第91話 教団討伐作戦

 フォアグラ教団の拠点たるフォアグラ大聖堂。それは魔導機械によって上空を絶えず移動し続ける空中要塞である。王国軍はこれまで幾度となくこれへの侵入を試みてみたが、何れも失敗に終わっていた。

 だが、今回遂にゲートキーの奪取に成功。それを使って本日フォアグラ大聖堂内部へと攻め込むこととなったのである。

 妖精騎士六名、王国兵五十名、そしてハンター三名。選りすぐりの精鋭達が、教団との最終決戦に挑む。


 ゲートキーによって開いた転送魔法陣の先は、大聖堂出入口である。大聖堂には物理的な出入口は無く、基本的に魔法陣の転送によって出入りを行う。教団はここから標的とした場所へテロリストを送り込んでいるのだ。

 転移してきた拳凰達を待ち構えていたのは、こちらの人数をゆうに超える数の洗脳兵士。ゲートキーが奪われた以上、攻め込まれるのは想定済み。出鼻を挫かんと待ち伏せ作戦に出るのは当然であった。

 洗脳兵士達は一斉に銃を構え、こちらを一網打尽にしようとする。だが次の瞬間、一斉に動きが止まった。

「何が起こった!?」

「ご安心下され。私が彼らに幻覚を見せ動きを止めたのです」

 拳凰の疑問に答えたのはビフテキである。

「オートミール中佐、彼らについては君の隊に一任する」

「了解しました」

 本作戦に動員された五部隊の内一部隊を率いる隊長に、ビフテキは指示する。オートミール隊十名は、早速洗脳兵士達から武器を没収し始めた。

「大丈夫なのか? たった十人で」

「私が魔法を解かぬ限り洗脳兵士が再び動き出すことはありません。彼らの洗脳を解くには、王都の時のように洗脳した術者を倒すことが必要となります。ですが恐らく、彼らを洗脳したのはフォアグラ本人でしょう。洗脳を解くのは長い道のりになるでしょうから、一先ず武装解除だけさせておくのです」

「ほーん」

 この部屋は床に描かれた大きな魔法陣を中心に、八方へ廊下が伸びている構造をしている。大聖堂内部は壁にも彫刻がされておりどことなく荘厳な雰囲気を漂わせる。腐っても宗教建築である。

「空中要塞と聞いていましたからもっと近代的なものを想像していましたけど、本当に大聖堂という感じですね」

 幸次郎が尋ねた相手は、以前助けてもらったハバネロである。

「ああ、こういった造りや装飾はオムスビ教の神殿が基になってる。だが所々変えてオリジナリティを主張してるようだ。所謂劣化パクリという奴だな」

「私は美術品の類には目利きだと自負しているが、これはまるで駄目だな」

「禿同」

「この辺とか大分雑に彫られてんじゃねえか?」

「いやあ皆さんボロクソに言ってますね」

 カクテルが楽しそうに笑う。何かの悪口を言う流れになると元気が出るのがこの男である。

 ホーレンソーはともかく素人であろうソーセージやハンバーグにすら貶されて、幸次郎はこの大聖堂を気の毒に思った。

「さて、それではこれより作戦を開始する。カシュー中尉の潜入調査によって得た大聖堂内のマップは各自の端末にインストールされている。妖精騎士団は一人につき一名の上級幹部を討伐。王国軍四部隊は四つある捕虜収容室にそれぞれ向かい拉致された市民を救出。ハンター三名は遊撃、各自の判断で作戦をサポートせよ。以上、解散!」

 ビフテキの合図と共に、一同は目的の場所がある方へと駆け出す。妖精騎士団は標的とする幹部の部屋へ。王国兵は十名ずつの部隊で各収容室へ。

「俺らはどうする?」

 拳凰は幸次郎とデスサイズに尋ねる。

「そうだな……幸次郎、お前は俺と一緒に来るか? 敵地で一人だと心細いだろう」

「はい、お願いします」

「そんじゃ俺は一番強い奴と戦いたいから、モヒカンのおっさんとこについてくとするぜ」

 拳凰はハバネロの後を追って、足を速め駆けていった。幸次郎とデスサイズは、一先ずソーセージの入った方へと向かった。


 機銃、落とし穴、槍衾。襲い来るトラップを容易く避けついでに解除しながら俊足で突き進むのは、双子座ジェミニのソーセージ。その軽々とした身のこなしの前では、あらゆるトラップが無力と化す。

