第25話 妖精界への旅立ち

 ハンバーグに敗れた拳凰は、傷心に我を忘れて我武者羅なトレーニングに明け暮れていた。

 自分をあらゆる能力で上回っている男の登場と、圧倒的な力の差を見せつけられての敗北。だがそれ以上に拳凰の心を抉ったのは……

 多少心が落ち着いた辺りで、拳凰は休憩がてら自動販売機でスポーツドリンクを買いベンチに腰掛けた。

 そこでふと、拳凰はハンバーグから渡された紙のことを思い出した。

(そういえばまだ見てなかったな。こいつに書いてある場所と時間に来いとか言ってたが……)

 ポケットから紙を取り出し、くしゃくしゃに丸められていたのを広げて内容を見る。紙には地図が書いてあり、かつて尾部津がアジトにしていた廃工場が場所として指定してあった。

(あそこなら近くだな。時間は……走っていけば十分に間に合うな)

 拳凰はすぐに立ち上がり、廃工場に向けて走り出した。


 廃工場に着いた拳凰は、神経を研ぎ澄ませながら慎重に足を進める。強くなりたかったらここに来いと言われはしたが、ここで何が待っているかは紙に何も書かれていなかったのだ。どこから何が襲ってくるかわからない以上、一瞬たりとも警戒を怠れない。

 廃工場は不気味なまでに静かであった。びっくりするほど何も起こらないまま、拳凰はあっけなく最深部まで辿り着く。

 最深部にいたのは、一人の老人であった。

(あのマッチョジジイ……妖精騎士か?)

 明らかに日本人ではない顔立ちと、現代日本では間違いなくコスプレ扱いされるような昔のヨーロッパ風の服装。そして何より、カニミソやミルフィーユやハンバーグと同様の人ならざる空気を漂わせている。

 一目見ただけで察した拳凰は、部屋に足を踏み込むと同時に身構える。

「お待ちしておりました、最強寺拳凰様」

 拳凰を見るや否や、老人は跪く。

「私は妖精騎士団が一人、牡牛座タウラスのビフテキと申します」

「そうだと思ったぜ。で、あんたと戦えばいいんだな」

「いえ、私は貴方様と戦うつもりはありません。貴方様をお迎えに来たのです」

「迎えに……?」

 相手が戦意を見せなくとも、拳凰は構えを解かなかった。



 拳凰とハンバーグの戦いから三日が経った。結局拳凰はあれから家に帰らず、花梨に何の連絡もせぬまま姿を消してしまった。

 妖精界行きの準備を万全に整えた花梨は大きな鞄を持ち、集合場所へと魔法少女アプリでワープ。

 長期間になる可能性もならない可能性もある宿泊を家族にどう話すかについては、全て妖精騎士団が魔法で根回ししてくれるとのことだった。

 魚座と獅子座の魔法少女の集合場所は、どこかの学校の体育館である。花梨は着くと同時に、辺りをキョロキョロと見回した。

(この子達みんな最終予選の出場者……)

 集まった少女はざっと四十人。彼女達は皆、一年という長スパンをかけて行われた一次・二次予選を勝ち抜いた実力者ばかりである。変身前の状態であるため髪色は違うものの、中には過去に対戦した記憶のある顔もいる。

「うっわ、らぶり姫だし。こいつ勝ち残りやがったのかよマジムカつくしー」

 そんな中、一人の少女が大きく目立つ声で言った。何があったのかと花梨はそちらに行ってみる。

「ていうか本名がらぶり姫とかマジウケるしー」

 そう言っているのは、金髪に派手な化粧とギャルファッションの少女。名前はすが由奈ゆな、中学二年生である。

「えー? 由奈ちゃんはらぶり姫がカワイイから嫉妬してるんでしょー? 自分が可愛くないからってー」

 ぶりっ子ポーズをしながらそう言うのは、黒髪でゴスロリファッションの少女。名前は田中たなからぶりひめ、同じく中学二年生。驚くことにこれが本名である。

 二人は一次予選、二次予選で二度に渡って対戦しており、その戦績は一勝一敗。文字通りのライバルと言える関係であった。

「二人とも喧嘩はやめてください! 魔法少女なら争いは試合の上でフェアにするべきです!」

 由奈とらぶり姫を止めようとしているのは、坊主一歩手前くらいにまで髪を短く刈ったベリーショートの少女。名前は弥勒寺みろくじ蓮華れんげ、中学三年生である。女子でここまで短くしている娘はそうそういないくらいにボーイッシュな髪型とは反して、服装や雰囲気からはボーイッシュな印象がなくむしろタレ目で大人しげな雰囲気だった。

