第16話 秘密の友達

 夏本番の七月。花梨の通う中学でも、水泳の授業が行われていた。

 今日は男子が炎天下の校庭でサッカーをさせられる中、女子はプールできゃっきゃうふふと楽しく泳いでいる。

 25メートルプールをクロールで泳ぎきった花梨は、慣れた動きでプールから上がる。紺の競泳型スクール水着が、燦々と照りつける日光を浴びて煌いた。

「花梨ちゃんすごーい!」

 綺麗なフォームでなおかつ速い花梨の泳ぎに感銘を受けた同級生が、花梨のところに集まってくる。

 実は花梨はこう見えて、運動神経抜群である。体育の授業での活躍を聞きつけた運動部が花梨をスカウトしに来たことは何度かあったが、魔法少女バトルで忙しいこともあって花梨は断っていた。

 水泳は小学生の頃に習っていただけあって、花梨の一番得意なスポーツである。中学受験に際して止めてしまいその後も魔法少女バトルで忙しいため止めたままであったが、やはり泳ぐのは楽しいと花梨は感じている。

 花梨はふと思い出した。照りつける太陽と、冷たいプール、そしてスクール水着。丁度一年ほど前、自分が魔法の世界に初めて触れた日も、そんな日であったことを。


 小学生最後の夏休み。花梨は市民プールに一人で泳ぎに来ていた。

 この日着ていた競スクは、現在水泳の授業で着ているのと同じものである。花梨は拳凰と一緒の時はもっとお洒落な水着を着るようにしているが、そうでない時は着易く泳ぎ易い競スクを愛用している。

 のんびりとプールを楽しむ花梨は、ふとプールサイドに腰掛ける一人の少女に目が行った。歳は花梨と同程度。薄紫色の髪をツインテールに結び、水色のハイレグワンピース水着を着ている。足を水面につけるその姿は、さながら地上に舞い降りた天使のよう。

(凄く綺麗な子……)

 花梨は思わずその少女に見惚れてしまう。同性ですら魅了するほどの美しさで圧倒的な存在感を放つその少女だが、奇妙なことに周りの人々は少女なんて存在しないかの如く平然と通り過ぎてゆく。花梨はまるで自分だけがこの少女を認識しているのではないかと思ってしまった。

 花梨がこちらを見ていることに気付いた少女は、翠色の瞳で花梨を見つめ返してきた。

(ケン兄と同じ色の瞳……)

 照れ臭くなった花梨はつい目を逸らしてしまうが、悪いと思って改めて少女の方を向くと、いつの間にか少女の姿が消えていた。

(あ、あれ?)

 先程までその場にいたはずの少女は、駆けてゆく後姿すら見当たらない。まさかと思って空を見上げると、花梨はそこに空飛ぶ魚を見た。

「さっ、魚! 魚が空飛んでる!?」

 驚くあまり声に出して叫ぶが、周りの人達は何の事だかわからずにぽかんとしていた。居たたまれなくなった花梨は縮こまりながらプールを上がった。


 逃げるように市民プールを出た花梨は、突然空気が変わったのを感じた。周りにいたはずの人達が、忽然と姿を消したのである。

「!?」

 白昼夢にでも遭ったかのような不可思議な出来事に混乱する花梨の前に、宙に浮かぶ小さな魚のぬいぐるみが姿を現した。それは先程花梨が見た、空を飛ぶ魚であった。魚のぬいぐるみは光に包まれると、先程見たツインテールの少女に姿を変える。

「驚かせてすまない。我は妖精界から来たムニエルという者じゃ」

 やたらと古風な口調で、ツインテールの少女は喋る。

「あなたは、さっきの……」

 ムニエルは自身の目的を花梨に話した。ムニエルは魔法少女バトルに出場する少女を探しており、先程は十歳から十五歳かつ魚座の女子だけが自分を認識できる状態になっていた。そして花梨に目をつけ、ここに結界を展開してスカウトしたとのことだった。

 魔法少女バトルの説明を聞いて花梨が興味を示したので、ムニエルは花梨の参加手続きをするため自宅への案内を頼んだ。魔法少女に変身するためには、変身用の結界を張るための自宅を登録しておく必要があるのである。

 自宅に案内した花梨は、早速ムニエルの指示に従ってアプリをインストール。ナース服の魔法少女へと変身した。

「凄い……本当にアニメみたいに変身しちゃった。でも、何で看護師さん?」

「そなたにはそういう素質があるということじゃ」

「私に看護師の素質が……あの、ところでムニエルちゃん」

 花梨はふと気になることがあり、話題を変えた。

「さっきからずっと気になってたんだけど、ムニエルちゃんはいつまで水着でいるの? もしかしてその格好のままプールから出てきちゃった?」

 ムニエルの着ている服は、先程プールで着用していたものであった。

「む? これは我の普段着じゃが。それにこれは水着ではなくレオタードじゃ」

「そ、そうなんだ」

 ムニエルの着ているレオタードは競泳水着と似たようなデザインをしており、ぴっちり艶やかな生地が身体のラインを映し出している。更に背部は非常に露出度が高く、白い背中を殆ど丸出しにしていた。

「我の住む妖精界では、若い女性は皆このような服装をしておる。そなた達の感覚では不思議に見えるかもしれぬが、我々にとってはこれが普通なのじゃ。むしろ我としては、そなたのような我と歳の変わらぬ子供がスカートを穿く姿の方が不思議に感じるぞ」

「妖精界では、子供はスカートを穿かないの?」

「うむ、妖精界でスカートは結婚した女性が穿くものじゃ。子供でスカートを穿く者など、普通はおらぬ」

「そういう世界もあるんだ……」

「うむ。魔法少女にはそなたのようにスカートを穿いた者が多いので、人間とはそういうものだということは妖精界でも知られてはいるがの。やはり異世界の文化が不思議に見えるのは、仕方の無いことなのじゃろう」

 ムニエルの話を、花梨は興味深そうに聴いていた。

 一通り説明を終えたところで、花梨はムニエルの説明通りアプリを操作して変身解除する。

「ありがとうムニエルちゃん、私を誘ってくれて。私、頑張って優勝してみせるよ。九月からの本番に間に合うよう、夏休みの間は魔法の練習沢山するね!」

「こちらこそ、参加してくれて感謝する。そなたが優勝できるよう、我も可能な限りサポートしよう」

 そう言うムニエルは、どこかほっとしたような表情だった。

「そうだムニエルちゃん、これからも遠慮せず遊びに来ていいからね」

「そ、そうか? よいのか?」

 動揺したような表情を見せるムニエル。

「うん、私達もう友達だもん」

「友達……か。ああ、そうさせてもらう」

 安堵した表情を見せたムニエルは、そう言って花梨の家から姿を消した。


 翌日。ムニエルは早速花梨の家に遊びに来ていた。

「あ、遊びに来たぞ、花梨」

 恥ずかしそうに頬を紅潮させながら、玄関に立つ。

「おはようムニエルちゃん。さ、上がって」

 ムニエルを家に上げたところで、丁度亜希子が廊下を通りがかった。

「あら花梨、お友達? 初めて来る子ねー。これから一緒にプールに行くのかしら、今からもう水着着ちゃって」

「お、お邪魔します……」

 ムニエルは緊張した様子で亜希子に挨拶をした。亜希子はムニエルの格好を不思議に思いながらも、あまり気にしていない様子だった。

(あれ、お母さんに見えてる?)

 ムニエルの姿が母に見えていることに、花梨は疑問を抱く。自室に入って、早速花梨はそのことをムニエルに尋ねた。

「うむ、友達の家に遊びに行くなら玄関から入るべきだと思ってな。ちゃんとご家族に会ったら挨拶せねばと思い、普通の人にも見えるようにしておいたのだ」

「そ、そうなんだ」

「これでよかったかの? 友達の家に行くのはこれが初めてだったので、勝手がわからんのじゃ」

「えっ、初めてなの!?」

「周りに同世代の者がおらんかったのでな。花梨、そなたは我の初めての友達じゃ」

 満天の笑顔を見せるムニエル。先日のミステリアスな印象とはうってかわって、歳相応の可愛らしさを感じさせる。

「そういえば、ムニエルちゃんって歳はいくつなの?」

「我は十一歳じゃ」

「あっ、じゃあ私と一緒だ。星座も同じ魚座だし、なんだか運命みたい。ねえねえ、ムニエルちゃんのこと、ムニちゃんって呼んでもいい?」

「ム、ムニちゃん!?」

「うん、そう呼ぶのが可愛いかなって思って」

「う、うむ、構わんぞ」

 ぎこちない態度ながら喜びを顔に出すムニエル。

 二人はその後も色々なことを話した。

「ねえ、妖精さんもスマホって使うの?」

 ムニエルの持つ携帯端末を見て、花梨が言った。

「これは人間界のスマートフォンを基に妖精界で開発した携帯端末、フェアリーフォンじゃ。見た目や機能はスマートフォンに準じておるが、動力は電気ではなく魔力となっておる。妖精界の機械は大体魔力で動くものなのでな」

「そうなんだー。妖精さんの住む世界って、絵本に出てくるようないかにもファンタジーって世界を想像してたけど、意外に科学が発達してるんだね」

「妖精界も近代化は進んでおるが、建築様式は古来の伝統的なものを使っておるし、そなたの想像するような世界もあながち間違ってはおらぬぞ。妖精界は伝統を重んじる世界なのでな、携帯端末のような便利な物は取り入れても、景観は中世近世からさほど変わっておらぬのじゃ」

「そうなんだー。こっちのスマホと通信したりはできるの? よかったら連絡先交換しよ」

「すまぬな、人間界のスマートフォンと互換性は無いのじゃ。魔法少女バトルアプリを通してこちらから一方的にメッセージを送ることは可能じゃが、そちらからの連絡手段は無いのじゃよ」

「そっかー、それはちょっと残念だね」

 妖精界に関する話の他には、やはり女の子同士盛り上がるのは恋の話である。

「のう花梨、この男は誰じゃ?」

 花梨の部屋に飾られた拳凰の写真を見つけたムニエルが尋ねた。

「そ、それは私の従兄弟で……」

「ほう、そなたの従兄弟なのか。なかなかの色男ではないか。にしても花梨、従兄弟の写真をこうも大事に飾るというのは人間界では普通なのか?」

「えっ? えっと、その……実はこの人は……私の、好きな人」

「おお、本当か!」

 ムニエルは興味津々といった表情だった。

「そうか花梨も恋をしておるのか。うむ。しかし随分と歳の離れた男じゃのう」

「うん、だから私のこといっつも子供扱いして、全然女の子として見てくれないの」

「わかるぞ、その気持ち!」

 ムニエルは更に食いついた。

「……ムニちゃんも、好きな人はいるの?」

「ああ、おるぞ。八つも年上の男じゃ」

「ムニちゃんも年上の人が好きなんだ。お互い大変だね。でも、もし魔法少女バトルで優勝すれば、私もケン兄から一人前の女の子として見てもらえるようになるのかな?」

「ああ、そのくらいの願いなら問題なく叶えられるぞ」

「よかった。えへへ……」

 恋の話で盛り上がる中、ムニエルはある話を切り出した。

「ところで花梨、と、友達として一つ頼みがあるのじゃが……」

 まだ友達と言うのに慣れないのか、もじもじしながら言う。

「わ、我に人間界を案内して欲しいのじゃ! 実は我はまだこちらの世界に来て日が浅く、色んな所を回ってみたいとは思っておるのじゃが、どうしたらいいのかわからぬのじゃ」

「うん、任せて。人間界を案内って言えるほどのことはできないけど……とりあえず近所を回りながら色々遊ぼう」

「よし、そうと決まれば早速出発じゃ!」

「ちょ、ちょっと待ってムニちゃん!」

 立ち上がるムニエルを、花梨が呼び止めた。

「その格好で外出る気!? さっきもお母さんから変に思われたのに」

「そうか、人間界だとこういう服装は普段着にはならんのであったな。むう、だが我は人間界の服を持っておらんのじゃ」

「だったら、私の服を貸してあげるよ。身長同じくらいだし、サイズはきっと合うよね」

「うむ、では言葉に甘えそなたの服をお借りするとしよう」

 ムニエルはそう言うとおもむろにレオタードを脱ぎ始めた。

「わ、わわっ!」

 恥ずかしげもなく裸体を晒すムニエルの行動に、花梨は顔を赤らめる。レオタードを脱ぎ白い薄地のショーツ一枚となったムニエルは、平然とした表情で堂々と立っていた。

「女同士じゃろう、そんなに照れることもあるまい」

「そ、そうだけど……ムニちゃん、意外とお胸あるよね……」

 ムニエルはまだ巨乳というほどではないが、歳の割には大きめな方であった。

「そんなにあるのに、ブラしてないの?」

「胸の形を整える機能ならレオタードに備わっておるからのう。妖精界ではあまり一般的ではないな」

「そうなんだ」

 まだブラをしていない花梨は、同い年で誕生日も近いムニエルとこんなにも発育に差があることにショックを受けた。

「ま、まあその話は置いといて、ムニちゃんに合う服探さないと」

 そう言って花梨はクローゼットの方に向かい、ムニエルの後ろに回る。丁度その時ムニエルの後姿を見て、花梨は再び赤面。

「むっ、ムニちゃん!? そっそのパンツ……」

 ムニエルの穿いているショーツは、お尻を大胆に露出したTバック状のものであった。

「む? これがどうかしたか?」

「てぃ、Tバックだよね、これ……小学生なのにそんな、せっ、セクシーなの穿いてるなんて!」

 直視することができず、瞬きしながらチラチラと見る花梨。だがムニエルは、どうして花梨がそうしているのかわかっていない様子であった。

「……? ああ、そういえば人間界の下着は尻を覆う形状のものが多いのじゃったな。妖精界の女性にとっては下着の線が浮いたり、ましてやはみ出たりするのは非常にはしたないことなのでな。こういう形状のものが一般的なのじゃ。ブラジャーがあまり用いられないのも同じ理由じゃな」

「そ、そうなんだ……へー……」

 花梨はまだ顔を真っ赤にしていた。

「そ、そんなことよりもムニちゃんに着せる服だよね! ムニちゃん美人だから何着せても似合いそう!」

 花梨は気持ちを切り直してクローゼットを開く。

「こういうのはどうかな?」

 まずは涼しげなノースリーブのワンピースを取り出し、ムニエルに見せる。

「ス、スカートは駄目じゃ! 子供なのに結婚しておるように見られるではないか! そんな破廉恥な格好はできぬ!」

「そ、そう?」

 こちらの世界の感覚ではハイレグレオタードの方がよっぽど破廉恥に見えるが、異世界の価値観とは不思議なものだと花梨は思った。

「こういうのだったらいいかな?」

 次に花梨はホットパンツを取り出して見せる。

「こういうものは妖精界では幼い男子が穿くものじゃが……まあスカートよりはいいじゃろう」

「だったらこれに合うトップスは……」

 花梨は普段よくそのホットパンツを併せて着ているタンクトップをムニエルに着せてみたが、思わずびっくり。自分が着た時とは違って胸の主張が激しくとても外に出られる格好ではない。とりあえずはタンクトップの上からTシャツを着せて、その格好で外に出ることにした。

 街に出たムニエルは、興味深そうに辺りをキョロキョロとする。

 花梨の案内でムニエルはゲームセンターや雑貨屋に行ったり、一緒に昼食をとったりして人間界を楽しんだ。

「次はどこ行こっかー」

 公園のベンチに腰掛けソフトクリームを手にしながら、花梨はこの辺りでムニエルが楽しめそうな場所を考える。

「そうじゃな……我はそろそろ家に帰ろうかと思っておる」

「え、どうして?」

「もう三時になる。そろそろ我も仕事に戻らねば。魔法少女バトルには沢山の魔法少女が必要で、そなた以外にも魔法少女をスカウトせねばならぬのでな」

「そっか。残念だけど、お仕事なら仕方ないね。私と同い年なのに大人みたいに働いてて、ムニちゃん凄いなあ」

 感心する花梨だったが、丁度そこに花梨の友達である佐藤唯が通りがかった。

「あれ、花梨」

 唯は花梨を見つけて、公園に入ってくる。

「あっ、唯ちゃん」

「その子、花梨の友達?」

「うん」

「お初にお目にかかる。我はムニエルという者じゃ」

「……えーと、外国の人かな?」

 ムニエルの容姿と古風な喋り方を聞いて、唯は尋ねる。

「ん、まあ……そんな感じ?」

 唯と会ったことで、ふと花梨はあることを思いついた。

「唯ちゃんって確か、魚座だったよね?」

「うん、そうだけど……」

「唯ちゃん、魔法少女になってみたいって思わない?」

 友達から突然おかしなことを訊かれ、唯はぽかんとしてしまった。



<キャラクター紹介>

名前:佐藤さとうゆい

性別:女

学年:中一

身長:150

3サイズ:71-56-73(Aカップ)

髪色:黒

髪色(変身後):薄紫

星座:魚座

衣装:エメラルドグリーンの王道魔法少女系

武器:杖

魔法:杖からビームを発射する

趣味:ビーズアクセサリ作り

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る