第97話 王の末裔

 かつて、妖精界には六つの王国が存在した。最も大きなヘルクレス大陸にゾディア、キグナス、ケフェウス。二番目に大きなオリオン大陸にエリダヌス、フェニックス。最も小さなアルゴ大陸に、大陸名と同じアルゴ。六つの王国は妖精界創世と同時に誕生した。各国の初代国王は、創世神オムスビの六人の子供達である。

 六人の王には、国を治める王の証として神の力が六分割して与えられた。それは常人を遥かに超えたとてつもなく高い魔力と、それに伴う様々な能力である。

 神の力は正統なる王位継承者たる王の長子に代々継承され、これを直系継承と呼ぶ。また王の第二子以降の子にも力の八割が継承され、それを傍系継承と呼ぶ。直系継承においては常に神の力の全てが継承されるが、傍系継承は代を重ねる毎に神の力が劣化してゆく。直系の子は親の八割を継承できるが、傍系の子の継承率は親の五割。そして八割傍系から見て玄孫の代になると、神の力は完全に消滅し一般人と同様になるのである。

 神の力を持ちし王の下、六つの王国はいずれも豊かに繁栄を遂げていった。だが今からおよそ四百年前、異変は起こった。ケフェウス王ドンドルマは、それまで神の教えに背く禁忌とされてきた他国への侵攻を始めたのである。ケフェウスが最初に攻め込んだのは、島国アルゴ。他国との文化的交流が少なく原始的な生活様式の国であったアルゴは、強国ケフェウスには手も足も出ず陥落することとなった。

 アルゴを落として勢いに乗ったケフェウスは、隣国キグナスへの侵攻を開始。キグナスの同盟国ゾディアも、キグナスに加勢して参戦することとなった。また、オリオン大陸においてもケフェウスのアルゴ侵攻に影響を受けてエリダヌスとフェニックスが戦争を開始。妖精界全土を巻き込む戦渦の火蓋が切って落とされたのである。

 戦争は長きに亘って続いたが、最終的に覇者となったのはゾディアであった。魔法少女バトルによって大量の魔力エネルギーを生成することを可能としていたゾディアは、妖精界最強の軍事力を所持していたのである。

 妖精界はゾディアによって一つの国となり、国号は妖精王国に改められた。そしてゾディアの名を残すため、ヘルクレス大陸はゾディア大陸に改められたのである。

 そして二度とこのような争いが起こらぬようにという名目の下、六分割されていた神の力は妖精王に束ねられた。五つの国の王は旧王族五家として神の力を持たぬ一貴族の立場となった。

 同盟国としてゾディアと共に戦ったキグナス王家ことアルビレオ家は戦後そのまま旧領地を治めることを許されたが、他の四家は戦後暫く居城と領地を取り上げられた形となっていた。その後時期にばらつきはあれど、最終的に全ての家が居城と領地の一部を返還されることとなる。その中で一番最後となったのが、戦争の引き金を引いたケフェウス王家ことアンタレス家であった。



 投げても手元に戻ってくる槍を投げては戻すのを繰り返し、レバーはホーレンソーを攻め立てる。この槍はケフェウス王家に代々伝わる名槍・ポセイドンの槍。ゾディア王家に伝わる三本の剣と同様に、ケフェウスの王が代々継承してきた武器であった。

 土地を失った挙句戦後処理や賠償等で財政破綻したアンタレス家は、王家に代々伝わる財宝を換金して生きていくしかなかった。だがそれでも、この槍だけは手放さなかったのである。現在も尚アンタレス家当主が代々この槍を受け継いでいるが、レバーは当主の座を継ぐ前に父からこの槍を盗んだ。

「父上や弟達は王家の誇りを忘れ、たかだか一貴族の地位に満足してしまっている。だが余は違う。余は王なり。余の望むものはケフェウス王国の復活である。ゾディア王家を打ち滅ぼしてな」

 べらべらと喋りながら、レバーは槍で矢を叩き落す。槍を投げてから手元に戻るまでの丸腰の間を狙えばいいと考えていたホーレンソーだったが、レバーは槍の戻り方さえも自在に操りそれをさせないよう立ち回る。

(以前にも増して腕を上げたか……ここまで私が一発も当てられないとは)

 過去二戦はいずれもホーレンソー優勢であり、レバーは槍を奪われる前に逃走した形であった。地位も第七使徒から第五使徒まで上がっており、その強化の程が窺える。

「ケフェウスが誇る荒鷲の聖弓でゾディアの技を使い、ゾディアのために戦う裏切り者め。ここが貴様の墓場となるのだ」

 荒鷲の聖弓は、ホーレンソーの先祖であるカンパチ・アルタイル将軍が戦時中に武勲を立てた褒章として王家より賜ったもの。財政破綻とは無関係に王家が手放したものであるが、レバーはそういったものでも構わず集めている。

 ホーレンソーは槍を避けつつ、少しずつ後ろに下がって距離を取る。距離が伸びれば、それだけ槍を手元に戻す間の隙も大きくなるのだ。

 単純な身体能力や槍を操る技術は上がっているものの、戦術は以前に戦った時と全く変わっていない。王であることを誇示するため、常に相手より高い位置にいながら槍の投擲を繰り返す。相手に近づいて直接突いた方がよさそうな状況でも、決してそのスタイルを崩さないのである。大概弱点もはっきりしているため、対処はし易い。

 十分に距離を取ったホーレンソーに飛んできた槍は、後ろの壁に突き刺さった。この距離ならばすぐに手元には戻せない。ホーレンソーは槍が壁から離れるよりも早く矢を放った。それもただの矢ではない。矢は空中で無数に分裂し、散弾の如く降り注いだのである。

「フン……」

 レバーは鼻で笑うと、マントを翻す。大量の矢はマントに突き刺さるも、貫通までは行かず。ただゴージャスなだけに見えるこのマントは、実はレバーの身を守る防具でもある。だがマントで身を覆った隙に、ホーレンソーは更なる追撃を放った。矢を指で回転させてすぐ番え放つ、貫通力を高めた一撃。風を切って突き進む矢は、硬いマントさえもぶち抜いて後ろの玉座に縫い付けた。

 だが直後、ホーレンソーは顔を顰めた。レバーの姿が無い。マントの後ろに隠れていたはずが、いつの間にか消えていたのである。

 瞬時に気配を察したホーレンソーは、地面を蹴って空中に逃げる。とてつもない速さで槍のようなものがホーレンソーの横を掠めた。巻き起こる衝撃波が脇腹を抉る。

「がはっ……!」

 内臓に入ったダメージにより吐血。バランスを崩したホーレンソーの視界に、壁に刺さったままのポセイドンの槍が見えた。

(槍は先程壁に刺さったきり、抜けていなかった――ならば今の攻撃は!?)

 続けてまた、今度は心臓狙いで攻撃が迫る。ホーレンソーは空中で体を回転させ、勢いをつけて着地。空を掠めた一撃は、レバーの貫手であった。

 レバーは着地際に、もう一発貫手を放つ。ホーレンソーはすぐさま床に向けて矢を放ち、バリアに変化させた。だがレバーの手はそれを易々と貫通、ホーレンソーは後ろに跳んだものの、衝撃によって大きく飛ばされ壁に背中を叩きつけられた。

(ぐ……何が起こった……?)

 マントを脱ぎ、拘りを捨ててホーレンソーと同じ高さに立つ。隙の無い構えで、素手による近接格闘術。過去二度の対戦では一度も見たことのない戦法に、ホーレンソーは戸惑った。

「貴様を確実に殺すには、王の戦い方に拘っているわけにはいかぬのでな。ポセイドンの槍は、王家の誇りのためにあえて使っていたに過ぎん。余の本来の得手は格闘。余の二つ名が示す神槍とは、余の肉体そのものなのだ!」

 再びレバーの姿が消える。壁際のホーレンソーは、すぐさま横に跳んだ。一瞬の後に、レバーの手が壁に突き刺さる。

「まさかこんな切り札を隠し持っていたとは……一体どんな改造を受けたというのだ」

「改造だと? 違うな。余は七聖者でただ一人、強化改造を受けることなくこの地位にいる。余がこれだけの力を得たのは、全て己の努力によるもの! 改造によって力を得た他の使徒どもとは違うのだ!」

 直撃を免れてもダメージが入るほどに、レバーの神槍は鋭い。戦いが長引けばそれだけ不利となる。どうにか速攻で決着をつけたいところだが、それを考えている間にもレバーは攻め立ててくる。

「何故余が改造を受けなかったか解るか。それは余が王だからだ。神槍たるこの肉体を、教団に弄らせるわけにはいかんのだ。教団もフォアグラも、余が利用しているに過ぎん。神の力を取り戻した暁には、フォアグラをも倒し余がこの世の王となるのだ!」

 あのマントは防具であると同時に重石でもあった。それを脱ぎ捨てたことで、今のスピードはホーレンソーを遥かに上回る。ピンと伸ばした指先で狙いを定め、曲げた右腕を一気に伸ばし捻りを利かせて突く。そこからクールダウン無しに腕を後ろに戻し、次の一撃を放つ。王家に伝わる槍が形無しの、神槍の名に相応しき必殺の貫手。どんなに鍛えた肉体や頑強な鎧を以ってしても、当たれば何の抵抗も無く風穴が開く。

「改造も無しにこれだけの技……どれほどの努力をしてきたか察しがつくというものだ。道を間違えたりせねば素晴らしき貴族となっていたであろうに」

「貴族ではない! 余は王なり!」

 どうにか避けつつ放った矢は明後日の方向に飛んでゆく。続けて、火花が散るほどの気合を籠めて放たれた貫手がホーレンソーの顔面右を掠めた。衝撃波を受けた右目が切り裂かれ血が吹き出た。

「くっ……!」

 片目を失いバランスを崩したホーレンソーにとどめを刺さんと、レバーは腕を振りかぶる。だがその時、明後日の方向に飛んでいったかに見えた矢が魔法陣に変化。レバーの背後から無数の光の矢を発射した。

「ぐぬ!?」

 それに感付いたレバーは振り返り、手を鞭のように振り回して光の矢を叩き落してゆく。

「王を後ろから狙うとは、流石裏切り者は卑怯なり!」

 その間にホーレンソーは距離を取るも、急に視界がぼやけて体がふらついた。右目は既に開けなくなっており、完全には防ぎきれない攻撃を繰り返し掠めたことで全身から出血。受けたダメージは決して少なくない。

 霞む左目だけで敵を捉えながら、ホーレンソーは弓を引き絞る。光の矢への対処を終えたレバーは、再びホーレンソーへの追撃にかかる。

「王を愚弄したこと、後悔するがいい!」

 またしても、姿が見えなくなるほどの高速ダッシュ。それと同時にホーレンソーは矢を放つ。レバーは消えた瞬間に、僅かに進んだだけの地点で姿が現れた。転んで倒れたレバーの両脚は、バンドのようなもので束ねられていた。放った矢が当たる瞬間に変化し、レバーの足を拘束したのである。

「貴様の動き、だんだんと読めてきたぞ」

「王にこのようなものを……なんたる無礼な!」

 レバーは手でバンドを切り落とすも、その感にホーレンソーは矢を二発射る。一つは上方向へ、もう一つはレバーを直接狙って。

 二発目の矢は、先程マントに防がれた分裂する矢である。先程よりも更に多く分裂しては散開し、弾幕のように襲い掛かる。

「そんなものが余に効くとでも思ったか!」

 レバーは光の矢と同じように、向かってくる矢を手だけで捌ききる。そして時間差で上から落ちてきた矢も、自慢のスピードで容易く躱した。

「弾幕は囮で本命は上からの矢、そういう算段だったのだろうが……」

 レバーがそう言って次の攻撃に入ろうとしたその時だった。地面に刺さった本命の矢が突然反転し、バウンドするかのように飛び出してレバーの右掌を貫いた。

「ぬがああああ!?」

 不意を突かれたことに動揺し、レバーは悲鳴を上げる。

「貴様が槍を戻すのを見様見真似でやってみたのだが、なかなか上手くいったようだな」

 レバーは慌てて矢を引き抜き、ホーレンソーを睨む。

「王の肉体に傷を負わせるとは、なんたる不敬な……!」

 矢を引き抜いて必殺の貫手を喰らわせようと駆け出す。対してホーレンソーは、矢を番えることすらせずに弓だけ持って身構えている。レバーの狙いはホーレンソーの心臓。指先が突き刺さる刹那、ホーレンソーはレバーの手首に弓の弦を引っ掛けた。負傷した手で放つ貫手は、最早本来の威力を成していなかったのである。ホーレンソーはそのままレバーの右腕を掴むと、それを弓に番えて弦を引いた。

「ぎゃああああ!」

 レバーの悲鳴が上がる。腕拉ぎの効果を持つ、弓を用いた関節技である。限界まで引き絞ったところで、ホーレンソーは弦を手放した。その瞬間レバーの体は浮き上がり、勢いをつけて飛んでいった。腕拉ぎはあくまで前段階。この技の本質とは、敵そのものを矢にして放つことにある。対格闘家用に特化した、ゾディア式弓術の秘奥義。レバーはポセイドンの槍の丁度隣の壁に、仰向けに磔にされ気を失っていた。

「貴様の志は立派だった。だがそのためにしたことが強盗とテロでは、貴様の先祖も悲しむというものだ」

 レバーを倒したことを確認したホーレンソーは、バトルルーム南東部にある宝物庫の扉の前に来た。当然それには鍵がかかっている。だが鍵穴の形を見てピンときたホーレンソーは、壁に刺さったポセイドンの槍を引き抜き、その先端を鍵穴に差し込み回したのである。すると見事、扉は開いた。中の宝物庫には、レバーがこれまで妖精界各地から盗み奪ってきたケフェウス王家所縁の宝物が並べられていた。それを見たホーレンソーは通信機で兵士達に連絡を取る。

「こちらホーレンソー、第五使徒レバーの撃破は完了した。レバーによる盗品を発見したので、手が空いている兵はこれの回収を頼む」



<キャラクター紹介>

名前:第五使徒・神槍のレバー

性別:男

年齢:27

身長:177

髪色:金

星座:乙女座

趣味:財宝を眺める

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