 身の丈をゆうに超す巨大な鉄球を跳んで避けた先に出たのは、天高く聳える吹き抜けであった。調査によればこの場所こそ第七使徒・天空のヨーグルト専用のバトルルーム。

 七聖者は大聖堂内にそれぞれ専用のバトルルームを所持している。そこは侵入した敵を待ち構えるための場であり、それぞれの能力を最大限活かせるよう設計されているのだ。

 ソーセージは身構えるも、不思議と敵の気配は無い。そこで周りを一旦見回した後、五人に分身。壁を蹴って駆け上がりながら、索敵を開始した。

 高過ぎる天井。天空の名を冠する使徒に相応しいこの戦場。しかし五人全員が天井まで着いても、敵の姿は見当たらなかった。

「ダレモイナイ……」

 ソーセージはやむを得ず床まで下りる。

「ワッショイするならイマノウチ」

 そして他にすることもないので、五人揃ってその場で踊りだした。


 対トラップのスペシャリストは、もう一人いる。元盗賊・獅子座レオのハンバーグである。こちらはソーセージとは対照的に、腕力に物を言わせて力ずくで突破してゆく。

 扉を蹴破ると、一面開けた部屋に出た。そこにはいくつもの彫刻が並び、ノミの音だけが響いている。

「よう、ぶっ倒しに来てやったぜ」

 こちらに背を向けてフォアグラの像を彫っている男に、ハンバーグは声をかけた。

「何だよ……僕の芸術活動を邪魔しないでくれよ……」

 男は頭を掻き、面倒くさそうに振り返った。背が低く眼鏡をかけた、不潔そうなぼさぼさ髪で猫背の男。第六使徒・闇の芸術家マジパンである。

「辛気臭え野郎だな。ここは軽くぶちのめすとするか」

 ハンバーグは腕を回し、やる気をアピールした。


 ホーレンソーの辿り着いた先は、さながら王への謁見の間であった。

「これがバトルルームとは、悪趣味な……」

 玉座に座るのは、煌びやかなマントに身を包んだ金髪の男。

「貴様ならここに来ると思っていたぞ、ホーレンソー」

 男は玉座から降りることなく、片肘ついたまま話しかけてくる。第五使徒・神槍のレバー。ケフェウス王家の末裔である。

 ホーレンソーはすぐさま弓を引き、隙だらけのレバーに鏃を向けた。

「貴公と話すことなど無い。ただ討ちに来たのだよ」


 ビフテキが対峙するのは、元王国軍中佐、第三使徒・大将軍カイセンドン。褐色の肌で筋骨隆々な角刈りの男である。

 バトルルームは無骨でシンプルな闘技場。カイセンドンの周囲に隊列を成す三十名の洗脳兵士は、いずれも鍛え上げられた肉体をしていた。

「元気そうで何よりだよ、カイセンドン中佐」

 穏やかな口調で話しかけるビフテキに、カイセンドンは表情を変えることなく指を向ける。

「総員、構え!」

 洗脳兵士達は、蜂の巣にせんとばかりに一斉に銃口をビフテキへと向けた。


 大聖堂司令室。本来は上級幹部以外の入室を拒むこの部屋の扉を平然と開けて侵入してきたのは、水瓶座アクエリアスのカクテルである。

「おやおやお二人お揃いで。第二十使徒チクワさんに、第二使徒ポトフさん」

 モニターから大聖堂内を監視していた二人が振り返る。頭の禿げた中年男性と七歳程の男の子である。カクテルは邪悪な笑みを浮かべて二人を見る。

「さあ~て、カクテル博士のお楽しみタイムですよ」


 騎士団の面々が各々の選んだ相手との交戦を始める中、王国兵達もまた任務へと動いていた。

 第一収容室に囚われた市民の救出を担当する部隊の隊長は、ビフテキの甥であるショーロンポー・フォーマルハウト中佐である。

 牢屋の前には、こちらの倍の人数である二十名の洗脳兵士が配備されていた。

「諸君、わかっているとは思うが洗脳兵士達も我々の救助対象だ。傷付けることなく無力化するのだぞ」

「了解!」

 部下に指示を出すと、ショーロンポーはレイピアを抜く。

「見るがいい、我が光の剣技!」

 天を突くと共に、全身から放たれる眩しい光。洗脳兵士達の目を眩ませて、その隙に王国兵達は洗脳兵士を傷付けないように拘束。手際よく作戦を遂行していくと、囚われた市民からも歓声が上がる。

「ありがとうございます! どうか早くここから出して下さい!」

「まあまあお待ちを。情報によればこの牢には毒ガスのトラップが仕掛けられており、無理矢理脱出させようとするとそれが作動してしまう。妖精騎士団のカクテル殿が司令室を制圧しトラップを解除してからだ」

 ショーロンポーが説明をしている間にも、洗脳兵士全員が無力化されていた。

「隊長、拘束完了致しました!」

「ご苦労。後は指示があるまで待機だ」

 ショーロンポーは通信機で王宮のショウチュー大佐に報告する。

「こちらショーロンポー隊。第一収容所の制圧完了」


 第二収容室を担当するナムル少佐、第三収容室を担当するクレープ少佐からも同様に制圧完了の連絡が来て、ショウチューは作戦の順調な進行に相槌を打った。

「ザルソバ殿、後は第四収容室をパエリア中佐の隊が制圧すれば、囚われた市民全員の救出が可能となります」

「よくやってくれました」

 と、そこに早速パエリア中佐からの通信が入る。

「ご苦労であった中佐」

 パエリアが言葉を発する前に労いの言葉をかけるショウチュー。しかしパエリアの返事は、予想と違っていた。

「た、大佐……トラブル発生です……」


 第四収容室。担当する部隊の隊長を務めるのは、パエリア・アルファルド中佐。次期妖精騎士候補となる優秀な女性軍人である。しかし彼女の部下達はいずれも床に倒れ伏し、彼女一人が傷だらけで抵抗している状態にあった。

