第11話 最強を目指して

「もうじき最強寺の奴が来る頃だな。俺は向こうで戦闘準備のドーピングしてくるぜ。お前ら、そのガキは好きにしていいぞ」

 そう言って尾部津は立ち上がる。

「何言ってるカニ! 人質を傷つけるのはよくないカニ!」

「人質だ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。攫った女を人質にして無抵抗になった相手をボコるのは弱い奴のすることだ。俺みたいな強い奴は、攫った女をグチャグチャにして相手に精神的ダメージを与えるのに使うんだよ」

 この世のものとは思えぬほど邪悪な笑みを浮かべて、尾部津は言う。

(何ということだカニ……この男には血も涙も無いのカニ!)

 カニミソは背筋に悪寒が走ると同時に、強い怒りを覚えた。だが尾部津は、自分を倒した拳凰と互角の実力者。下手に逆らっても返り討ちに遭うだけだと考えると、とても強くは出られなかった。

「尾部津さんはやらなくていいんスかー?」

 ドーピング薬を打つための注射器を置いた別室に向かうため席を立った尾部津に、手下の一人が尋ねる。

「俺はガキには興味無いんでな」

 そう言って尾部津は、別室へと消えていった。

「さ~て、それじゃあお楽しみと行こうかな。俺ロリコンなんだよなー、グヘヘ」

 手下の一人が花梨を見て指をウネウネを動かしながら、下卑た笑い声を上げる。

 と、その時だった。突如としてロリコン男の両手首から先が吹っ飛び、後ろの床に落ちた。

「おっ、俺の手……」

 次の瞬間、その場にいた尾部津の手下四人が、同時に血飛沫を上げて倒れる。カニミソの黒いスーツに、返り血がべっとりと付いた。カニミソは右の手刀を振り上げた一撃目でロリコン男の両手を切り捨て、振り下ろした二撃目で四人纏めて胴体を薄く切ったのである。突然の惨事に、花梨は顔が青ざめる。

「ひっ……」

「安心するカニ。気絶させただけカニ。さあ、今のうちに逃げるカニよ」

 尾部津のいない今が好機と、カニミソは花梨をケージから出した。花梨は戸惑いつつも、カニミソに頭を下げる。

「あの……妖精騎士の方……ですよね? それがどうしてここに?」

「えーと、そ、それは……そんなことよりも、尾部津が戻ってくる前に逃げるカニ! 俺の後をついてくるカニ!」

「は、はい!」

 カニミソは花梨が後ろをついてくることを確認しながら、廃工場の出口へと走り出した。


 一方で拳凰は、ショッピングモールから韋駄天の如き速さでダッシュし廃工場に辿り着いていた。

 門の前には尾部津の手下が二人、門番として配置されていた。

「出たな最強寺拳凰! まずは俺達が相手だ!」

 しかし二人の門番は拳凰を一瞬たりとも足止めすることなく、すれ違いざまに振るわれた拳で空高く飛んでいった。

 廃工場敷内に進入した拳凰に、尾部津の手下達が次々と襲い掛かる。しかし拳凰相手に食い下がる者は一人としておらず、その全員が一撃の下に倒されていった。

 暫く進むと、まるで戦闘のために用意されたかのような開けた場所に出た。拳凰がそこを突っ切ろうとした時、奥の扉が開く。

「ケン兄!」

 歓喜の声が天井に響いた。花梨は拳凰の姿を見るや否や、目に涙を浮かべ一目散に走り出した。

「チビ助! ちょっと待ってろ!」

 だが拳凰は花梨とすれ違い、その後ろにいたカニミソに突進する。

「カニホスト! てめえの仕業かーっ!」

 拳凰はより足を速め、怒りの鉄拳をカニミソにぶちかまそうとした。

「待ってケン兄! この人は私を助けてくれたの!」

 花梨の言葉を聞き、拳凰は急ブレーキで止まる。

「カニホストが? お前を?」

「うん」

 花梨はここまでの経緯を拳凰に話した。拳凰はすんなりと納得した様子だった。

「なるほどな。とりあえずお前が無事でよかったぜチビ助」

 そう言ったところで、ふと拳凰はカニミソの後ろに別の気配を感じた。こちらに明確な敵意を向けてくる、凄まじい気配を。

「おい変な語尾のホストよぉ、お前何裏切ってくれてんだ? あ?」

 ドーピングによって膨れ上がった筋肉を見せ付けるかのような出で立ちで、ゆっくりとこちらに歩み寄る尾部津。カニミソはビクリとして背筋が凍りついた。

「ひぃっ、見つかったカニ!」

「てめえが誘拐の首謀者か」

 尾部津を見る拳凰の目つきが鋭くなる。

「いかにもだ」

「何故チビ助を攫ったりした!」

 拳凰は尾部津を睨みつけ、声を荒げた。

「てめえに復讐するためだよ最強寺。俺のことを忘れたとは言わせねえぞ」

「忘れた。倒した相手のことなんか一々覚えてられるかよ」

「尾部津屑道だ! 三年前にお前に負けてムショ送りにされた!」

 それを聞いた拳凰は、はっと思い出す。

「そうかあん時の。ムショから出てやがったんだなてめえ」

「ああそうさ。お前のせいで俺はつまんねームショ暮らしをさせられる羽目になっちまったんだ。俺の三年間を無駄にした報い、受けて貰うぜ」

 尾部津が構える。

「チビ助。下がってろ」

 拳凰がそう言うと、花梨は安全な隅の方に退避。カニミソもそれに付いていった。

「俺は一度倒した奴と戦う趣味は無え。俺より弱いとわかってんだからな。だが尾部津、チビ助を傷つけたてめーは許さねえ。俺がこの手でぶっ飛ばす」

「ククク……やれるもんならやってみな」

 静かに怒る拳凰を、尾部津は舐め腐った態度で挑発する。

「今の俺は最強なんだ。見せてやるよ! 無敵のドーピングパワーをな!」

 尾部津は拳を振り上げ、渾身のパンチを打つ。だがその一撃は、拳凰の掌によって容易く受け止められてしまった。

「何!?」

 尾部津が驚いたのも束の間。拳凰は尾部津の拳を掴んだまま持ち上げ、そのまま後ろに放り投げた。

「ぐわっ!」

 コンクリートの床に背中を打ちつけ、尾部津は悲鳴を上げる。

「く、くそっ、どうなってやがる!」

 素早く起き上がり、顔面狙いのパンチ。拳凰はそれを目で見て避け、左のクロスカウンターを打つ。頬を抉られた尾部津は、奥歯がバキバキと折れた。更に拳凰は追撃のアッパーで尾部津の顎を砕いた。

「があああああ!」

 吹っ飛ばされ大の字に倒れる尾部津。

「あ、ありえねえ……三年前は互角だったはず……」

「中坊の頃の俺と一緒だと思うなよ」

 拳凰は拳をギリギリと軋ませて言う。

「ちくしょう……俺は最強になったんだ! この薬を手に入れてから負けたことなんて一度もなかった! お前のようなガキに……負けてたまるか!」

 尾部津はポケットに隠したナイフを取り出し、刃を抜く。拳凰は相手が突進して切りつけてきても、その場からナイフを投げてきても防御できるよう構えた。しかし尾部津は何を思ったか、拳凰ではなく自身の右後方にいる花梨に向かってナイフを投げたのである。

「チビ助!」

 慌てて駆け出す拳凰。だがいくら拳凰の脚でもこの距離では間に合わない。花梨に気をとられた拳凰に、尾部津は間合いを詰めて鳩尾を殴る。

「ぐあっ!」

 ドーピングによって強化された尾部津のパンチは威力絶大。ガードできずに受けた拳凰は体がふらついた。だがその目線は、真っ直ぐに花梨の方を見て離さない。

 尾部津の投げたナイフは、花梨に当たる寸前キンと音を立てて床に落ちた。花梨の隣にいたカニミソが手刀で叩き落したのである。

「最強寺拳凰! この子の守りは俺に任せて、戦いに集中するカニ!」

 その声を聞いて、拳凰はカニミソと目を合わせる。

「任せたぞカニホスト!」

 安心して体勢を立て直した拳凰は、すぐさま尾部津に反撃のパンチを打つ。それを顔面に喰らった尾部津の鼻は潰れ、前歯が全部折れる。更に追撃の回し蹴りで、左奥歯も粉砕。尾部津に一生入れ歯生活を余儀無くさせた。

「ふぎゃひいぃっ!」

 倒れ伏した尾部津は、奇声を発しながら四つん這いで逃げてゆく。壁際に追い詰められた尾部津は、壁を背に拳凰を見た。今にもとどめを刺さんと見下ろす拳凰。尾部津の全身から脂汗が噴き出す。

「そ、そうだ最強寺! 取引をしよう! お前はもっと強くなりたいんだろ? だったら俺の使ってるドーピング薬をくれてやる! それを使えばお前は最強になれる! その代わり俺を許してこのまま逃がしてくれ! 頼む! なあ!」

 歯を失い発音が安定しない声で必死に言う尾部津。だが、見下ろす拳凰の表情は変わらない。

「断る。そんなもん使うより山篭りでもした方がよっぽど強くなれる。大体それ使ったお前がそんなにザコな時点で薬の効果なんざ高が知れてやがる」

 拳凰は尾部津の髪を掴んで持ち上げ無理矢理立たせると、思い切り股間を蹴り上げた。声にならない叫びを上げて悶絶する尾部津。躊躇無い金的を見て、カニミソは縮み上がった。更に髪を掴んだまま後ろの壁に後頭部を叩きつけると、コンクリートの壁がめり込み尾部津を磔にするかのような形となった。

 二人の戦いを見ていたカニミソは、握った拳を震わせていた。

(まさか尾部津があんなにも弱かったとは……あれなら俺でも余裕で勝てたじゃないカニ)

 拳凰は念のため、尾部津の状態を確認する。尾部津は白目を向いて泡を吹き、意識を失っていた。かろうじて生きてはいるようである。

「まあ、こんなもんか」

 尾部津の戦闘不能を確認した拳凰は、花梨の方へと向かう。

「終わったぜチビ助。もう大丈夫だ」

「ケン兄!」

 花梨は拳凰に駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。

「カニホスト、お前もありが……って、どこ行ったんだあいつ」

 カニミソはいつの間にかその場から姿を消していた。

「さっきまでそこにいたはずだけど……私もまだちゃんとお礼言えてないし……でも、妖精騎士団の人だからそのうち試合で会えるかな」

「まあ、そうだな。ところでチビ助、お前の体は大丈夫か? どこか怪我はしてないか?」

「うん、私は大丈夫。それよりケン兄こそ、さっき殴られてたけど大丈夫?」

「俺としたことが、あんな奴に一発貰っちまった。俺もまだまだだぜ。まあ、この程度傷どうってことはねえがな」

 そうやって話していると、外からサイレンの音が聞こえてきた。

「おっ、ポリ公が到着したみてーだ。とりあえずお前の無事を知らせとかないとな」

 拳凰と花梨は廃工場の外に出て、到着した警察に今回の件を説明した。尾部津一味は一斉に逮捕された。出所してすぐまた犯罪を犯した尾部津は、もう当分出てくることはないだろうとのことだった。拳凰と花梨は警察署まで行って事情聴取を受けた。連絡を受けて駆けつけた亜希子は、会って一番に花梨を抱きしめた。拳凰は厳重注意で済まされたが、警察官からこってりと叱られた。

 自宅に戻った後、花梨は拳凰の部屋を訪ねた。

「ケン兄、今日は本当にありがとう。ケン兄が来てくれた時、本当に嬉しかった」

「何も礼を言われるようなことは無えよ。むしろ俺はお前を巻き込んじまったことを謝らなきゃいけねえ。本当にすまなかった」

 花梨に向かって、深々と頭を下げる拳凰。今日警察官に叱られた時ですらそんなに反省した様子を見せていなかったのに、この変わり様には花梨も驚いた。

「そ、そんな! ケン兄が謝ることなんて……」

「あ、そういや今日お前が買ったもんショッピングモールに置いてきちまった。そのこともすまねえ」

「い、いいよ! 明日学校終わった後に取りに行ってみるから」

「俺も行くぜ。お前を一人で行かせてまた何かあったらいけねえからな。それに元々荷物持ちのためについて行ったんだ、荷物は責任持って俺が家まで持ってかなきゃいけねえ。そうだ、ついでに何か好きなもん買ってやるよ、詫びも兼ねてな」

