第40話 NAZOの男

 歳三と対峙する花梨は、ここからどう逃げるかを考える。

 自分にも小梅のようなスピードがあればこの状況を打破することもできただろうが、自分には医療器具を操ることしかできない。

 歳三は扇子を羽ばたかせ、樹から花弁を舞い散らせてきた。迷っている暇は無い。花梨は咄嗟に思いついた行動に出た。自分の背丈よりも大きなサイズの注射器を生成すると、それに跨り空へと離脱したのだ。

 さながらロケットのように突き進み、花弁の追跡を振り切る注射器。自分にも何か高速移動の手段がないかと考えたところで、花梨はこれまで武器として使っていた巨大注射器を乗り物として利用することを思いついたのだ。

 歳三は暫く花梨を目で追った後、攻撃の手を止めた。

(助かったみたい……)

 この強敵からどうにか逃げ遂せて、花梨は胸を撫で下ろす。

 そのまま少し飛んでいると、背中に羽を生やした魔法少女が森の中から飛び出し、短刀で花梨に攻撃してきた。花梨は注射器を傾け、針で受け止める。

 ここまで花梨は、二度立て続けに相手の魔法少女を他の相手に横取りされている。必殺技のサウザンドニードルも巨大注射器の生成もMP消費量は大きく、このままではMP切れの可能性もあり得るのだ。ここはこの魔法少女を倒し、MP全回復を狙いたい。

 意を決して、花梨は注射器に乗ったまま相手の魔法少女に突貫した。


 小梅から逃走した織江は、パンツをコピーできそうな魔法少女を探して彷徨っていた。

 自前の一枚を除く全てのパンツを失ったことで戦力低下が著しく、早急にパンツを補充することが求められる。

(あれは……)

 少し離れた位置で戦う二人の魔法少女を、織江は発見した。その戦いは一方的であり、片方がもう片方を圧倒していた。

 優位に立つ方の魔法少女は、今朝花梨と同じ集合場所にいた獅子座の魔法少女、弥勒寺蓮華である。

(またベリショ……)

 小梅も女子としては相当短く切った髪型をしていたが、蓮華はそれ以上に短い。坊主一歩手前の超ベリーショートである。

 髪の色は紫で、コスチュームはミニスカ僧衣、手には錫杖を持っている。彼女の傍らに立つのは、人の倍ほどの背丈を持つ巨大な千手観音像。全身が黄金に輝き、無数の手からビームを発射する。

 相手の魔法少女はビームの乱撃に手も足も出ず、一方的に攻撃を受け続け変身解除させられた。

(つ、強い……)

 観戦していた織江に、緊張感が走る。

(でもあれを手駒にできれば大きな戦力になる!)

 織江は迷わず「ぱん、つー、まる、みえ」のポーズをとり、蓮華のパンツコピーを試みた。だが蓮華の僧衣は捲れず、何も起こらない。

(効かない!? まさかあの尼さん、ぱんつはいてない!?)

 貞淑なイメージと裏腹なまさかの疑惑が浮上し、織江の心の中で轟音が鳴り響く。

(操れない以上は逃げるのが得策だけど……とても気になる!)

 そう考えた織江はいてもたってもいられなくなり、蓮華に向かって駆け出した。

「忍法、手動スカート捲り!」

 忍法でも何でもないものに勝手に忍法と名付けながら、すれ違いざまに蓮華の僧衣を捲り上げる。突然の出来事に蓮華は悲鳴を上げ、その隙に織江は僧衣の中を確認する。

 蓮華の下着は……褌であった。

「下着は穿いていた……が、パンツではない」

 一先ず疑惑に答えが出て、織江の心は晴れる。

「な、何をするんですか!?」

「確認が済んだ以上、後は逃げるだけ!」

 万に一つも勝ち目が無いため、織江はビームを撃たれる前に逃走。その動きはさながらゴキブリのようであった。

「な、何だったんでしょうか……」

 織江のあまりに不可解な行動に、蓮華はただぽかんとしていた。


 一方その頃、遂に動き出したミスターNAZOは魔法少女に攻撃を避けられたところで追撃を繰り出す。

「ひっ!?」

 今度は命中。入りは浅いが、少女の背中に強い痛みが走る。

 切られた場所を指で触れてみると、生暖かい感触がした。まさかと思い指を見てみると、赤い血が付いている。

「な、何!? 何で血が!?」

 魔法少女バトルで起こり得るはずのない光景に、少女は衝撃を受ける。

 無論、衝撃を受けたのはこの場にいる彼女だけではない。システムルームの妖精騎士達も、騒然としていた。


「貴様どういうことだカクテル! 何故魔法少女が出血するのだ!」

「おや、朝香の監視はしなくてよいのですか?」

 胸倉に掴みかかってきたホーレンソーを、カクテルはいつものように煽る。

「ミスターNAZOも私の監視対象なのでね……それより早くあれを止めねば! あの娘の命が危ない!」

 カクテルを手放しワープの魔法陣に向かおうとするホーレンソーの前に、ソーセージが立ちはだかる。

「試合中に逝ってはいけないと思われ」

 ソーセージはワープと錯覚するほどの素早い動きでホーレンソーの行く手を遮った。

「今は緊急事態だ。ルールよりも人命を優先すべきだろう!」

「大丈夫ですよ、そうすぐには死にませんから。ミスターNAZOはじわじわ甚振って殺す性質なのでね。あえて逃がして追いかけるのも好きなんです。その隙に運よく逃げ遂せれば死なずに済みますよ」

