第14話 梓とホーレンソー

 本日梓の使う試合会場は、どこかの学校のグラウンド。大きな校舎が見えるがそれは結界の外であり、結界に仕切られた中には障害物が何も無い。遠距離主体の梓にとっては有利な場所であった。

 対戦相手が来るのを待つ梓は、ふとホーレンソーと会った時のことを思い出していた。

(あれからもう一年近く経つのね……)


 梓とホーレンソーの出会いは、去年の夏のことであった。魔法少女のスカウトのため射手座の少女を求めていたホーレンソーは、どうやって調べたのか梓の家にやってきた。当時梓は中学三年生。来たる受験に向けて勉強の最中であった。

 突然現れた馬のぬいぐるみがよく通るいい声で喋り出し、魔法少女バトルなるわけのわからないものに勧誘してきた。この異常な現象に、梓は受験勉強のし過ぎで疲れているのだとまず考えた。だがそもそも自分は幻覚が見えるほど勉強漬けをしているわけではない。志望校は親友の智恵理に合わせたものであり、自分にとっては問題無く合格できるレベルの所である。健康に支障をきたさないよう余裕を持って勉強をしていたのである。どう考えてもこれは幻覚ではない。そう認めざるを得なかった。

「まあそういうわけだ。是非魔法少女になってくれたまえ」

 ホーレンソーに押し切られた梓は、結局魔法少女バトルに参加を決めてしまう。ホーレンソーの魔法でスマートフォンにアプリをインストールされ、早速変身をしてみることに。

「マ、マジカルチェンジ……」

 恥ずかしさのあまり頬を染めながら変身の言葉を言う梓。すると梓の着ている服が粒子となって消え、梓は裸になる。

「なっ、何よこれ!?」

「安心したまえ。大事なところは隠されている。それにしても……君はなかなかよい身体をしているな」

 梓の裸体を舐め回すように見つめるホーレンソー。

「ちょっと、いつになったら服が出てくるのよ!」

 梓は手で体を隠しながら言う。服が消えてから暫く全裸のままで、なかなか次のプロセスに行かないのだ。

「最初の変身はコスチュームの形成に時間がかかるのだ。二回目以降はもっと早くなるから安心したまえ」

 そう言いながらホーレンソーは梓の後ろに回る。

「ほう……君はとても大きな尻をしているな。実に私好みだ」

「警察呼ぶわよセクハラ馬!」

「いやあ、君があまりに素晴らしい尻をしえているものだから、思わずその感動が言葉に出てしまったのだよ。おや、そろそろコスチュームの形成が始まるよ」

 髪が深緑に染まり、地味な白の下着を身に着けた後、巫女服のような衣装を纏った。更に頭には可愛らしい狐耳が。

「これが……私……?」

 部屋の鏡に映った自分の姿に驚愕する梓。

「ほほう、どうやら君には弓使いの才能があるようだね。魔法少女の使う魔法は本人の趣味趣向や素質によって決まるのだ。衣装のデザインもね」

「まあ、私は一応弓道やってるから……でも巫女になった覚えはないわよ。それに何、この頭に付いてる物は? 耳が四つあるみたいで気持ち悪いのだけど」

「ただの弓使いより巫女さんの方が可愛いだろう。そしてその頭に付いているのは狐耳だ。音を聞き取る機能は無い、単なる可愛い飾りだよ。魔法少女には可愛さも大事なのだ」

「はあ……」

「それにしても君は年頃の娘だというのに随分と地味な下着を着ているのだな。せめて魔法少女に変身している間はもう少し可愛らしいものを着てもよいのではないか」

 言わなくてもいいセクハラ発言に怒った梓は、ホーレンソーの顔を握り潰す。

「痛いのだよ、やめたまえ」

「貴方こそセクハラをやめなさい」

 梓は眼鏡を光らせてホーレンソーを威圧する。

「まあそれはそれとしてだ、君もせっかく魔法少女になったのだから、魔法を使ってみたいだろう。その魔法を存分に使える場所に連れて行ってさしあげよう」

 ホーレンソーがそう言った直後、ふっと周りの景色が変わり、気がつくと梓は森の中にいた。

「ここならば自由に魔法を試せる。ここは結界の中だから他の人間は入ってこないし、壊した物も結界を解けば元に戻る。試合もこのような結界の中で行われるのだ。さあ、早速そこの木に付けた的に矢を射ってみたまえ。矢の出し方はわかるはずだ」

 ホーレンソーが一本の木を蹄で指すと、そこに的が姿を現した。梓は矢を出現させるプロセスを頭の中で思い描くと、掌の上に光の矢が出現した。魔法の使い方は、魔法少女になった際に自動的に頭にインプットされるのだ。

 梓は背筋を伸ばして構え、光の矢を番えた弓を引く。放たれた矢は目にも留まらぬ速さで飛び、的の中央を見事に捉えた。

「お見事なのだよ。実に素晴らしい腕前だ。だが悲しいかな、実戦向きではないな」

「弓道は弓で戦うことを目的としたものではないから」

「いかにもその通りだ。そこでだ、私が君に実践向きの弓術を教えてさしあげようと思うのだが、如何かな」

「ぬいぐるみから教わりたいとは思わないわ」

「勿論私もこの姿のまま教えるつもりはない。このぬいぐるみはあくまで仮の姿。これから私の本当の姿をお見せしようではないか」

 ホーレンソーが光に包まれると、馬のぬいぐるみは西欧貴族のような服装の男に姿を変える。

「これが私の本当の姿だよ。どうだね?」

 さながら少女漫画の世界から出てきたような、圧倒的美男子。ホーレンソーは前髪を掻き揚げ、梓に流し目を送った。

「……貴方、人間だったの」

「姿は人間と似ているが、種族としては人間ではなく妖精だ。異世界人、とでも言った方がよりしっくり来るかな? ところで君、意外に反応がそっけないな。大抵の娘さんは私のこの姿を見れば黄色い声を上げて喜ぶものだがね」

「人を見た目で判断はしないようにしているの。それに顔がよければセクハラしても許されるわけじゃないわ」

「はっはっは、強気な娘だ。それでどうだね、私から教わる気にはなったかな? どっちにしろ今の弓の使い方では君が勝ち抜くことはできない。私の手ほどきを受けるのが正解だと思うがね」

「……そこまで言うなら習ってあげるわ」

「いい返事だ。それでは妖精界一の弓使いとして名の知れたこの私が、手取り足取り腰取り教えてさしあげよう」

 ねっとりと指を動かしながら、ホーレンソーは言う。

 そうして梓は、ホーレンソーから弓術を伝授された。腰取りされた時は勿論引っ叩いた。

 ホーレンソーの言う「実戦的な弓術」はこちらの世界の感覚では本当に実践的なのか疑問に感じるものも多かったが、そこは流石魔法の弓矢。実際に使ってみればその有用性は梓にもはっきりと理解できた。

 そして九月から始まった魔法少女バトル一次予選。初めは押し切られて仕方なく参加した魔法少女バトルだったが、いざやってみればこれが案外楽しかった。

 優等生として生きるというのは、案外ストレスが溜まるものである。成績を落とさないよう日々の努力は欠かせないし、羽目を外してこれまでに築いてきたイメージを損なうわけにもいかない。風紀を乱す生徒にはいくら注意してもきりが無いし、ホーレンソーは何度制裁を加えても懲りずにしつこくセクハラしてくる。全力で弓を引き戦える魔法少女バトルは、それらのストレスを発散するには絶好の場であったのだ。

 持ち前の才能とホーレンソーから教わった技で、次々と対戦相手を打ち倒してゆく梓。一次予選は無敗で勝ち残り、二次予選もここまで一度も負けていない。特に叶えたい願いは決まっていないが、この調子で行けば順風満帆に優勝まで行けるのではないか……梓はそんな風に考えていた。


 暫く待っていたところで、ようやく対戦相手が到着した。

「雨戸朝香……です。宜しくお願いします……」

「私は三日月梓です。こちらこそ宜しくお願いします」

 梓はおどおどとした朝香とは対照的に、はきはきとした態度で挨拶を返す。

「それじゃあ始めましょうか」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 梓が弓を構えると、朝香は慌てて傘を空に放り投げる。

「い、行けーっ!」

 傘は空中をUFOのように移動しながら梓に迫る。梓は落ち着いて弓を引き、傘を打ち落とした。

「ふえぇ……」

 朝香は自身の周囲に新たな傘を四つ作り出す。四つの傘は梓に狙いを定ませまいと不規則に空中を舞い、内側から雨を降らせた。激しく降る雨粒は機関銃の弾丸のように梓に襲い掛かる。

 雨粒には傘の真下にさえいなければ当たらない。梓は弓を構えたまま駆け出し、雨粒に当たらないよう絶えず動きながら一つ一つ傘を狙い撃った。一つ、二つ、三つと打ち落としてゆくが、四つ目には避けられる。

 撃ち漏らした傘から放たれた雨粒が、梓の爪先に掛かった。軽い痺れと共に、梓のHPが削られた。

(やはりこの雨が相手の攻撃手段!)

 梓が飛び退いた先には、朝香の降らせた雨によって水溜りができていた。水溜りを踏んだ瞬間、梓は足に刺されたような痛みを感じる。梓が下を向くと、水溜りの水が棘のように変形して梓の足を貫いていた。魔法少女バトルの仕様上実際に貫通しているわけではないが、ダメージを視覚的に分かり易くするためこのように見えている。

(地面に落ちた水も武器になるの!?)

 梓は水溜りから足を離し、改めて傘を打ち落とした。しかし朝香の傘は結界内を移動しながら雨を沢山降らしてくれたため、既に辺り一帯は水溜りだらけになっていた。

(まるで地雷原ね。これじゃ下手に動けないわ)

 この障害物の無いフィールドで、遠距離型同士の対戦。朝香はまず自分だけが自由な回避行動をとれるような状況を整えた。そして再び傘を生成し、梓に雨粒を向けた。

「させないわ!」

 梓は水溜りを避けて移動しつつ、傘を矢で落とす。

(これまでに相手が出してきた傘は六つ。傘は光の矢一発で破壊できるし、このまま傘を破壊し続けていけば相手のMP切れを狙えるはず……)

 梓の狙い通り、朝香は次々と傘を生成して攻撃してくる。梓は弓に光の矢を三本番え、同時に放った。三本の矢はそれぞれが一つずつ傘に命中し打ち落とす。これぞホーレンソーから伝授された三発三中の技。それまで三本の矢を一つの弓で撃つなんて考えもしなかった梓だったが、魔法の弓矢はそれを可能にした。

 どれだけ傘を破壊されても、朝香は懲りずに次の傘を作り出してゆく。

(おかしいわね……そろそろMPが切れてもいい頃だけど)

 梓は異変に気付く。あれだけ無尽蔵に傘を作り続けていけば、いずれはMPが枯渇するはずなのだ。原因を探ろうと周囲を観察した梓は、地面の水溜りが幾つか消えていることに気付いた。

(まさか……あの傘は雨水でできている!?)

 ようやく相手のからくりに気付いた梓。破壊された傘は地面に落ちて消滅しているかに見えた。しかし実際は水に変わり、次の傘を作るための素材になっていたのだ。これならば新しく物体を生成する必要が無くなり、MP消費を最低限に抑えられるというわけだ。

(どうやらMP切れでの勝ちは難しそうね。傘ばかり狙っていたらこっちが消耗するだけ。ここからは本体狙いに切り替えていかないと)

 梓は今度は光の矢ではなく、実体の矢を作り出す。光の矢が智恵理の魔法弾と同じ性質を持った魔力攻撃であるのに対し、実体矢は見たとおりの物理攻撃である。状況に合わせて矢の性質を変えるのも重要な戦術の一つなのだ。

 矢を作り出した梓はすぐには弓に番えず、ペン回しの容量で指を使って回転させた。そこから間髪を入れず弓に番え、素早く撃った。回転による慣性がかかったまま放たれた矢は通常よりも威力が増し、朝香のHPを大きく削る。これぞホーレンソーから教わった回転の極意である。

 攻撃を受けた朝香は体をふらつかせながら後退りする。

「ふぇぇ……痛いよぉ……」

 泣き言を言いながらも朝香は傘を集め、多数の傘を一箇所に固めた。

(何か来る!)

 朝香が仕掛けてくるのを察知した梓は、朝香を注視しつつすぐに動けるよう身構えた。

 寄り集まった傘は巨大な一つの傘に融合し、九十度水平に回転、内側を梓に向けた。そしてそこから、強大な質量を持った水圧砲を発射した。

 梓はすかさず、遠く離れた結界ギリギリの位置の地面に矢を撃つ。矢にはワイヤーが取り付けられ、その先は弓へと繋がっていた。梓は跳び上がり、魔法によって縮むワイヤーでそちらへ高速移動した。

 なんとか寸でのところで水圧砲の範囲外に逃げ込んだ梓。発射された大質量の水は結界に叩きつけられた後、地面に染み込んで消滅する。巨大な傘は再び雨水に戻り、地面に落ちた。

 大技を外した直後の朝香は、息を切らして隙を晒していた。そこを狙って、梓は再び回転による慣性を加えた矢を放つ。防御や回避をする間も無く攻撃を受けた朝香のHPは、残り僅かまで削られた。

「ふみゅぅぅぅ……」

 絶体絶命のピンチに陥った朝香は、ぽろぽろと涙を零し始めた。

「ちょ、ちょっと……どうしたのよ!?」

 流石に罪悪感を覚えた梓は、調子を狂わされる。魔法少女バトルではダメージを受けたことを分かり易くするため、体は傷つかなくとも多少は痛みを感じるようになっている。だがそれはあくまで最小限に抑えられており、泣くほど痛いというのはそうそうあることではない。

「一応これは勝負なのだから泣かれても困るのだけど……」

 だが梓の声は届かず、朝香は泣きじゃくる。と、その時だった。朝香の着ていた黄色いレインコートが、突如として赤く染まった。それと同時に、朝香の頭上に赤い傘が出現する。

(何!? まさかまだ何か隠しているというの!?)

 先程の水圧砲で終わりかと思いきや、更なる隠し玉の存在に驚愕する梓。そして顔を上げた朝香の様子を見て、ますます驚いた。

 朝香のフードの中はまるでそこだけ光が当たっていないかのように真っ暗になっており、朝香の顔ははっきりと見えなくなっている。血のように赤いレインコートは風も無いのにはためいており、頭上の傘は不気味に回っている。泣き声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

(違う……さっきまでのあの子とは、何か……)

 梓の額から一筋の汗が流れた。突如として豹変した朝香。梓は得体の知れない恐怖を、その身に感じた。

 フードの中の闇からは、赤い目と口がギラリと光を放った。



<キャラクター紹介>

名前:雨戸あまと朝香あさか

性別:女

学年:小五

身長:140

3サイズ:66-53-66(AAカップ)

髪色:黒

髪色(変身後):水色

星座:水瓶座

衣装:黄色いレインコート

武器:雨傘

魔法:傘から雨を降らせる

趣味:人形遊び

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