第84話 ホーレンソー青春物語Ⅱ

 ホーレンソー・アルタイル十五歳。故郷と初恋の人を失い絶望に暮れていた日のことである。精神的に不安定な状態の彼は軍の保護下に置かれていたが、ある時彼を引き取りたいと申し出る人物が現れた。クレープ・シェラタンという、大学教授を務める貴族である。

 クレープははじめ、ホーレンソーがカロン島の生き残りであるという点に興味を持って引き取った形であった。ホーレンソーもまたそれを承知の上でクレープに養われることにしたのである。生きる希望を無くしていた今の彼は、ただの研究対象で一生を終えることに満足さえしていた。

 だがある時、たまたまクレープの前で弓を披露する機会があり、そこでホーレンソーは弓の腕を見初められることとなった。

「ホーレンソー君、君は軍に入るべきだ。それだけの腕があれば、君は君のような不幸な身の者を沢山救える。なんなら私が士官学校に紹介してあげよう」

 それは思わぬ好機であった。クレープのその言葉はホーレンソーに大きな希望を与えたのである。

 クレープの紹介で受験することになったのは、王都オリンポスから西に行った場所にあるトレミス士官学校。ゾディア王国時代から存在し、幾多の著名な軍人や騎士を輩出してきた歴史ある名門校である。

 一次試験のペーパーテストを終えると、次はいよいよ二次試験となる。そのルールとは、実際に生徒が使用する闘技場での受験者同士による一対一の戦闘である。

「受験番号四十九番、ホーレンソー・アルタイル」

 名前を呼ばれたホーレンソーは、闘技場に足を踏み入れる。ここで試験官にいいところを見せ、トップの成績で合格を目指すと意気込んでいた。

「受験番号十八番、カニミソ・シリウス」

 対戦相手が呼ばれて入ってくると、観客席が沸き立つ。

「坊ちゃまー、頑張って下されー!」

 どうやら、相手の屋敷の使用人達のようである。応援旗まで持ち込んだ大応援団の声援を受けるのは、ホーレンソーと同年代くらいで朱色の髪の少年。

「カニミソ・シリウスだカニ。どうぞ宜しくカニ」

 へらへらとした様子で、カニミソは握手を求めてくる。

(いかにも苦労を知らず甘やかされて育った雰囲気のお坊ちゃんだな。こんなのが相手とは……)

 ホーレンソーは相手を見下しつつも、外面だけは良く見せようと握手に応じた。

 現在世話になっているシェラタン家においても腫れ物扱いされ誰も応援に来ないホーレンソーと、あれだけ多くの使用人から応援されるカニミソ。対照的な二人が、向かい合って立つ。

(負ける気はしない……僕はここで最強の騎士になる。そのためにまずはこの間抜けを終始圧倒し、首席の座を獲得してみせる)

 試験官が試合開始を告げる。ホーレンソーが弓を引き、カニミソが駆け出した。一発目の矢は手刀で防がれるも、瞬時に放った二発目の矢が脇腹を刺す。

「カニャッ!?」

 怯んだカニミソに対し、ホーレンソーは更なる連射で畳み掛ける。カニミソは両手で手刀を作って振り回し何本か防ぐも、その全てには対応しきれず。次第に傷が増えてゆく。

「ま、まだまだだカニ!」

 傷だらけになりながらも立ち向かうカニミソを、ホーレンソーは冷たい目で見る。

(往生際が悪いな……だが君が足掻いて無様な姿を晒すほど、僕の評価は上がるというものだ)

 しっかりと狙いを定め、弓を引き絞る。

「そこまで!」

 が、そこで試験官が終了を宣告した。ホーレンソーは弓を下ろす。治癒魔法師がすぐに駆けつけ、カニミソの治療を始めた。ホーレンソーの方にも治癒魔法師はやってくるが、ホーレンソーは拒否のポーズをとる。

「ああ、僕は必要ありませんよ。見てのとおり傷一つついていませんから」

「いえ」

 治癒魔法師はホーレンソーの胸に手をかざす。何かと思って顔を下に向ければ、胸の真ん中辺りで服が小さく裂けて肌が見えており、そこに小さな切り傷ができていた。

「いつの間に!?」

 治癒魔法を受けると、その傷はすっと消える。戦いに集中していれば痛みにも気付かぬほどの小さく浅い傷。しかし自分があの相手から一撃貰ったというのが、ホーレンソーには受け入れ難いことであった。

(あいつに触れられた覚えはない……とすると、あいつは手刀で空気の刃でも発射したとでもいうのか!?)

 圧勝だったにも関わらず、胸に刺さる悔しさ。ホーレンソーはカニミソに背を向け、すぐにその場を立ち去った。


 全試合を終えたところで、合格発表が始まる。

「まずは首席合格者から……受験番号二十七番、ピクルス・アクベンス」

 試験官に呼ばれて前に出たのは、赤と青の混ざった髪が目立つ少年。

(く……僕じゃなかったか……)

 やはりカニミソから一撃貰ったのがよくなかったのだと、ホーレンソーは悔しがった。

 以下は順不同で、合格者の番号だけが読み上げられてゆく」

「四十九番」

 ホーレンソーの番号が呼ばれるが、本人にとっては特に喜ぶようなことではなかった。

「十八番」

 カニミソの番号が呼ばれる。

「やったカニー!」

(あいつも合格なのか!?)

 ホーレンソーは自身の合格以上に動揺する。カニミソは両手を上げて子供のように喜んでいた。



 入学試験を終えたホーレンソーはシェラタン邸に戻り、引越しの荷物を纏める。トレミス士官学校は全寮制であり、寮は二人一部屋である。

 寮の自室の扉を開けたホーレンソーを出迎えたのは、入学試験で対戦したあの男であった。

「やあホーレンソー君、俺が同室になったカニミソ・シリウスだカニ。これからよろしくカニー」

「……ホーレンソー・アルタイルだ」

 気の抜けた笑顔でフレンドリーに話しかけてくるカニミソ。ホーレンソーは短く簡潔に自己紹介を返した。

「これから三年間寝食を共にするんだカニ。仲良くしようカニ」

 入試の時と同じく握手を求めてくるカニミソだったが、ホーレンソーはそれを拒否する。

「悪いが君と馴れ合うつもりはない」

 カニミソを冷たくあしらいつつ、ホーレンソーは荷物の箱を開いて部屋の整理を始めた。

「ホーレンソー君も、騎士を目指してここに来たカニか?」

 馴れ合い拒否宣言を無視して、カニミソは話しかけてくる。

「当たり前だ。ここの学校で学ぶことが妖精騎士団への一番の近道だからな」

 あくまで馴れ合うつもりはないと、背を向けて作業を続けたまま返事。

「ホーレンソー君は、憧れの騎士はいるカニ? 俺は勿論父上だカニ!」

「君は騎士の息子なのか?」

「そうカニ。俺の父上は牡羊座アリエスのジンギスカンなんだカニ」

 その話を聞いた途端、ホーレンソーは振り返った。

「あの男の!? そうか道理で……ならば、尚更僕が君と馴れ合う理由が無い」

「え、どういうことカニ?」

「いいか、僕に憧れの騎士なんていない。むしろ奴らは反面教師だ。僕はあんな奴らとは違う、最強の騎士になる。誰一人取りこぼすことなく全ての民を救うことがきできる、最強の騎士に。そのためには君のような無能の息子と馴れ合ってる余裕は無いんだよ」

 睨むような目つきで、ホーレンソーは言い放つ。

「な、何だカニ突然そんな人の親を無能呼ばわりして……」

「必要の無い時はあまり話しかけないでくれないか」

 ひたすらカニミソをぞんざいに扱い仲良くすることを頑なに拒否するホーレンソー。カニミソは暫くその背中を見ていたが、少しして諦め自分の作業に戻った。


 士官学校の授業が始まると、ホーレンソーはすぐに頭角を現した。座学、実技共に優秀で、教官からの評価も高い。しかしその病的なまでのストイックさとカロン島事件の生き残りという肩書きが、他者を寄せ付けなくしていた。

 対してカニミソは、あらゆる面で平凡な成績。騎士の息子という肩書きから注目されたのは最初の頃だけで、気が付くと成績面では埋没していた。だがその反面明るくフレンドリーな性格で人気を集め、いつも友人に囲まれていた。

 対照的な二人は、寮で同室ながら会話は必要最低限しかせず。カニミソを無視するホーレンソーと、それを察してあまり話しかけないようにしているカニミソ。互いにあまり関わらないよう学校生活を過ごしていた。

 そしてホーレンソーには同学年でただ一人、比類する実力の持ち主がいた。首席合格者のピクルス・アクベンスである。ホーレンソーにとって彼の存在は最も身近な越えるべき壁であり、常に成績を競い合うライバルであった。

