第37話 ハンバーグ師匠の弟子
紺色の長い髪を三つ編みおさげにし、眼鏡を掛けた見るからに大人しそうな文学少女。美空寿々菜の顔を見た者が思う第一印象はそれであった。
だがその後衣装を見れば、何とも言えぬミスマッチ感に首を傾げることとなる。
上半身の衣装は空手の胴着。それも格闘ゲームにでも出てきそうな、両袖を千切ってノースリーブにしたものである。更に腰には黒帯を巻いている。下半身はといえば、何故か胴着のズボンではなく紺色のブルマであった。生脚を露出する格好となり、なかなかのセクシー衣装。両手にはバンテージ、額には鉢巻を巻いており、文学少女要素はどこへ行ったのか完全に格闘少女のそれである。
「ほおー? こいつは妙な格好した魔法少女じゃねーか」
拳凰は脚に目をやりながら、寿々菜に話しかける。
「よろしくお願いします」
寿々菜は拳凰を見て、礼儀正しく一礼。
拳凰は打ち込んでこいとばかりに身構えた。
「行きます!」
掛け声と共に突きを繰り出す寿々菜。拳凰は掌でそれを受けようとする。
(この程度の相手、余裕……)
そう感じた拳凰だったが、瞬間的に考えを変え横へ受け流しつつ飛び退く。
まるで拳がぐんぐん伸びてくるような、速くて力強い突き。ひ弱そうな寿々菜の容姿を見て楽勝と踏んだ拳凰だったが、その突きを見た瞬間本能で強さを理解したのだ。
「最強寺拳凰、彼は相手が弱いと見ると舐めてかかる悪癖があるようですね」
「あのアホ、あんだけ特訓してまだその弱点治してなかったのか」
ザルソバが解説すると、ハンバーグが呆れ顔で拳凰を嘲った。
「戦場での慢心は死を招く。才能はずば抜けているが、精神面はまだ未熟だな」
デスサイズの鋭い目が、拳凰を真っ直ぐに見据える。
カニミソとミルフィーユは、拳凰のその悪癖について思い当たることがあった。カニミソは花梨を狙うという尾部津の機転に拳凰が対応できなかったこと、ミルフィーユは恋々愛との戦いで初めふざけた戦い方をしていたことを思い出していたのである。
過去に一度倒した相手だからもう自分の敵ではない、妖精騎士すら倒した自分にとって魔法少女など敵ではない、そういった慢心が、拳凰に致命的な危機を招いたのだ。
「彼は強い相手と戦うことに喜びを感じていますから、弱いと感じた相手には全力を出す必要は無いと本能で思ってしまうのでしょう。ましてや今の彼は特訓でパワーアップし、ここまでノーダメージで八連勝。最早魔法少女如き自分の相手ではないと思い込んでいても不思議ではありません」
「獅子は兎を狩るにも全力って言葉知らねーのかあいつ」
「何それ的なー?」
「人間界でそういう言葉を聞いたんだよ。真の強者は雑魚を倒すにも全力でやるって意味だ。イカスだろ?」
ハンバーグがそう言うと、ビフテキが咳払いをする。
「まあ、他者から言われねば気付けぬ欠点というものは誰にでもある。お前だってそうだったろう」
「ちっ、うっせーなクソジジイ」
不機嫌そうな顔をするハンバーグ。ビフテキは拳凰のモニターを注視していた。
「そしてそれを克服できた時、一皮剥けて更なる強さへと目覚めるのだ」
手で髭に触れながら、ビフテキは言う。
「へっ、俺はあいつがお灸を据えられることに期待するぜ。それには最適の人材だぜ、俺の弟子はよ」
寿々菜を見ながらハンバーグは、ニヤリと口角を上げた。
素早い突きの連打を、拳凰は両手で捌いてゆく。舐めた態度で戦って勝てる相手ではないと察した拳凰だったが、怒涛の攻め立てになかなか反撃の隙を見出せない。
そこで拳凰は隙が無いなら無理して隙を狙うよりも強引に突破するのが得策と判断。自分が受けるダメージをも厭わず、連打の中を突っ切ってぶん殴る。
だがその拳は、何か硬い物によって阻まれた。明らかに人体を殴った感触ではない。拳の先にあるもの、それは湾曲した黒い板。
(瓦!?)
