第12話 魔法少年
月曜日の朝。教室に入った拳凰に、梓が声をかけてきた。
「おはよう最強寺君。これ、昨日ショッピングモールに忘れていったわよね」
そう言って梓が拳凰に手渡したのは、昨日花梨が買った物の入った紙袋である。
「預かっててくれたのか。ありがとな、委員長」
そうしていたところで、智恵理が息を切らして教室に入ってきた。
「はあ……はあ……今日は間に合った」
いつものように寝坊した智恵理だったが、今日は比較的余裕を持って登校できたようである。
「おはよう智恵理。目に隈ができてるけど……大丈夫?」
智恵理の異変に気付いた梓が、心配して尋ねる。
「昨日ちょっとヤなことあったから全然寝れなくて……」
「そうなの。よければ相談に乗ろうかしら?」
「ううん、個人的なことだから……心配してくれてありがとね、梓」
席に着いた智恵理は、大きな溜息をつく。
(とうとう敗北数二回。あと一回負けたら脱落かぁ……しかも二回とも魔法少女バトルの正式な参加者ですらない男に負けるだなんて)
智恵理は昨日の夜のことを思い出す。
対戦相手である穂村瑠璃の代理を自称する少年、穂村幸次郎と戦うことになった智恵理。その戦闘は、あまりに一方的なものであった。
星型の魔法弾で猛攻をかける智恵理だったが、幸次郎にその攻撃は一切当たらなかった。幸次郎が言うには、彼の周囲に浮かぶ赤青黄の三色のオーブが自分に向かってくる攻撃を自動で防御してくれるというのだ。智恵理の撃った魔法弾は全てそのオーブが自ら当たりにいって幸次郎本体に当たるのを防ぎ、オーブは魔法弾を受けても傷一つ付かなかった。
幸次郎はオーブで攻撃を防ぎつつ、巧みな剣術で智恵理のHPを削っていった。だがそれでも、智恵理は黙ってやられっぱなしになるような魔法少女ではない。所詮相手の得物は剣であり、見たところ幸次郎には拳凰のような人間離れした身体能力はない。ならばこちらは徹底して相手から距離をとるのが得策。そう考えていたのだが、その策もあえなく砕け散った。赤いオーブが剣の柄に填まると、刃から炎が噴き出したのだ。幸次郎は炎の剣によって火炎を自在に操り、遠距離にいる智恵理を攻撃してきた。そして結局幸次郎に一撃も与えられないまま、変身解除させられてしまったのだ。
(本当何だったのあいつ……乱入男二号? 最低寺以外にもそういうのいんの? 最悪すぎて死にそう……)
何が何だかわからぬままの惨敗。魔法少女と戦って負けたのならまだ納得はできた。だが魔法少女ですらない男に負けて敗北数が増えるというのは腑に落ちなかった。この調子でいくならば、まさか三度目も男に負けて脱落になるのでは……という恐怖が、智恵理の身を震わせた。
帰宅後、拳凰は花梨に紙袋を手渡した。
「これ、委員長……昨日会ったあのメガネの奴が預かっててくれてたみてーだ。よかったなチビ助」
「あ、うん……そうなんだ、ありがとう」
「心配すんな、ショッピングモールにはちゃんと行ってやるからよ」
予想に反して微妙な反応をした花梨に対し、拳凰はすぐフォローをした。それを聞いて花梨はぱっと明るくなった。
「何でも好きなもん買ってやるっつったろ? そんでお前、何がいい?」
「じゃあ、ケン兄の服、私に選ばせて!」
花梨は即答した。
「そんなんでいいのか? せっかく俺が金出してやるんだから自分のもん買えよ」
「いいの! 何でも好きなもの買ってくれるんでしょ?」
「まあ、お前がそれでいいならいいんだけどよ」
ショッピングモールで花梨は拳凰に様々な服を着せて楽しんだ後、一番気に入ったものを購入した。
帰り道、にっこり笑顔でご機嫌の花梨に、拳凰は尋ねる。
「なあチビ助、そういや今日試合じゃなかったか?」
「え?」
花梨の動きが静止する。
「ああーっ、忘れてたーっ!」
今日のデートが楽しみで仕方が無かった花梨は、すっかり試合のことが頭から抜け落ちていたのだ。慌てて携帯を取り出し時間を確認する。
「試合まであと十分……どうしようこのままじゃ間に合わないよ!」
「間に合わなかったらどうなるんだ?」
