第1話 魔法少女ちえり

 初夏の風を感じさせる五月の朝。高校入学からおよそ一月が経った鈴村すずむら智恵理ちえりは、今日もいつものように通学路を走っていた。

 彼女はどこにでもいる普通の女子高生である。髪は黒く肩下辺りまでの長さで、いつも後ろで二つ結びにしている。背丈は平均ほどで、胸はBのスレンダー体型。朝に弱く、小学校の頃から今にいたるまでずっと遅刻常習犯であった。

 智恵理は今日も朝寝坊をし、今日こそは遅刻しまいと必死に走っていた。元々足の速さにはそこそこ自信があり、頑張って走れば間に合うこともよくあるのが彼女にとって何よりの救いであった。

 いつものようにギリギリで校門を抜け、教室に駆け込んだ智恵理。教師からの冷たい視線が刺さった。


 休み時間。机に伏してがっくりとうなだれる智恵理に、幼馴染で親友の三日月みかづきあずさが声をかけてきた。

「おはよう智恵理、今日も遅刻ね」

「遅刻じゃないし、ギリギリで間に合ってるし」

「いつも間に合うわけじゃないでしょ。いい加減早起きできるようになりなさい。今日だってせっかく私がモーニングコールしてあげたのに、結局起きないんだもの」

「ううー、だってー……」

 だらしない返事をする智恵理の姿に、梓は呆れてしまった。

 梓は真面目な優等生で、クラス委員長を務めている。縁無し眼鏡と清楚に切り揃えた黒のセミロングがトレードマーク。智恵理と違って出るとこ出てるスタイルも相まって、入学早々男子の間で注目の的になるほどの美少女である。智恵理はそんな梓に対して、密かなコンプレックスを抱いていたりもする。

 机に伏せる智恵理は、ふと隣の机に目が行った。智恵理の隣の席の男子は、これまで一度も学校に来ていない。男子達のしていた噂によれば自分達よりも一つ年上で、出席日数が足らず留年になった生徒らしい。

 いっそのこと彼のようにサボってしまえたら……等と不埒なことを考えつつも、あくまでそれは無いと否定する。


 夕刻。ホームルームの後、部活に向かう梓と帰宅部の智恵理は別れた。梓は中学から弓道部に所属しており、その腕前もなかなかのものである。

 帰宅した智恵理は、スマートフォンを取り出してベッドに寝転がった。

(確か、今日の六時から試合だったよね)

 スマートフォンで「魔法少女バトル」のアプリを起動した智恵理は、そこに書かれた本日の予定をチェックした。丁度そのタイミングで、ベッドの横に蟹のぬいぐるみがすっと姿を現す。

「カニミソ、どうかしたの?」

「いや、智恵理が今日の試合忘れてないカニかと思って」

 カニミソと呼ばれた蟹のぬいぐるみは、口をぱくぱくさせながら高音の男声で喋った。

「忘れてないっての。どんだけ信用ないのあたし」

「今日の対戦相手である雨戸あまと朝香あさかは一次予選を無敗で勝ち上がって来た強敵カニ。小学生だからって油断しちゃ駄目カニよ」

「わかってるってば!」

 そう言いながら、智恵理はカニミソを掴んで持ち上げた。

「な、何するカニ!?」

「変身するから出てって」

「時間にはまだ少し早いカニよ?」

「あんたがそんなに心配するから、少しでも有利になるように試合会場の下見すんの!」

 智恵理は窓を開けてカニミソを投げ捨てた。そして窓とカーテンを閉めると、スマートフォンの魔法少女バトルアプリに表示された「変身」のボタンをタップしながら変身の掛け声を出す。

「マジカルチェンジ!」

 ボタン入力と音声認識により、アプリの変身機能が起動。智恵理は着ていた服が粒子となって消え、一糸纏わぬ姿となる。直後、髪の色がオレンジに染まった。智恵理の身を魔力によって形成されたオレンジ色のレオタードが纏い、それに続いてブーツや手袋、フリル等の装飾が形成される。更にひらひらのスカートが形成され、続けて変身前と同じ髪型になるよう髪を赤いリボンで二つ結びに。そして蟹座がデザインされたブローチが胸に付けられ、最後に杖が形成され右手に握られた。