「そういう問題ではない!」

 相変わらず会話にならず自分の言いたいことだけを言うカクテルに、ホーレンソーが怒鳴る。そこにムニエルが割って入った。

「ならば王女として命ずる! 至急ミスターNAZOをユニコーンの森から排除し、負傷した少女を救出せよ!」

 待ってましたとばかりに、ハンバーグとハバネロ、ミルフィーユも立ち上がる。

「なら話が早え、あのおむつマンは俺がぶちのめしてやるぜ」

「いや、俺に消毒させろ」

「負傷者の治療は私に任せて」

「おっと、皆さんお待ちください」

 すぐにでも森に向かおうとする三人を、カクテルが止める。

「私はムニエル様より更に上位の権限――即ちオーデン陛下の命を受けています。今の私の行いはオーデン陛下の行いと同じということです。ですのであなた方に私の邪魔をする権利はありません」

 オーデンの印が押された書状をこれ見よがしに出しながら、カクテルは嫌味ったらしく言う。

「また陛下の書状か……!」

 ホーレンソーは怒りに歯を食いしばった。

「魔法少女バトルはエンターテイメント。そして私の考える至高のエンターテイメントとは……スプラッタです。私は魔法少女バトルを、血肉を撒き散らすスプラッタなデスゲームにしたいんです。陛下もその考えに同調して下さいました」

「そんな……父上が……」

 衝撃の事実。やはり誰よりもショックを受けたのはムニエルである。

「ムニエル様! きっと何かの間違いです!」

「いいえ、陛下もこれで大会がより盛り上がると、とても喜んでおられましたよ」

 王女相手でも容赦なく傷口に塩を塗るカクテルを、ハンバーグが睨んだ。


 魔法少女はこの異常事態とミスターNAZOのあまりの気持ち悪さに悲鳴を上げて逃げてゆくが、ミスターNAZOは笑いながら追いかける。そして鉈で攻撃した後あえて少し逃がし、異常な脚力ですぐに追いついては攻撃。恐怖する顔を楽しみながら、何度も薄く切る。可愛らしいコスチュームは、血で赤く染まった。

 最早絶体絶命のその時、ミスターNAZOの手が止まった。北の方から、二人の少女の声が聞こえたのである。

「あっちの方が面白そう!」

 子供のような無邪気な笑顔。ミスターNAZOは先程まで執拗に攻撃していた魔法少女を放置してそちらへと駆け出したのだ。


「ミスターNAZOの正体が判明しました!」

 不可解な行動に皆が疑問を抱きモニターを注視する中で、一人自分のパソコンを操作していたザルソバが言う。

「サトゥガイ・コロッセオ、三十八歳、欧州の殺人鬼です。殺害人数のべ十五名、彼を捕まえようとして殉職した警官二名を除けば、被害者はいずれも十代の少女です。おむつ一丁なのは彼が犯行に及ぶ際の正装なのだとか。既に逮捕され刑務所に収監されていましたが、一週間前に突如行方を眩ましています」

「さ、殺人鬼!?」

「カクテル……貴様が脱獄させたのだな!」

「刑務所に侵入し彼を連れ出したのはソーセージです。指示を出したのは私ですがね」

「そんなことをして……許されると思っているのか!!!」

 ホーレンソーは再び、カクテルの胸倉を掴む。

「少女専門の殺人鬼、魔法少女を狩る者には絶好の人材だと思いませんか?」

 質問に質問で返し、返答の意思が無いことをアピール。狂ったことを真顔で言うこの男に、皆は驚きを隠せない。

(何なんだ……これ……一体どうなって……)

