黄金大旋風!」

 無数の黄金の羽根が、竜巻となって襲い来る。当たれば一瞬にして肉体を無惨に切り刻まれる、地獄のような殺人技。

 しかしハバネロはその場から一歩も動くことなく、火炎放射器の引き金を引く。吐き出された炎は竜巻の大きさに合わせるように拡散し、竜巻を包み込んだ。

「無駄だ無駄だ! 俺の黄金大旋風はこんなチンケな炎じゃ……」

 自信満々に言うヨーグルトであったが、直後の光景を見て表情が崩れる。炎が竜巻を呑み込み、回転する黄金の羽根を一つ残らず焼き尽くしたのである。

「馬鹿なっ!?」

 驚いた隙を狙って、ハバネロは大きな火球を発射する。ヨーグルトは一瞬目線が上に行ったものの、天井に気付いて横方向に避けた。

「天井が邪魔か?」

 核心を突いたような問いを受けて、ヨーグルトの額を汗が伝う。第七使徒・天空のヨーグルト、その真髄は空中を縦横無尽に駆け巡る立体的な戦闘である。敵の攻撃が届かない上空から黄金の羽根を雨のように降らす攻撃は、多くの妖精から恐れられていた。大陸南西部のオムスビ教神殿では守りに就いていた神官兵がこれにより全滅させられ、ついでに美人のシスターが攫われるという凄惨な事件が起こっている。このフォアグラ大聖堂内に設けられたヨーグルト専用のバトルルームも、彼の戦法を最大限活かせるように作られていた。

 しかし教団には一つ大きな誤算があった。ヨーグルトは七聖者の地位をいいことに、捕虜収容室の一つを私物化していた。洗脳兵士化した好みの女性をそこに集め、ハーレムを形成していたのである。そしてヨーグルトはそれを取り返されまいと、バトルルームを放棄してこの場で待ち伏せすることを決めたのだ。捕虜収容室の天井は、はっきし言って低い。空中にいても殆ど平行方向にしか移動できず、彼の飛行能力との相性は最悪であった。

 だが今更後悔してももう遅い。バトルルームに移動しようにも、炎の壁に囲まれてそれもできない。気がつくとヨーグルトは汗だくになっていた。ピンチに気付いて焦っているからだけではない。燃え盛る炎の壁がこの場の気温を上げ続け、ヨーグルトの体力をじわじわと奪っていたのである。

(お、俺は七聖者だぞ……ポトフの改造も受けてる。下級幹部ならまだしも、七聖者たるこの俺が妖精騎士如きにここまで苦戦するはずが……)

 信じ難い状況に、ヨーグルトの拳が震えた。

(だが俺にもまだ奥の手はある!)

 お互い距離を取っての撃ち合いは不利だと判断し、次の手に出る。翼を畳んで加速しながら、ハバネロへと突撃。そしてすれ違いざまに広げた翼で、直接首を刎ねようと迫ったのである。

 だがハバネロがその場にしゃがんだことで、その一撃はモヒカンすら掠ることなく避けられた。そしてそれと同時に、ハバネロを斬りつけようとした右の翼が逆に切り落とされた。

「なっ!?」

 片翼を失ったことでバランスを崩したヨーグルトは顔面から床に突っ込み、顔を引きずった。

「俺はお前みてえな女を傷付ける奴が昔っから許せねえ性分でよ」

 立ち上がったハバネロの手に握られている火炎放射器からは、刃状に固められた炎が放出している。これは言わば炎の剣。しゃがむ動作と同時にこれを展開し、すれ違いざまに切り落としたのである。

「こちとら年頃の娘を持つ身だから、尚更な」

 漆黒のサングラスが、炎に照らされて赤く染まる。静かに燃える怒り。ヨーグルトは倒れそうな暑さの中で、背筋に寒さを感じた。

「汚物は、消毒だ」



<キャラクター紹介>

名前:第九使徒・蟹座キャンサーのピクルス

性別:男

年齢:27

身長:180

髪色:赤青斑

星座:蟹座

趣味:戦闘訓練

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