第95話 第一の使徒

 第一使徒・絶対零度のジェラートと廊下で遭遇した幸次郎。あっという間に凍らされたデスサイズを前に、ただ叫ぶのみであった。

 だがその叫びは、敵に幸次郎の存在を知らせるものに他ならない。デスサイズを襲った冷気が、幸次郎にも迫る。

(ど、どうしよう。僕はどうしたら……)

 顔は青ざめ、うろたえるばかり。だがそうしている間にも、この場の気温は下がってゆく。

(そうだ、逃げるんだ)

 デスサイズは最後に逃げろと言った。ならばそれに従い、ここは逃げるべきだ。だが不思議と、逃げようとする足が止まる。冷気で凍りついたわけではない。足を止めさせたのは、幸次郎自身の意思。

 無意識のうちに、三属性の剣トリニティーソードの柄には炎のオーブが填められていた。幸次郎の闘志を表すように剣から吹き出す炎。一瞬にしてこの場の気温が上がり、冷気は吹き飛んだ。

「逃げられるわけ、ないじゃないか」

 幸次郎は決意を言葉にし、振り返る。たった今、自分は友人を失ったのである。それを受けても黙って逃げられようか。

 デスサイズとは、親子ほども歳が離れていた。だがそれでも、そこには確かに友情があった。共に過ごした日々は、紛れもなくかけがえのないものだったのである。

 涙を拭い、幸次郎は駆け出す。相手の冷気攻撃を受けないよう全身を炎のバリアに包みながら、ジェラートへと切り込む。

「第一使徒ジェラート……僕が相手だ!」

 ジェラートは迎撃せんと無言のまま右腕を前に出す。するとその掌から魔法陣が展開された。魔法陣からは鋭い氷柱が次々と召喚され、幸次郎へと発射される。だが幸次郎は、構わず突き進んだ。追随する二つのオーブを螺旋を描くように回転させ、炎のバリアの勢いを増す。氷柱はオーブに砕かれ炎の熱に融かされ、幸次郎に届くことなく消える。敵の迎撃を打ち崩した幸次郎は柄を強く握り、叩き込むように斬る。

「灼熱紅蓮斬!!」

 刃から迸る烈火。一点の曇りも無い闘志。燃え盛る炎と共に振り下ろされた刃。だがジェラートは表情一つ変えることなく右手を前に出したまま棒立ちしていた。

 確かに刃はジェラートの左肩を捉えていた。まともに当たれば一撃の下袈裟切りにされていたはずだった。だが炎を纏った刃はジェラートの左肩に僅かに食い込んだまま、それ以上先へは進まなかった。否、正確に言えば体の表面に形成された氷の防壁に塞き止められ、ジェラート本体には傷一つ付いていないのである。

 棒立ちのまま攻撃を受けていたジェラートが動きを見せたので、幸次郎は慌てて退いて距離を取る。剣よりも長いリーチの腕は大きな脅威である。幸次郎が退くと、ジェラートは手を下げてこちらの様子を窺っていた。

(そ、そんな……炎の攻撃が全く通じないなんて)

 ハバネロは相手が氷使いだから炎使いの自分がやると言っていた。ならば当然幸次郎もそれに従って炎の剣で攻めた。だがそれすらも、この男には通用しなかった。

 かつて幸次郎はオーブを使った防御に絶対的な自信を持っていたが、この男の防御性能はそれ以上。果たして自分の力でこれを突き崩すことができるのか、幸次郎の心に不安が過ぎった。

 氷柱飛ばしが効かないことを理解したジェラートの次の攻撃は、魔法陣から猛吹雪を吹かせる魔法であった。油断していれば一瞬にして体温を持っていかれる。幸次郎はすぐさま再び炎のバリアを展開した。相手の攻撃を完全無力化できるのは、こちらも同じ。これはどちらが先に有効打を与えられるかの勝負。

 幸次郎は炎の剣を扇風機のように回転させ、熱風を作り出す。そして大団扇で扇ぐように剣を振り、熱風を叩きつけて吹雪を押し返した。ジェラートを包み込む熱風は一点ではなく全身への攻撃。幸次郎は更に駄目押しで、炎の斬撃を連続して打ち出す。爆炎と水蒸気に包み込まれる廊下。幸次郎は不用意に近づかず、視界が晴れるのを待った。

 やがてジェラートの姿が見えてくる。その姿は、全身が白い氷に包まれていた。今まで使ったような一部分だけでなく全身を氷の装甲に包んでいたのである。装甲が融けて無くなると、その身は無傷。更にあれだけの攻撃を受けても、微動だにしていない。否、そればかりか、幸次郎は更なる信じ難いものを見た。

「炎が……凍っている……」

 あまりにもありえない光景に、思わず言葉が出た。先程幸次郎の放った炎が、そのままの形で凍り付いて固まっているのである。

(こんなことがあるものか……でも……)

 ジェラートは特に動く様子はない。こちらの出方を窺っているのか。

(炎じゃ駄目だ! 他に氷の装甲を破る方法は……)

 妙案を思いついた幸次郎は、オーブを赤から黄色に換装する。

(雷光のスピード! それが起死回生の一手だ!)

 今、相手は氷の装甲を解いている。ならば再び張り直す前に、一瞬で攻撃を加える。幸次郎は剣から一筋の稲妻を放電し、ジェラートを狙い撃った。

 しかし、稲妻はジェラートの眼前で凍りついた。炎と同様、そのままの形でカチコチに固まっているのである。炎や電気さえも冷凍する脅威の魔法に、幸次郎はただ愕然とするしかなかった。

(これも駄目なのかっ!)

 最早これしかないとオーブを青に換装してやけくそ気味に冷気をぶつけるが、相手は氷の装甲を使うことすらない。直撃しても当然のようにノーダメージ。三属性の技は、何一つ通じない。

(まだだ、まだ僕にはこれがある!)

 幸次郎は諦めない。オーブを外し、三つのオーブを従えて駆け出す。

「オーブラッシュ!」

 次なる手段は、三つのオーブを一点に集中して繰り返しぶつける、鬼神の如き猛烈な連撃。オーブの硬度を防御でなく攻撃に活かす新技である。そして締めの一発として放つのが、ダッシュで加速した三属性の剣トリニティーソードによる突き。剣先はしっかりと心臓を捉えていた。

 最後に頼れるのは、己の培ってきた剣術。これを切り札と呼ばずして何と呼ぶ。繰り返し打撃を与えることによって脆くなった一点を目掛けて、精細な一撃を突き立てる。

 耳を裂くような金属音が鳴った。そして砕け散る、三属性の剣トリニティーソードの刃。氷の装甲には皹一つ入ってはいなかった。

 倒れこむ幸次郎を、ジェラートは肩に手を置いて支える。その手は酷く冷たかった。血が通っていないかのように青白い肌も相まって、死体に触れられているかのような感覚だった。

「少年よ、君はよくやった」

 ジェラートが初めて言葉を発したかと思うと、直後には幸次郎の身体は肩から凍り始めた。

「うわああああああ!!!」

 顔は青ざめ、ジェラートの肌に合わせるように白くなる。叫び声はほどなくして止み、幸次郎は氷像と化したのである。



 第一の使徒が氷像を造る男ならば、第六の使徒は銅像を造る男。闇の芸術家マジパンと対峙するのは、元盗賊の騎士ハンバーグ。

 アトリエと作品展示室を兼ねた、幾多の銅像が並ぶバトルルーム。戦闘開始と同時に銅像達は一斉に動き出し、ハンバーグに攻撃を仕掛けてきた。

「知ってるよ、獅子座レオのハンバーグ。賤しい身分からとんとん拍子で出世して騎士になった男。僕の一番許せないタイプだ」

「生憎だな、俺もお前が許せねえ。俺がたまに面倒見てる孤児院には、親父が彫刻家だったってガキがいてな。そいつの親父の仇がお前なんだよ」

 巨大な人型の銅像が振り下ろしてきた拳を後ろに跳んで避け、カウンターにこちらから拳を入れ粉砕する。ハンバーグの鉄拳の前では、ブロンズ如き脆く柔らかいものでしかない。

「お前……僕の作品を……」

「こんなもん武器に使う奴が悪いんだろ」

 そう言うと共に、隣にいた銅像をもう一体蹴り壊す。更に背後から殴りかかってきたもう一体も、続けざまに回し蹴りで粉砕。

「フォアグラ様!」

 マジパンの声に呼応して、巨大なフォアグラ像が立ち上がる。

「見よ! この神々しき姿を!」

「ひっでえ銅像だな。作る奴の腕も悪ければモデルも悪い」

「何だと!?」

「俺は盗賊時代、美術品の類も結構盗んでてよ。こういうもんの良し悪しはそれなりにわかるんだ。そこからいくとお前の作ったもんはゴミもいいとこ。全く売れそうにないぜ」

 ハンバーグに煽られると、マジパンの顔は目に見えて赤くなっていった。この挑発が効くとわかったハンバーグは、更に畳み掛ける。

「フォアグラなんかよりムニエル様の像を作れと言いたいところだが、お前じゃムニエル様の魅力を微塵も表現できねえからな、そいつもお断りだぜ」

 巨大フォアグラ像含む多数の銅像から間髪を入れぬ猛攻をかけられながらも、それを余裕綽々で避けながら煽りを続ける。

「ふざけるなッ!!!」

 マジパンが叫ぶ。その表情は三十代とはとても思えず、駄々をこねる子供のようであった。

「僕を蔑んだな……そればかりか、偉大なるフォアグラ様まで……お前のことは絶対に許さない!」

 更に攻撃の激しさを増す銅像達。だがその動きは単調で、躱すのは容易。大降りなパンチは隙だらけで、簡単に反撃を許す。殴りかかってきた腕を足場に、巨大フォアグラ像の顔面を蹴って粉砕。飛びかかってきた等身大の人型像は、振り返りざまに肘で潰した。

(普通にぶっ壊していい分、洗脳兵士よりよっぽど戦い易いな。だが……獅子の威圧がかかってるにせよ弱すぎる。あえて壊させて何か仕掛けてくるつもりか?)

 不気味なほどの弱さに疑問を抱きながら、ハンバーグは一体一体を着実に倒し戦力を奪ってゆく。大してマジパンは、頭に血を上らせて大声で命令を送っていた。

(怒りで命令が雑になっているだけならいいが……俺達騎士団を苦しめ続けてきた七聖者の一角が、そこまでザコなもんかね?)

 どうにも心のもやつきが収まらないまま、最後の一体に拳を貫通させて打ち砕く。

「あああ……僕の作品が……」

「ザコどもは片付けた。あとは本体を残すのみだな」

 死屍累々に転がる銅像の残骸の中で、ハンバーグは嘆くマジパンに目を向ける。が、次の瞬間、マジパンは急に貧血を起こしたように体をふらつかせた。

「何で……どうして……頑張って作ったのに……」

 うなだれた体勢のまま体を震わせて、ブツブツと呟く。

「やっぱり僕は駄目なんだ。誰からも認められない……」

 絶体絶命のこの状況で、現実逃避でもしているかのように独り言。最早戦意を喪失しているのだと判断したハンバーグが、さくっと首の骨でも折って終わらせてやろうと一歩足を進めた。

 その時だった。足下に転がっていた銅像の手が、ハンバーグの右足を掴んだ。

(こいつ、破壊されても動けるのか!?)

 驚いたのも束の間、銅像の残骸達がゾンビのように起き上がる。

「所詮僕には彫刻家の才能なんて無いんだ。だから何度コンクールに出品しても落選ばかり……本当、辛いよ」

 独り言を続けるマジパンの体から、どす黒いオーラが立ち上がる。

(こいつ実力を隠してたのか!? いや、だが様子がおかしい)

 先程までの怒り狂っていた様子から一転して、何かに取り憑かれたように独り言を呟き続ける異常な変化。何が起こっているのかはわからないが、とにかく今やるべきことは一つだ。ピンチになる前に、敵の命を断つ。右足を掴む手を左足で踏み貫き、迫る銅像の残骸を無視して本体へと突撃。

 マジパンは目前。無防備に独り言を呟いている相手なら、どうとでも殺せる。ハンバーグは右手を広げ頭に掴みかかろうとする。だがその時、首無しの巨大フォアグラ像が掌でハンバーグを引っ叩いた。

「ぐおっ!?」

 足でブレーキをかける間もなく、ハンバーグは壁に叩きつけられた。

「やってくれるじゃねえか」

 まだまだ余裕だとばかりに言うも、ふと右腕に違和感を覚える。壁に彫られた獣が、右腕に噛み付いている。

 大聖堂に着いた直後の出来事が、ふとハンバーグの脳裏に思い出された。大聖堂内部の壁に彫られたレリーフを、自分は酷評したのである。先程自分が破壊した彫刻と同じように。

(まさかこのクソみてえなレリーフも、こいつの作品……!)

 ハンバーグの額に汗が伝う。体が壁に引っ張られるのを感じた。

「どうして皆僕を蔑むんだ……僕の芸術を理解しない奴は、死んじゃえばいいんだ……永遠の闇に閉ざされて」

 体が少しずつ壁に埋まってゆく。焦るハンバーグ。だがどれだけ力を籠めても振り解くことができない。

(こ、こいつ、どんだけ強い魔力持ってやがる!)

 それは先程までの弱さが嘘のような力だった。体の半分が壁に埋まったところで、マジパンは顔を上げハンバーグを見た。

「僕だって本当は、皆から認められる光の芸術家になりたかったんだ。でも現実は、作品を殺しに使う闇の芸術家。絶望だよ絶望。夢ってのはね、叶わないものなんだよ」

 呪詛のように吐き捨てた言葉を聞き終えると同時に、ハンバーグの視界は完全な闇に閉ざされた。


<キャラクター紹介>

名前:第七使徒・天空のヨーグルト

性別:男

年齢:25

身長:183

髪色:黄緑

星座:魚座

趣味:女遊び

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