第49話 王都オリンポス

 翌朝、拳凰はまた花梨の部屋を訪れていた。

「おーいチビ助ー」

「あ、待っててケン兄、今着替えてるから」

 扉の向こうから花梨の声がする。拳凰は構わず入ろうとするが、扉は開かなかった。

(ちっ、鍵かってやがる)

 一方で拳凰を待たせていた花梨は、服選びに苦心していた。

(ケン兄がいるってわかってたらもっと可愛い服持ってきてたのにー!)

 服を取っては鏡の前で体に当てて、あれでもないこれでもないと心を悩ませる。

「おーいまだかチビ助」

 拳凰が呼ぶ。これ以上待たせるのも悪い。花梨は持ってきた服の中からどうにかデートに相応しいものを決めた。

「お待たせ、ケン兄」

 服を着て鏡の前で最終確認した後、扉を開けて拳凰を出迎える。

 拳凰の目線は服を通り過ぎて真っ先にミニスカートの下の太腿に行っていたのを、花梨は見逃さなかった。

 精一杯のコーデもこの男には全く気にされない。だがそんなことはもう慣れっこで、花梨にとって今更気にするほどのことでもなかった。

「よし、それじゃ行くぞ」

「うん」

 いよいよ初めての外出。妖精界観光に花梨は心躍らせる。

 ホテルを出たところで、花梨はふと一人の少女が柱にもたれかかっているのを見つけた。服装から察するに妖精ではなく、人間界から来た魔法少女の一人だ。

 少女は拳凰達の姿を見ると、こちらに向かってきた。金髪ロングヘアにワイルドなファッションで木刀を手にしたこの少女は、見るからに関わり合いになりたくない雰囲気を醸し出している。

「関東最強の男、最強寺拳凰やろ、知っとるで」

 少女は拳凰の顔を見上げて言う。

「あ? 誰だてめー」

「うちは竜崎大名。関西最強の女や」

 どや顔で言い放つ大名。

「ほーん、で、何か用か?」

「ここでうちと勝負や! どっちが最強か決着付けたる!」

 血気盛んに木刀を向ける大名。いかにも拳凰が喜びそうな話に、花梨ははらはらする。

「い、行こうケン兄」

 拳凰の袖を引き、無視して行くことを促す花梨。だが大名はそれを見て木刀の先を花梨に向けた。

「逃がさへんで。開会式で見た時からお前と戦いたいと思っとったんや。結局最終予選じゃ戦えへんかったが、その代わりに今ここで勝負や!」

 花梨の逃げ道を塞ぐように木刀を動かす大名。花梨は怯えて縮こまる。

 すると突然、拳凰が後ろから花梨の股ぐらに手を突っ込んだ。

「ひぁあああああ!」

 びくりとして叫び声を上げる花梨。拳凰はそのまま花梨をひょいと持ち上げ、腹を下にして肩に担ぐ。

 突然の奇行に大名が唖然とする中、拳凰はそれを好機とばかりにその場を走り去った。

「あっ! てめー卑怯やで!」

 足で追いつけないことを察した大名は、負け惜しみを言いながら木刀を振り上げキーキー叫んでいた。


「ちょっとパンツ! パンツ見えちゃう!」

 肩に担ぎ上げられた花梨は、顔を真っ赤にして拳凰に訴える。今日の服装はミニスカートなので、この体勢だと下着を思いっきり衆目に晒してしまうのである。ちなみに今日は白地にピンクの水玉だ。

「おう、悪かったな」

 暫く走って完全に大名を撒いたところで、拳凰は特に意味もなく花梨の尻をペチペチと軽く叩くと地面に降ろした。

「もう、ケン兄のエッチ!」

 花梨はお尻を手で押さえながら頬を膨らます。

「誰がエッチだっつの。せっかく俺がお前を連れて逃げてやったのによ」

「ありがとねケン兄、ケンカよりも私とのおでかけを優先してくれて」

「あんなザコかまってられるかっつの」

 拳凰が顔を背けたところで、花梨はくすっと微笑む。拳凰のこういう不器用な優しさが、花梨はたまらなく好きだった。

 落ち着いたところで、花梨は辺りをざっと見回した。結構離れた場所にホテルの建物が見える。流石拳凰は足が速く、短時間で随分な距離を走ってきたようである。

 この一帯は市街地のようで、多くの人々で賑わっている。立ち並ぶ建物は煉瓦造りのものが多い。まるで中世ヨーロッパか、或いはファンタジーRPGの世界にでも来たかのような町並みだ。だがにも関わらず街行く人々はこの世界のスマートフォンであるフェアリーフォンを手にしており、辺り一帯の景観にも現代技術の産物としか思えぬものが幾多とある。いびつさを感じるほどに、中世ファンタジーと現代が融合した世界である。

「なんつーか、変な世界だよなここ。伝統を重んじるとかでこんなことになってんだっけか?」

 拳凰は昨日既に街に出ていたのだが、ハンバーグがバイクを高速で走らせていたため景色を見る余裕は無かった。そのためゆっくり街を見て回るのはこれが初めてなのである。

「ホテルにあった観光案内に書いてあったけど、この世界は日本で例えるなら江戸時代の文化風習を保ったまま現代の技術力を持ってるようなものらしいよ」

「ほーん」

 王都オリンポス。この国の首都にして、魔法少女バトル本戦の開催地。そこは言わば、妖精界で最も活気のある場所である。大都市の賑わいは、人間界と全く変わらない。

 二人は街を歩きながら、王都の景色を見て回っていた。

「ほんとに若い女がみんなエロい格好してやがる。伝統的衣装最高だな」

「ちょっとケン兄、どこ見てるの!」

 妖精界の女性のレオタード姿に目を奪われる拳凰を、花梨が叱る。

「それにしても、みんなこっち見てるよね」

「あいつらからしたら、俺らはテレビに出てる人だからな」

 昨日の子供達との一件で、拳凰はこの世界での自分の立場がどのようなものかよく理解していた。

「お、何だあのおっさん、こっち手招きしてるぞ」

 拳凰はとある商店の店員がこちらを招いていることに気付いた。店の看板に目を向けると、その妖精界文字の日本語訳が頭に浮かぶ。

「ホビーショップ……玩具屋か? まあとりあえず行ってみようぜチビ助」

 二人はその店へと足を進める。

「いらっしゃい。魔法少女のフィギュアあるよ」

 店員が言う。入ってすぐの場所に置かれた台には、店長一押しと書かれたポップと共に魔法少女のフィギュアが置かれていた。その面子は古竜恋々愛、黄金珠子、天城沙希、他二名。いずれも今大会出場者の中ではとりわけ胸の大きい少女ばかりであった。

「ほー、こういうのも売ってるのか。そういや魔法少女はアイドルみてーなもんっつってたな」

 少し奥に進むと、今大会出場魔法少女のコーナーがあった。流石に全員がいるわけではないが、人気どころは大体フィギュア化されているようだ。

「見ろよチビ助、お前のもあるぞ」

「えっ!?」

 拳凰はショーケースの中の花梨のフィギュアを指差して言う。自分がフィギュア化されていると聞いて、花梨は嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちだった。

「すげーぞこれ、ちゃんとあのエロい下着穿いてるぜ」

 拳凰は姿勢を低くしてフィギュアを下から覗きこむ。

「ちょっとやめてよケン兄!」

 花梨は慌てて拳凰の腕を引っ張った。だが拳凰はびくともせず、他のフィギュアのパンツも覗いてゆく。

「おっ、こいつエロい格好してんなー」

 拳凰が目をつけたのは、下半身殆ど丸出しな衣装の羽間ミチルであった。

「ハンターのフィギュアもありますよー」

 店員が言う。花梨が店員の視線の先を見ると、そこには拳凰、幸次郎、デスサイズのフィギュアが置かれている。流石にコロッセオはいない。

「ケン兄のフィギュア!?」

 びっくりしてショーケースに顔を近づける花梨。フィギュアの拳凰は最終予選の時に着ていた胴着で、何やらかっこいいポーズをとっている。拳凰本人も、それを見に花梨のいる方へと来た。

「最終予選があったの昨日だろ? よく一日で作れたな」

「それも魔法の力ですよ」

 ニヤリと笑って店員が言う。

 花梨は拳凰のフィギュアをじっと見ていた。まるで本物の拳凰が小さくなってそこにいるかのようにそっくりだ。

「あの、これ買います」

「買うのかよ」

 買い物の仕方は今朝アプリに届いたメッセージで説明されていた。店員がレジを操作すると魔法陣が現れ、アプリを立ち上げたスマートフォンをそこにかざせば決済完了。人間界における電子マネーの使い方と殆ど変わらない。そのシステムの根本となる技術が科学であるか魔法であるかだけが違いである。

「こちらの商品はホテルのお部屋にお送り致しましょうか」

「はい、お願いします」

 綺麗にパッケージングされた拳凰のフィギュアは魔法陣の中に消える。

 拳凰はふと思うところがあり、もう一度花梨のフィギュアのパンツを覗きに行った。

「そちらのフィギュア、お買いになられますか?」

 別の店員が話しかけてきた。

「いや、興味ねーよ」

「この国では皆応援する魔法少女のフィギュアを買っていくものですよ」

「興味ねーっつってんだろ」

 拳凰はショーケースを離れ、別の場所に移動する。不意に見上げた場所にあったショーケースには、歴代優勝者コーナーと書かれていた。

「こいつら、過去に優勝した魔法少女なのか」

「ええ、優勝者ともなると時が経っても人気がありますから、現在も尚フィギュアが生産されているのです」

「ほー……」

 拳凰は一人一人見てゆく。ここ六十年くらいの大会の優勝者は全員揃っているが、それ以前は年代が飛び飛びである。妖精の平均寿命は五十五年。現代を生きる世代が直接知る大会の魔法少女はそれだけ需要が高く、現代の高齢者ですら生まれる前の大会の、既に歴史上の人物と化した魔法少女は特別人気が高いものしか生産されていないということだ。

 優勝者の肩書きがあるからか、やはりどれも皆どことなく最強の風格を漂わせているように見える。

「戦ってみてーな、こいつらと……」

「歴代の優勝者に興味があるのでしたら、魔法少女バトル博物館に行かれるといいですよ」

 拳凰の呟きを聞いた店員が言う。

「そんなものがあるのか?」

「はい、ここから暫く南に行ったところにあります」

「そうか。おーいチビ助、お前の見た観光案内に魔法少女バトル博物館って載ってたか?」

「うん、私も行こうと思ってたとこだよ」

「よし、じゃあ早速行ってみようぜ」

 花梨は店員に一礼し、二人はホビーショップを出る。

「こっから暫く南だったな。あそこに見えてる建物がそうか?」

 拳凰の指差す先には、白い石造りの大きな建物が見える。

「うん、それみたい」

 よく目立つ建物のお蔭で、行くのは楽そうである。二人は早速そちらに向かって歩き出した。

「あら、あなたハンターの人よね?」

 と、その矢先に拳凰に話しかける声。

「おう、何だ?」

 二人は振り返る。声の主は、人間の少女だ。髪は茶色で、ウェーブのかかったショートボブ。目はタレ目で、悪戯な微笑みを浮べている。身長はやや高めで、長い脚とむっちりした太腿が艶かしい。何より特徴的なのはそのスカートで、普通に立った状態でもパステルピンクの下着が僅かに見えているくらいの超ミニスカートである。

「おっ、エロい格好した女」

「パ、パンツ見えてますよ! パンツ!」

 拳凰が露骨に鼻の下を伸ばす一方、花梨は慌てて指摘する。

「見せてるのよ。私下半身には自信あるし、ちょっとくらい見えてた方がセクシーでしょ?」

 いちいち語尾にハートマークが付いているかのような喋り方で、その少女は言う。

「お前、上半身甲冑で下半身丸出しの……」

 彼女が先程のホビーショップに飾られていたフィギュアにあったエロ衣装の魔法少女であることに、拳凰は気付いた。

「あら、私のこと知っててくれたんだ。私、羽間ミチルっていうの。あなたハンターの人よね? 開会式で見た時から気になってたのよ。ワイルドなイケメンってタイプだし」

 それを聞いた途端、花梨はブロッキングするように拳凰とミチルの間に入る。

「あら残念、もう先約がいたのね。でも今度は私とデートしてくれるかしら?」

「これはガキのおもりだ。デートなんてめんどくせーことするかよ」

「さっきは私のこと見てエッチな顔してたのに?」

「うるせーな、男の本能だよ。行こうぜチビ助」

 拳凰はミチルを意に介さず、博物館への道を急ぐ。

(ケン兄ってば、他の人のことは普通にエッチな目で見てること認めるのに)

 花梨はそれを追いかけながら、自分だけ一人前の女として扱ってもらえないことを不満に思う。ミチルはそんな様子を見てくすっと笑った。

「ねーえ、二人は付き合ってるわけじゃないんでしょ?」

 勝手についてくるミチルに、拳凰はイラっとする。

「ただの従兄弟だし、俺にとってこいつは弟みてーなもんだ。ついてくんな」

「ちょっとケン兄! 弟はやめてって言ってるでしょ! 私だって、結構女らしくなってきてるんだから!」

 花梨の反応を見て、ミチルはサディスティックな笑みを浮べる。

「ひっどーい、こんな可愛い子を男扱いするだなんてー。意外といいオシリしてるのにー」

 ミチルはおもむろに花梨の尻を鷲掴みにした。

「ひあああああ!」

 びくりとして変な悲鳴を上げる花梨。拳凰はすぐさまミチルを軽く蹴っ飛ばした。

「チビ助のケツ触ってんじゃねーよ変態女」

「いったぁーい」

 ミチルはセクシーなポーズで倒れ、わざとらしく痛がる。

(さっきは自分も触ってたくせに)

 花梨は心の中でツッコんだ。しかも肩に担ぐ時には尻どころか前の方まで指が行っていたほどである。やったことは拳凰の方がよっぽどエグい。

「行こうケン兄、こんな変態さんほっとこうよ」

「そうだな、早く博物館見てーしよ」

 そう言いつつも、倒れて丸見えになっているミチルのパンツはしっかりと目に焼き付ける拳凰。花梨は拳凰の手を引き、早足で南へと向かう。

(ふーん、見せつけちゃって。なーんか面白い二人。もうちょっと見ていたいかも)

 ミチルは唇に人差し指を当て、邪な笑みを浮べる。そして付かず離れずの距離をとりながら、二人の後をつけていった。



<キャラクター紹介>

名前:羽間はざまミチル

性別:女

学年:中三

身長:163

3サイズ:84-58-91(Cカップ)

髪色:茶

髪色(変身後):薄紫

星座:山羊座

衣装:上半身プレートメイル+下半身前貼り

武器:槍&盾

魔法:盾に触れた物に強い重力をかける

趣味:美容体操

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