第41話 恐怖のシリアルキラー

「行け! ボクのトランプ!」

 大量のトランプがコロッセオに飛ぶ。夏樹は芽衣を背負って駆け出した。

「今のうちに逃げるよ!」

 コロッセオは鉈を振り回しトランプを掃う。時間稼ぎもそう長くはもたず、夏樹はすぐに追いつかれた。凶刃が二人に迫る。夏樹は芽衣を庇いながら避けるも、刃が二の腕を掠めた。

「フラッシュ!」

 宙に舞うトランプから選んだ五枚のカードから、強い光が放たれる。コロッセオは目を眩まされ、その隙に夏樹は逃げる。

 走りながら、切られた二の腕を確認。薄皮一枚切られた程度であるが、傷口からは僅かな血が垂れている。

(やっぱり身体が傷ついてる……そしてHPが微塵も減ってない。何なんだよあいつ、HPを無視して身体に直接攻撃できるのか!?)

 暫く走ったところで、コロッセオの姿は見えなくなった。夏樹は樹の幹にもたれ掛からせるように芽衣を下ろすと、自分も同様に座った。

「酷い怪我だ……どうしよう……」

 小さな切り傷一つで済んだ自分とは違い、芽衣は重傷である。だが夏樹にはこれをどうすることもできない。

 ふと何かに勘付いた夏樹は、空の方を見た。空中からこちらに向かってくる魔法少女が一人。

(マズい! この状況で攻撃されたら……!)

 激しい焦燥感が夏樹を襲う。

 だが注射器に乗って飛行するその魔法少女は、攻撃をする様子はなく二人の前に降りた。

 彼女はご存知白藤花梨。羽の生えた魔法少女を倒した後暫く飛行していたところ、二人の姿が目に入ったのだ。

「どうしたんですかその怪我!」

 開口一番、花梨は芽衣の怪我について尋ねる。

「それが、変なおむつ一丁男が出てきて……」

 芽衣はこの異常事態について、焦りながらもどうにか花梨に伝えようと話した。

「まさか魔法少女バトルでこんなことが起こるだなんて……わかりました。まずはこの怪我を私の魔法で治します!」

 花梨の生成した包帯が芽衣の身体に巻きつき、傷を癒してゆく。

「あ、ありがとうございます……」

 少し楽になった芽衣は、掠れた声で礼を言った。続いて、夏樹の方を見る。

「そちらの貴方も、ありがとうございます」

「いやー、流石に怪我人ほっといて自分だけ逃げるわけにはいかないでしょ」

 夏樹は照れ臭そうに頭を掻いた。

「そっちの貴方は、怪我はしてませんか?」

「ボクはこの小さな切り傷くらい。それにしてもよかったよ、君みたいな魔法少女がいてくれて」

「はい……何でかわからないんですけど、急に貴方達が血を流して倒れている姿が頭に浮かんで……それで導かれるまま飛んできたら本当に貴方達がいたんです」

 花梨自身、何故二人の負傷を察知できたのかわからない様子だった。

「本当、一体何者なんだろあのキモい奴……」

 夏樹は、コロッセオのことを思い出してそう呟く。

「多分、ミスターNAZOなんじゃないでしょうか」

 芽衣が言った。

「確かにその可能性はあり得るね。開会式で拘束されてた時もキモかったし」

「問題はどうしてその男が魔法少女を傷つけられるかです。魔法少女バトルは絶対安全のはずなのに……」

 三人は考えるも、まるで理由がわからず黙り込む。

「ところで君、随分手馴れてるね。こんな大怪我みても冷静だし」

「……まあ、色々ありまして」

 腕をちょん切られた姿で帰ってきたり、目の前で血まみれのボロ雑巾のような姿にされたりした男を治療してきたのである。自然と肝が据わるというものであった。

「そういえば、あの人追ってきませんね」

「完全に撒いたってことでしょ」

 気楽な夏樹とは対照的に、芽衣の表情は優れない。

「もしかしたら、私達とは別の魔法少女が狙われてるかもしれません」


 夏樹に撒かれたコロッセオは、仕方なく次の獲物を探していた。

 物音を聞いて駆けつけてみれば、案の定五人の魔法少女による乱戦が展開されていた。

「うわー、おもちゃが一杯だぁー。誰から殺そっかなー」

 コロッセオは子供のように喜びながら、その中に突撃する。

「きゃああああああ!」

 少女達の悲鳴。血の付いた鉈を持ったおむつ一丁の変質者が現れれば、当然の反応である。

「殺させて殺させて殺させて!」

 散らばって逃げる少女の中から一人に狙いを定め、鉈を振り回しながら追いかける。だが数回切ったところで近くにいた別の少女に目移りし、そちらに攻撃を始めた。最初に狙われた少女は、ここぞとばかりに逃げ出す。

「うへああああ」

 不気味な笑い声を上げながら低い位置で鉈を振り、少女の足首を切りつける。少女がうつ伏せに転んだところで、コロッセオは刃の先端を僅かに背中に突き刺した。そしてそこからズブズブと少しずつ沈めてゆく。

「いつまで耐えられるかなー?」

 拷問のような方法でじわじわ命を奪っていこうとするコロッセオ。だがその時、コロッセオの腕に一本のナイフが刺さった。そちらを向くと、また別のの魔法少女が決死の表情で立っていた。

 コロッセオがナイフを抜くと、そこから血が飛び散った。新たなターゲットを見つけたとばかりの、無邪気な笑顔。とどめを刺す前に鉈を引き抜き、ナイフ使いの魔法少女へと走り出した。


「目移りしすぎですね。ちゃんと一人殺してから次に行けばよいものを」

 中途半端なやり方をするコロッセオに、カクテルは不満を漏らした。その様子を見ながら、ビフテキは顎鬚を手でいじる。

「コロッセオは魔法少女のHPを無視して攻撃できるのと同時に、自身もHPの恩恵を受けられないのですね」

 目ざとく気付いたザルソバが、カクテルに尋ねる。

「ええ、彼自身が傷つくのもまた、エンターテイメントの一つですから」


 夏樹と芽衣の治療を終えた花梨は、早々と立ち上がる。

「もうこれで大丈夫です。私は他に怪我をしている人がいないか探してきます」

 花梨はそう言うと、再び巨大な注射器を生成してそれに跨った。

「あ、そうだ。貴方達のどちらか、飛距離の長い飛び道具を魔法で出せたりしませんか?」

「それならボクのトランプがそうだけど……急にどうしたの?」

「怪我をした人を見つけたら、それを空高く飛ばして私に知らせてください。さっき円月輪とか目玉焼きとかが空高く打ち上げられてるのを見ませんでしたか? あれは多分、仲間に居場所を知らせるためのものだと思うんです。だからそれと同じようにすれば、私がその場所に行って治療ができますから」

「なるほど!」

「わ、私のウールも止血くらいになら使えるかもしれません!」

 二人が協力の意思を示してくれたことで、花梨は喜び頭を下げる。

「ありがとうございます! それと、他の魔法少女に会ったらその危険人物のことを教えてあげてください。よろしくお願いします!」

 そう言って飛び立つ花梨を、二人は見送った。


 花梨は早速上空へ向かい、空から負傷者を探す。取り返しのつかないことになってはならないと、飛び回りながら必死に目を凝らす。

(いた!)

 三人の魔法少女が倒れている。先程の乱戦のうちの三人である。花梨は早速降りて、三人の状態を確認した。

(みんなまだ生きてる!)

 一先ず全員生存を確認できたが、まだ安心することはできない。三人纏めて、迅速に治療を開始する。


「おやおや、バトルそっちのけで妙な事を始めている方がいますね」

 カクテルは神妙な顔つきで花梨を見た。

「いいじゃねえの、治癒魔法の有効活用だ」

 ハバネロのサングラスの奥の目が笑っている。

「あれって結構MP消費する的でしょ? 全員治す前にMP切れで脱落しちゃうんじゃない的なー?」

 ポタージュの尤もな指摘に、カクテルは至極嬉しそうな表情をする。

「さーて、あのお馬鹿さんがこれからどうなるか、ある意味楽しみですねえ」


 治療をしながら、花梨は三人から話を聞いていた。

「やっぱり、その変質者に……」

「他の魔法少女を見つけてそっちを追いかけていったから助かったけど、そうじゃなかったらあたし死んでたよ……」

 そう言うのはナイフ使いの魔法少女。コロッセオにナイフを投げて一矢報いたまではよかったが、そこからは完敗。出血多量の重傷を負わされていた。

 治癒効果のある包帯を巻きつつ、輸血パックで血液を補給。手をかざすだけで効果のある妖精の治癒魔法とは違い、魔法の医療器具を用いてのイメージによる治癒が花梨の魔法である。


 一方その頃、織江は体中切り傷だらけで泣きながらコロッセオに追い駆け回されていた。

「ひぃ~! 何で私なの~!?」

 おむつ一丁男とパンツ一丁女、服装に関しては似た者同士の二人である。

「えーいこうなったら!」

 織江はいつものように素早くポーズをとってコロッセオを操ろうとするが、全く効果は無い。

「やっぱりおむつには効かないのね……ていうか元から丸出しだし!」

 とうとう追いつかれ鉈で切りつけられた織江は、ずっこけて地面に這い蹲る。

「た、助けて……」

 振り下ろされる鉈。絶体絶命のその時、突如眩い黄金の輝きが辺りを覆った。

 織江は振り返る。そこに立つのは黄金の千手観音像。その後光が、コロッセオの目を眩ましたのだ。

「また眩しいー」

 コロッセオが目を押さえて苦しみ出す中、千手観音は無数の腕で織江を抱える。

「大丈夫ですか?」

 織江を助けに現れたのは、先程織江にスカートめくりをされた蓮華であった。織江は自身も手の上に乗り、浮遊する千手観音でコロッセオから逃げる。

「血の足跡を見つけて追いかけてみれば、これは一体……」

「それがかくかくしかじか……」

 コロッセオのことを説明されて、蓮華に緊張が走る。

「……まずは私の魔法で!」

 千手観音の掌から放たれる黄金の光が織江の体を包む。

「い、痛みが引いた……?」

「はい、御仏のご加護によって貴方から苦痛を取り除きました」

「あ、ありがとう。さっきあんなことしたのに……」

「困っている人を助けるのは当然のことです。それよりも、これはあくまで痛みを無くしただけで、根本的な傷は治せていないんです。どうにかしてちゃんとした治療をしなければ……」

「そう言われてもこんな森の中じゃ……あっ、そういえばさっき治癒の魔法を使える魔法少女と戦ったのよ! ナース服着てて医療器具を操れて、魔法でHPを回復できるの。もしかしたらその子なら、怪我も治せるかも!」

「その子は今どこに?」

「わかんない。かなり魔力高そうだったからまだ脱落してないとは思うけど……」

「そうですか、とりあえずその方を探してみましょう」

 行動を共にすることとなった二人は、そのまま千手観音に乗って移動を続ける。後ろを見てもコロッセオが追ってくる気配は無かった。


 花梨が怪我人を探し当てて治療を行っている間にも、コロッセオは不規則に彷徨い歩いては、出会った魔法少女に片っ端から襲い掛かる。この途方も無いいたちごっこが続くのみであった。しかもこれで先に力尽きるのは、有限のMPを消費して治療を行う花梨の方である。コロッセオ本体をどうにかしなければどうにもならないことは、花梨も理解していた。

「変態おむつは、確か向こうに……」

 治療した魔法少女から、コロッセオの行き先を訊く。彼女の話によれば、つい先程襲撃されたばかり。つまりコロッセオはこのすぐ近くにいるのだ。

(どうしよう、もし犯人を見つけたら、私が戦うべき? でもこれだけ多くの魔法少女に連勝してる相手だし……)

 花梨の心に迷いが生じる。自分自身の怪我も魔法で治すことはできる。だが当然、刃物で切られて怪我をするのは嫌なのだ。

「う、後ろ!」

 突如少女が叫んだ。花梨は振り返る。そこに立つのは、殺人鬼サトゥガイ・コロッセオ。

「ま、また出たあぁ!」

 少女は腰を抜かして叫ぶ。

「あれが犯人!?」

「さ、さっきあたしにとどめを刺し損ねたから、も、戻ってきたんだ!」

 腰を抜かしたまま後退りする少女。花梨は巨大な注射器を生成して身構える。迷っている暇もないまま、コロッセオとの遭遇。

(ホントに出てきちゃった……もう戦うしかない……!)


 花梨がピンチに陥る中、拳凰は走っていた。

 草木を掻き分けて開けた場所に出ると、そこには智恵理と梓が。

「げぇっ、最低寺!」

 デスサイズに続いてまたしてもハンターに遭遇したことに、智恵理はぎょっとする。

「悪いな、今はお前らに構ってる暇は無えんだ」

 真剣な表情でその場を過ぎ去ろうとする拳凰。

 智恵理は梓の後ろにぴったりくっついて離れないが、これは決して梓を盾にして隠れているわけではない。諸事情につき丸出しになってしまった梓のお尻を、他者に見られないよう守っているのだ。

「最強寺君、貴方にも一応教えておくわ」

「何だ」

「さっき戦った魔法少女から聞いた話なんだけど、魔法少女の体に傷をつけられる鉈を持った男がこのバトルに参加してるらしいの。又聞きの又聞きだから尾ひれが付いているかもしれないし、皆を混乱させるために誰かが流した嘘の可能性も考えられるけど……一応警戒しておいた方がいいわ」

 梓はその魔法少女から言われた通り、出会った相手にこのことを拡散した。

「そいつはもしかしておむつ一丁の変態ヤローか?」

「ええ、確かそう言ってたけど……貴方そいつを知ってるの?」

「いや、知らねえ。だがそいつが本当にいると分かっただけで十分だ」

 拳凰はそう言うと、立ち止まっていた足を再び動かして目にも留まらぬ速さで走り去った。

「何言ってんのあいつ……意味わかんない」

 智恵理はそう呟いた。

「まあいいわ。とにかく、私達はこれまで通り他の魔法少女を倒し続けましょう」

 二人にコロッセオのことを教えた魔法少女は、既に二人に倒されて脱落済み。コロッセオと出会って怪我をする前に脱落させてやるのが、梓なりのコロッセオ対策なのである。



<キャラクター紹介>

名前:サトゥガイ・コロッセオ

性別:男

年齢:38

身長:180

髪色:茶

星座:乙女座

趣味:殺人

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