一瞬驚いた拳凰だったが、そのまま拳を押し込み瓦を粉砕。だが次の瞬間、瓦の破片が不自然な動きをし、一斉に拳凰へと向かってきた。
「ぐおっ!?」
瓦の破片が体に刺さり、跳び退く拳凰。
「流石やりますね、最強寺拳凰さん」
一度間が空いたところで、寿々菜は戦闘の手を止め拳凰に話しかける。
「何だ、俺のこと知ってるのか?」
「ハンバーグ師匠から聞いています」
「し、師匠!?」
まさかの名前が出てきたことに、拳凰は驚愕。よく見れば腰の黒帯に付いたブローチは獅子座である。
「ハンバーグ師匠は私の師匠です。魔法少女バトルについて手ほどきして頂きました」
「なるほどな。つまり弟子に勝てなきゃ師匠に勝つのは不可能、俺があいつを倒すための試練ってとこか」
拳凰は勝手に自己解釈する。
「上等だ。相手してやるぜ」
身構える拳凰。寿々菜はそれを受けて一礼する。
「あ、そうです! 師匠から伝言があったんでした!」
「伝言だと?」
「えーと、怒らないでくださいね。師匠の言葉なので、文句はあくまで師匠にお願いします。それでは……また慢心して無様に負けやがれスカタン野郎、です」
「あの野郎……」
ハンバーグの嫌味な煽りに、拳凰は額に青筋を浮べた。
「わざわざ弱点教えてあげるなんて、ハンバーグ優しい的なー」
「うっせ」
ポタージュが茶化してきたのに、ハンバーグはそっぽを向く。
(ビフテキがやれっつったんだよ、ビフテキが)
あくまで自分の意思でやったことではないことを伝えたいのはやまやまだが、ビフテキからそれを禁じられているため言えないもどかしさ。
ハンバーグの不自然な表情を、カクテルは薄ら笑いを浮べて見ていた。
「もう油断はしてやらねえ。全力でお前を叩き潰した後は、あのクソ野郎を血祭りにあげてやるぜ」
拳凰は高らかに宣言。油断はしない、ではなくしてやらないと言うのが彼なりの意地であった。
「行くぜ!」
ラッシュをかける拳凰に対し、寿々菜は空中に出現させた瓦を盾にする。瓦が割れる度に破片が拳凰に突き刺さり、その身は傷ついてゆく。
拳凰の体から血が流れる。実は拳凰には、他のハンター三人と違ってHPもバリアも無い。
話は少し前に遡る。最終予選開始前、ハンター達はHPシステムを付けるための魔法をかけられていた。
「これであなた方も、安全に戦うことができます。HPがゼロになったらバリアが身を守ってくれ、このシステムルームに自動で転送されるのです」
魔法をかけられながらザルソバの解説を聞くハンター四人。
「あら……?」
拳凰に魔法をかけていたミルフィーユが、そんな声を出した。
「どうかしましたか、ミルフィーユさん」
「最強寺君に上手く魔法がかからないのよ。どうなっているのかしら」
どういうわけか拳凰の体はHPシステムを付与する魔法を拒絶していた。
「別にそんな魔法無くたって構わないぜ。これまでだってずっと生身でやってきたんだ、そんな魔法無い方が戦ってるって感じがしていいぜ」
「ですよね最強寺君」
けろっとしている拳凰に、カクテルが満天の笑みで話しかけてくる。
「やはりちゃんと体が傷つく血みどろの戦いこそ至高なのです。魔法少女達もそうなればよいのですよ」
「いや、あいつらはあれでいいんじゃねーか? そっちのが俺も気兼ねなく戦えるし」
拳凰がそう言うと、カクテルは不機嫌になり返事もせずどこかに行ってしまった。
「何だあいつ」
