第60話 煩悩に負けるな

 昼下がりの一番暑い時期になっても、拳凰の修行は続く。小屋ほどの大きさがある大岩を頭上に担ぎ、中腰姿勢のままひたすら耐える修行。

 幸次郎はその横で、先端に錘を付けた棒を延々と素振りしていた。拳凰と比べたら遥かに楽な修行である。

「あの……最強寺さん、大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に見えるか?」

 辛そうに見えるが、拳凰は笑っている。幸次郎は一時素振りを止め、向こうで組み手をしているハンバーグと寿々菜の方に向かった。

「お、何だ穂村」

 寿々菜の拳を見ないで受け止めながら、ハンバーグは幸次郎に話しかける。

「ハンバーグさん、質問しても宜しいでしょうか」

「別に構わんが」

「では質問します。この先の試合で、まだ僕達ハンターに役割があるんですか?」

「いや、お前らの出番は最終予選で終わりだ。人間界に帰りたいなら帰っていいぞ」

「あ、いえ、そういうわけではなく……でしたらどうして最強寺さんにも修行をつけているんですか? 寿々菜さんに修行をつけるのは、本戦のためですよね。それで僕はそもそも予定に無かったイレギュラー。でも最強寺さんには最初から修行をつけるつもりだった。それがわからないんです」

「なんとなくだよ」

「いやそんな……冗談でしょう」

「じゃあこう言ったらいいか? ただの嫌がらせだ。修行という名目であいつをボコボコにするためのな」

「な……本気で言ってるんですか!?」

「うるせえな。てめえ無駄口叩いてないで自分の修行に戻れ」

 あまりにも酷い答えに不快感を示す幸次郎に対し、ハンバーグは鬱陶しそうにしていた。


 幸次郎が再び拳凰の隣で素振りをし始めて暫く経ったところで、組み手を終えたハンバーグと寿々菜がこちらに向かってきた。

「よーし、そこまでだ」

 拳凰はゆっくりと岩を下ろし、自らも地面に腰を下ろした。

「俺は一度王都に戻って仕事片付けてくるから、お前ら休憩でも自主練でも何でも好きにやってろ」

 そう言ってハンバーグは、再び森の中に消えてしまう。

 拳凰は早速、先程下ろした岩によじ登り、頂点で逆立ち片腕立てを始めた。幸次郎と寿々菜は休憩している。

「あの……美空さんはハンバーグさんの弟子なんでしたよね?」

 幸次郎は尋ねる。

「はい。お前には才能があるって言われて、本格的な武術の手ほどきを受けました」

「なんかその、こういうのも何なんですが……彼、本当は悪い人だったりしませんか?」

「そんなことないですよ! 確かに口は凄く悪いですけど、ちゃんと騎士としての誇りを持った立派な方ですよ!」

「確かに……口は凄く悪いですね」

「でも師匠はお姫様を守るために騎士になったんですよ。かっこいいと思いませんか!」

 眼鏡を光らせて、寿々菜は興奮気味に言う。

「騎士とお姫様の禁断の恋ですよ! 素敵じゃありませんか!?」

「何だあのクソロンゲ、ロリコンかよ」

「えっ、最強寺さんがそれ言うんですか!?」

 幸次郎が素でツッコむ。拳凰は岩から下りて、幸次郎に掴みかかった。

「おいてめー今何つった?」

「え、ええー……」

 何か理不尽に掴みかかられて、幸次郎は顔が引き攣っていた。



『拳凰様の戦い方は、武術ではなくただの喧嘩だ。師と呼べる存在はいなかったと見える。そこでお前にはあの方の師匠であり好敵手となり、あの方を最強へと導くのだ』

 かつてビフテキはそう言った。ハンバーグはそれに従い、拳凰に修行をつけてきた。それが不服なものであったとしても。


 騎士団会議室の魔法陣からハンバーグが出ると、ビフテキが一人椅子に座って出迎えた。

「おお、戻ってきたかハンバーグ」

「ムニエル様は楽しんでおられるのか?」

 戻っていきなり、ハンバーグは尋ねた。

「うむ、ここのところ公務続きだったからな、良い息抜きになっていることだろう」

 喜ばしいことのはずだが、それを聞いたハンバーグの顔は浮かない。

「ハンバーグよ、拳凰様の修行は上手くいっているかね?」

「ああ、俺があんたにやらされた修行をそのままさせてる。残念なことに俺より覚えが早いぜ」

「それはよかった。この国の未来はお前の手に懸かっているのだからな」

 ビフテキはハンバーグの肩に手を置いた。



 少し休憩した後、三人は再び各自で修行を始める。拳凰は引き続き大岩の上で逆立ち片腕立て。寿々菜は空中に出現させた瓦にひたすら技を繰り出す。そして幸次郎は、静かな森の中で精神を集中させながら一人素振りを繰り返していた。

