第58話 王女の素顔

「うおおおおお!!!」

 眼前に迫る岩。拳凰は右手を岩盤から離し迎え撃つ。岩盤を蹴って踏み込みを入れ、気合を籠めたアッパー。岩は拳に貫かれ粉々に砕け散った。

 破片が目に入らないよう、拳凰は突き出した右腕をすぐに戻して目を覆う。

「やってくれるじゃねーかあの野郎」

 頭にきた拳凰は登る速度を速める。上に到達すると同時に、跳び上がってハンバーグに膝蹴りを入れようとする。

 だがハンバーグはそれを読んで拳凰の顔面を踏んずけ崖下へと蹴落とした。

「そら、七週目行って来い!」

 既に着地にも慣れてきた拳凰は、パターン通り地面を殴って衝撃を相殺。すぐにまた崖を上り始めた。

「野郎……このままじゃ済まさねーぞ」



 一方その頃、花梨は一人ホテルで観光案内のパンフレットを読んでいた。

(大丈夫かなケン兄。危ないことしてなきゃいいけど……)

 どうにも拳凰が心配でならず、窓の外を見る。小さな雲が流れる晴れ空。のどかな空気である。

 すると、背後で扉を叩く音。

「はーい」

 何かと思って花梨は扉を開ける。

 そこに立っていたのは、一人の少女であった。

「あの……どちら様?」

 帽子を被り眼鏡をかけた、ショートヘアで花梨よりやや高いくらいの背丈の少女。着ている服装は黄色いレオタードである。

「妖精界の方ですか?」

 とりあえず服装を見た時点で、花梨は人間界の者ではないことは察した。

「我じゃよ」

 少女は眼鏡を少しずらし、翠の目を見せる。その声を聞いて、花梨ははっと気が付いた。

「ムニちゃん!」

 部屋に入って扉を閉めたムニエルは、帽子と眼鏡を完全に取る。普段はツインテールにしている長い髪をお団子に纏めて帽子の中に入れていたのである。

「久しぶりじゃな花梨。最終予選での活躍は見ておったぞ」

「こっちこそ。ムニちゃんがお姫様でびっくりしたよー」

 二人は手を握り、互いに再会を喜び合った。

「それにしても、さっきの変装はどうしたの?」

「うむ、立場上こうせねばならぬのでな。今日は花梨と遊びに行こうと思っておったのじゃ」

「よかった、丁度私も暇してたところなの」

「今日は最強寺殿が修行に出ていて花梨が一人だと、ハンバーグから聞いたのじゃ」

「そっかなるほどー」

 なかなか互いの連携がとれている騎士団である。

「それで花梨、今日はどこに行くつもりだったんじゃ?」

「昨日は博物館を中心に東の方を回ったから、今日は西の方に行こうかなと思ってるよ」

「よし、ならば我が案内しよう」

「お願いするよ、ムニちゃん」

 ムニエルは帽子を被り直し眼鏡をかけた。



 崖登り十週を終えた拳凰は、崖の上で大の字になって仰向けに倒れていた。百メートルから落下しながら地面を殴ること十回、百メートルを上りながら落ちてくる岩を殴ること五回。流石の拳凰もこれには疲れきっていた。

「どうだクソロンゲ、やりきってやったぜ」

「ハッ、まあいい。お前ら、こいつに朝飯くれてやれ」

 ハンバーグは拳凰を労うこともなく背を向ける。

「だ、大丈夫ですか最強寺さん」

 幸次郎が恐る恐る声をかける。

「このくらいでくたばるかよ。まだまだ全然いけるぜ」

(これをやりきれるだけでもうこの人人間じゃない……)

 拳凰の尋常ではない身体能力に、幸次郎は顔を青くしていた。

「最強寺さん、朝ごはんどうぞ」

 寿々菜が言う。

「おう」

 少し休んで体力を回復させた拳凰は起き上がり、シートに腰を下ろす。

「飯食ったら次の特訓行くぞ。早く食え」

 酷く冷たいものの言いようで、ハンバーグが声をかけた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! もう少し休んでもいいのでは……」

 これまで名門剣道場で科学的かつ効率的なトレーニングを積んできた幸次郎にとって、このような根性論にだけ頼った危険なトレーニングは理解し難いものであった。



 ホテルを出た花梨とムニエルは街を歩く。

「へぇー、こっちの方はこんな感じなんだ」

「うむ、王都西部もなかなか良いところじゃろう」

 花梨はふと一つの店が目に留まる。店先のショーウインドウには可愛らしいレオタードを着たマネキンが並んでおり、花梨やムニエルと同じくらいの年頃の少女が出入りしている。十代の女の子向けのブティックである。

「なんじゃ花梨、あの店が気になるのか?」

「あ……でもあれって、妖精界の女の子向けの店でしょ?」

「この世界の服を買ってゆく魔法少女は結構いるぞ。せっかく異世界に来たのじゃからな、その世界の服を着てみたいと思うのは普通のことじゃ」

「そういえば博物館でも、この世界の女の子達が魔法少女の衣装を着られる所に殺到してたっけ。こっちの世界ではあれが人間界の服ってことになってるのかな」

 花梨はそれを思い出すと同時に、昨日とんでもないセクシー衣装を着させられたことも思い出してしまう。

(ここにはそんなにエッチなのは無いと思うけど……レオタードかぁ。海やプールで水着着るのは平気だけど、こんな街中でそういうのはちょっと恥ずかしいな……)

 花梨はムニエルや、近くにいる他の女の子達を見る。皆堂々としており、これが人間の感覚ではセクシー衣装の類になるとは思ってもいない様子。それが妖精界では普通の感覚なのである。

「うん、でもせっかくだから、着てみちゃおっかな」

 照れ笑いしながらそう答える花梨を見て、ムニエルはぱっと笑顔になった。

 店に入って最初に目に入ったのは、ステージに立つモデルを写した大きなパネル。その下に立つマネキンには写真のモデルと同じコーディネートがされている。

 それ自体はブティックにおいてはさして珍しいものでもない。だが花梨が驚いたのは、その写真に写る人物である。

「あれ、この写真……ムニちゃん!?」

「うむ、実はファッションモデルもやっておるのじゃ」

「そうなんだ……ムニちゃん、すっごく綺麗」

「王女たるもの、同年代の女子の憧れであらねばならぬ。ファッションの流行を作ってこそ王位を継ぐ者じゃ。どうじゃ花梨、お前もこれを着てみるか?」

「え? えーと……」

 とりあえず値札を見てみると、レオタード一枚で五千ルクス。日本円に換算して一万円である。

「この値段なら買えそうではあるけど……」

 花梨はマネキンの胸に目が行く。写真のモデルに合わせているのか、大層立派なものをお持ちである。

「なんかその、スタイルが合わないというか……」

 改めてムニエルの方を見る。去年の時点で歳の割にはある方だったが、今となってはもう十分巨乳と言って差し支えないサイズである。

「大丈夫じゃ。生地は伸縮性があるから、体型を問わず着られるぞ」

「そ、そうなんだ。他の服も見てみていい?」

 とりあえず適当に色々と見てみるが、どれも悉くレオタード状の服ばかり。細かい装飾に違いはあるが、どれもとりわけ下半身部のデザインは似たようなものである。花梨はまるで水着売り場にでも来ているような気分だった。

 妖精界で未婚の若い女性はレオタードを着るものと相場が決まっている。そういう文化なのである。

 今は夏なので皆腕や脚を露出しているが、冬は長袖レオタードの下にタイツを穿くのが一般的。去年の冬にも、白や黒のタイツを穿いたムニエルがよく花梨の家に遊びに来ていた。生地に魔法がかかっているため、薄い生地でもとても温かいのである。

「ここってスカートとかって置いてないのかな?」

「ここはティーン向けの店じゃからのう。大人向けの店には置いてあるが、あれは既婚者が穿くものじゃぞ」

「だよねー」

 花梨は苦笑い。とりあえず色合いやデザインが気に入ったものを幾つか手に取り、ムニエルと二人で試着室に入った。

「ブラも取るんだよね」

「うむ、これはブラジャーの機能も併せ持っておるからな」

 上半身裸でパンツ一枚になった花梨。壁に掛けておいた中から一つ選んで着ようと思ったが、ふとムニエルがじろじろとお尻を見てくることに気が付いた。

「ムニちゃん、どうかしたの?」

「すまぬが花梨、この下着ではその、レオタードからはみ出てしまうのではないか?」

「えっ」

 確かに今花梨が穿いているパンツは比較的布面積多目である。はみパンが起こる可能性は大いにある。

「ちょっと待っておれ、ここに下着も売っておるはずじゃ」

 ムニエルはそう言うとカーテンを小さく開け、極力中が見えるような隙間を作らないよう気をつけながら外に出た。

 少しして、ムニエルは下着を一枚持って戻ってきた。シンプルな白無地の下着である。

「我もよく使っておる下着じゃ。体にぴったりとフィットして履き心地もよいぞ」

 それを手渡されて、花梨は顔が引き攣る。前の布面積も小さいが、それ以上に後ろは完全なTバックであった。

「わぁー……凄いパンツ……」

 だがはみパンするよりはよほどマシとういうもの。花梨は今穿いているパンツを脱ぎ、手渡されたものを穿いてみる。

「ひゃあ……Tバックなんて初めて穿いたよ」

 何だかこれだけで凄く恥ずかしくなってくる。早く上から着て隠してしまいたいと、花梨は素早くレオタードを一枚取った。

 シンプルな青のレオタード。一見すると無難なデザインに見えるが、着てみたところで花梨は絶句。これがかなりのハイレグであり、特に前面のカットが鋭い。

「おお、似合っておるではないか」

「ええー……」

 水泳を習っていた頃にはハイレグの競泳水着を普通に着ていたが、ここまでの角度ではなかった。

(妖精界の女の子達が肌の露出に抵抗なさすぎるのおかしいよー)

 流石にこれは着られないと、花梨はすぐに脱ぐ。

 その後も色々試着してみて、結局最後に選んだのはピンクのチェック柄で、ローレグ状の露出度控えめなものであった。肌の露出は普段プールで着ている競泳型スクール水着と同程度である。

 ムニエルがそれに合うアクセサリーを幾つか持ってきて、花梨がその中から気に入ったものを選んで完成。

 ここでは試着したままレジに行き、支払いをすると魔法で自動的に値札が消えそのまま外に出て行けるようになっている。

 少しの恥ずかしさはあるが、花梨はせっかくなので今日はレオタード姿で街を歩いてみることにした。

 深呼吸をして、ムニエルと並んで店を出る。

 この世界ではこれが普通、堂々としていれば恥ずかしくないと、花梨は胸を張って一歩踏み出した。



 一方その頃、幸次郎と寿々菜は岩山で組み手をしていた。

 寿々菜のパンチをオーブで受けつつ、横薙ぎで切り返す。だが寿々菜は後ろに跳んで避け、そこから空中に五枚の瓦を生成。それを拳の連打で全て割り、幸次郎に飛ばした。

 これだけ大量の破片が相手では、オーブだけでは防ぎきれない。幸次郎は青いオーブを剣にセットし、氷の壁を作り出した。破片は壁に阻まれ一つも幸次郎に当たらない。

 だがその時、寿々菜は自ら走り出した。大量の破片が刺さって脆くなった氷の壁に、鉄拳を一発。砕け散った氷の壁を突っ切り、寿々菜はそのまま幸次郎へと突撃する。

 幸次郎は素早くオーブでの防御に入る。右手での突きを赤いオーブで弾き、続けて放たれた左の突きも黄色いオーブで防ぐ。だが直後、両方のオーブを使ってしまい空いた幸次郎本体に、寿々菜のハイキックが炸裂した。

「!?」

 吹っ飛ぶ幸次郎はすぐさま受身をとる。

「そこまで!」

 ハンバーグが叫ぶ。寿々菜は構えを解いた。

「はぁ……はぁ……強いですね」

 幸次郎は起き上がって一礼し、寿々菜と握手を交わした。

「一段と強くなったな寿々菜。そっちの小僧も流石カクテルの野郎がハンターに選ぶだけのことはある」

「あ、ありがとうございます!」

 幸次郎はハンバーグにも頭を下げる。

「そういえば、最強寺さんは……」

 そう言ったところで、右の方から騒がしい足音と共に何かを引きずる音が聞こえてくる。

 それはかなりの速度でこちらに爆走する拳凰であった。引きずっているのは拳凰の背丈よりも大きな岩である。四本のロープで両腕と両脚にくくりつけ、足腰を鍛えるための重しとしているのだ。

「また頭のおかしい特訓を……何なんですかあのハンバーグって人……」

 幸次郎は見ていられなくなった。



 正午、花梨とムニエルは適当なファーストフード店で昼食にしていた。昨日カニミソと智恵理が来ていたのと同系列のチェーン店である。

「ムニちゃんもこういう店よく来るの?」

「うむ、庶民の食事も把握しておくことは大事じゃからな」

「お姫様っていうからもっと高級なものばかり食べてるかと思ってたよー」

「まあ、父上はそうなんじゃがな。我は庶民の気持ちを知ることは大事だと考えそうしておるだけじゃ」

「ふーん、やっぱりムニちゃんって凄いなぁ。あ、ムニちゃんもサラダ食べる?」

 花梨がそう言ってサラダを差し出したところで、ムニエルはピクリとした。

「……いや、我は別に構わぬが……」

「そう? ムニちゃんの頼んだもの野菜少ないから、良かったらって思ったんだけど。まあ、この世界の栄養のことはよく知らないんだけどね」

「確かにバランスよく栄養をとることは大事じゃ。しかし普段王宮のシェフに管理されたものを食べている分、たまのジャンクフードはこういう風に食べたいとは思わぬか」

「……もしかしてムニちゃん、野菜苦手?」

「い、いや違うぞ! 野菜が食べられぬわけではない! たまたまそれに苦手な野菜が入っておるだけじゃ!」

 少しむきになって否定するムニエルを、花梨は微笑ましそうに見た。

「えー、どれ?」

「そ、その赤いのじゃ」

「これ? これ、人間界のニンジンと味似てて美味しいよ? ていうかムニちゃん、向こうではニンジン食べてたよね?」

「全然違うぞ! 人間界のニンジンはもっと甘かった! これはそれよりずっと苦いではないか!」

「そうかなー?」

 花梨はその赤い野菜をポリポリと食べながら頭に疑問符を浮かべる。

「ていうか、ムニちゃんに好き嫌いあるのってちょっと以外かも」

「言っておくが、我も公務としての食事会ではちゃんと苦手なものも食べておるぞ。妖精王家の国民からの信頼を取り戻すため、我は国民の理想の王女であらねばならぬのじゃ」

 そうムニエルが言ったところで、近くの席に座っていた高校生くらいの年頃の少女達が、こちらを見ていた。

「ねえ、あれムニエル様じゃない?」

「えー? 嘘」

「だってほら、隣にいるのってムニエル様が担当してる魔法少女でしょ? あのナース服の」

「ほんとだ、こっちの世界の服着てるけど、確かにあれ魔法少女じゃん」

「ムニエル様って、結構こういう店来てるらしいよー」

 少女達の会話は、花梨とムニエルの耳にも入った。

 ムニエルは少し沈黙した後、花梨のサラダから赤い野菜をフォークに刺して口に運んだ。

 そんなムニエルの様子がどうにも可愛くって、花梨はつい頬が緩んでしまう。

「こら、笑うでない!」

「ごめーん」

 花梨はムニエルが王女だと聞いてから、何だか遠い存在のように感じてしまった。だがこうして歳相応な彼女の素顔を見ると、一転して身近に感じられるようになったのである。



<キャラクター紹介>

名前:山野やまの清美きよみ

性別:女

学年:中二

身長:153

3サイズ:78-55-82(Bカップ)

髪色:茶

髪色(変身後):銀

星座:獅子座

衣装:暗殺者風

武器:ナイフ

魔法:指定した音を消す

趣味:トランプ

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