「説教すんじゃねーし! 坊主はお経でも読んでろし!」

 蓮華は由奈に平手で押されてよろめく。たまたま後ろにいた花梨は、それを受け止め支えた。

「だ、大丈夫ですか?」

「はい、すみません……」

「女の子なのに坊主とかカワイソー。らぶり姫だったら耐えられなーい」

 花梨に対して丁寧に頭を下げる蓮華を見ながら、らぶり姫が嘲る。

「こっ、この髪型は好きでやってるんです! 馬鹿にしないでください!」

「えー? ありえなーい」

「マジウケるしー」

 共通の標的を見つけたためか、先程まで喧嘩していた二人は急に息が合いだした。

「なんかムカつくからこの坊主もらぶり姫もここでツブしちゃおっかー。妖精騎士もまだ来てないみたいだしー」

 そう言ってスマートフォンを取り出した由奈に、周りの少女達はざわめく。

「らぶり姫もー、由奈ちゃんは最終予選で脱落しちゃいそうだからここで決着付けといたいんだよねー」

 対するらぶり姫もやる気であった。

「やめなさい!」

 よく響く声が聞こえた。声の主は、ずっと本を読みながら静観していた少女である。大きく丸いレンズの眼鏡をかけ、黒の長髪を三つ編みお下げにし、地味で飾り気の無い服装のいかにも文学少女といった風貌。名前は美空みそら寿々菜すずなといい、中学三年生である。

「集合場所での変身は禁止とアプリのメッセージに書かれていましたよ」

 そう言って寿々菜は、由奈とらぶり姫に近づく。彼女は見るからに弱気で大人しそうな雰囲気を醸し出しており、先程まで静観していたのもまさに見た目のイメージ通りの行動といったところであった。それ故に、周囲の少女達も彼女のこの行動には驚きを見せた。

「だから妖精騎士が来る前にやるっつってんだし。あ? やんのかし?」

 見た目で舐め腐り強気な態度に出る由奈。だが次の瞬間、寿々菜の右拳が由奈の眼前で寸止めされた。拳圧で由奈の髪がぶわっと巻き上がる。一瞬の間を置いた後、由奈は顔を引き攣らせその場にへたり込んだ。らぶり姫は顔を青くし、逃げるようにそこから離れる。

(今の技、どこかで……)

 花梨は寿々菜のパンチに、奇妙なデジャヴを感じた。

「妖精騎士様の言うことを聞かないと、失格にされてしまいますよ」

 寿々菜はそう言うと左の親指を挟んで閉じていた本を再び開き、すたすたと歩き去ってゆく。

「す……凄かったですね……魔法無しであのパンチ……」

「はい……見た目とのギャップも……」

 間近でその様子を見ていた蓮華と花梨は、お互いに驚きを口にしていた。

「あっ、その、先程は本当にありがとうございました」

 ふと気付いた蓮華は、改めて花梨に深々と頭を下げる。

「いえ、気にしないでください。たまたま後ろにいただけなので……それより、お怪我はありませんか?」

「お蔭様で大丈夫です。あっ、私は弥勒寺蓮華と申します。これから宜しくお願いします」

「私は白藤花梨です。こちらこそ宜しくお願いします」

 挨拶を交わす二人だったが、やはり花梨が気になるのは蓮華の髪型のことである。

「あ……やっぱりこの髪型、変ですか?」

 花梨が自分の髪を見ていることに気付いて、蓮華は尋ねる。

「い、いえそんな! 珍しいなとは思いますけど、変じゃないですよ! 蓮華さん美人ですし、ベリーショートも様になってるなーと……」

 蓮華は大人っぽい美人系の顔立ちであり、ロングにしても似合いそうだと花梨は思った。だがこれだけ短くても美人だと思わせるのは、それだけ顔が整っていることの証拠でもある。

「ありがとうございます。私、お寺の娘なので将来は尼さんになるんです。いずれは全部剃るつもりでいるのですが、今はまだ中学生なので日常生活に支障が無い程度に……とこのくらいの長さにしているんです」

「そうなんですか。私てっきりスポーツとかのために短くしてるのかと。このくらいの長さだと、海外のモデルさんとかにいそうな感じで結構オシャレだと思いますよ」

「ふふっ、花梨さんは人を褒めるのが上手いんですね。私の通っている学校は仏教系なので髪を丸めることに理解のある人も多いのですが、せめてもう少し伸ばした方がいいと言う友達もいまして……でも私はこの髪型をとても気に入っているので、そう言ってもらえてとても嬉しいです」

 お淑やかに笑う顔はさながら菩薩のようで、花梨はなんとなく心が救われたような気がした。

「うぃーす、お前ら静粛にー」

 そうしていると、体育館に男の声が響いた。ハンバーグが舞台袖から出てきて壇上に立つ。

(あ、そうだ、さっきのパンチ)

 花梨はハンバーグの姿を見たことで、寿々菜のパンチを見て思った既視感の正体に気付いた。拳凰の戦いで見た、ハンバーグのパンチと構えや動きがそっくりなのだ。彼女が獅子座の魔法少女であるならば、ハンバーグから技を教わったと考えてしっくり来る。

「とりあえず獅子座は右、魚座は左に分かれて二列に並べ」

 魔法少女達は言われた通り移動し二列に並ぶ。魚座は二十八名で、獅子座は十二名だ。花梨とらぶり姫は魚座、蓮華と由奈と寿々菜は獅子座である。やはり寿々菜は獅子座の魔法少女であった。