「カクテルさん、昔はあんなではなかったんですよ。かつては妖精界の発展と市民の豊かな生活のため、新たな魔法テクノロジーを開発し続ける優秀な魔導学者で、ラザニア陛下から表彰を受けたこともありました。ですが、いつからかスプラッタな物に執着するようになってしまいまして……何かのきっかけで変わってしまったのか、或いは隠していた本性を現しただけなのか……」
「ほー、世の中には変わった奴もいるもんだ」
(戦闘狂がそれを言いますか……)
幸次郎は心の中で突っ込んだ。
拳凰は一人だけ自分の体が傷つき、痛みに耐えながら戦わねばならないというデメリットを抱えている。だが拳凰という人物に限ってそれは、戦いの興奮を直に感じられるメリットにもなり得るのだ。
出血などものともせず、拳凰はニカリと笑う。
「瓦が割れるとその破片で攻撃する魔法か。純粋格闘タイプかと思いきや飛び道具持ちなのもあいつと一緒だな」
寿々菜は一度距離をとった後、空中に出現させた瓦を自分の拳で割り破片で攻撃。拳凰は回し蹴りで破片を一掃すると、下ろした足でそのまま踏み込み距離を詰めた。
だがそこに突きつけられる、カウンターの正拳突き。拳凰は体を傾け、すり抜けるようにして紙一重で避ける。寿々菜の脇腹に、拳凰の右フックが刺さった。
吹っ飛んだ先の大岩に叩きつけられる寿々菜。だがその寸前、複数の瓦を壁状にして自分と大岩の間に挟んで衝撃を吸収させつつ、無数の破片を作り出し反撃に転じる。
瓦の破片を捌いてゆく拳凰だったが、破片の雨に混じって寿々菜本体がこちらに突っ込んでくることに気付く。
「てやーっ!」
鳩尾を狙ってきた突きに対し、拳凰は両掌で受け止める。だがその勢いに圧され、足を引きずって後退。拳凰が体勢を崩したところで、寿々菜は頭部への上段蹴りを放った。
「ぐおっ!?」
薙ぎ倒されて地面を転がる拳凰は、地面に手をついた勢いで跳ねるように立ち上がる。
「やるじゃねーか。これまで空手家とは数え切れないほど戦ってきたが、そん中でもお前はトップクラスだぜ」
「お褒め頂き感謝します」
拳凰がその実力を認めるほどに、寿々菜は空手の天才である。
興味や関心の薄いものに対して意外な才能を持つ人というのは、どこにでもいるもの。寿々菜もまたその一人であった。
元々寿々菜は空手などに興味を持たない、大人しく本を読むのが好きな文学少女であった。しかし電車で痴漢に遭った経験から護身用に通信空手を始めたところ、突如空手の才能に覚醒。
しかし本人は空手を本格的にやるつもりはなく、文学少女のままでいるつもりでいた。たまたま町でひったくりを撃退したところを空手部の主将に見られてスカウトされたものの、それを断り文芸部に留まり続けたほどである。
だがハンバーグとの出会いが、寿々菜を本格的な格闘少女の道へと進ませた。ファンタジー小説に書かれるような異世界から来た男に誘われて始めた魔法少女バトル。物語の世界に憧れる寿々菜にとって、願ってもみないことだった。
もっと勝ちたい、勝って妖精界に行きたい。そう願う寿々菜はハンバーグの弟子となり、戦術の手ほどきを受けた。そしてここまで無敗で勝ち上がってきたのである。
「ですが……これでとどめです!」
寿々菜の掌から、一枚の瓦が作り出される。それもただの瓦ではない。等身大のライオンの頭部を模った、大きな鬼瓦。それは拳凰にとどめを刺したハンバーグの必殺技、デス・アンド・デスキャノンを彷彿とさせるものだった。
「
鬼瓦を背から突き、拳凰に向けて発射。
今にも拳凰を噛み砕かんと迫る鬼瓦。拳凰はそれを真正面から迎え撃つ。
「上等だ……打ち砕いてやるぜ!」