 ハンバーグに対する疑念を始めとした雑念を捨てるため一人離れた位置に来ていた幸次郎だったが、ふと東の方角から何やら大きな音がするのに気が付いた。硬い物で叩く音の後、木の倒れる轟音。誰かが木を伐採しているようだ。

(こんな場所で林業……? 地獄の修行場どころかもうここ普通の山なんじゃ……)

 なんとなく気になった幸次郎は、音のする方へと足を進める。

 そこでは切り倒した木をひたすら斧で輪切りにする者が一人。しかし風体からして木こりといった様子ではない。

「あれ、君は……」

 幸次郎が声をかけると、その者は気付いて振り向いた。

「あ、幸次郎」

 そこにいたのは銀色の髪に褐色の肌の美少女。古竜恋々愛が、とんでもなく露出度の高い魔法少女衣装で、大きな胸を揺らしながらこちらに走ってきた。

(うわああああああ!)

 幸次郎は顔を真っ赤にしながら心の中で叫ぶ。全く想定せぬ事態が不意に起こったことで、心臓が飛び出そうな勢いで鳴った。

「幸次郎も……ここに来てたんだ」

「ま、待って古竜さん! 服! 服着て! というか変身解いて!」

 直視できずに目をつぶって顔を背けながら、幸次郎に必死になって言う。恋々愛は何故幸次郎がそれを望んでいるのか理解できない様子だったが、とりあえず言われた通りに変身を解いた。

 だが変身解除した後の服も、これはこれでかなり露出度が高かった。ミルフィーユに買ってもらった妖精界の服、即ちレオタードである。むっちりした太股を全く隠すことなく曝け出し、胸元も大胆に開いてこれ見よがしに谷間を見せつけるデザイン。濃いピンクの布地がセクシーさをより際立たせている。

(あああああ何でこの子こういう格好平気でするかな……)

 幸次郎は近くの切り株に腰を下ろして俯く。

「その……古竜さん、どうしてここに? まさかまた道に迷って……」

「ううん、私、修行に来たの……」

「え、よく迷わなかったね」

「パンフレットに載ってたし……バスもあったから……」

 恋々愛はそう言って、鞄から観光パンフレットを取り出しこの場所が載ったページを開く。

『地獄の修行場、ケルベルス山。特訓したい魔法少女にオススメ! アンドロメダホテルからバスで二十五分』

 どうやらここは魔法少女にとっては比較的メジャーな修行場のようであった。

「私もっと強くなって、絶対に優勝するの……」

「そういえば、魔法少女バトルで優勝すれば願いが叶うんだったね。古竜さんはどんな願いを叶えたいの?」

「私、本当のお母さんに会いたいの……」

「え、それって……」

 幸次郎が尋ねたところで、恋々愛のお腹が鳴った。

「おなかすいた……」

「もしかして古竜さん、お昼食べてない?」

 恋々愛は頷く。何の準備もせず行き当たりばったりで登山してきたのである。

「えっと、じゃあこれ食べる? 僕の昼食の残りだけど」

 ハンバーグは他の三人の食事も自分に合わせて量を調整してきたため、幸次郎や寿々菜には量が多すぎた。それで後で食べるため弁当箱に入れて持ち歩いていたのである。

 弁当を見た途端、恋々愛の目が輝きだした。

「いただきます!」

 恋々愛は早速弁当を食べ始める。

「それで古竜さん」

「恋々愛でいいよ……」

 幸次郎の目を見て、恋々愛が言う。あどけない表情に、幸次郎は心臓が高鳴った。

「えっと、その、恋々愛さん。さっきの願いの話なんだけど……」

「うん、私、本当のお母さんを知らないの……」

 恋々愛は弁当を食べながら、自分の親のことについて話した。

「そっか、それで……恋々愛さん、僕、君のことを応援するよ」

「……うん、ありがとう、幸次郎」

 天使のような微笑みに、幸次郎はまたしてもときめく。恋々愛の方も、仄かに頬が染まっている。

「あ、そ、その……」

「ごちそうさま」

 恋々愛は弁当箱の蓋を閉じ、幸次郎に手渡す。

「幸次郎も一緒に修行、する?」

「えっ、いや、僕は……」

 スマートフォンを取り出して変身しようとする恋々愛に、幸次郎は戸惑った。

「ご、ごめん恋々愛さん。僕は今別の人と修行してて……じゃあ、恋々愛さんも頑張ってね! 優勝できるよう応援してるよ!」

 煩悩を捨て去りたくて修行しているのに、これ以上彼女に煩悩を刺激されてはたまらない。結局手を振って逃げるように退散した。恋々愛も小さく手を振り返す。


「お、どうした幸次郎?」

 丸い大岩の上の不安定な足場で腹筋をする拳凰が、真っ赤になりながら走って戻ってきた幸次郎に尋ねる。

「何でもありません!」

 幸次郎はそう叫んで竹刀を振り回し始めた。



 夕方、王都での仕事を終えたハンバーグが山に戻ってきた。

「お前ら、ちゃんと修行やってるかー?」

 大岩の上での修行に飽きた拳凰は大岩を拳で粉砕し、その破片を更に砕いてより小さくしていた。ハンバーグの声に気付き、振り返る。

「やっと戻ってきやがったか」

「お帰りなさい師匠」

「お前らの夕飯持ってきてやったぞ。俺がいない間サボらず真面目にやってた奴だけ食え」

 ハンバーグは鞄から弁当箱を取り出す。

「おっ、そんじゃありがたく頂くぜ」

「頂きます、師匠」

 拳凰と寿々菜が早速食べ始める中、幸次郎は一人正座していた。

「何だ、お前サボってたのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……修行が身に入らなかったといいますか……」

 ばつが悪そうに俯く幸次郎。だがハンバーグは、構わず弁当を差し出した。

「別に関係無えよ、さっさと食え」

「俺に対してと態度違いすぎじゃね?」

 拳凰は食べながらツッコんだ。


 皆が食べ終えた辺りで、ハンバーグは次の話を切り出す。

「飯食ったら次は風呂だ。この近くで温泉が沸いてんだよ」

「おっ、そいつはいいじゃねーか」

 ハンバーグに連れられて来たのは、人の手の入っていない天然のままの温泉であった。

「どうだ? 知る人ぞ知る秘湯って奴だ」

「よし、早速入るとするか」

「待て」

 服を脱ごうとする拳凰に、ハンバーグは肩に手を置いて止める。

「寿々菜、お前先入れ。汗かいた男三人の後に入るのはヤだろ」

「あ、それはどうも」

「お前らはこっちだ。寿々菜が出てくるまで修行の続きするぞ」

 拳凰と幸次郎はハンバーグの後に付いて、温泉が見えなくなるくらい離れた位置まで移動する。

「よし、この辺でいいだろ。穂村はその辺で好きに修行してろ。最強寺は俺と組み手だ」

「お、やる気か」

「せっかくだから一汗かいてから風呂入ろうと思ってな。それにこうした方がお前がどのくらい強くなったか判り易いだろ?」

「上等だ。ぶちのめしてやるぜ」

(大丈夫かな最強寺さん)

 ハンバーグが嫌がらせだと自称していたことが尾を引き、幸次郎は不安になった。


 拳凰達が大分離れたのを確認したところで、寿々菜は周りを気にしながら服を脱ぎ始める。

 仕切りも無ければ脱衣所も何も無い、自然のままのこの温泉。寿々菜は露天風呂に入るのは初めてだし、野外で裸になるのも初めてだ。とても恥ずかしくはあるが、普段はできないような経験に少し胸が高鳴っていた。

 恐る恐る足を入れ、湯の中に腰を下ろす。

(あ、気持ちいい……)

 肩まで浸かって、夕焼け空を見上げる。なかなか風情のある山中の秘湯。普段から物語の世界に憧れている寿々菜にとって、魔法少女バトルに参加してよかったと思える思い出がまた一つ増えた。