「開始時間に会場にいなかったらその試合は負けになっちゃう。会場にワープできるのは自宅からだけだし、今から歩いて帰っても間に合わないよ!」
「いや、まだ諦めるのは
焦る花梨に対して、拳凰は自宅の方角を見ながら冷静に答えた。
「俺の脚なら間に合うかもしれねえ。乗れ、チビ助」
そう言って拳凰は腰を落とし、花梨が背中におぶさるようポーズをとった。
「早く乗れよ。間に合わなくなっても知らねーぞ」
戸惑う花梨だったが、拳凰に促され渋々背中に跨った。拳凰は紙袋を掴んだまま花梨の両脚を抱え、花梨の両腕がしっかりと拳凰の胴体を抱えているのを確認すると、すっと立ち上がり駆け出した。
昨日と同じく街中を全速力で突っ走る拳凰に、周囲の視線は自然と注がれた。子供のようにおんぶされる花梨は恥ずかしくて仕方が無かったが、拳凰の大きな背中に身を寄せることにはどこか心地よさを感じていた。
「おい、チビ助!」
拳凰から声をかけられ、つい夢心地になっていた花梨ははっと我に返る。気がつくと、既に自宅のアパートが目に見える範囲にあった。
「試合開始まであとどのくらいだ?」
「え、えっと……あと一分しかないよ!」
慌てて携帯を取り出した花梨は、現在時刻を見て益々焦る。
「そうか。よし、お前はその携帯持ったままアプリを開いて待機しとけ。俺が扉を開けて玄関に入ったらすぐにワープしろ」
「う、うん」
拳凰は更に足を速め、アパートの階段を駆け上がった。
「右手離すぞ、しっかり掴まってろ!」
ドアの前に来た拳凰は右手を花梨の脚から離し、ドアを開いた。玄関の中に入った瞬間に花梨は転送ボタンをタップし、試合会場へと飛んだ。
拳凰もろともワープした先の試合会場は、どこかの田舎にあるコンビニの駐車場だった。当然ながら、対戦相手は既にこの場に来ていた。
「どうやらギリギリ間に合ったみてーだな」
拳凰はゆっくりと優しく花梨を降ろす。
「おっ、今日のお前の相手は剣道着の魔法少女か」
「僕は魔法少女ではありません。僕の名前は穂村幸次郎。魔法少女穂村瑠璃の代理として、このバトルに参加しています」
今日の花梨の対戦相手は、昨日智恵理を倒した幸次郎であった。その名前と声を聞いて、拳凰は驚く。
「お前男だったのか。まさか俺以外にも魔法処女と戦ってる男がいたとは驚いたぜ。それにしても穂村幸次郎……どっかで聞いたような……」
「あなたは噂の乱入男ですか」
「おう、俺の名は最強寺拳凰だ。いつもはバトルに乱入してるが、今日は観戦だけしてくつもりだ」
「そうですか。とりあえず早く試合を始めませんか?」
幸次郎は空に手をかざし、姿を現した剣を握った。
「そういうわけらしいぜ、あんな奴さっさとぶっ倒して帰ろうぜチビ助」
そう言って拳凰が振り返り花梨の方を見ると、何故か花梨はもじもじしていた。
「ねえケン兄、間に合ったのはいいんだけど……私、ここで変身しないといけないんだよね……それも男の人が見てる前で……」
「ん、そうか。なら俺が代わりにやってやろうか?」
「う、うん。お願い……」
「そういうわけだ。俺とやろうぜ魔法少年。お前が魔法少女の代理人なら、こっちも代理人の男が戦ったって構わねえだろ?」
「ええ、僕はどちらが相手でも構いませんよ」
剣を構えた幸次郎の周囲に、赤青黄の三色のオーブが浮かんだ。
「チビ助、こいつ頼むわ。お前はできるだけ離れた場所にいろ」
「うん、わかった」
拳凰は紙袋を花梨に手渡すと、昨日のこともあり遠くに退避させた。
「それじゃあ行くぜ!」
花梨が遠くに離れたのを確認すると、早速殴りかかる拳凰。だがオーブの一つが幸次郎を庇って拳凰に殴られた。硬いオーブは拳凰のパンチを受けても傷一つ付かず、逆に拳凰の拳に痛みを走らせた。
「三色のオーブは僕に向かう攻撃を全自動で防いでくれる。これがあるから僕は、これまで魔法少女バトルでダメージを負ったことは一度も無い」
「全自動防御だと!? そんなもん俺の拳で打ち崩してやるぜ!」