「ったく、変身する時無駄に一回裸になるの、ほんと意味わかんない。戻る時は一瞬で元の服に戻るのに」

「衣装の形成は時間がかかるんだカニよ。戻る時とはわけが違うんだカニ」

 いつの間にか部屋に戻ってきていたカニミソが言う。智恵理は思わず杖でぶん殴った。

「いつからいた?」

「変身が終わった後だカニ。本当カニ」

 体をへこませながらカニミソは言った。

「そもそも裸になるといっても大事なところは光で隠れるようになってるから見られても恥ずかしくないカニ」

「あんたの世界の常識でものを言うな! 人間はそれでも普通に恥ずかしいの! ていうかそもそもこの衣装自体が結構恥ずかしいし……」

「その衣装も智恵理がそういうイメージをしたからそのデザインになったんカニよ」

「これはっ……小さい頃見てたアニメの魔法少女がこんなんだったからで……しょうがないでしょ! 魔法少女の衣装っていったらこういうのイメージするのは!」

 智恵理の衣装は、いかにも魔法少女アニメに出てきそうな魔法少女らしい魔法少女といったデザインである。ノースリーブにミニスカートで肌の露出もそこそこ多く、スカートは少し体を動かすだけで簡単に中が見えてしまうほどに短い。パンツではなくレオタードといえど、やはりスカートの中が見えてしまうのは女の子にとっては恥ずかしいものである。

 涙目で真っ赤になる智恵理に対し、カニミソは呆れて溜息を吐いた。

「はぁ……もう魔法少女になって半年以上経つんだカニ、いい加減慣れるカニよ」

「そんなこと言ったって、恥ずかしいものは恥ずかしいんだもん……」

「本当文句が多いカニねー。あ、そうそう、俺は今日別の試合の立会いがあるから見てやれないカニ。自分の力だけで頑張るカニよ」

「大丈夫。あんたなんかいなくても小学生くらいちゃちゃっと倒して終わりだから」

「さっき小学生だからって油断しちゃ駄目って言ったばかりなのに……本当に大丈夫カニか?」

 心配するカニミソを他所に智恵理はアプリから転送のボタンをタップし、その場からすっと姿を消した。


 昨年の夏、智恵理は妖精カニミソにスカウトされ「魔法少女バトル」に参加することになった。これは妖精にスカウトされてなった魔法少女同士が一対一の試合形式によるバトルを行い、優勝すれば妖精界の王様に願いを叶えて貰えるというものである。

 魔法少女への変身はスマートフォンにインストールされた魔法少女バトル専用アプリを介して行われる。このアプリは他にも試合会場へのワープや自分の試合が行われる日時の確認、運営からのメッセージを受け取ったりといった機能もある。

 魔法少女になった智恵理はおよそ半年間行われた一次予選を勝ち残り、現在行われている二次予選に進出した。一次予選の対戦相手が県内の魔法少女に限られるのに対し、二次予選の対戦相手は全国の魔法少女である。

 試合会場にワープした智恵理は、辺りを見回した。

「うわー……本当に山奥だ。なんか戦い難そう……」

 本日智恵理が戦う場所は、普段滅多に人が踏み込まない山奥の森の中。魔法少女バトルの試合会場に使われるにあたって魔力の光球が照明代わりに辺りを漂っていており、薄暗く不気味な夕暮れ時の森を幻想的な雰囲気に変えている。なお会場は結界で覆われており、これらの光や魔法少女の姿は結界の外からは視認できないようになっている。

 智恵理はとりあえず結界内を歩き回りながら対戦相手が来るのを待つ。

 丁度その時だった。落ちた枝を靴で踏む音が、智恵理の背後から聞こえた。

(来た!)

 智恵理は振り返ると、そこに立っていた者の姿を見て唖然とした。

 ボロボロの服を着て髪はだらしなく伸びている、無精髭を生やした長身の大男。対戦相手は女子小学生のはずだが、明らかにその見た目ではない。

(何こいつ!? 原始人!? ホームレス!? ていうか結界の中に普通の人は入ってこられないはずじゃ……)

 予想外の事態に頭がついていかなくなった智恵理は、目が回りそうになった。

「お前……あんときの魔法少女か!」

(喋った!?)