 好きにやってろと言われた幸次郎は、一人で恋々愛を探していた。きっとまたお腹を空かせているだろうと思い、夕食の残りを分けてあげようと思ったのだ。

 昼に恋々愛と出会った場所まで行ってみたが、そこに恋々愛の姿は無し。流石にずっと同じ場所にいたわけではなく、もうどこかへ移動したようだ。

(まさかまた道に迷ってたりするんじゃ……)

 一筋の不安が頭を過ぎる。しかも今回は山の中。街中で迷うのとはわけが違う。

(暗くなる前に見つけないと……)

 不安感に駆られ、幸次郎は森の奥まで足を進めていった。


 拳凰とハンバーグの組み手は、やはり終始ハンバーグが優勢であった。

 拳凰のパンチを左腕でガードし、カウンターの右ストレート。拳凰もガードするも、勢いで大きく吹き飛ばされダウン。これで拳凰のダウンは三度目である。

「よし、ここまでだ」

 寿々菜の足音に気付いたハンバーグが、組み手の終了を宣言。

「俺の魔法による補正がかかった上でこれだけやれれば上出来だろう。お前はまだまだ強くなれるぜ」

「ちっ、あれだけボコボコにしといてよく言うぜ」

 傷だらけながらまだまだ余力があるとばかりに拳凰は立ち上がった。

 と、そこで寿々菜がタオルで頭を拭きながらやってきた。

「師匠、温泉空きましたのでどうぞ」

「だ、そうだ。行こうぜ最強寺。穂村はどこ行った?」

「いや、知らねーが」

「まあ、ここには大した魔獣もいねえからな。ほっといてもじきに戻ってくるだろう」

 全く気にしていない様子で、ハンバーグは温泉の方へと向かう。拳凰もそれに続いた。


 温泉に着くと、二人はすぐに服を脱ぎだす。

「……勝ったな」

 ハンバーグの下半身を見て、拳凰が一言。先程ボコボコにやられたことへの逆襲だとも言うべき勝ち誇った表情だった。ハンバーグは舌打ち。二人は火花を散らしながら湯に浸かる。

「おっ、傷治ってくじゃん。すげーなこの温泉」

「ここは魔力も一緒に沸き出てるからな。傷を癒す効果があんだよ」

「ほー、そいつはいいや。こいつに浸かればいくらでも修行ができるぜ」

 暫く温泉を堪能していると、どこからか足音が聞こえてきた。初めは幸次郎かと思ったが、近づいてきたシルエットは女性のものだ。

「あれ? 先客かな?」

 人間界の服を着たその少女は、裸の男二人を見てもまるで動じぬ様子で言う。

「わりーな、今ここは男湯だ。もう暫く待っててくれよ」

「あれ、そうなんですか? どこかに書いてあるんでしょうか?」

「いや、ここはこんな何も整備されてない天然温泉だからな、男湯も女湯も無えさ。ただ今は俺らが入ってるからよ」

「ああ、それでしたら私もご一緒します。私、温泉巡りが趣味で、混浴も入り慣れてるので」

 そう言って少女は、拳凰達に見られることを全く気にせず服を脱ぎ始めた。拳凰はスケベ心に火がついて口笛を吹く。

「お前、湯乃花雫だろ? 牡牛座の」

「あ、ご存知だったんですね」

 ハンバーグの問いに、雫は脱ぎながら答える。

「まあ、優勝候補の一角だからな。ビフテキからよく話は聞いてる」

「そこまで評価されてるのは嬉しいですねー」

 服を脱ぎ終えた雫は長い黒髪をお団子に纏めて、体をこちらに向ける。

 一糸纏わぬ姿を隠すことなく自然体で歩いてくる雫に、男二人は目を丸くした。

「そちらは妖精騎士団のハンバーグさんと、ハンターの最強寺さんですよね。今日は温泉、一緒に楽しみましょう」



<キャラクター紹介>

名前:天城あまぎ沙希さき

性別:女

学年:中二

身長:145

3サイズ:85-52-83(Fカップ)

髪色:茶

髪色(変身後):ピンク

星座:牡牛座

衣装:踊り子風ビキニ

武器:円月輪

魔法:円月輪を自在に操る

趣味:ベリーダンス

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