 だがハンバーグと拳凰の戦いを思い出したことで、必然的にハンバーグが拳凰を一方的に甚振る光景も花梨の脳裏にはっきりと浮かび上がった、

(ケン兄にあんな酷いことする人が担当だなんて……妖精界に行ったら、ムニちゃんが担当に戻ってくれるよね……)



 今日妖精界に向かうのは、勿論魚座と獅子座の魔法少女だけではない。他の星座の者達も皆、それぞれの担当妖精騎士によって一箇所に集められていた。

 射手座の魔法少女二十名を集めたのは、どこかの海辺である。

(この娘達皆、あいつのセクハラ被害者……)

 周りにいる少女達を見ながら、梓は思った。

「やあ、諸君」

 ホーレンソーが華麗なるポーズをしながら現れた。するとここがアイドルのコンサート会場ではないかと誤解しそうなほどの黄色い声が、嵐のように巻き起こった。

「キャー! ホーレンソー様ー!」

「!?」

 梓はぎょっとして顔を顰める。

「ちょ、ちょっと、何なのこれ、洗脳でもされてるの!?」

「いやあ、私を担当に持った君達は幸せものだな」

 ホーレンソーが前髪を掻き揚げながら自惚れた発言をすると、またしても海辺は黄色い声に包まれた。

「あいつセクハラ魔よ! そんな奴のどこがいいの!?」

「ホーレンソー様がそんなことするはずないじゃない!」

「ホーレンソー様からセクハラされたい願望があって妄想と現実の区別がついてないんじゃないの?」

 梓の発言に、他の少女達は非難轟々。梓はひたすら困惑した。

(どういうこと? ホーレンソーは他の娘達にはセクハラをしていない!?)


 一方で蟹座は、残っている魔法少女が智恵理一人だけである。そのため集合場所が狭くても問題ないので、智恵理が飛ばされた先はカニミソの自宅であった。

「智恵理来たカニな」

「お、おはよ……」

 辺りを見回すと、家具等がすっかり全部無くなっている。

「そっか、あんたもうここから……」

「ここにあったものは全部妖精界の自宅に転送済みカニ。日本とも今日でお別れ。この窓から見る景色もこれで見納めカニな」

 カニミソは名残惜しそうに窓の外を見る。

「日本はいい国だったカニ。和食も美味しいし……」

 カニミソがそう言ったところで、智恵理がカニミソの前に出た。

「よ、よかったら私が妖精界でも作ろっか」

 我ながら大胆な行動に出たなと思いつつ、顔を真っ赤にしての発言。

「いやー、その気持ちは嬉しいカニが、妖精界には和食の材料は無いカニ。それっぽい味のするものは無いことも無いカニが……」

「そ、そっか! そーだよね! あはははははは!」

 笑って誤魔化す智恵理。カニミソは智恵理の挙動の意味がわからず、きょとんとしていた。


 一方その頃花梨達は、出発前に忘れ物が無いかチェックをしていた。

「お前らまずはスマホ出せ。スマホが無きゃお前ら変身できないからな。流石にそれを忘れてる奴はいねーよな?」

 ハンバーグの指示を受け、少女達は全員スマートフォンを取り出す。

「よし、ちゃんと全員持ってるな。一応言っとくが、妖精界じゃ人間界のスマホは全域圏外だからな。電話もネットも何も使えねーぞ。まあオフラインのアプリは普通に使えるし、魔法少女バトルアプリは魔力で通信してるから当然使えるがな。それじゃお前ら、魔法少女バトルアプリからこの前のメッセージ開いて持ち物チェックしてけよー」

 花梨や他の少女達は、鞄の中の物を一つ一つチェックしてゆく。

「下着とか生理用品とか、忘れてる奴はいねーかー?」

 言わなくてもいい余計なことを言うハンバーグ。デリカシーの無いセクハラ発言にドン引きする少女多数。

 花梨は妖精界に持っていく鞄の中に、普段部屋に置いている拳凰の写真が入った写真立ても入れていた。

(結局ケン兄に挨拶できないまま出発になっちゃった。どうせ前みたいに修行に行ってるんだろうけど……私が妖精界に行っている間に帰ってきちゃったらどうしよう)

 拳凰のことに一抹の不安を覚えながら出発せざるを得ないのは、花梨にとって辛いことである。

「忘れ物してる奴はいねーな。よし、そんじゃ妖精界に出発するぞ」

 ハンバーグが何も無い空間に手をかざすと、その空間が裂けてワームホールのようなものが現れた。

「こいつが妖精界への入り口だ。前の奴から順番に並んで入ってけ」

 未知の世界への入り口。ここを通ればもう引き返すことはできない。

「ちょっと前の人、あなたの番だよ」

 花梨がぼーっとしてると、いつの間にか自分の番が来たことを後ろに人に指摘された。花梨は慌ててワームホールに入る。

(とにかく今はバトルに集中しよう。優勝して帰ってきて、ケン兄に喜んでもらおう)

 ぐっと拳を握り、花梨は心に誓った。

 人間界との暫しの別れ。戦いの舞台は、妖精界へと移り変わる。



<キャラクター紹介>

名前:山羊座カプリコーンのミソシル

性別:男

年齢:31

身長:182

髪色:グレー

星座:山羊座

趣味:武具の手入れ

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