 幸次郎は言葉が出ずに狼狽える。デスサイズは静観していた。

「陛下も何も関係は無い! 私は行く!」

 ホーレンソーが強硬手段に出ようとしたところで、カクテルはパチンと指を鳴らす。すると魔法陣から光が消えた。それは会場内へのワープが使用不能になったことを示す。

「行かせませんよ。面白くなるのはここからなんですから」

 そう言うカクテルの喉元に、剣が突きつけられる。

「ならば貴様を倒してでも、殺人鬼を止めるまでじゃ」

 ムニエルはカクテルの目を見て脅しをかける。だがカクテルの表情は変わらない。

「この狭い場所で、騎士同士での戦闘ですか。魔法少女バトルの運営に必要な機器が壊れてしまわないか不安ですねえ」

「剣をお収めくださいムニエル様。ホーレンソーも自分の席に戻りたまえ」

 一触即発の空気を収束させたのは、ビフテキである。

「陛下が殺人鬼コロッセオをバトルに参加させることに賛成しているのであれば仕方があるまい。ここは我々が手を出すべきではない」

 ビフテキに言われムニエルは剣を収め、ホーレンソーは不服そうに席に戻る。

「ご安心くださいムニエル様。既に手は打ってあります」

 騒動を静めた後、ビフテキはムニエルに耳打ちする。そしてその後、一つのモニターに目を向けた。

 そこに映るのは、最強寺拳凰である。

 例によって平凡な実力の魔法少女を、圧倒的な力で叩きのめしてゆく拳凰。だが突如として、その動きがピタリと止まった。そしてあと一発で倒せるというところで、突如相手に背を向けて逃げ出したのだ。

 その様子を見て、ビフテキは不敵に笑う。

(残念だったなカクテル、君の玩具は私の計画に利用させてもらうとしよう)


 極悪猟奇殺人鬼がこの場にいるとは露知らず、魔法少女達は戦いを繰り広げる。

 二次予選で梓と拳凰に容易く倒されたトランプ使いの魔法少女、二宮夏樹もまた、森の中でバトルをしていた。

 対戦相手は羊のようなもこもこの衣装を着た魔法少女、白布しらぬの芽衣めいである。白い髪は天然パーマでカールしており、これまた羊のようにもこもことしたボリューミーな髪型をしていた。頭の両脇には、羊の角が生えている。

「てえーい」

 気が抜けるような掛け声から、芽衣はもこもこのウールを生成して夏樹に纏わり付かせる。

「げげっ!? 何かヤバげ!?」

 夏樹は慌ててシルクハットからトランプを展開。大量にばら撒かれたトランプの中から、三枚のカードを選んで掴み取った。

「やっちゃえ! スリーカード!」

 夏樹が選んだカードはハート、スペード、ダイヤの五。芽衣に向かって投げられた三枚のカードは発光しながら飛んでゆく。

「きゃん!」

 カードを当てられて吹っ飛ぶ芽衣。だがすかさず、大量のウールを操り夏樹の身体を締め付けにかかる。

「うわっ!? わわわっ!?」

 慌てて次のカードを掴む夏樹。

「行け! フルハウス!」

 選んだ五枚のカードは発光しながら飛び回り、ウールを切り裂き夏樹を脱出させる。

 ただ闇雲にトランプをばら撒いていた頃から一転、夏樹はポーカーの役を作ることで、役の強さに応じてトランプの威力を上げられるようにパワーアップした。あの日の瞬殺は決して無意味ではなく、彼女もまた敗北を糧に強くなる魔法少女なのだ。

「ボクは強い! 羊なんかに負けるもんか!」

 シルクハットから更にトランプを出しまくり、芽衣の周囲に浮かばせる。

「次は最強のロイヤルストレートフラッシュを狙ってあげるよ」

 調子に乗ってポーズを決めながらウインク。追い詰められた芽衣は後退りするも、ふと何かに気付いたのか夏樹の後ろ奥に目線を向けた。

「う、後ろ、何か来てる!」

 夏樹の背後を指差し、芽衣は言う。

「そんなこと言って油断させようったって、そうはいかないよ!」

 ロイヤルストレートフラッシュを完成させようと、夏樹は周囲のトランプから一枚一枚選んで手札に加えてゆく。

「ち、違っ……本当に何か来てる!」

 そう言って芽衣は、震える脚で逃げようとする。流石にそう言われると気になってしまった夏樹は、後ろを振り返った。

 涎を垂らしながらこちらに向かって走ってくる、おむつ一丁の男。

「何あれキモッ!」

 背筋も凍る気持ち悪さに、夏樹は叫ぶ。

「ヤバいヤバいあれ絶対ヤバい人だよ!」

 夏樹も慌てて逃げ出すが、ミスターNAZOことコロッセオは機関車の如き走りで追ってくる。

 芽衣よりも夏樹の方が足が速く、後から走り出したにも関わらず夏樹は芽衣を追い抜いた。先にコロッセオに追いつかれた芽衣は、背中に鉈の一撃を喰らう。

「きゃあああああ!」

 真っ白な衣装が血に染まる。振り返る夏樹の顔が青ざめた。



<キャラクター紹介>

名前:弥勒寺みろくじ蓮華れんげ

性別:女

学年:中三

身長:155

3サイズ:88-57-90(Eカップ)

髪色:黒

髪色(変身後):紫

星座:獅子座

衣装:ミニスカ僧衣

武器:錫杖

魔法:千手観音を召喚する

趣味:日向ぼっこ

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