 謎の男が人の言葉を話したことに、驚いてびくりとなる智恵理。

「まさかそっちから来てくれるとはな。丁度いい、今こそ修行の成果を試す時だ!」

 謎の男はそう言うと、いきなり拳を振り上げ殴りかかってきた。

「ちょ、ちょちょちょちょっと!」

 智恵理はジャンプでかわし、木の枝の上に立つ。

「忘れたとは言わせねえぜ魔法少女、俺はてめーに負けたあの日からずっとこの山に篭って修行をしてたんだ。そして今日がリベンジの時だ!」

「はあ!? 何言ってんの、あんたなんか知らないし!」

 急に意味不明なことを言われて困惑する智恵理。謎の男は喋りながらも絶えず攻撃を続ける。

(もしかしてこの野蛮人、今日の対戦相手が魔法で出した召喚獣!? それならもう試合は始まってて、相手も既に結界内にいるってこと……)

 人間離れした跳躍力で空中に攻撃を仕掛けてくる謎の男は、そう考えた方が自然であった。

(召喚系と戦う時のセオリーは、とにかく本体を倒すこと!)

 智恵理は謎の男が跳び上がれないくらい高い木の上に行くと杖の先端を下に向け、星型の魔法弾を広範囲に連射した。

「趣味の悪い召喚獣に任せてないで、とっとと出てきなさい!」

 絨毯爆撃の如く打ち出された魔法弾の雨を、謎の男は一つ一つ的確に見切ってかわしていく。そして智恵理の立っている木に向かって駆け出すと、木の幹を垂直に走り登った。

「ハハハハ! 凄えなお前! 最高だぜ! 俺はこういう戦いを求めていた!」

「げえっ、何なのこいつ!」

 謎の男の化け物染みた身体能力に驚いたのも束の間。いつの間にか謎の男は木を登りきり、智恵理の頭上に跳び上がっていた。

 振り下ろされる拳。智恵理は両腕をクロスさせてガードするも、強烈なパンチによって立っていた枝が折れ地面に叩きつけられる。

「っ……何なのこいつ……」

「お? 何だお前、修行した俺の拳を喰らって無傷だと!?」

 そこで驚いたのは謎の男である。謎の男に殴られた腕の部分には、傷一つ付いていなかったのだ。

「当たり前でしょ! 魔法少女の身体は傷つかないようになってんの!」

 困惑しながらも立ち上がる智恵理。謎の男は、ふとその頭上に妙なものが浮かんでいることに気付いた。

「ん? 何だそれ、お前の頭の上のゲームみたいな奴」

 謎の男が指差す先には、まるでビデオゲームに出てくるような青いウインドウがあった。そこには「HP」の文字と、三割ほど減った緑のゲージが映されている。

「これはHPゲージ。身体が傷つかない代わりにこのゲージが減ってくの」

「ほーお、つまりそいつをゼロにすりゃ俺の勝ちってことだな」

「……って何であたしがあんたに教えてやらないのいけないの!?」

 智恵理は益々困惑した。

(魔法少女バトルのシステムを知らないってことは、こいつ召喚獣じゃない!? じゃあ一体何なの!?)

 そんな二人の戦いを、結界隅の目立たない位置にある木の上から窺う二つの影があった。

「これはまた随分と面白いことになってますねえ朝香」

「ねえカクテル、私は……戦わなくていいの……?」

「ええ、暫くは見物していましょうか」

 一つは雨合羽を羽織って長靴を履き、雨傘を差した魔法少女。そしてもう一つは、その横でふわふわと浮いている顔の付いた水瓶のぬいぐるみであった。

 その存在に未だ気付かぬ智恵理であったが、謎の男が対戦相手である雨戸朝香によって召喚されたものではないことには薄々勘付いていた。

(何もかもワケわかんないけど、あたしを攻撃してくる以上とにかくこの不審者をどうにかしなきゃ試合どころじゃない)

 智恵理が考え事をしている内、謎の男は間合いを詰める。拳の一撃を喰らって吹っ飛んだ智恵理は、HPを大きく削られる。

(こいつ……ただのパンチなのに無駄に攻撃力高い! しっかり避けないと一瞬でHP持っていかれる! 動きも素早いし、闇雲に撃っててもMPを浪費するだけ……それなら!)

 飛び道具主体戦闘スタイルの長所を活かすべく、智恵理は後ろに跳んで大きく距離をとる。跳んでいる最中にも小さな魔力弾を弾幕のように放ち謎の男を牽制する。謎の男は智恵理に向かって突進すると同時に、向かってくる小型魔力弾を拳で叩き潰していった。

(かかった!)

 だがそれこそが智恵理の狙い。謎の男が小型魔力弾に気をとられた隙に、智恵理は本命の大型魔力弾を発射した。黄金の星が謎の男に直撃し、光の柱を天に打ち上げた。

「やった!」

 智恵理は思わずガッツポーズ。しかし砂煙が晴れるにつれ、その表情は曇った。

「ククク……耐えたぞ……以前は一撃で気絶させられたその攻撃に……俺は耐えたぞ!」

 魔法弾の衝撃で体中から血を流しながらも、謎の男は砂煙の中に立つ。

「感謝するぜ魔法少女。お前と出会えたことで、俺は更なる高みに昇ることができた」

 一歩一歩智恵理に歩み寄る謎の男。智恵理は構わず魔法弾を撃つも、謎の男はそれを拳で弾く。一気に踏み込んで加速し、謎の男は智恵理の眼前まで間合いを詰めた。

 砲弾の如き強烈な右ストレート。智恵理は大きく吹き飛ばされ、HPゲージは一気にゼロまで減らされる。智恵理の身体が光に包まれると、髪の色と服が変身前のものに戻った。

 変身が解除されると同時に智恵理の身体が球状のバリアで包まれ、空中で制止。ふわりと優しく地面に降ろされた。

「う……ぐ……うそっ、あたし負けたの!?」

 謎の男に負けたことが信じられないと言わんばかりの智恵理。それに対し謎の男は、自らの勝利を噛み締めるかのように震えていた。

「ク……ククク……勝ったぞ……俺は魔法少女に勝った! ハハハハハ、ハーッハッハッハ!」

 謎の男は智恵理に声をかけることもなく背を向けると、そのまま高笑いしながら立ち去っていった。

「もう……何だったのあの変質者……」

 結局あの男の正体が何だったのかわからぬまま、智恵理は困惑するばかりであった。

 ふと、智恵理は先程の男とは別の足音を聞いた。姿を現したのは、智恵理の戦いをじっと見ていた雨戸朝香とカクテルであった。

「おやおや、鈴村智恵理さんは試合開始前から戦闘不能のようですねえ」

 水瓶の妖精カクテルは、嫌味ったらしくねちっこい口調で言う。

「それでは、この試合は雨戸朝香さんの不戦勝ということで」

「ちょ、ちょっと待って! あたしは何かよくわかんない不審者に負けたのであってその子に負けたわけじゃ……」

「あくまで、ルールですから」

 カクテルがそう言うと、智恵理は反論を言う間も与えられず自宅に強制送還させられた。


 翌朝。珍しく早い時間に目が覚めた智恵理は、遅刻せずに登校した。しかし昨日にも増して顔は浮かなく、席に着くなり机に顔を突っ伏した。

(もう……本当に何だったの昨日のアレは……しっかり負け数に記録されてるし、本当最悪……)

「どうかしたの、智恵理」

「えっ? あ、な、何でもないよ」

 梓から尋ねられ、智恵理は誤魔化す。魔法少女バトルのことは一般人に知られてはいけないのである。

 ふと、智恵理は男子が何やら騒いでいることに気がついた。

「あれ、何かあったの?」

「ずっと不登校だった留年生が登校してきたのよ。しかもそれが結構有名な不良だったみたいで……」

 梓が嫌そうな顔をして言う。

「ヤベエ! 最強寺拳凰が来た!」

 一人の男子が叫ぶ。勢いよく扉が開き、その男は現れた。

 その姿を見た途端、智恵理は立ち上がる。

「ああーっ、あんたは!」

 その背丈、体格、顔立ち、それに金髪。髪は短く切られ髭も綺麗に剃り落としてあるが、紛れも無く昨晩戦った謎の男であった。



<キャラクター紹介>

名前:鈴村すずむら智恵理ちえり

性別:女

学年:高一

身長:157

3サイズ:77-58-79(Bカップ)

髪色:黒

髪色(変身後):オレンジ

星座:蟹座

衣装:オレンジの王道魔法少女系

武器:いかにも魔法少女が使いそうな杖

魔法:星型の魔法弾

趣味:料理

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