第20話 最強の魔法少女

 七月後半、世間は既に夏休み。魔法少女バトルは夏休み期間中に最終予選から優勝者決定までを終わらせることを目指しており、二次予選も佳境に来ていた。

 今日の智恵理は、空港の滑走路で試合である。結界内に障害物は無く、現実とは切り離されているため飛行機が進入してくることもない。非常にシンプルなフィールドである。

 対戦相手は、170越えの長身で体格に恵まれた赤髪の魔法少女。コスチュームはさながら女子プロレスラーのようで、実際にプロレス技を使って戦っている。名は、金剛峰寺こんごうぶじ磨里凛まりりんといった。

 磨里凛の魔法は、プロレスのリングを出現させるというもの。滑走路にぽつんと置かれたリングは一見シュールな光景だが、これは決して馬鹿にできる魔法ではない。特に智恵理のような魔法少女にとっては、一度使われたら致命的なものであった。リングの上ではプロレスでの勝負を強要される。つまり、一切の武器の使用が禁じられるのだ。杖無しでは魔法の使えない智恵理にとって、こうなってはどう戦えばいいのかわかったものではない。リングの上の智恵理はまな板の上の鯛のように、一方的に攻撃を受けるのみであった。

「ほらほら見せてやるよ、あたいの必殺技!」

 磨里凛は智恵理に掴みかかり、全身を使って技をかけていく。

「これがあたいの、ダイヤモンドデストロイ固めだ!」

 その技は所謂恥ずかし固めである。両脚を大きく開き股間を見せびらかすような形で固める、喰らった側からしたらとても恥ずかしい技である。磨里凛はこの技を智恵理にかけた上で、試合の立会いに来ていたカニミソの方に向けた。

「ぎゃあああああ! 見んなあああああ!」

 ただでさえこんな格好恥ずかしいのに、ましてや今下半身を覆うのは薄地のレオタード一枚。それを好きな男の眼前に晒されているのだ。しかもこのあられもない姿が妖精界にテレビ中継されている始末。智恵理は顔から火を噴きそうになって叫んだ。

「大丈夫カニ智恵理! お前なら抜け出せるカニー!」

(少しは照れるなり喜ぶなりしなさいよバカー!)

 まるでエロスを感じていないかの如く平然とした態度で応援をするカニミソに対し、智恵理の怒りはあらぬ方向へと向いた。乙女心は複雑なのである。

 智恵理はその怒りを力に変えて、ダイヤモンドデストロイ固めを強引に外す。

「そうカニ! 智恵理はよく俺をぶん殴ってるから、肉弾戦もいけるカニ!」

「うっさいバカ!」

 カニミソの応援に逆ギレしつつ、行き場の無い怒りで磨里凛を蹴っ飛ばす。そして磨里凛に背中を向けて駆け出し、リングの外へと脱出を試みた。リングから出れば武器を使える。しかし磨里凛はそれをさせまいと、智恵理のコスチュームの背を掴みにかかる。

「だあああああっ!」

 毎朝学校にダッシュしている脚は伊達ではない。磨里凛の手を振り切り、智恵理はロープを掴んで跳び越える。リング外に落ちていた杖を拾い、魔法弾を連射。磨里凛を攻撃すると同時に、リングも破壊した。

「いけいけ智恵理ー! その調子カニー!」

 カニミソの応援にも力が入る。そしてそのまま、連続魔法弾のハメ殺しで磨里凛のHPを削りきり智恵理の勝利となった。

「やったカニー! おめでとうカニー!」

 カニミソは智恵理に駆け寄り、喜びを形にして抱きついた。

「ぎゃあああああ!」

 智恵理はまたしても顔から火を噴くように顔を赤くし、カニミソを両手で突き飛ばす。

(抱きつかれた……! あいつのぬくもりが……匂いがっ……!)

 智恵理は心臓がバクバク鳴り、鼻血が出そうだった。

 ぶっ飛ばされたカニミソは尻餅をついた体勢で頭をさすっていた。たった一人残った蟹座の魔法少女。カニミソにとっても智恵理は特別な存在となっていたが、それは智恵理からカニミソに対する想いとは別のものだったのである。


 同刻、騎士団公認のチート魔法少女である小鳥遊麗羅もまた、試合に臨んでいた。

「やっぱうちの麗羅が最強的な~このまま優勝貰っちゃう的な~」

 妖精騎士団人間界拠点にて、ポタージュは調子に乗って他の騎士への当てつけのように言う。ミソシルやハンバーグは苛立ちを態度に表していたが、一方でミルフィーユは神妙な表情でポタージュを見ていた。

