第54話 ホーレンソー青春物語
屋敷に戻ったホーレンソーは、その日一日泣きっぱなしであった。
(よくも……よくもこの僕に恥をかかせてくれたな……)
握った拳が震える。至極真っ当な振られ方であったが、ホーレンソーにとってそれはただただ理不尽な仕打ちであった。
飯も喉を通らず泣き続けた結果、翌朝になる頃には涙も枯れていた。
冷静になって考えてみると疑問だった。自分が何も魅力を感じないこの島を、どうして彼女は好きだと言えるのか。
思い立った時、ホーレンソーは行動に出ていた。家族の目を盗んで召使いの部屋に行き、召使いから使い古しの服を一セット貰った。それを着て庶民に扮すると、昨日の村へと再び赴いたのである。
「ライチ」
買い物をして家に帰る途中、急に後ろから声を掛けられライチは驚き振り返る。
「ホーレンソー様!?」
またも懲りずにホーレンソーがやってきたことに、ライチはうんざりといった表情をしていた。
「あの……何か御用でしょうか?」
「ライチ、君はこの島が好きだと言ったな。僕にはその理由がわからない。だから教えてくれないか、この島の何がそんなに良いのかを。本当にこの島に、都会より優れたものがあるというのか?」
真剣な眼差しで、ホーレンソーは尋ねる。
「ホーレンソー様は、この島がお嫌いなのですか?」
「ああ、そうだ。だからこそ知りたいのだ」
ライチは唾を飲む。ホーレンソーが何を考えているのかがさっぱりわからない。だが決してからかいに来たわけではないことは、彼の目を見ればわかった。
「……わかりました。じゃあ私が、ホーレンソー様にこの島の魅力をご紹介します。それを知ったらきっとホーレンソー様もこの島のことを好きになれますから!」
緊張しながらも、自信を持ってライチは言う。
「ところでホーレンソー様、先程から気になっているのですが、何故そのようなぶかぶかの服を……?」
屋敷には子供の使用人などおらず、当然貰った服は大人用である。当然サイズは合っていなかった。
「いつもの格好では目立つと思ってな。庶民の格好をしてきたのだが……」
「これはこれで目立ちますよ。それに動きにくいでしょうし……私の弟の服が丁度合うかもしれませんから、とりあえず私の家に来てください」
「う、うむ」
急に家に誘われ、ホーレンソーは照れた。
ライチの家。父親は昨日聞いた通り遠洋に漁に出ており、母親も市場で働いているため今は家にいない。弟は学校である。妖精界の義務教育は十歳までなのだ。
ホーレンソーは庶民の家に行くのは初めてであったが、女の子の家に行くのも初めてであった。そのためついキョロキョロと見回してしまう。
(これが庶民の家か……みすぼらしいな)
ライチの家はさして貧しいわけでもない、島の漁師の家庭としてはごく一般的なものである。だが贅沢な暮らししか知らないホーレンソーにとって、それは酷くみすぼらしく映ったのである。
「これとかどうですか?」
ライチは弟の部屋から持ってきた服を、ホーレンソーに見せる。
「別に何だって構わん」
ホーレンソーは照れ隠しに高圧的な態度で言った。
とりあえず服を着てみると、サイズは丁度ぴったりである。歳はライチと同じなのに、服のサイズはライチの弟と同じ。ホーレンソーはどことなく劣等感を覚えた。
「とってもお似合いですよ」
「フン、僕ほどにもなればどんな服を着ても様になるものだからな」
好きな子の手前劣等感は見せず、きざに髪を掻き揚げてかっこつけた。
「じゃあ早速行きましょうか、ホーレンソー様」
急に手を握られ、ホーレンソーはどぎまぎする。手を引かれるがままに連れられてゆくのだった。
青い空、白い雲、そして青い海。ホーレンソーは、波打つ砂浜に立ち尽くしていた。
「これが……海か……」
「ホーレンソー様は、海に来るのは初めてですか?」
「ああ、今まで屋敷の窓からしか見たことはなかった」
ライチに連れられてきたのは、海であった。この絶海の孤島の中で最も美しいとされる砂浜に、ホーレンソーは立っていたのである。
「ちょっと待っててくださいね」
ライチは家から持ってきたリュックサックから釣竿を取り出し、海に針を投げ入れ糸を垂らす。魔力による操作で釣り針は自在に動き、魚を捕らえた。
吊り上げた魚を、ライチはホーレンソーに見せる。
「私、釣りは得意なんです。食べてみますか?」
「ん……ああ」
立ち尽くして海を見つめていたホーレンソーだったが、ライチから話しかけられて我に帰る。
ライチは周辺から薪を集めると、リュックサックから取り出したライターで火を点けた。このライターは使用者の手から送られた魔力で点火する仕組みとなっており、人間界のものと違って燃料切れすることはない。
ホーレンソーは魚が焼ける様子を体育座りで見ていた。
「そろそろできたかな? はい、ホーレンソー様」
綺麗に焼けた魚を差し出され、ホーレンソーは戸惑いながらかぶりつく。
「……まあまあだな」
高級品ばかり食べていて舌が肥えているだけあって、何でもないただの魚は今更特別美味しいと感じるほどのものでもなかった。
「島で獲れたものなど久しぶりに食べた。もう長い間大陸から取り寄せたものしか食べていなかったのでな」
「そうなんですか。あれ、でも森で魔獣を獲っていたのでは?」
「あれは他に碌な娯楽が無いからやっているだけだ。獲った魔獣を食べているわけじゃない」
「それじゃあ、森の魔獣はただ殺されるだけ……?」
「どうせ死骸は他の魔獣が食べるんだ、何も問題無かろう」
ホーレンソーは威張って言うが、ライチが悲しそうな表情をしたので不味いことを言ったのだと察した。
「……この島で獲った魔獣の肉など、うちの家族で食べる者など一人もいない。持って帰るだけ無駄なのだ」
ホーレンソーの脳裏に、数年前の思い出が浮かぶ。
それは初めて森に行き、自分で魔獣を獲った時のことだ。
「見てよ母上! 僕が獲ったんだ! 今日はこれを食べようよ!」
無邪気な笑顔で、獲った魔獣を母親に見せに来たホーレンソー。しかし母親の目は冷たいものであった。
「捨ててきなさい。食べる肉は間に合ってます」
「でも、僕が初めて自分で獲ったんだよ!」
「そんな汚いもの、屋敷が汚れる! いいから捨ててきなさい! 貴方も、どうして捨てさせなかったの!」
母親は狩りに同行した従者を強い口調で怒鳴りつける。従者は何度も頭を下げ平謝り。
「では私が責任を持って捨てて参りますので……」
従者はホーレンソーから魔獣の死骸を取り上げる。
「すぐにメイドを呼んで、貴方達の通った場所を掃除させなさい」
「畏まりました」
逃げるように去る従者の背中を、ホーレンソーは涙目で見ていたのである。
あれ以来、獲った魔獣を屋敷に持ち帰ったことはない。
「どうかされたんですか、ホーレンソー様」
黙って俯いていたホーレンソーを心配して、ライチが尋ねた。
「ああ、いや、何でもないんだ」
ホーレンソーは誤魔化すように、魚にがっついた。
食べ終えたところで、またライチはホーレンソーに話しかける。
「それでは、次の場所に行きましょうか」
ライチに連れられて、ホーレンソーは島の名所を巡ってゆく。
色とりどりの花が咲く野原。海を見下ろす高台。島民で賑わう市場。ごくありふれた大衆食堂。どれもホーレンソーが初めて来る場所であった。
ただでさえ狭い島の、尚更に狭い範囲だけで生きてきた自分。一体どれだけ勿体無い人生を送ってきたのだろうかと、ホーレンソーにとって己の価値観を揺るがされる思いだった。
夕暮れ、ホーレンソーとライチは再び砂浜に来ていた。
「ライチ、今日は、その……ありがとう」
ありがとうなどという言葉を使うのは数年ぶりだった。
「いえ、ホーレンソー様にこの島を好きになって頂けたなら、それが何よりです」
「その……もしよければ、君の連絡先を教えてくれないか」
ライチの笑顔に気圧されそうになったホーレンソーだったが、一息ついた後、意を決して尋ねた。
「はい、そのくらいでしたら」
ライチはフェアリーフォンを取り出す。まさかこんなにあっさりOKしてもらえるとは思っていなかったホーレンソーは、暫くぽかんとしていた。
「あ、ああ」
互いに連絡先を交換し合った後、二人は解散。
屋敷に戻ると、クラッカーが青い顔をして駆け寄ってきた。
「ぼ、坊ちゃま! 一体どこに行っておられたのですか!」
「どこでもいいだろう。この僕に指図するな」
強いことを言っているが、顔がにやけていることにクラッカーは不審に思った。
翌日、ホーレンソーはフェアリーフォンでライチと連絡を取り合い、またライチの家にやってきていた。
「ライチ、これは先程僕が獲った魔獣だ。せっかくなので君にくれてやろう。君は釣りは上手くても狩りは下手そうだからな」
また上から目線であったが、昨日話した狩った魔獣の処遇について、ホーレンソーなりに考えている様子だった。
「ありがとうございますホーレンソー様。早速今日の昼食にでも使わせて頂きます」
「おお、貴方がホーレンソー様ですか」
ライチが魔獣を受け取ったところで、聞こえてくる男性の声。今朝方漁から帰ってきたライチの父親であった。
「話は娘から聞いております。娘と仲良くしてくださってるようで……こんな娘ですが、何卒宜しくお願いします」
胡麻を擦るような態度で、ライチの父はホーレンソーに話しかける。娘が領主の息子に気に入られていることが嬉しく、是非ともこのまま嫁入りさせたいといった様子が透けて見えた。
「フッ……そうだな。君の父親もこう言っていることだし、僕の妻になりたまえ。この島で共に暮らそう」
ホーレンソーもそれに乗っかり、今度は家族の前で求婚。ライチはたじろいでいた。
「そ、その……私まだそういうのは……こ、これからもお友達でいましょう」
やんわりと断るライチ。おろおろと不安げな表情になる父。だがホーレンソーはショックを受けることなく、鼻で笑った。
「フッ、まあ構わないさ。今は友達でいてやろう」
もう断られることくらい読めていた。だが友達にはなれた。このままいつか落としてやるぞと、心の中は燃えていたのである。
あれから三年が経った。ホーレンソーとライチは十五歳になる。
「やあライチ。相変わらず君は尻が大きいな。母上の尻と見間違えたぞ」
会って早々のセクハラ発言で、ホーレンソーはライチに頬を引っ叩かれた。
「それはそれとして、今日こそ僕の妻になる決心をしたまえ」
「この流れで言うこと!?」
腫れた頬を手でさすりながら、決め顔でのプロポーズ。これもいつしかホーレンソーの日常になっていた。ライチから受けるビンタも、ホーレンソーにとってはご褒美だったのである。
相変わらずプロポーズは成功していなかったが、ホーレンソーと共に過ごす日々はライチにとっても満更でもないようであった。
そんなある日のこと。アルタイル家の屋敷では、父パンプキンが家族と使用人全員を大ホールに集めていた。
「聞け諸君。我々アルタイル家は、近日この島を出て行くこととなった」
大ホール内がざわめく。
「実はこの島を買い取ってくれるという方がいらしてな、この島をその方に譲り、代わりに我々はその方から譲り受けた別荘に住むこととなった。しかもその所在地は王都オリンポスだ。遂に我々はこのゴミのような孤島を出て、念願の都会暮らしが手に入るのだ!」
あまりに突然のことに、ホーレンソーは唖然としていた。
「ど、どういうことですか父上! この島を出て行くだなんて!」
ホーレンソーは声を張り上げる。
「先程言った通りのことだ。そういえばお前はこの島の女に執心だったな。王都に行けばそれより良い女などいくらでもいる。何ならその女を一緒に連れてきてもいい。お前の好きにするがよい」
それからすぐ使用人達に命令が下され、荷造りが始まった。使用人達が汗水流して荷物を纏める傍ら、主人たる御貴族様達はのんびり腰掛け、都会暮らしへの希望に想像を膨らませていた。
ホーレンソーは、村へと走りライチにこのことを伝えに行った。領主となる家が替わることは島民達にも伝えられており、既に周知となっていた。
「そう……ですか」
いつもの砂浜に、二人は腰を下ろして話す。悲しそうな表情をするライチに、ホーレンソーは何と言っていいか分からなかった。
父は彼女を連れて行けと言った。だが彼女がこの島を好きなことは知っている。三年前に彼女はこの島を出て行くことを拒否したのだ。領主の息子という立場を利用して無理矢理連れて行くこともできるといえばできるだろう。だがそれは彼女に対する裏切りでもあり、自分自身の崩壊に等しい行為でもあった。
言えない。一緒に王都に行こうなどとはとても。お互いに黙ったまま時間だけが過ぎてゆく。
「坊ちゃま、旦那様がお呼びです! 屋敷にお戻りください!」
遠くからクラッカーが呼ぶ。ホーレンソーは立ち上がった。
「すまないライチ、僕は行かなくてはならない」
「はい」
名残惜しそうな様子で、ライチは返事をした。
数日が経ち、荷造りも完了。全てを船に積み込み、いよいよ引越しの時が来た。
港には島民達が詰めかけ、出港する船を見送る。そこには屋敷の使用人も全員揃っていた。パンプキンが田舎臭い使用人は捨てて王都で新しい使用人を雇うと急に言い出し、全員解雇され島に置いていかれたのである。
「ったく、こちとらあいつらから貰う給料で飯食ってたのに、これからどうすりゃいいってんだ」
「あいつら俺達のことを道具としか思ってねえのさ。一体いつの貴族様だっての。時代錯誤も甚だしいぜ」
「あいつらあの調子で本当に都会で暮らせるのかね?」
召使い達が愚痴を言う。本来であれば、貴族の召使いの待遇が悪いなんてのは最早過去の話。しかしこんな絶海の孤島に暮らすアルタイル家は時代に迎合しきれず、古い時代の悪習が残っていたのである。
「いなくなってくれて清々するわ」
「次の領主はまともな人だといいんだけどなー」
島民達も続々とアルタイル家の悪口を言う。
この場に集まった者達の殆どはアルタイル家を名残惜しんで来ているわけではない。横暴な領主がいなくなるのが見たくて来ているに過ぎないのだ。
だがその中でライチは、一人悲しそうな目で船を見送っていた。
友達との別れ。もうこれで二度と、会うことはないのかもしれない。
「ライチ」
急に後ろから声を掛けられ、ライチはびくりとして振り返る。まさかここでその声が聞こえるはずがないと、ライチは思った。
後ろに立っていたのは、船に乗っているはずのホーレンソー。庶民に扮した格好で、平然とその場にいたのである。
「ホーレンソー様!? 一体どうして……」
「出港する前にこっそり船を抜け出してきた。この島に残るためにね」
ホーレンソーは一歩前に出て、ライチに顔を近づける。
「僕は君と共に、この島で生きていくのだよ」
ライチの目が潤み、頬が染まる。ホーレンソーはライチと見つめ合ったまま――ライチの尻を撫でた。
「こんな大きな尻の女、都会に行ってもなかなかいなさそうだからな。やはりこの尻でなければ僕は満足できない。丁度いい機会だ、このまま僕の妻になりたま……へぶっ!?」
ノーガードの頬に、全力のビンタが一発。ホーレンソーは思いっきり吹っ飛んだ。
「あなたって本っ当に最低!」
ライチは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。叩かれたホーレンソーは、頬を押さえて悦に浸っていた。
これからもこんな日常は続いていく。ホーレンソーもライチも、そう思っていた。
これから待ち受ける悲痛な運命を、誰も知る由が無かったのである。
この日カロン島は滅亡する。ホーレンソーただ一人を残して。
<キャラクター紹介>
名前:
性別:女
学年:中三
身長:155
3サイズ:84-61-86(Dカップ)
髪色:黒
髪色(変身後):赤
星座:牡羊座
衣装:アマゾネス風
武器:ブーメラン
魔法:ブーメランから衝撃波を放つ
趣味:男性アイドルの追っかけ
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