 ここに囚われている市民は、いずれも若い女性ばかり。そして武装した洗脳兵士の姿は無く、代わりに待ち伏せしていたのはたった一人の敵。黄緑の髪で背中に黄金の翼を生やした若い男である。

「やれやれ……君もなかなか強情だな。部下達のようにあっさりと倒されていれば苦しまずに済んだものを」

 男は翼を羽ばたかせて宙に浮きながら、パエリアを見下ろす。

「だが気に入ったよ。顔もなかなか好みだし……君を僕のハーレムに加えてあげよう。この第七使徒・天空のヨーグルトのね」


 一方その頃ソーセージに通った後をついていく幸次郎とデスサイズは、解除済みのトラップを眺めながら進んでいた。

「流石ソーセージさんですね。お陰で僕達は随分と楽ができるといいますか……」

「油断はするなよ。別に俺達のためにやってくれているわけじゃない。まだ作動していないトラップがあるかもしれん」

 デスサイズは周到に目配りしつつ、ゆっくりと足を進める。

「この先にいるのは七聖者の中では一番弱い人ですし、もしかして僕達が着く頃にはソーセージさんが倒しちゃってたりして……」

 十字路に差し掛かった辺りで、幸次郎はそんなことを言い出す。

 と、その時だった。突如デスサイズは幸次郎の口を押さえて抱え、横の曲がり角へ身を潜める。

「な、何ですかデスサイズさん。目的地はこっちじゃ……」

「静かにしろ」

 デスサイズは曲がり角から僅かに顔を出し、先程までの進行方向を覗き見た。

「ちっ、とんだトラップがあったもんだ」

「一体何が!?」

 デスサイズは先程見た方向を指で示す。幸次郎は、デスサイズがやったのを真似て覗いてみた。

 誰かがいる。壁が開いて現れた隠し通路より、一人の男が廊下に出てきていたのである。幸次郎はすぐまた曲がり角に隠れた。

「あれは、まさか……」

 幸次郎の顔が一転して青くなる。

「ああ、俺達は一番弱い奴に向かっていたはずだった。それがどうした、よりにもよってあんな化け物と遭遇ちしまうとはな」

 薄水色の逆立った髪。二メートルを超える長身と、身長との割合に対して見ても長い腕。そして氷のような冷たさを感じさせる青白い肌。作戦説明時に写真で見た通りの人物がそこにいた。

 第一使徒・絶対零度のジェラート。教団のナンバー2にして、七聖者最強の男との遭遇。

「俺達を潰しに自分のバトルルームからわざわざ出向いてきたって所か……厄介な相手だが、戦わないわけにもいかんだろう」

 デスサイズはライフルの状態を確かめる。幸次郎は震える手で剣の柄を握った。恐ろしくてたまらない幸次郎だったが、こんな状況でも落ち着いていられるデスサイズの姿にはどこか安心感を覚えた。

 銃口だけを出して、ジェラートの額にしっかりと狙いを定める。一分の狂いも無く打ち出された弾丸は、ジェラートの額を的確に打ち抜いた――はずだった。

 ライフルのスコープには、信じ難いものが映っていた。ジェラートの額が氷に覆われて、ライフル弾は氷の装甲によって塞き止められている。氷の装甲は衝撃さえも吸収し、ジェラートの体はびくともしていなかった。

「ちっ……まったくこの世界の連中はどうしてこう……」

 銃で頭を撃たれれば人は死ぬ。そんな常識はこの『魔法の世界』では通用しない。常識の世界で最強の男は、こちらに来てからそんな光景を幾度と無く見てきた。

 デスサイズはふと、足下に涼しさを感じた。否、涼しいなどというものではない。凍えるような冷気が漂っている。

「逃げろ! 幸次郎!」

 突然叫び、銃を手放して幸次郎を両手で突き飛ばす。何だかわからないままに突き飛ばされた幸次郎は、尻餅をついてしまった。

 直後、デスサイズの身体は足下から凍り始めた。逃げられなくするために、まずは足から封じる。相手の戦術にデスサイズは感心した。

 幸次郎が顔を上げた時、デスサイズは物言わぬ氷像と成り果てていた。

「デスサイズさん! うわああああああ!!!」



<キャラクター紹介>

名前:第十四使徒・辻斬りのサシミ

性別:男

年齢:38

身長:180

髪色:灰色

星座:蟹座

趣味:辻斬り

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