 ある時の昼休み、いつものように食堂で一人昼食をとるホーレンソーに、ピクルスが話しかけてきた。

「やあホーレンソー君、ちょっといいかい?」

「……別に構わないが」

 ホーレンソーがそう言うとピクルスは向かい合うように座る。

「君とは一度二人だけで話してみたいと思っていたんだ。何せ同学年で俺と競い合えるのは君くらいなものだからね」

「それはどうも」

「さて、じゃあ早速本題に入るが、君は何座だい?」

「射手座だが」

「それはよかった。もし俺と同じ蟹座だったら、もし俺と同じ蟹座だったら、俺は君と騎士の座を奪い合うことになっていたわけだからな」

 ピクルスがそう言っていると、少し離れた席からふとカニミソの声が聞こえてきた。

「そうカニ! 俺は父上のような立派な騎士になるんだカニ!」

 どうやら友達と話す中で、自身の目標を熱く語っている様子であった。

「大それたことを言う奴だ。自分の立場をわかっていないらしい。入学試験での君と彼の試合を見た限りでは、彼は本来合格し得ない実力にも関わらず家柄だけで特別に合格扱いにされているようだしな。だが彼の不幸は、俺と同じ星座に生まれてしまったことだ」

 意気込むカニミソを見下し、ピクルスは鼻で笑った。

「この俺がいる限り、彼が騎士になることは永遠にありえない。尤もあの程度の実力ではどの星座に生まれても騎士にはなれなかったろうが」

「大した自信じゃないか」

「君こそ、射手座の騎士になれるのは自分しかいないと思っているんだろう? 俺達は似た物同士じゃないか。だが不幸なことに、君はあれと同室にさせられてしまった。ここの遠征課題では寮の同室同士でペアを組むことが多いからな。あれに散々足を引っ張られるであろうことが、不憫でならないよ」

 まるで不安を煽るように、ピクルスは言った。


 そして一ヵ月後、いよいよ初めての遠征課題が行われることとなった。行き先はゾディア大陸西部のスコーピオ砂漠。ここを魔獣と戦いつつ横断しゴールを目指すという課題である。初回からいきなり砂漠というのは随分とハードルが高く見えるが、それもエリート養成校故にである。だが教官は見えない場所から常に監視しており、命の危機に瀕したら瞬時に駆けつけ救出してくれる。更に生徒の側から教官を呼んでリタイアすることも可能となっている。勿論、そうすれば成績にマイナスが付くのは避けられないが。

 ゴール地点は全ペア同じ場所だが、スタート地点は全ペア違う場所。ホーレンソーとカニミソは、二人きりで砂漠の真ん中に放り出された。照りつける太陽と、一面の黄色い砂。しかも魔獣まで出てくるという。カニミソは気が遠くなりそうであった。

「これを渡りきるんカニか……大変そうカニなー。でも父上もこれを成し遂げたんカニよな」

 カニミソの独り言に、ホーレンソーは何も返さない。

(言わばこれは、エリート軍人たりえる素質を持つ者とそうでない者を振り分けるための試練だ。どうせこいつはここで振り落とされるだろう。僕一人でもゴールしてやる)

「では、始め!」

 教官の声が空に響く。

「ホーレンソー君、今日は協力して頑張ろうカニ。ホーレンソー君は俺のこと嫌いかもしれないけど、今はそういうこと言ってる場合じゃないカニ」

「カニミソ、この課題は全部僕一人でやる。君は足手纏いだから何もしないでくれたまえ」

「いやそう言われてもカニ……」

 心配するカニミソを他所に、ホーレンソーは一人で先に進んでゆく。

「あっ、待ってカニ~」

 砂漠の歩き難さも構わず早足で進むホーレンソーを、なんとか追いかけるカニミソ。暑さに耐えながら暫く進んだところで、カニミソは異変に気がついた。

「あっ、魔獣が来るカニ!」

 カニミソの指差した先には、硬い殻を持つ多足の魔獣がこちらに向かってきていた。だがそれを言い終わる前に、ホーレンソーは魔獣を射抜いた。

(とっくに気付いてるんだよ、そんなこと)

「凄いカニなー。流石ホーレンソー君。でも、何か頼れることがあったら何でも言っていいカニよ。あっ、無視しないでカニ!」


 同刻、ホーレンソー達第三班の進路から南東に向かった場所。二人の生徒が熱い砂の上に倒れていた。

「第五班、負傷によりリタイア」

 二人を監視していた教官は本部にそう連絡すると、二人を肩に担ぎ上げる。

 この辺り一体には大きな魔獣が何度も地面から出たり入ったりした痕跡が沢山ある。二人を倒した魔獣は教官によって追い払われたが、逃げ去った先は北西。

(向こうにいるのは第三班だったな。ホーレンソーは巨大な魔獣にトラウマがありそうだが……果たして優等生がどう戦うのか見ものだな)



<キャラクター紹介>

名前:第十一使徒・宣教師フリッター

性別:男

年齢:44

身長:168

髪色:白

星座:射手座

趣味:布教

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