拳凰は負けじと猛烈なラッシュをかけるが、オーブは全て的確に防いでゆきその拳は一つも幸次郎には届かない。このままでは自分が消耗するだけだと考え一旦手を止めた拳凰だったが、その隙を突いて幸次郎は斬りかかった。鋭い剣筋を紙一重でかわす拳凰。そこからカウンターパンチを打つも、やはりオーブに防がれる。そこを狙って斬りつけられたのを、拳凰はまたかわす。お互い一進一退のヒット&アウェイを繰り返すが、攻撃の度拳を傷つける拳凰が不利なのは見るからに明らかであった。
(野郎……何て堅い守りだ)
幸次郎を注視したまま、バックステップで距離をとる拳凰。駐車場に停められた車を背に、拳凰は身構えた。距離を詰めた幸次郎は上段に構え、掛け声と共に思い切り剣を振り下ろす。
「でやーっ!」
拳凰が避けると、後ろの自動車は真っ二つになった。なおここは結界内であるため、現実世界でのこの車は無事である。
「危ねー危ねー」
冷や汗をかく拳凰。あわや拳凰を殺しかけた幸次郎だったが、その表情は冷静である。
「安心していいですよ。この剣、人体は斬れないようになってますから。勿論痛みは感じますけどね!」
横薙ぎに振りかざされた剣を、拳凰は避けきれず腕でガード。幸次郎の言葉通り腕に傷が入ることはなかったが、代わりに激しい痛みが生じた。
「ぐっ……」
拳凰が体勢を崩したところに、幸次郎は追撃の袈裟切りを繰り出す。
「させるかよ!」
拳凰は強引に跳び上がり、空中回転蹴りを放つ。攻撃はオーブに防がれるも、剣をかわすのには成功した。
「今の太刀筋……ようやく思い出したぜ。お前、中学剣道の全国王者だな」
「ええ、まあ」
強い人の情報を調べていた拳凰は、幸次郎のこともテレビで見て知っていた。幸次郎は天才少年剣士としてマスコミからも注目されるほどの実力者であったのだ。
「面白え、ますますお前と戦うのが楽しくなってきたぜ!」
拳凰は後ろに回りこみキックを放つが、これもオーブに防がれる。
「無駄ですよ。僕の全自動防御は崩せない!」
幸次郎は反撃を繰り出すも、拳凰はしっかりと見切って避ける。
「お前の剣はもう見切ったぜ。一発は喰らっちまったが、もう次に喰らうことは無え」
「だったらこれならどうです? サンダーオーブ!」
幸次郎の叫びに呼応し、黄色のオーブが剣の柄に填まった。すると刃からはバチバチと音を立て、電撃が迸る。
「何だ?」
拳凰は警戒し一歩後退。幸次郎が刃を空にかざすと、刃から伸びた電撃が上空で角を描いて曲がり、拳凰目掛けて落ちてきた。拳凰は横っ飛びで落雷を避ける。
「まだそんな能力を隠してやがったのか! だがオーブが一つ減った分、防御は手薄になるはずだ!」
拳凰は再び距離を詰め、ラッシュをかける。二つのオーブは打たれたパンチを一つ一つ的確に防いでゆく。だが三つのオーブで防いでいた時より動きに余裕がないことを、拳凰は見抜いていた。そこで更にラッシュの速度を速めると、遂に拳は防御をすり抜け幸次郎へと届こうとする。だが負けじとオーブが手首に体当たりし、拳凰は伸ばした腕を引っ込めた。
「ちっ、また防がれたか。だがタイミングは掴んだぜ」
「確かに防御が手薄になったことは認めましょう。ですが、あなたに攻撃の隙を与えなければ済むだけのこと。フリーズオーブ!」
幸次郎がそう言うと、剣にセットされた黄色のオーブが外れ、新たに青色のオーブが収まった。刃は冷気に包まれ、固い氷に覆われる。幸次郎はその刃先をアスファルトに突き立てた。すると刺した場所から拳凰に向かって地面が凍りついてゆく。氷はあっという間に拳凰の足下に達し、拳凰の両脚を凍りつかせた。
「何だと!?」
両脚の動きを封じられた拳凰。幸次郎は地面から剣を抜き、再びオーブを差し替える。
「フレイムオーブ!」
赤いオーブを装着した剣の刃からは炎が噴き出した。メラメラと燃え上がる剣を両手で握り、幸次郎は拳凰を見据える。
「これこそが
<キャラクター紹介>
名前:
性別:男
学年:中二
身長:163
髪色:黒
星座:双子座
趣味:剣道
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