第50話 古の弓騎士

 着替えを終えた梓は、ホーレンソーとの待ち合わせ場所であるロビーの大時計前に来ていた。

「やあ三日月君、早速街に出るとしようか」

 梓がそこに着いた途端、近くの物陰からホーレンソーがすっと姿を現す。

「ずっと隠れて待ち構えていたのかしら?」

「ああ、私は有名人だからね。姿を見せた状態で待っていては、周りに人だかりができてしまうのだよ」

 紙を掻き撫でてきざったらしく言うホーレンソーを、梓は冷めた目で見る。

「……そうね、じゃあ早く行きましょうか」

「嫌々という割にはお洒落に気合が入っているようだね。案外私とのデートがまんざらでもないのかな? 嬉しいことなのだよ」

「みっともない格好で外に出たくないだけよ」

 一応なりにもデートという形である以上は、最低限のおめかしはしておくのが相手に対する礼儀だと梓は考えている。そのための服はちゃんとこちらの世界に持ってきていた。

 ホーレンソーに対して必要以上に気を許すつもりはないが、あくまでも真面目に筋を通すのが梓の流儀である。

「いやはや、君は本当に美しい。思わず見惚れてしまうほどなのだよ」

「そういう話はいいから。それで、どこに連れて行ってくれるのかしら?」

「そっけなくされると、興奮してしまうのだよ」

 梓は反応したら負けだと、無視を決め込む。

「君もだんだんと私のあしらい方が上手くなってきたものだね。では君のご所望通り、私がこの街の名所を案内してさしあげようではないか」

「ええ、お願いするわ」


 二人は街を散策する。

「どうだね? 我が国が誇る王都オリンポスは」

「ええ、素敵な街だと思うわ。レオタードの女性が普通に街を歩いているのは慣れないけれど……」

「君も妖精界の服を着てみるかね? 君にはとても似合うと思うのだが」

「それは遠慮しておくわ」

 セクハラ発言を華麗にスルーしつつ、梓は立ち止まって近くの建物を見上げる。

「昨日まではあまり実感が無かったのだけれど、やっぱり不思議なものね。私が今、本当に異世界に来ているだなんて」

 その建物に掛けられた看板には、妖精界文字で「武器・防具屋」と書かれていた。現代日本では絶対にあり得ない店だ。

 梓はふと、店の扉の張り紙が目についた。防犯グッズなら当店でという大文字の下に、スリ、置き引き、ひったくり等への注意を喚起する文章が載せられている。

「この世界にもいるのね、こういうのって」

「特にこの時期は魔法少女を見るために遠方から観光客が集まっているからね。泥棒にとってはいい獲物なのさ」

「まったく、悪い連中ってのはどこの世界も同じね」

「ああ、まったくだ」

 二人は珍しく意見が一致していた。

「そうだ、どうだね、せっかくだからこの店で私が君に似合いの防具を選んで差し上げようか」

「遠慮しておくわ」

「ああっ、待ちたまえ三日月君」

 梓はさっと横を向き、急ぐようにその場を発つ。二人の意見が合ったのはほんの一瞬であった。


 街を行く二人がやってきたのは、噴水のある広場だった。

「ここが私の一押しのスポットなのだよ。どうだね、なかなか良い場所だろう」

 憩いの場として賑わうこの広場には、休日ということもあってデート中のカップルも多い。

「中でも私が一番好きなのは、この像だよ」

 噴水の前に立てられた像の前に来て、ホーレンソーは言う。

 それは美しく精悍な顔立ちで空を見上げる女性の像である。ぴっちりしたレオタードを見に纏い、手には弓が握られている。歳の程は梓と同じくらいだろうか。

「あら、美人じゃない」

「彼女はただ美しいだけではない。偉大な英雄であり、そして悲劇の乙女なのだよ」

「悲劇の乙女?」

「彼女のことについて聞きたいかね?」

「ええ、話して頂こうかしら」

 ホーレンソーが聞いて欲しそうにしていたので、梓はそれに乗ってあげた。

「では話してさしあげよう。彼女の名は射手座サジタリアスのレタス。今からおよそ五百年ほど前の妖精騎士で、私や君と同じゾディア式弓術の使い手だよ」

 ホーレンソーは語り始める。

 ゾディア王家の血を引く少女レタスは、類い稀なる弓の才を持ち若くして騎士の座に着いた。彼女は騎士として勤勉に働き、王都オリンポスの平和と発展に尽力してきた。

 だがある時、大賢者ガリという高名な魔術師が己の実力を過信して危険な魔法の実験を強行。結果実験は失敗し、暴走した魔力が瘴気と呼ばれる有毒な物質へと変化。瘴気を大量に吸った者は全身から血を噴出し絶命してしまうのである。

 瘴気は王都広域に拡散し、多数の犠牲者が出た。このままでは王都は死の土地へと変わってしまう。当時のゾディア王がオリンポスを棄てることを決断するほどの非常事態。当のガリは責任を逃れるため早々に失踪した。

 誰もが次々と王都を脱出する中、妖精騎士団は市民の救出に従事しつつどうにか瘴気を浄化する方法を模索していた。そんな中、レタスが灯りにするために放った光の矢が瘴気を消し去ったのである。それは全くの偶然に見つかったことであった。ゾディア式弓術に古くから伝わるその技に、瘴気を浄化する力があったのである。古い文献を調べたところ、遥か昔にも瘴気が発生したことがあり、その対抗策としてこの技が作られたことも判明した。

 王はゾディア式弓術の使い手達を召集し、瘴気の浄化作業を命じる。光の矢は順調に瘴気を消し去ってゆくかに見えたが、一つ問題も起こった。それは瘴気の発生源にして最も瘴気の濃い場所、即ちガリの研究所の浄化である。瘴気の発生源である魔法陣に光の矢を打ち込み、これ以上の瘴気の発生を絶たねば根本的な解決にはならないのだ。

 だがそこは魔力式ガスマスクをもってしても防げないほどの濃い瘴気に満ち溢れており、足を踏み入れるだけでも危険な場所であった。しかも遠くから光の矢を撃っただけでは逆に光の矢が力負けしてしまう。研究所の中に入り、近距離から直接矢を撃ち込まなくてはならないのだ。

 この最重要任務を請け負う者には、死ねと言っているにも同然であった。王や騎士団は頭を悩ませた。丁度ゾディア式弓術を使える死刑囚が一人いるから、そいつを行かせてはどうかという意見も出た。しかしそんな重大な任務を信用できない人物に任せるわけにはいかないと棄却された。

 誰もが行くのを躊躇する中、レタスは意を決して自ら志願する。当然、貴族の令嬢にそんな危険な仕事はさせられないと反対する声も多かった。だが王家の血を引き高い魔力を持つ彼女であれば、生きて帰ってこられるのではないかという希望もあった。

 王都オリンポスを取り戻すため、任務へと赴くレタス。光の矢で瘴気を打ち消しながらガリの研究所へと足を進め、瘴気を発生させている魔法陣に光の矢を打ち込む。

 魔法陣の式は書き換えられ、瘴気を浄化する光が王都全域に広がった。任務は成功。これでこの地は再び妖精の住める土地に戻る。

 だがレタスは、濃い瘴気を吸い過ぎた。既にその身体は限界に達しており、再び妖精達で賑わうオリンポスを見ることなく、僅か十八年の短い生涯を終えることとなった。


 ホーレンソーは古の英雄譚を語る吟遊詩人の如く、レタスの逸話を梓に話した。

「……どうだね? 三日月君」

「ええ、像が立てられるのにも納得の偉業だわ。そんな立派な方が若くして亡くなるだなんて、世の中は上手くいかないものね」

「ああ、まったくだよ。その後のこの国のことを考えると尚更にね……」

「それで、ガリはその後どうなったの?」

「ああ、ちゃんと捕まって処刑されたよ。彼は国に対する自分の貢献を理由に減刑を要求したが、王は酷く怒り有無を言わさず斬首刑に処したそうだ」

「よかったわ。これで諸悪の根源が生き残ってたりしたら、彼女も浮かばれなかったでしょうね」

 二人は暫く像を見上げる。

「貴方は、レタスのような騎士を目指しているの?」

「我が師はそうしろと言っていたよ。だが私はレタスほど強くはない。そろそろ次の場所に行こうか、三日月君」

 ホーレンソーがそう言ってこの場を切り上げようとしたところで、突如一陣の風が吹いた。梓はスカートの前を押さえるが、後ろの方が大きく捲れ上がる。ホーレンソーは戦闘中さながらの動きで、瞬時に後ろに回り込んだ。

 地味下着ここに極まれりとでも言うかの如き、飾りっ気一つ無い白無地。ホーレンソーは「ふむ……」と呻った。

「相変わらず色気のない下着を穿いているようだね。見られることを全く考えていないようだ」

「っ~~~~!!!」

 梓は顔を真っ赤にしてお尻を押さえる。

「それにしても、また尻が大きくなったかな? 今度こそ本当に熟女の尻かと……ゴフッ!?」

 更に追い討ちのセクハラ発言をしたところで、ホーレンソーの鳩尾に肘鉄が突き刺さった。

「い、今のは……本気で痛かったのだよ……」

「貴方ならその気になれば避けるのも防ぐのも簡単だったでしょう?」

 ホーレンソーは一瞬梓から目を逸らす。

 胸を押さえしゃがみ込むホーレンソーを、梓は冷たい目で見た。せっかくいい話のようになっていたのに、この男はすぐこれである。

「私は紳士だからね。女性からの制裁は甘んじて受けるようにしているのだよ」

「それ以前に制裁を受けるようなことをしないという選択肢は無いのかしら」

「いやはや、私ほどになると制裁も一種のご褒美なのでね」

 そう言うホーレンソーを、梓は蔑むような目で見る。

「……ホテルにあった本で読んだのだけれど、この国では性犯罪者に対して過剰なくらい厳しいそうね」

「ああ、創世神オムスビがそう決めたからね。この世界の倫理や道徳はオムスビ教の教えに由来するものが多いのだ」

「貴方のセクハラを私が訴えたら、一体どうなるのかしらね」

「安心したまえ。私は法に触れない程度でやっているつもりだ」

 また肘鉄が鳩尾を突いた。

「グホォア……痛いのだよ三日月君」

「尚更悪いわね」

 梓は呆れて溜息が出た。

「あれ? 梓」

 ふとよく知る声がしたので、梓はそちらを向く。智恵理とカニミソがこの場所に来たところであった。

「ホーレンソー、また何か変な事言ったカニ?」

 蹲るホーレンソーを見て、カニミソが本気で心配しながら言った。

「フフ……ちょっとばかしじゃれ合っていただけなのだよ……」

 無駄に決め顔でホーレンソーは言う。

「貴方も担当騎士と二人で、どうしたの?」

「えっ? そ、それはその……」

 梓の質問に対し、智恵理は頬を染めて目を背けながらはぐらかした。

「カニミソもデートか。君もなかなか隅に置けないな」

「いやー、ただ王都を案内してくれって頼まれてるだけカニよ」

 カニミソがヘラヘラと言うと、智恵理は真顔になる。

「鈴村君は不憫なものだな。まあこいつはこういう奴だ」

「どういうことカニ?」

 ホーレンソーの発言の意図を全くわかっていないかのように、カニミソは目を点にして首を傾げる。

「カニミソとホーレンソーって仲いいの?」

 なんだか気まずくなってきたので、智恵理は話題を変えた。

「俺達は親友だカニ!」

「まあ、一種の腐れ縁という奴だね」

「へぇー……」

「週末にはよく一緒に飲みに行くカニ」

「お蔭でお互いしか知らないことも色々と知っているのだよ。たとえばこいつが実は脚フェチだということとかね」

「ちょっ!? 恥ずかしいこと教えないでほしいカニ!」

 突然の暴露に、カニミソは焦って手をブンブン振る。

「いやあ大人の男同士、酔うとエロトークに花が咲くというものでね」

 ホーレンソーは鮮やかな手振りで無駄にかっこつけながら言った。

 カニミソの性癖が明らかとなり、ふと智恵理は自分の脚を見てみる。

(……よし、脚なら十分いける! 胸とかだったら絶望的だったけど!)

 そして小さくガッツポーズ。

「そう言うホーレンソーだって、大きいお尻が大好きじゃないカニ!」

「私は性癖をオープンにしているのでね、暴露されたところで痛くも痒くもないのだよ」

「自信満々に言うことではないわね」

 梓は嫌そうな顔をしてツッコんだ。

 と、その時だった。梓は二人組の兵士がこちらに走ってくるのが見えた。騎士二人の目つきが変わる。兵士達は騎士二人の前に来ると、立ち止まって敬礼した。

「ホーレンソー様! カニミソ様!」

「そんなに慌てて、何かあったのカニ?」

「はっ、現在スリが逃走中でして、その捜査をしております」

「ほう、それで犯人の特徴は」

「マスクとサングラスで顔を隠した男です。既に複数の被害が報告されており、かなり足が速いようで捕獲に手間取っています」

「ふむ、わかった。もし見つけたら我々の方でも対処しよう」

「感謝致します。それでは我々はこれで」

 二人の兵士は再び敬礼し、捜査に戻る。

「すまなかったね三日月君、少々取り込んでしまって」

「いいえ、仕事を優先するのは当然でしょう」

 先程までふざけていたのが一瞬で仕事モードになるホーレンソーの切り替えの早さに、梓はある意味で感心していた。

「では我々もデートに戻るとしようか。街を歩いていればじき犯人も……」

 そうホーレンソーが言ったところで、大きな建物を挟んだ北から女性の悲鳴が聞こえた。

 一瞬でホーレンソーの姿が消える。カニミソだけがその位置を捕捉しており、空を見上げる。

「カニミソ、君はお嬢さん方を見ていてくれ!」

「わかったカニ!」

 悲鳴を聞いて瞬時に大ジャンプしたホーレンソーは、大きな建物の屋根に着地して指示を出す。

 建物の向こう側を見下ろすと、建物の影で暗くなった道を、サングラスとマスクで顔を隠した男が全速力で走っていた。その後ろの方で、一人の女性が叫んでいる。

「そいつ泥棒よ! 捕まえてー!」

「早速現れたか」

 ホーレンソーは男の手に財布が握られているのを目視する。ピンク色でゴテゴテとデコレーションがされた、男性の持ち物とは思えない財布だ。

 魔法陣から弓矢を召喚すると、男の走る速度まで計算に入れて狙いをつけた。矢から手を離すと、放たれた矢は空中で分身。男の周りを取り囲む檻のように地面に刺さった。行く手を遮られ逃げ道も塞がれた男は狼狽する。

 ホーレンソーは屋根から飛び降り男の側に着地すると、男を囲む矢の一本に触れる。すると矢がロープ状に変わり、生きているような動きで男に巻きつき拘束した。


「な、何が起こったの!?」

 建物一つ挟んだ場所で何が起こっているのかわからない智恵理は、カニミソに尋ねた。

「多分あれで犯人捕まったカニ」

 既にカニミソは解っていた。

「凄っ!」

「手際がいいのね」

「そうカニ。あいつは凄いんだカニ」

 親友の活躍を受けて、カニミソは自慢げ。

「三日月梓さんだったカニかな」

「ええ」

「あいつはたまに変な事もするけど、本当はこういう立派な奴なんだカニ。あんまりあいつのこと、嫌いにならないでやって欲しいカニ」

 カニミソがホーレンソーをフォローすることに対し、梓は返事をせず黙っている。梓の煮え切らない様子を見て、カニミソはそりゃそうだろとでも言いたげな表情。

「あいつが自分から嫌われるようなことやってるのにこう言うのも何カニが……三日月さんにだけはあいつのこと嫌いにならないでやって欲しいカニよ。あいつは根が真面目すぎるから、色々と一人で抱え込んじゃう奴なんだカニ。ちょっとくらい変な事するのは大目に見てやって欲しいカニ」

「そうは言われても……あいつ私以外の魔法少女にはそういうことしないんでしょう?」

 梓に核心を突かれて、カニミソは一度目を逸らす。

「あー、これ話しちゃっていいカニかな……実はあいつ、テロで故郷を失くしてるカニよ。その時に好きな女の子も……多分あいつ、三日月さんのことをその子と重ね合わせてるカニよ。その時のことを未だに引きずってて、あいつ何かと自分を卑下するところがあって……あっ、これ俺が話したってことあいつに言っちゃダメカニよ」

 突然に明かされたホーレンソーの過去。梓はこれに何と言っていいかわからなかった。


 一方、ホーレンソーが犯人を捕らえたところで、先程の兵士二人が悲鳴を聞きつけてやってきた。

「ホーレンソー様、もう捕まえられたんですか。流石ですね」

「いやいや、たまたま近くにいたのが幸運だっただけなのだよ」

 兵士達は拘束した男からリュックサックを剥ぎ取り、中の物を取り出す。入っていたのは、財布やフェアリーフォンばかりであった。

「これ、人間界の物じゃないですか?」

 兵士の一人が、明らかにフェアリーフォンとは形の違う携帯端末を手にして言う。

「ああ、これは間違いなく人間界のスマートフォンだ。こいつ魔法少女からも盗んでいたのか」

 ホーレンソーはそれを兵士から受け取る。

「他の盗品の返却は軍に任せるが、これに関しては騎士団われわれの管轄だな。まったく面倒くさいことになったものだ」

 ホーレンソーはわざとらしく目を瞑り、額に手を当てた。



<キャラクター紹介>

名前:須藤すどう弥子やこ

性別:女

学年:中二

身長:150

3サイズ:75-57-80(Bカップ)

髪色:金

髪色(変身後):銀

星座:射手座

衣装:王道魔法少女系

武器:杖

魔法:杖から石を発射する

趣味:テニス

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