 麗羅の試合会場は、某有名コンサートホールのステージである。麗羅はこの場所でライブをやった経験があった。アイドルにとっては、いわばホームステージである。

 少し待っていたところで、対戦相手が到着。その姿を見て、麗羅はぎょっとした。

 対戦相手の名は古竜こりゅう恋々愛ここあ。日本人離れした濃褐色の肌に、腰上辺りまであるストレートの銀髪。磨里凛ほどではないが長身で、Gカップは余裕である巨乳にほっそりくびれたウエスト、安産型のヒップという非常にグラマラスなプロポーション。肌の色に合わせてか衣装はアフリカ部族のような白のふんどしビキニである。胸部は細い帯状の布が二枚鎖骨の辺りで重なるようにたすき掛けされ、最低限隠すべき所だけ隠している状態。しかも生地が薄いため先端の形が布に浮き出ている。下のふんどしも前は腰に巻かれた紐に短い前垂れが付いているのみで、後ろはTバック状である。乙女座のブローチは髪飾りとして頭に付いていた。また両手首と両足首には金色のリングが一つずつ付いており、武器は自身の背丈以上もある大斧を手にしている。

 麗羅の衣装も比較的露出度は高めであるが、恋々愛はそれ以上どこから全魔法少女の中でもトップクラスに肌の露出が多い。そんなほぼ裸ともいえる格好が、プロポーションのよさをより際立たせていた。なお魔法少女バトルはテレビ中継される関係上、ポロリは起きないように魔法で制御されている。

「え……ちょっと待って、あなた確かアプリには小六って……」

「……うん、私、小六……」

 か細い声で、恋々愛は言う。声や顔立ちは歳相応の幼さを残しているが、体だけ見れば二十歳を超えていてもおかしくはない見た目である。これで普段はランドセルを背負っているというのが何よりも恐ろしい。高校生にしては非常に平たい胸を持つ麗羅にしてみれば、妬ましい限りであった。

「小学生でそれって……あ、わかった。あなた大人になる魔法使ってるんでしょ」

「……違う。私、元々こう」

「ああそうなの」

 麗羅はイラっとしつつも、アイドルらしく笑顔を崩さない。

「じゃあ、そろそろ始めましょっか。今日も私の魔法で、瞬殺してあげるわ!」

 ステージの上で観客に向けて叫ぶかのように言いながら、麗羅はマントから蝙蝠の大群を召喚する。

 魔法少女の中には、このように召喚獣を操って戦うタイプの者もいる。なお召喚獣は生物の形をしているが、実際は魔力によって形成された存在でしかない。意思を持っているかのように自律して行動するものもあるが、あくまで智恵理の魔法弾と同じようなものである。

 蝙蝠の大群は一斉に恋々愛に纏わり付く。恋々愛は斧で迎え撃つが、これだけの数の蝙蝠を捌ききれず噛み付きや引っ掻きを次々と喰らってしまう。

「そんな重い武器持ってたら速く動けないでしょ。あっ、その前に胸に二つも重り付いてるか」

 若干私怨を籠めて麗羅は言う。相手が蝙蝠の対応に追われている間に麗羅は別の蝙蝠を右手に集め、漆黒の鞭を作り出した。

「喰らいなさい!」

 撓る鞭は何本にも分裂して見え、八岐大蛇の如く襲い掛かる。蝙蝠に纏わり付かれて動けない恋々愛はそれを全てまともに喰らい、斧も手放してしまう。

「さっすが麗羅的なー、最強の魔法少女には誰も勝てない的なー」

 ますます調子に乗るポタージュ。だがそこに、ミルフィーユが声をかけた。

「それはどうかしら」

「んー? そういや今日の対戦相手の巨乳小学生、乙女座だった的な。負け惜しみ言っちゃって、自分の担当する魔法少女が無様に負ける様を黙って見てな的なー」

 ミルフィーユの言葉を負け惜しみと断定し、ケラケラと笑うポタージュ。ミルフィーユは哀れむような目でそれを見下ろしていた。


 ポタージュは既に勝った気でいたが、麗羅はそうではなかった。最後まで気を抜かず相手の様子を観察する麗羅は、蝙蝠の大群に包まれている中で恋々愛が何かしていることに気が付いた。

 ゴトンと重い音が鳴り、恋々愛の両手首に付けられたリングが半分に割れて床に落ちた。続けて、恋々愛は両足首のリングも外す。

 麗羅は突如、身に震えを覚えた。何か恐ろしいものを目覚めさせてしまったかのような感覚が、全身を襲ったのだ。次の瞬間、恋々愛の姿が蝙蝠群の中から消えた。麗羅が後ろに気配を感じ振り返ると、恋々愛はそこに立っている。

「いつの間に!?」

「あなた強い……だから私、本気出す……」

 恋々愛は麗羅の手を掴んで持ち上げぶん回し、頭上へと投げた。照明に当たって落下してきたところを、再び掴んで投げる。麗羅は二度も同じ手は通じないとばかりに、蝙蝠の大群を照明に纏わせてクッションにしダメージを防いだ。そして空中から勢いよく鞭を振り下ろす。恋々愛は当たる寸前に姿を消し、直後麗羅の後ろに現れて空中で羽交い絞めにした。

「な……!」

 あの場所から突然ここに、それも空中に移動してきたことに驚きを隠せない麗羅。恋々愛はそのままバックドロップで麗羅を投げる。再び蝙蝠をクッションにしようとしたところで、恋々愛は麗羅の真上に瞬間移動。大きなお尻でヒップドロップを喰らわせ、蝙蝠ごと麗羅を押し潰した。

「ぐ……あなたこんな魔法を隠してたの!?」

「……手足のリングを外さないと、使えない……」

 一瞬麗羅の上から恋々愛の姿が消える。この隙にと立ち上がろうとした麗羅だったが、斧を拾った上でこちらにワープしてきた恋々愛に再び尻で圧し掛かられた。

「……ごめんね」

 恋々愛は麗羅の身に足をかけたまま立ち上がり、とどめを刺そうと巨大な斧を上げ勢いよく振り下ろした。斧は麗羅の身を真っ二つにする勢いだったが、これは魔法少女バトル。実際に切れることはなく、HPがゼロになったことで発生したバリアに恋々愛は弾き飛ばされた。

「私の……勝ち」

「そんなバカな的な!!!」

 モニターからその様子を見ていたポタージュは、両拳で机を叩いた。実際に戦った麗羅以上に悔しがっている様子だった。

「だから言ったでしょう?」

 くすくすと笑うミルフィーユ。その場にいた騎士達の中には、調子に乗っていた若造の鼻を折ってくれたことに賞賛を送りたいと感じている者もいた。しかしそれ以上に、皆恋々愛の異常な魔力の高さへの感心の方が強かった。

「何ぜよあの凄まじいまでの魔力は? 前回大会の優勝者ですらあそこまでは感じなかったぜよ」

「リングを外した状態の古竜恋々愛の魔力は、前回大会の魔力を引き継いでいる小鳥遊麗羅を遥かに上回っています。魔法少女バトル千年の歴史においても、これほど高い魔力を持った魔法少女は稀と言えるでしょう」

 ザルソバは比較のため過去の優勝者のデータをパソコンの画面に表示しながら言う。

「古竜恋々愛はここまで全勝していますが、リングを外したのはこれが初めてです。小鳥遊麗羅がそれほどにまで強かったということでしょう」

 ザルソバからフォローしてもらったポタージュは、むしろ余計に惨めになったとばかりに身を震わせる。

「ええ、流石ザルソバは察しがいいわね。本当は決勝トーナメントまで封印しとくつもりだったのだけど、まさか二次予選で早くも今大会ナンバー2の魔法少女と当たることになるだなんてね」

 ポタージュの傷口に塩を塗りこむように、ミルフィーユは言った。

「全勝組の中では優勝の可能性が低い方だと思われていた彼女がここまで化けるとは、私も驚いていますよ」

 ザルソバは眼鏡をくいっと指で上げながら言う。パソコンに表示された妖精界のSNSも、恋々愛に関する話題で持ちきりだった。

 それまで恋々愛は衣装のきわどさや見た目と年齢のギャップで話題になることはあっても、強さの面では地味な存在であった。

 魔法少女バトルにおいて、一次予選二次予選を全勝で勝ち上がってくる魔法少女は決して珍しい存在ではない。大会に参加する少女達には、梓や麗羅のように妖精騎士が「この娘なら優勝を狙える」と踏んでスカウトした本命以外にも、そこそこの素質の中堅クラスやあまり素質は感じないが人数水増しのためだけにスカウトされた少女も沢山いる。花梨の親友である佐藤唯も、言ってしまえばそんな水増し魔法少女の一人であった。

 魔法少女としての素質は、能力の高さに大きく影響する。本命が早くに脱落したり水増しが急成長して勝ち進むこともなくはないが、大抵上位に名を連ねるのは本命や準本命ばかりである。本命扱いされるような魔法少女は、梓のように他の本命と当たりでもしない限り一次予選二次予選は全勝が当たり前ともいえるのだ。

 ちなみに智恵理は本命ではなく素質そこそこの中堅レベルである。蟹座の本命はカニミソ不在中に運悪く他の本命二人と当たってしまい、負け癖がついてしまったところで格下であるはずの準本命クラスにも負けてあえなく脱落となった。

 恋々愛の世間からの評価は、準本命下位といったところであった。膨大な魔力と瞬間移動の魔法は四つのリングで封印されていたため、それなりに高めの魔力で単純な物理攻撃しかできない魔法少女だと思われていたのである。今のところは全勝できているが、本当に強い魔法少女と当たればすぐにボロが出る。騎士団からも民衆からも、そう思われていた。それが一躍して優勝大本命に躍り出る。時の人になるのも当然の流れであった。

「まーそんな落ち込むなよテキテキ坊主」

 ハンバーグがポタージュの頭をぽんぽん叩きながら言う。

「たかだか一敗じゃねーの。この先勝ち進んでいきゃリベンジのチャンスはいくらでもある。確かに古竜恋々愛は強えーが、あのバトルを見ても俺は俺の担当する魔法少女達が勝てない相手だとは思っちゃいねーぜ」

 自身満々に言うハンバーグを見て、ミルフィーユは目を細める。

「古竜恋々愛も小鳥遊麗羅も、最終予選じゃ俺が選んだ獅子座の魔法少女に蹂躙されることになるだろうぜ。勿論、ムニエル様が選んだ魚座の魔法少女にもな」

「なめんなよ的な、ハンバーグ。君も僕と同じく就任して初の大会で優勝狙ってるんだろうけど、そうはいかない的だからな」

 ポタージュは立ち上がり、ハンバーグを見上げて睨みつける。

「随分と早い立ち直りだこと」

 ミルフィーユは微笑ましいものを見るようにクスクスと笑った。

「それじゃ私はそろそろおいとまさせて貰うわ。家に残してきた仕事もあるし」

「お疲れ様です、ミルフィーユさん」

 ザルソバが丁寧に頭を下げる。ミルフィーユは魔法陣に行き、自宅へとワープした。


 試合を終えた恋々愛は、自宅に戻って変身を解いた。抜群のプロポーション、濃褐色の肌、銀色の髪、変身を解いたところでいずれも変わらず。見た目で変化したのは服装だけである。

 現在恋々愛の住んでいる場所は、高級マンションの最上階。家の中に、親の姿は見当たらない。

 恋々愛はベッドに横たわり、ぼーっと天井を見上げた。運動した後ということもあり、恋々愛のお腹が空腹を知らせた。

「……おなかすいた」

 ぼそっと独り言を呟く。丁度その時、恋々愛は同居人が帰ってきたことに気が付き起き上がった。

「おかえりなさい……」

 玄関に向かい、同居人を出迎える。

「ただいま、恋々愛」

 笑顔でそう言うのは、ふわふわしたウェーブのかかったピンク色の髪の美女。

「ミルフィーユ、今日も勝ったよ」

 精一杯の笑顔を作りながら、同居人に今日の試合の報告をする恋々愛。

「でも、本気出しちゃった。ごめんなさい……今日の相手は強かったから……」

「謝ることなんてないわ。手を抜いたせいで負けるくらいなら、全力で戦って勝つ方がずっといいもの」

 ミルフィーユは恋々愛の頭を優しく撫でた後、ぎゅっと抱きしめた。

「お腹空いてるでしょう、すぐご飯にするわね。宿題はもう終わってるかしら」

 ミルフィーユがそう言うと、恋々愛は二回頷いた。


 一方その頃、試合を終えて自宅に戻った智恵理は、疲れてベッドに寝転がっていた。

「はぁー……あいつったら急にスキンシップ増えて……こっちの心臓がもたないっての」

 カニミソへの喜び混じりな文句を吐きながらアプリをチェックし、明日の試合の予定を確認する。

 明日の対戦相手の名は……三日月梓。智恵理は開いた口が塞がらなかった。



<キャラクター紹介>

名前:金剛峰寺こんごうぶじ磨里凛まりりん

性別:女

学年:中三

身長:176

3サイズ:88-62-86(Eカップ)

髪色:茶

髪色(変身後):赤

星座:山羊座

衣装:女子プロレスラー風

武器:無し

魔法:リングを出現させプロレス勝負を強制する

趣味:プロレス

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