右拳をギリギリと音がするほど握り締め、全神経を集中させて放たれる魂の一発。その拳は黄金に輝いてさえ見えた。
百獣の王を模した鬼瓦は一撃の下、無惨に砕け散る。拳凰は拳を戻し、クールダウンに息を吐く。
だが寿々菜の必殺技は、これで完全に破られたわけではない。例によって大量の破片が、拳凰に牙を向いたのだ。
「そう来ると思ってたぜ」
目にも留まらぬ速さの乱舞。四方八方から飛来する破片を、拳凰は一つ残らず叩き落してゆく。足下に散らばる無数の破片。全ての攻撃を凌ぎ切り、拳凰はその場に立っていた。
「獅子頭聖拳が……破られた……」
意せずして寿々菜の右足が後ろに下がる。
圧倒的。ただそれだけしか言いようのない強さ。ハンバーグの挑発、或いはビフテキの叱咤がこの男から慢心を捨てさせ、更なるステージへと押し上げたのだ。
「凄え技だったぜ。だがそいつも破った。ここからは俺の反撃だ!」
気合を籠めた拳凰に気圧され、寿々菜は思わずもう一歩下がる。
と、その時だった。突如拳凰の真下の地面から、奇妙な物が出現する。
大きなバネの上に足場が付いた、まるでアクションゲームに出てくるジャンプ台のような物体。そのバネに打ち上げられ、拳凰は空高く飛んでいったのである。
「な、何ぃ~~~!?」
まさかの事態に驚愕した拳凰は、叫び声を上げながら空の彼方へと消えてゆく。
寿々菜は構えを変え、警戒しながら攻撃の主を探す。
「これで邪魔なハンターは消えた。早速あんたをぶっ倒してやるよ」
不意打ちで拳凰をこの場から離脱させたその魔法少女は、意外にも正面から堂々と現れた。
「あたしは
バネを模したアクセサリーを全身に付けた魔法少女は、既に勝った気の表情でそう宣言する。
二人の戦いを隠れ見て、頃合を見計らいとどめだけ持って行く算段だったのである。
「ハンバーグ師匠の名にかけて、私は負けられません!」
拳凰のことは一先ず置いておき、寿々菜は蘭とのバトルに気持ちを切り替えた。
一方その頃、幸次郎もまた強敵と対峙しようとしていた。
平凡な実力の魔法少女を一人、斬って捨てる幸次郎。彼もまた拳凰同様、妖精界でのトレーニングによって大幅なパワーアップを果たしていた。
一戦終えた幸次郎は、すぐさま後ろに迫る人の気配に勘付く。
考えが上の空であるかのように、ぼーっとしながらとぼとぼと歩いてくる一人の少女。
濃褐色の肌。銀色の髪。未開の部族のような、半裸のコスチューム。両手首と両足首には黄金のリングを付け、手に持つのは大きな斧。
拳凰をも寄せ付けなかった最強の魔法少女、古竜恋々愛であった。
「次の相手は貴方ですか」
そう言って剣先を恋々愛に向ける幸次郎だったが、その視線は自然と一点に吸い込まれる。
帯状の布で申し訳程度に隠されてはいるが殆ど丸出しに近い、非常に豊満なバスト。思春期の男子中学生に、それあまりにも刺激が強かった。
「な、な……!」
動揺して呂律が回らなくなる幸次郎。露出度の高い衣装の魔法少女と戦ったことはこれまでにだっていくらでもある。だがこれほどにまで、体と衣装の合わせ技が凄まじい相手は初めてだった。
幸次郎にとってある意味最大の試練が、幕を開けたのである。
<キャラクター紹介>
名前:
性別:女
学年:中三
身長:150
3サイズ:78-58-76(Aカップ)
髪色:黒
髪色(変身後):紺
星座:獅子座
衣装:上胴着&下ブルマ
武器:無し
魔法:瓦を出現させ割った破片を飛ばせる
趣味:読書
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます