第116話 雨降り少女の笑顔
Aブロック三回戦第二試合、チーム・ヴァンパイアロードVSチーム・桜吹雪。共に今大会最強クラスの魔法少女を抱える両チームの対戦は、本戦史上最も注目度の高い試合とされていた。
「お聞き下さいこの大歓声! 会場では勿論、テレビの前でも多くの方がこの試合を楽しみにされていたことでしょう」
「私も本当に待ちかねていました」
カクテルが満点の笑みで言う。
「それではカクテルさん、サイコロをお願いします」
カクテルが笑顔で投げたサイコロは、二の目を天に向ける。
「今回の対戦ルールは、二対二となりました。両チームは出場する選手を選んで下さい。チーム・ヴァンパイアロードは、これまで一度も出場していない雨戸朝香さんを必ず出場させて下さい」
作戦会議のためベンチに戻ると、早速朝香は麗羅に熱い視線を送っていた。
「……そうね。朝香ちゃんと組ませるのは麗羅がベストかしら」
梓がそう言うと、朝香はぱあっと目を輝かせる。
「麗羅、朝香ちゃんのこと、お願いするわ」
「ええ、任せて」
梓が目を合わせて言うと、麗羅は頷いた。
先日のことである。朝香が眠った後、梓、智恵理、麗羅の三人は浴室に集まっていた。
とはいえ別に入浴しに来たわけではない。三人とも服を着たままで、朝香に話を聞かれないためにここに来たのである。
「ごめんね、わざわざ」
「梓の頼みなら仕方が無いよ」
「それで、朝香ちゃんに聞かれたくない話って?」
梓は二人を交互に見た後頷き、全てを話した。ピンチになると暴走し凶悪な能力を覚醒させる朝香のことを。
「今まで私が朝香ちゃんを試合に出すのを渋っていたのはそれが原因なの。今まで話さずにいてごめんなさい」
「気にしないでいいよ。話し辛いことだっただろうし」
「魔法少女の肉体を傷付けられる能力……確か最終予選にハンターとして参加していたミスターNAZOも同じ能力を持っていると聞いたけど」
「あたし達はそのミスターNAZOと関わらずに済んだけど、大変だったみたいだね。あたしも他の魔法少女が話してるの聞いたよ」
「そのミスターNAZOと接触できてたら、朝香ちゃんがどういうことになってるのか多少はわかったのかもしれなかったけど……」
「梓!?」
急に梓が怖いことを言うので、智恵理はぎょっとした。
「それで明日の件に話を戻すけど、こちらで対戦相手を選べない以上、朝香ちゃんの暴走を防げるかは殆ど運任せと言っていい。駿河透子さんや神楽ひよのさんと当たれば問題ないとは思うけど、万が一悠木歳三さんと当たれば確実に暴走すると言っていいでしょうね」
「あの人の魔法で暴走状態も無効化できたりしない?」
「どうかしら。可能性はあるけど、確証は持てない。とにかく朝香ちゃんが悠木さんと当たらないように祈るしかないけれど……問題は試合形式が二対二だった場合よ。その場合どうしても朝香ちゃんと悠木さんが当たることになる」
「ど、どうすんの?」
「朝香ちゃんの暴走は、精神状態も影響してる可能性が高いと見てる。だから二対二のルールになった時は、麗羅に出て貰いたいと思ってるの。麗羅を危険に晒すことになるから申し訳ないとは思ってるし、本当なら私が出たいとも思ってる。でも朝香ちゃんのメンタルのことを考えるなら、憧れのアイドルと一緒のステージに立たせるのがベストだと思うの」
梓がそう言うと麗羅は少し考え込んだ表情をした。
「無理にとは言わない。朝香ちゃんが暴走したら貴方も攻撃されないとは限らないし。これは本当に危険なことだから……」
「大丈夫。私に任せて」
梓の顔を見て、麗羅が答えた。
「たとえ危険でも、誰かがやらなきゃいけないことなんでしょ。だったら一番強い私が適任。それに二対二じゃなければ気にする必要も無いんだしね」
そうしていざ蓋を開けてみれば、結局ルールは二対二になったわけである。
「行こう朝香ちゃん。私達の力、見せてやりましょう!」
「はい!」
不安や恐怖を全く表に出さず、明るい笑顔でステージに上がる麗羅。朝香もそれに伴って、自然体の笑顔を見せた。
「チーム・ヴァンパイアロード、小鳥遊麗羅&雨戸朝香!」
観客席に手を振り笑顔を振り撒く麗羅と、それを真似して自分も手を振る朝香。
「チーム・桜吹雪、悠木歳三&山野実里!」
対する桜吹雪は、順当に実力トップ2が出場。いずれも植物を操る魔法少女であり、連携にも期待のかかるペア。
(やっぱり来たか、悠木歳三……私の責任は重大ね……)
朝香の暴走を防ぎつつ、試合には勝利する。なかなかの難題を押し付けられた形になるが、それができる自信はあった。
「果たしてヴァンパイアロードが三勝目を決めて決勝トーナメント進出を果たすのか、桜吹雪が勝利して二勝一敗で並んだ三チームによる決戦試合となるのか。運命の一戦がいよいよ開幕となります。それでは……試合開始!」
真っ先に動いたのは、実里である。鍬でステージを耕すと、そこから太い蔦が飛び出した。
「来るよ朝香ちゃん!」
「はい!」
朝香は傘を展開し、降り注ぐ雨粒で蔦を破壊。だが直後、ステージ上の到る所から新たな蔦が出現した。
「一本じゃない……多分、地下で根が繋がってるのよ」
「一掃します!」
朝香は一度に六つの傘を操作し、そこから雨粒を弾丸の如く掃射。襲い来る蔦を破壊してゆく。雨粒はステージの床を濡らし、幾多の水溜りを形成していった。
梓は知っている。この雨粒弾が二段構えの攻撃であることを。雨が降った後には地雷原が出来る。水溜りを踏めば、水が棘となって足に突き刺さるのだ。
とはいえ歳三も実里も強力な遠距離攻撃手段を持った魔法少女であり、活発に動き回って近接戦闘を仕掛けるタイプではない。踏ませるにはこちらから上手く誘導する必要があるだろう。
朝香は傘を回り込ませ、二人をその場から動かそうとする。歳三と実里の背後から、雨粒の弾丸が降り注いだ。まだ歳三は桜の木を生成しておらず、これを防ぐ手段は無い。回避のために移動して水溜りを踏ませ、怯んだところに更なる雨粒と蝙蝠で追撃をかける――そういう狙いであった。
だがその当ては外れた。傘の動きを先読みするかのように歳三と実里の背後から生えた一本の太い蔦から桜の花が咲き、雨粒の弾丸を凌ぐ花弁の盾と化した。
「えっ!? それに咲かせられるの!?」
素で驚く麗羅。観戦席から見る花梨は、歳三のこの能力を知っていた。最終予選ではユニコーンの森に生える妖精界の植物に桜の花を咲かせていたのである。
雨粒の弾丸が止むと花弁の盾は分離し、傘を包囲して包み込む。そしてまるで消化するように、傘を消滅させた。
「あ……」
朝香の表情に動揺が見えた。朝香の傘は水を変化させたものであり、一度破壊されても水となることで再び傘を形成する素材となる。少ない消費MPで繰り返し武器を作れる優れた魔法である。だが完全に消滅させられてはそれもできず、再び傘を一から生成するしかないのである。
そして朝香は、別のことにも気がついた。ステージ上に沢山あった水溜りが、全て消えているのだ。一枚の岩盤から作られたステージである以上、染み込んで消えることはない。にも関わらず、綺麗さっぱり無くなっているのだ。
(一体どこに……)
朝香がそう思った矢先のことだった。先程まで水溜りのあった場所の岩盤を突き破って、何本もの太い蔦が突き上げるように出現したのだ。
「水やってくれたお陰でおらの蔦が元気になったべ!」
地下の根はステージ上の水溜りを全て吸収し、蔦を活気付かせた。そして蔦が出てきたということは即ち。
「あ、ああ……」
朝香の声が漏れる。出現した全ての蔦に、一斉に咲き誇る桜の花。その数は、過去二日間の試合で見せた一本桜の比ではない。美しき花々の包囲網が麗羅と朝香を取り囲み、今にも勝負を決めんとばかりの威圧感を放っていた。
「ふ、ふえぇ……」
朝香の唇が震え、瞳が潤む。ベンチから見守る梓は、背筋に冷たいものを感じた。
(そんな……朝香ちゃんが泣き出したら……)
それとは対照的に、覚醒の時を今か今かと期待に胸膨らませていたのは解説のカクテル。
(ククク……さあ覚醒しなさい朝香。敵も味方も全て血祭りに上げ、この会場を阿鼻叫喚に包み込むのです!)
どれほど邪悪な顔を浮かべても、それに気付く者は誰もおらず。それほどにまであの満開の桜は、全ての者の視線と心を惹き付けた。
(このままじゃ朝香ちゃんが……)
ステージ上の麗羅にも、焦りが見える。周囲に無数の蝙蝠を展開し万全の防御策をとるが、手数でいえば桜の花の方が圧倒的に上。全てを防ぎきれるとは思えなかった。
桜の花は一斉に散り、麗羅と朝香に襲い掛かる。
「朝香ちゃん! こっちへ!」
麗羅は今にも泣きそうな朝香の手を引き、自分の側に寄せる。そして蝙蝠達を自分達に纏わせるように合体させ、棺桶のシェルターを作り出した。蓮華戦、花梨戦と二度に渡って相手の攻撃を全く寄せ付けなかった絶対防御だ。
桜の花弁は棺桶に一斉に貼り付いた。棺桶の周囲を拘束して脱出をさせないというのは、花梨も採った対策である。しかしそれは容易く破られ、脱出を許してしまった。だが歳三の操る花弁は魔法無効化の能力付き。強固な棺桶も少しずつ分解され、やがて大量の花弁が二人を押し潰す算段だ。
光一つ無い真っ暗闇の中で、朝香は麗羅の腕に抱かれる。
「大丈夫だから……安心して朝香ちゃん」
朝香が泣き出して暴走すれば、真っ先に殺されるのは一番近くにいる麗羅だろう。それでも麗羅は、死への恐怖を声には乗せず、ただ優しい口調で朝香に語りかけた。朝香の震えはそれでも止まらない。
(駄目……このままじゃ……)
棺桶が花弁に削られてゆくのが、麗羅にはわかる。これは時間との戦いだ。そして麗羅がとった行動とは――
無数の花弁を吹き飛ばし、棺桶が砕け散った。無数の蝙蝠の中から、麗羅と朝香が姿を現す。
王立競技場に響き渡る、二つの歌声。麗羅と朝香は、歌っていた。歌はお馴染み、高橋麗子のヒット曲「ヴァンパイアロード」だ。
「何事……?」
困惑する歳三であったが、先程までは今にも泣きそうに顔を歪めていた朝香の勇気と希望に満ちた表情を見て理解した。泣きそうな子供をも勇気付け元気にする、アイドルの力だ。
いつも泣き虫と嘲られ、学校に行くことも拒否していた朝香。そんな彼女にとって唯一の希望が、高橋麗子こと麗羅の歌だった。一人で泣いている時も、それを聴けば生きる希望が湧いてきた。
翼を広げ空を自在に舞う麗羅に抱えられながら、朝香は一気に傘を展開。歳三と実里に向けて雨粒弾を発射する。
「させないべ!」
実里は蔦を伸ばして傘を破壊しにかかる。だが二人を取り囲む傘の中には、一つだけ異質な傘があった。
「日傘!?」
雨傘の中に紛れた黒い日傘に蔦が当たると、それは無数の蝙蝠へと分裂した。不意を突かれた実里は蝙蝠軍団の突撃を受ける。
「うげっ!?」
歳三は花弁塊を操って空中の麗羅と朝香を追いかけていたが、実里のピンチを察して塊の一部を分けて実里の方に飛ばした。花弁を当てられた蝙蝠達は消滅。だが一瞬注意が実里の方に向いた歳三目掛けて、麗羅の鞭が振り下ろされた。
「くっ……!」
鞭に打たれて吹き飛んだ歳三は、花弁塊をクッションにして衝撃を和らげる。だがそこに雨粒弾が迫った。歳三は背中の花弁塊を瞬時に前面に動かし盾とする。強烈な勢いで放たれる雨粒弾だが、魔法無効化の能力を持った花弁が相手では分が悪い。雨粒は全て花弁の中に飲み込まれて消えた。
空中の麗羅は翼を精細に動かしながら目まぐるしく動き、花弁塊に代わって追いかけてくる実里の蔦を翻弄。捕まれば一気にピンチになるのは避けられないので、避け方も必死になる。
だがこの場で、麗羅以上に誰よりも焦っていた者が一人。
(何をやっているのですチーム・桜吹雪……早く朝香を泣かせなさい!)
一度泣きかけた朝香が気を持ち直したので、覚醒に期待していたカクテルは怒りを募らせていた。
(このためだけにここまで我慢してきたのですよ。ようやく朝香が試合に出たというのに、覚醒することもなく試合が終わっては何の意味も無い!)
「どいて実里! 私の技で決めるわ!」
蝙蝠と雨粒弾を捌きながら、歳三が言う。実里は指示に従い、歳三の後ろまで下がった。ステージ上に残る花弁を一箇所に集め、龍の姿を形成する。
「喰らいなさい……桜花龍!!」
桜の花弁によって形成された神々しき龍が咆える。だが朝香もそれに対抗すべく、全ての傘を一箇所に集め巨大な傘を形成した。
「私達二人なら……絶対負けない! これが私の必殺技、土砂降り砲!!」
巨大な傘の裏側から発射されるのは、全てを押し流す激流の如き水圧砲。
ぶつかり合う水と龍。激戦の最後を締めくくるのは、力と力の押し合いだ。
傘の柄を握る朝香の手に、麗羅はそっと手を添える。
「私達なら勝てる。行こう……決勝トーナメントへ!」
朝香の心に宿った、更なる勇気。水圧砲は力を増し、桜花龍をも飲み込んだ。
「まさか!」
大量の水が、歳三と実里を押し流した。水が引いた後には、バリアに包まれた二人の姿。
「勝者……小鳥遊麗羅&雨戸朝香ペア!」
勝者の名が高らかに宣言されると、過去一番の大歓声。
「チーム・ヴァンパイアロード、三戦全勝で決勝トーナメント進出です!!」
「か、勝った……」
朝香は息を切らしながら、この勝利を噛み締めた。
「いかがですかカクテルさん、今回の試合は」
「ノーコメントで」
興奮した様子でカクテルに話を振るタコワサであったが、カクテルは会場の興奮と反比例するように酷く冷め切った顔をしていた。
決勝トーナメント進出に沸き立つヴァンパイアロードの面々とは裏腹に、これで本戦敗退が確定したショート同盟の面々は肩を落としていた。
「終わっちゃった……か」
青空を見上げ、花梨は呟く。
(チームのみんなとも、ムニちゃんとも、これでお別れなんだよね)
人間界に帰される時に、妖精界や魔法少女バトルに関する記憶は消える。
(この世界でのケン兄との思い出も、消えちゃうのかな……)
ユニコーンの森で助けられたことや、王都オリンポスでのデート。本当だったら一生忘れられない思い出だ。
(ケン兄、今何してるのかな。どうせ修行だと思うけど……)
<キャラクター紹介>
名前:
性別:女
学年:高一
身長:163
3サイズ:90-61-87(Fカップ)
髪色:黒
髪色(変身後):白
星座:牡羊座
衣装:海兵風
武器:ミニチュア飛行機
魔法:ミニチュア飛行機を飛ばせる
趣味:プラモ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます