第94話 燃えるモヒカン

 ハバネロとテリーヌの結婚は、一族を震撼させた。訳有りの人物が俗世と決別することを目的に闇の一族ダークマターへ嫁入り、婿入りしてくること自体は特別珍しいことでもない。一族内での婚姻を繰り返すことのデメリットを考えれば外部の血を取り入れることの重要性はよく理解されていた。

 だが今回に関してはそれが妖精王の勅命であること、そしてハバネロの命令違反お咎め無しを兼ねていることが物議を醸した。普段は我々を無視し冷遇しているのに、こんな時だけ介入してくる。一族の中にはラザニアへの不信感を抱く者も少なからず出てきた。

 外部から一族入りした者の仕事は、機密情報に直接触れることのない家事や雑務が中心であった。しかしそれも温室育ちな貴族の令嬢に向いた仕事とは言い難かった。それでもテリーヌは、一族に馴染もうと一生懸命働いていたのである。


 二人の結婚から、二年の月日が流れた。ある日ハバネロは、謁見の間に呼び出されていた。

「お呼びでしょうか、陛下」

「うむ、顔を上げよ」

 ハバネロはラザニアの顔を見る。表情は穏やかで、これから何か闇の仕事を頼もうとしているようには見えない。

「私の部屋で君と話してから早二年か。ご夫人は元気かね?」

「……あまり、元気とは言えません。地下での生活にはなかなか慣れず、日に日にやつれていく様子が見えます」

「そうか……君は夫としてしっかりと支えてやるのだぞ」

「畏まりました」

「さて、本題に入ろうか。君を呼んだのは他でもない。先日、蠍座スコーピオンのタンシオが引退を表明したことは知っておるな」

「勿論存じております」

「そこで私は、君をその後釜に推薦したいと思っておる」

「……ご冗談を。私は闇の一族ダークマターの者ですよ」

 衝撃的な発言にハバネロは動揺しかけたが、平静を装う。

「勿論、それを踏まえた上でのことだ。これまで私は、君達に仕事を依頼することを拒んできた。それは私が、彼らを恐れていたからだ。彼らは王家のためならばどんな真実も、そして時に命さえも容易く消し去ってしまう。感情を持たぬ機械のように非情で冷酷。私は彼らが、そして私自身に彼らを自在に操る権限があることがこの上なく恐ろしかった。だがあの日、君と話したことで私は知ったのだ。闇の一族ダークマターにも君のような情に厚い者がいるということを」

 そう言うラザニアを、周りの侍従や大臣はあまり快くなさそうな目で見ていた。

「それは私が単に未熟だったというだけのことです。あれは本来、工作員としてあるまじき事でした」

「いや、君はどんな工作員よりも優れた人格の持ち主だ。君はそれを誇っていい。私は君を高く評価しているのだ。闇に拘ることなどない。君は光の当たる表の世界で活躍するべきなのだ」

「……それが陛下の命令であるならば、私に断る権限はありません。そのお話、お引き受け致します」

「それはよかった。妖精騎士となれば、かなりの高給が毎月振り込まれることとなる。一族全てを君だけで養っていくこともできるだろう」

「陛下はそれを考えて私を騎士に?」

「勿論それも理由の一つだ」

 一族が国から振り込まれる給料は、役職に応じた毎月の固定給と依頼の達成料が別々に存在する。だがラザニアの即位以降依頼の達成料が振り込まれることは滅多になく、一族の稼ぎは大きく落ち込んでいたのである。

「ここでは少々話し辛いことなのだが、正直に言うとするかな。実は私は、闇の一族ダークマターを廃止したいと思っているのだよ」

 ラザニアがそう言うと、侍従や大臣は尚更に顔を顰めた。

「だが見てのとおり、闇の一族ダークマターは王家を守るために必要だと考えておる者は私の周りにも多い。残念ながら私の考えは彼らに理解してもらえていない。しかし私は思うのだ。闇の一族ダークマターの存在こそが、王家の品位を損ねていると。この意味がわかるかね、ハバネロ君」

「……お察しすることはできます。ですが陛下から存在を否定されては我々に行く宛てはありません」

「そこで君を騎士にするのだ。たとえ一族皆が職を失っても、君が騎士でさえあれば彼らを養ってゆける。これは闇の一族ダークマター廃止に向けた準備の一環でもあるのだ」

「……私には陛下のお考えに反対する権限はありません。故に陛下のお考えに賛同させて頂きます」


 まさかの話を聞かされてどう整理をつけていいかわからぬまま、ハバネロは帰宅する。アジトの自室では、テリーヌが笑顔で出迎えた。

「お帰りなさい、あなた」

 妖精王と何の話をしたかまでは聞かない。外部から来た者はあまり機密情報に触れるべきでないというのが一族における暗黙の了解である。

「陛下は俺に騎士になれと仰られた」

 だが、ハバネロは自分から話した。

「えっ……!? お、おめでとうございます!」

 予想だにしない事態にテリーヌは一瞬言葉に詰まるも、その後素直に祝福した。

 ハバネロはテリーヌの顔を見る。二年前と比べて、随分と痩せた気がする。ラザニアから聞かれたことで、改めてそれを認識したのである。

「どうかされましたか?」

「俺が騎士になれば、お前にもっといいものを食わせてやれる」

 とは言ってみたものの、テリーヌがやつれた原因は食べ物の問題ではないことは承知していた。これほど大きな環境の変化は彼女にとって多大なストレスであることは間違いない。外部から一族に入った者は、大概こうなるものなのだ。ストレスに耐えかねて自殺した者や、脱走を企て捕えられた者も中にはいたほどである。

 王妃になっていたかもしれない女性が、今この深い闇の底で日々痩せ細りながら暮らしている。ハバネロにとって彼女と共に過ごすことはささやかな幸せだったが、果たして彼女にとってはそうなのか。つい嫌なことを考えてしまう自分に嫌気が差した。


 それから半年ほどして、ハバネロの受勲式が行われた。闇の一族ダークマター出身の騎士というのは、一般市民の間でも物議を醸すこととなった。誰も彼もから異端視される中で、ハバネロは己の使命を懸命に果たした。

 十九歳の時の魔法少女バトルに際して初めての人間界滞在を終えた後は、人間界で見たものや自分の担当した魔法少女の話をテリーヌに沢山した。テリーヌはそれをとても嬉しそうに聴くので、ハバネロは自分まで嬉しくなった。

 全ては妻を幸せにするために。そうやって頑張り続けていたら、自然と彼を認める者も増えてきた。

 妖精騎士団の一員として、順風満帆に進む人生。夫婦仲も周りが羨むほどに良好だった。だが子供はいつまで経ってもできなかった。テリーヌのトラウマを刺激したくないからと、一度も手を出さなかったためである。

 しかし結婚十年目を迎えたある日、テリーヌの方から求めてくる形で二人は初めて身体を重ねた。やがてテリーヌは子を授かり、ハバネロは生まれてくる子のためにと一層仕事に力を入れるようになった。

 だが臨月になって、テリーヌの体調が急激に悪化したのである。

 夫婦で過ごすことがどんなに幸せでも、地下での生活は知らず知らずのうちに彼女の身体を蝕んでいた。最早彼女の身体は、出産に耐えられないほど弱っていたのである。

 妖精界の治癒魔法は非常に優れている。それを専門とする外部の優秀な治癒魔法師を連れてこれば、十分助かるものであった。しかし、機密情報を命よりも重んじる一族がそれを許さなかった。

「ハバネロ様……貴方と出会えて私は幸せでした。どうかこの子のことを宜しくお願いします……」

 そう言い残し、テリーヌは息を引き取ったのである。

 急に子供を欲しがった理由。彼女は自分がもう長くはないと悟っていたのかもしれないと、ハバネロは思った。

 それ以来、ハバネロは髪をモヒカンにするようになった。配偶者に先立たれた者は髪を切るという妖精界の伝統に倣ったものであるが、それもあえてモヒカンにしたのは、妻の死によって腑抜けたりせぬようにという戒めを籠めてのものであった。

 ハバネロとテリーヌの娘、ラスクは父親が仕事で外に出ている間、一族内の保育士に預けられることとなった。一族の子供達は、皆幼いうちから一族の一員たるべき教育を受ける。それこそこの世に生を受けた直後からである。それが王家を守るために存在する、闇の一族ダークマターのあるべき姿なのだ。

 モヒカン姿となったハバネロには、誰もが驚きの声を上げた。だが見た目が変わっても優秀さは変わらず、国のため、主君のため尽くし続けた。

 ある時の任務で向かった先の孤島で出会った、後に騎士となる少年。恋人を失い嘆き悲しむその姿に、ハバネロは自分と重なるものを感じた。

 そしてハバネロ三十五歳の時、妖精界全土を震撼させた出来事――王族暗殺事件が勃発。ラザニアの崩御に伴い、オーデンが即位することとなった。

 ラザニアの代では冷遇を極めた闇の一族ダークマターであったが、オーデンの代では一転して仕事が雪崩れ込んできた。オーデンが父親とは正反対に、粛清も情報統制も是とする立場を取っていたためである。一族は歓喜し、懐は潤った。

 ハバネロもまた、命令されるままに非道な行為へと手を染めた。騎士と工作員、二足の草鞋を履いて、娘の笑顔と妻との約束だけを胸に激務の中を駆け続けた。


 魔法少女バトル日本大会。フォアグラ教団による危険が渦巻く中で開催された本大会では、常に騎士団のうち二名が妖精界に残り守護に当たることとなっていた。ハバネロの当番は二次予選も佳境となった時期であった。

 アジトの自室に帰ると、早速ラスクが笑顔で出迎えた。

「おかえりなさい、お父さん」

「おう、ただいま」

「日本って国はどうだった?」

「ああ、人間界にしちゃ狭い国だったがいいとこだよ。平和だし飯も美味い」

「また、向こうに行っちゃうの?」

「いや、残り人数からして俺がこっちにいる間に二次予選が終わるだろう」

 ハバネロは紙袋からおみやげを取り出して机に置く。

「こいつはさっき地上で買ってきた、俺の担当した魔法少女のフィギュアだ」

「ありがとうお父さん。あっ、この子昨日勝ってたよね。テレビで見てたよ」

「お前は本当に魔法少女が好きだな。本当は生で見たいんじゃないか? 本戦始まったら外に連れ出して会わせてやろうか?」

「だ、ダメだよ! そんなことしたら私もお父さんも捕まっちゃうよ!」

「それにお前、本当はこんな地下に籠もるより、可愛い服着て外で遊びたいんじゃないのか」

「無理だよ。私は体が弱いし……お父さんみたいにはなれない」

 悲しそうな顔をする娘の頭を、ハバネロはそっと撫でる。

「工作員や諜報員になんかならなくたって、自由に外に出られる日が来る。そんな夢を持ったって罰は当たらないんじゃないか?」

「お父さん?」

 急にらしくないことを言い出す父に、ラスクは首を傾げる。

「さて、名残惜しいが俺はまだ仕事が残ってるんでな。族長に挨拶したら王宮に行ってくる。帰ってきたら日本の話を色々してやるよ」

「うん、行ってらっしゃいお父さん」

 部屋を出ると、ハバネロの表情は一転して険しくなった。アジトの匂いを嗅ぐと、自分が闇の一族ダークマターであることを改めて実感させられる。人間界にいた頃は魔法少女バトル運営の仕事に専念できたが、妖精界に帰ってきた以上は再び闇の仕事を請け負うことになるのだ。

(やれやれ、まったく陛下にも困ったものだ――)




 そして現在、ハバネロはフォアグラ教団のアジトにて第七使徒・天空のヨーグルトと交戦していた。

「ハバネロ様! 人質全員の救出を完了致しました!」

 炎の壁の向こうから王国兵の一人が叫ぶ。

「よし、後はお前達の判断に任せる」

「了解!」

 王国兵の去ってゆく足音。

「よくも俺の嫁達を……貴様を瞬殺し取り戻してやる!」

 ヨーグルトは切り落とされた翼を再生させ、再び直接の切りつけを試みる。だが、ハバネロが再び炎の剣でカウンターを狙ってきたので、慌てて引き返した。

「あの娘さん達も本当に結ばれる相手がいたはずだろうに、お前なんかに捕まっちまって可哀想なもんだ」

「黙れ! 俺はこの世界を変えるんだ! 一夫多妻制の、モテる男のための世界に!」

「お前に世界は変えられねえよ。今この世界は変革の時にある。だが世界を変えるのは、お前らテロリストじゃない」

 ハバネロが炎の剣を軽く二回振っただけで、ヨーグルトの両の翼は宙に散る。

「さて、そろそろ本気を出すとするかね」

「ぐ……イキってんじゃねーぞオッサンが! 今まで本気じゃなかったとでも言うつもりか!」

「少し手加減して時間を稼ぎたかったんだ。何でだかわかるか? せっかく頑張って働いてくれてる兵士達の集中力を、お前の汚い悲鳴で乱したくなかったからだよ」

 そう言った直後、ヨーグルトの背後の炎の壁から炎の縄が伸びヨーグルトを拘束、炎の壁に背中を押し付けた。

「ギャアアアアアアア!!!」

 背中を猛烈に焼かれ、ヨーグルトは絶叫する。炎の翼を生やして脱出を試みるも、生やした傍から焼け落ちる。

「あ、熱い! 死ぬ! 死ぬ!」

 身動きがとれずただ叫ぶばかりのヨーグルトを見て、ハバネロはほくそ笑む。

「た、助けてくれ! 死にたくない!」

 命乞いの言葉を吐く口に、銃口が突っ込まれる。

「汚物は消毒だーっ!!」

 雄たけびと共に、無慈悲に引かれた引き金。体内に流し込まれた炎が全身を風船のように膨張させ、最後は爆発四散した。

「ちっ、これから第一使徒とも戦わなきゃならんってのに、余計な魔力使っちまった」

 最早この部屋に用はないとばかりに、ハバネロはバイクに跨り走り出した。



<キャラクター紹介>

名前:第四使徒・殺戮爆殺拳のプルコギ

性別:男

年齢:37

身長:190

髪色:黒

星座:山羊座

趣味:テロ

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