第10話 外道の尾部津

 日曜日の昼前。拳凰と花梨は、市内にあるショッピングモールに来ていた。目的は花梨が新しい服を買うことで、拳凰はその付き添いである。

「ねえねえケン兄、これ、どうかな?」

「ん? まあ普通じゃね?」

 試着してみたのを拳凰に見せる花梨だったが、拳凰の反応はそっけない。

「もー、ケン兄ってばいっつもそればっか」

「ガキの着る服なんざどれも一緒だろ。もう今着てるそれでいいからとっとと買い物終わらせて飯行くぞ飯」

 花梨はどうでもよさげな態度の拳凰に頬を膨らませつつも、一応拳凰がそれでいいと言ってくれたものなので今試着している服を購入する。

「お待たせー」

「おう」

 拳凰の差し出した手に、花梨は紙袋を渡す。

「ちょっと待ってて、もう一軒寄る所あるから」

 そう言って花梨が向かったのは、ジュニア下着の専門店。

「ケン兄は入ってきちゃダメだからね!」

「おいおいこの前で待たされるのかよ」

 普通の女性用下着ならまだしもローティーン向けの可愛らしい下着が並ぶ前で、大の男が一人待たされるのはなかなか恥ずかしいものである。

 だが他にすることもないので、拳凰はそんな可愛らしい下着の数々を店の外からガン見していた。

「あら? 最強寺君?」

 しばらくして、ふと横から声を掛けられて拳凰は振り向く。

「何だ、委員長にオレンジじゃねーか」

 声を掛けてきたのは梓で、智恵理も一緒にいた。こんな場所で拳凰に出会ってしまったことで、智恵理は嫌そうな顔をする。

「ちょっと、オレンジっていうのやめてよ! ていうかこの店……うわっロリコン? ヤバイキモイ超引く」

 嫌悪感を露骨に態度に表す智恵理。

「ちげーよ。連れがここで買い物してっからそれが終わるのを待ってんだ」

「あっそう」

 丁度そこで、買い物を終えた花梨が戻ってきた。

「おうチビ助、パンツ買えたか?」

「もー、人前でそういうこと言うのやめてよ!」

 花梨はそう言いながら、先程と同じように拳凰に袋を手渡した。

「えっと……この人達は?」

 拳凰が美少女二人と一緒にいるのを見て、花梨は少し不安な表情を見せる。

「こいつら俺の同級生なんだ。たまたまここを通りがかったんだよ」

「そうなんだ」

 花梨は梓と智恵理の方を見る。智恵理はまあさほど気にする必要はなさそうであるが、やはり問題は梓の方である。そこそこの巨乳と、見事なまでのデカ尻。実に拳凰が好みそうなプロポーションである。こんな人と拳凰が同じクラスとあっては、花梨にとって気が気ではなかった。

 だがそれとはまた別に、花梨は梓に関して一つ気になることがあった。

(あれ、この人どこかで……)

「その子は最強寺君の妹さん?」

「こいつはチビ助。俺の弟みてーなもんだ」

 梓の問いに、拳凰は答える。

「弟はないでしょ弟は! あっ、私は白藤花梨っていいます。ケン兄とは、いとこの関係です」

「私は三日月梓。こっちは幼馴染の鈴村智恵理よ」

「……どーも」

 せっかくの休日に拳凰なんかと出くわして機嫌の悪い智恵理は、そうとだけ答える。

「ねえ梓、最低寺なんかほっとこうよ」

 智恵理は梓にそっと耳打ちした。梓はそんな智恵理の意思を酌んで拳凰に別れを告げようとする。

 丁度その時だった。花梨が梓の手を引いた。

「三日月さん、ちょっといいですか?」

 花梨に連れて行かれ、梓は少し離れた位置にある隅のベンチに来た。

「その……三日月さんって、魔法少女やってますよね?」

「……ええ。貴方は確か、以前戦ったナース服の……」

「はい」

 花梨と梓は、一次予選で対戦済みであった。ちなみにその時は、梓が勝利している。

「やっぱりそうでしたか。魔法少女バトルで対戦した人とプライベートで会うのって、何だか珍しいですね」

「そうね。魔法少女に関する記憶があるってことは、貴方も二次予選には残れたのかしら。これからもお互い頑張りましょう」

「はいっ」

 そうして挨拶を交わした後、二人は拳凰と智恵理の所に戻った。

「ちょっと……最低寺と二人きりとか凄い気まずかったんだけど……」

「ごめん智恵理」

「ていうか梓、その子と知り合いだったの?」

「ええ、まあ、少し。それじゃあ最強寺君、また学校で会いましょうか。花梨ちゃんもまた」

「おう。じゃあな委員長とオレンジ」

 梓は拳凰と花梨に手を振り、智恵理と一緒にその場を立ち去る。

「あっ、あの!」

 花梨が少し大きな声で、梓の背中に向かって声を掛けた。梓は振り返る。

「私、次は負けませんから!」

「ええ、楽しみにしてるわ」


 梓達と別れた後、拳凰と花梨はフードコートで昼食をとった。

「ふー、食った食ったぜ」

 花梨から預かった買い物袋を背中に担ぐように持ちながら、拳凰は言った。

「ケン兄は何か、買いたいものとかある? よければ私が服とか選んであげよっか」

「別にいらねーよ。俺はただ保護者兼荷物持ちとしてついてきただけだからよ」

 そう言われて、花梨は少し不機嫌な顔をする。せっかくデート気分を味わっていたのに、拳凰には全くその気は無かったのである。

「あっケン兄、私ちょっとトイレ行ってくるね」

「何だウンコか?」

「ケン兄のバカっ!」

 いつものようにデリカシーの無い発言をする拳凰に、花梨は怒った。

 拳凰は近くのベンチに腰掛けて、荷物の番をしながら花梨を待つ。


 一方その頃ホーレンソーは、カクテル御用達のレンタルDVDショップ前でカクテルが店から出てくるのを待ち構えていた。

 扉が開き、スプラッタ映画のDVDが入った袋を手に提げたカクテルが出てくる。そのタイミングでホーレンソーは指をパチンと鳴らし、その場に結界を張った。

「おやおやホーレンソーさんではありませんか。この休日に一体何の御用です?」

 カクテルは片目を窄めつつもう片方の目は見開き、露骨なまでに歓迎しない表情をする。

「ビフテキの件について、君なら何か知っているのではと思ってな」

「はぁ……せっかくの休日にそんなくだらない事で呼び止めないで貰えますか。ただでさえ仕事疲れが溜まってるんですから。休日くらい仕事の事は忘れさせて欲しいものです。というか貴方は以前にも休日中の私を拠点に呼びつけた事ありましたよね。もしかして私に何か恨みでもあるんですか」

 早口で捲し立てながら逃げようとするカクテルの肩を、ホーレンソーが掴む。

「ビフテキが妖精界に戻ってまで調べようとしている事について、何か知っているのだな」

「離して下さい。私はこれから自宅に戻ってDVDを鑑賞するんです。私にとってはそれがこの世界での唯一の楽しみなんですよ。普段の激務で疲れた体を、スプラッタ映画は癒してくれます。貴方は私からその至福の一時ひとときを奪うというのですか」

「うだうだ言っていないで話すべきことと話したまえ。さすれば解放しよう」

「貴方は私がこの魔法少女バトルにどれほど貢献したかわかっているんですか? 私が魔法少女バトルアプリを開発したお蔭で、こちら側から魔法少女に連絡したり魔法少女達を管理するのがとても楽になったのですよ。その上人間界の者なら誰もが所持している携帯端末を変身アイテムとすることで、大会が終わったら廃棄処分になる変身アイテムを魔法少女の数だけ製造する必要もなくなり、大幅なコストダウンに成功致しました。魔法少女バトルアプリがあればまさにいい事だらけ! そんな素晴らしいものを開発したこの私を、もっと労わって欲しいものです。貴方方凡百な騎士とは違うんです! ですから! 私はこの貴重な休日を誰にも邪魔される事無く楽しむべきなんです! いいですねホーレンソーさん!」

 凄まじい剣幕で捲し立てるカクテル。ホーレンソーがぽかんとしている間に、カクテルはすたこらさっさと逃げ出した。

「あっ……あいつめ……」

 結局自慢話だけ聞かされて逃げられた。ご丁寧にフェアリーフォンも着信拒否。

(怪しいな……やはりあれは何か知っている雰囲気か)


 一方その頃拳凰は、

(おっせーなチビ助の奴)

 暫く待っても、花梨はなかなか戻ってこなかった。


 丁度その時、花梨は女子トイレから出たところであった。

(ケン兄待ちくたびれてるかな。急いで戻ろう)

 そう考えた矢先だった。男子トイレから出てきた男の持つスタンガンが、バチバチと音を立てて光った。


 拳凰は花梨の予想通り待ちくたびれていた。

「あら、最強寺君」

 と、そこにまた梓と智恵理が偶然通りがかった。

「げっ、最低寺」

 またしても拳凰と鉢合わせてしまい、智恵理は嫌な顔をする。

「お前ら丁度いい所に来た。チビ助見てねえか?」

「花梨ちゃんがどうかしたの?」

「あいつ便所行ったっきり戻ってこねーんだ。ちょっと女子便見にいってくんねえか?」

「わかったわ」

 何か事件に巻き込まれていたらいけないと、梓は拳凰の頼みに応じる。

「あ、あたしも行く!」

 拳凰と二人きりにはなりたくない智恵理も、それに付いていった。


 トイレ入り口前に来ると、何やら人だかりができていた。

「何かあったんですか?」

 梓はすぐ近くにいた女性に尋ねる。

「それが……ついさっき誘拐があったのよ。二十代くらいの男が、小学校高学年くらいの女の子をスタンガンで気絶させて……その子を抱えて物凄い勢いで逃げていったのよ」

「誘拐って……こんな沢山の人が見てる前で!?」

「ええ。犯人の男は物凄い怪力で、捕まえようとした人達が殴られて怪我をしたの」

 少し離れた位置で、怪我をして倒れた人達が手当てを受けていた。

「ちょっと、マズいんじゃない梓! その誘拐された子って、さっきの花梨ちゃんなんじゃ……」

「その可能性はあるわね。とりあえず、最強寺君に報告しないと」

 梓と智恵理は、急いで拳凰の所へ戻る。


 丁度その頃、ベンチで待つ拳凰のスマートフォンが、着信を知らせていた。画面には「チビ助」の名前と、花梨の携帯番号。拳凰はすぐ電話に出る。

「おいチビ助、お前どこ行ってんだ」

「よぉ、最強寺」

 電話から聞こえたのは、男の声。

「……誰だ、てめえ。どうしてチビ助の携帯を持ってやがる?」

「お前の女は預かった。返して欲しければモール東の廃工場まで来い」

 男はそう言ってブツリと電話を切る。

「なっ……おい! どういうことだ!」

 怒鳴る拳凰だが、既に電話は切られていた。

 するとそこに、梓と智恵理が戻ってくる。

「最強寺君……さっきあそこで誘拐があったみたいで……もしかしたら、花梨ちゃんが誘拐されたかもしれないの」

「ああ。さっき誘拐犯から電話がかかってきた」

 拳凰の言葉に、梓と智恵理は衝撃を受ける。

「このモール東の廃工場に来いだってよ。つーわけで俺はちょっくら行ってくるぜ」

「ちょっと! こういうことは警察に任せるべきよ! 聞いてるの最強寺君!」

 駆け出す拳凰に梓が叫ぶも、既に拳凰の姿は見えなくなっていた。

「しょうがないわね。智恵理、とりあえず私達で警察を呼びましょう。犯人の居場所はわかってるわけだし」

「う、うん……」


 拳凰に電話をかけたのは、誘拐の実行犯である尾部津屑道だった。

 廃工場の奥。ペット用のケージに閉じ込められた花梨を、尾部津と四人の手下が見下ろす。その場には妖精騎士団の一員であるカニミソもいた。

「さっすが尾部津さん! こんな簡単に攫ってきちまうとは!」

「ククク、女を攫うのには慣れてるんでな。それに今の俺にはこいつがある」

 尾部津は一本のアンプルを取り出した。

「ムショで知り合った奴から手に入れたドーピング薬だ。こいつを使えば身体能力が劇的に向上し、誰にも負けねえくらい強くなれる」

 手下の不良達は、ゴクリと唾を飲む。

 尾部津屑道は、かつてこの辺りで悪逆非道の限りを尽くしていたギャングのボスであった。しかし三年前に拳凰によって倒され、それに伴い警察に逮捕された。刑務所内では模範囚を演じながら危険な囚人達と人脈を作り、違法なドーピング薬を入手するに至ったのである。そしてつい最近刑期を終え、拳凰への復讐に燃えていたのだ。

「変な語尾のホストさんよ、あんたもラッキーだったな。偶然この俺と知り合うことができてよ。まあ、同じ最強寺に恨みを持つ者同士、仲良くしようぜ」

「え、ええ、まあ……カニ……」

 尾部津は花梨を閉じ込めたケージの上に腰を下ろす。ケージがミシミシと音を立て、花梨は体を縮ませた。

(ケン兄……早く助けに来て……)

 恐怖に震える花梨。尾部津と手下達は、その表情を見てニヤニヤ笑っていた。

 その様子に、カニミソは嫌悪感を抱く。

(最強寺拳凰と互角に戦ったと聞いてどんな立派な武人かと思えば……とんでもない外道じゃないカニ!)



<キャラクター紹介>

名前:尾部津おぶつ屑道くずみち

性別:男

年齢:25

身長:184

髪色:赤茶

星座:牡牛座

趣味:弱い者苛め

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