「うん……ありがとう、ケン兄」


 一方その頃、カニミソも自宅に戻っていた。

 敷きっぱなしの布団に顔を埋め、シーツを握る。

 拳凰と互角という前評判だけ聞いて、自分は尾部津に勝てないと思い込んだカニミソ。だが互角だったのは昔の話であり、現在の尾部津は拳凰にはおろか自分にも遠く及ばない雑魚でしかなかった。そんな相手を恐れ、戦うことを放棄した自分の情けなさ。

 今日は拳凰が助けてくれたからよかった。だがもしも、自分一人であの状況に相対したら。自分が戦いを恐れたばかりに、理不尽な悪意によって苦しめられる市民を救えなかったら。

 カニミソは名門貴族の跡取りとして生まれ、父であるジンギスカンによって妖精騎士になるべく育てられた。先代蟹座の妖精騎士が殉職した際に、父はカニミソを後任者に強く推薦。王や大臣達からの信頼も厚いジンギスカンからの推薦として、カニミソはすぐさま妖精騎士に任命されることとなった。

 だが周囲の期待に反し、カニミソの活躍はいまいちぱっとしないものであった。妖精騎士団最弱だの親の七光りだのと散々に言われたが、それでもカニミソは誇り高き騎士であらんと必死に努力を続けてきた。しかし今ここに来て、理想と現実のギャップが重く圧し掛かる。

(俺は……妖精騎士失格だカニ……)


 カニミソが己の情けなさを悔やんでいる頃、そのカニミソが担当する智恵理は今日の試合に臨もうとしていた。

(よーし、今日も頑張ろう! せっかくの休日を最低寺に邪魔されたストレスを試合で吹っ飛ばしてやる!)

 魔法少女に変身し試合会場にワープしようとしたところで、智恵理はふと思った。

(そういえば、最近カニミソ来ないなあ。少し前までは用が無くてもしつこくうちに来てたのに。あたしが優勝できるよう全力でサポートするとか言っといてほったらかしにするなんて、あんな奴妖精騎士失格よ失格!)

 カニミソの現状など露知らず、怒りながらスマートフォンの画面を強く押し、試合会場へと飛ぶ。

 今日の試合会場は、有剃あるそるドーム。対戦相手は中学二年生の穂村ほむら瑠璃るりとなっていた。

 普段はプロ野球の試合や様々なイベントに使われている有剃ドーム。魔法少女バトルの試合は野球グラウンドの中央で行われる。観客こそ誰もいないが、このような場所で行う試合はなかなか雰囲気が出るものである。

 智恵理が着いた時、対戦相手は既に会場に来ていた。

「あなたが今日の対戦相手の鈴村智恵理さんですか。宜しくお願いします」

 そう言う対戦相手は、剣道着を着ており髪は黒のショートカットだった。魔法少女の証である星座のブローチは見当たらない。

「こちらこそよろしく……って、あれっ? あなた女の子……だよね?」

 ふと、智恵理は疑問に思った。穂村瑠璃と思わしき対戦相手の声は、声変わり途中の少年といった声色をしていた。このくらい低い声の女子もいると言えばいるが、やはりどこか違和感がある。それに彼女は短く切り揃えた髪や浅黒い肌も相まって、女子だとしてもかなりボーイッシュな容姿をしている。顔立ちは美少年にも美少女にも見え、どちらかいまいち判別がつかない。

「いいえ、僕は男です。名前は穂村ほむら幸次郎こうじろうといいます。今は色々と事情がありまして、双子の姉である瑠璃に代わって試合に出場しています」

 幸次郎が天に手をかざすと、その手に一本の剣が握られた。

「はっ、はぁ? 男!? ちょっと、意味わかんないんだけど!」

 何が何だかわからず、慌てる智恵理。しかし幸次郎は、既に剣を構え臨戦態勢に入っていた。

「どうして魔法少女バトルなのに二回も男と戦う羽目になんの!? えーいもうこうなったらやってやる! 二回も男に負けてたまるかっ!」

 智恵理は杖を構え、幸次郎に向けて星型の魔法弾を発射した。



<キャラクター紹介>

名前:水瓶座アクエリアスのカクテル

性別:男

年齢:33

身長:174

髪色:青

星座:水瓶座

趣味:スプラッタ映画鑑賞

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