第67話 王女と盗賊

 レグルス盗賊団結成から二年。アンキモ卿の屋敷を訪れる者達がいた。妖精騎士ビフテキと、弱冠九歳の王女ムニエルである。

「いやあ、まさか王女殿下にお越し頂けるとは、まったく光栄の限りです」

 二人は格別豪華な客間に案内され、アンキモはひたすら胡麻を擂る態度でもてなしてくる。

「それでアンキモ卿、この町の件についてだが……」

 彼の態度に苛立ちを覚えながらも、ビフテキは早速本題を切り出す。

 かつて栄華を誇ったカリストの町は、面影が無い程に荒れ果てていた。

 その原因は、市街地と貧民街の垣根がレグルス盗賊団によって破壊されたことである。貧民達が一斉になだれ込み、カリストの治安は崩壊した。

 上流市民への復讐とばかりに暴走する貧民達。美しい街は見るも無残に破壊され、溜め込んでいた金品は略奪される。アンキモの私兵はレグルス盗賊団によって次々と倒されていき、最早この暴走を止められる者はいない。

 そしてこんな状況になってしまったばかりに、貴族や豪商は全く寄り付かなくなった。景気は酷く落ち込み、街の復興も成り行かぬ悪循環。アンキモはほとほと困り果てていた。

「これはお恥ずかしいものをお見せしてしまいました。もう二年ほど前に来て頂ければ、美しい本来のカリストをご覧頂けたというのに。いやあそれにしても、まさか国の方から動いて下さるとは。有り難い限りですよ。中でも厄介なのといえばレグルス盗賊団……ですが騎士様に来て頂ければ、最早奴らも一巻の終わりでしょう」

 どこか目を泳がせながら、アンキモは作り笑い。

「アンキモ卿、君は一つ勘違いをしている」

 ビフテキはアンキモの目を見る。それと同時に、周りを取り囲む王国兵が一斉にアンキモへと槍を向けた。

「ひっ!?」

 顔面蒼白になり椅子から転げ落ちるアンキモを、一人の兵士が捕らえる。ビフテキはその眼前に、逮捕令状を突きつけた。

「今日ここを訪れたのは君を捕らえるためだ。今のカリストがこうなったのも、元を辿れば君の選民的な政治によるもの。よってまずは諸悪の根源を絶てとの判断だ」

 もがくアンキモに、兵士が手錠を掛ける。

「王都から離れているのをいいことに、随分と好き勝手やっていたようではないか。まったくけしからんことだ」

 連行されてゆくアンキモを、ビフテキとムニエルは見送った。


 一仕事終えた二人は、魔動式自動車をゆっくり走らせカリストの町を見て回っていた。

 金に物を言わせた優雅な建築物は悉く破壊され、金になりそうな装飾品を持っていかれて見る影も無い。

 金持ち達は略奪に遭わぬよう家の中に引き篭もっており、街には貧民と思わしき姿の者しか見えない。

 そしてその貧民達は、誰が見ても金を沢山持っていることがわかるビフテキ達の乗る高級車をじっと見ていた。

「あれが皆盗賊とは……よくもこんなになるまで領民を追い詰めたものだ」

 アンキモが一向に国に助けを乞わなかったのは、自身がやましいことをしていた自覚があり、今日の状況になることを予測していたが故のこと。だがそれが悪手となり状況は日を増す毎に悪化。国の側から動いた時には、もう何もかも遅いと言わざるを得ない事態となっていた。

 貧民達のこちらを見る目は、羨みと憎しみに満ちている。今すぐにでも金品を略奪してやりたいとでも言いたさげな目つきだが、護衛の兵達に守られている以上は易々と手を出せない様子。

「レグルス盗賊団、とアンキモは言っておったな」

 ムニエルが尋ねる。

「ええ、この付近で今最も恐れられている盗賊団です。構成員は、十代以下の少年ばかり。義賊を自称しており、貧民からは決して盗まず貴族や金持ちから盗んだ者を貧民に分け与えることを信条にしているのだとか」

「ふむ……変わった盗賊もいたものじゃな。それは是非会ってみたいものじゃ」

「ほう、興味がお有りですか」

「彼らが一体何を考えておるのか、我は知りたい」

「犯罪者に対しても理解しようと努めるとは、良い志にございます」

 ビフテキがまだ騎士の座にも就いていないムニエルをここに連れてきたのは、社会勉強のため。

 王都オリンポス市民は自由で豊かな暮らしをしているが、全ての国民がそうというわけではない。王都から遠く離れ大きな問題を抱えた町を見学させることで、ムニエルにこの国の現実を理解させることが狙いなのだ。

「さて、そろそろ貧民街に入りますぞ」

 完全に破壊され最早誰もが出入りフリーとなった関所を抜けると、その先は一層荒れ果てたカリストの掃き溜めが広がっていた。

 皆が揃って盗賊行為をやり出したこの時代においても、犯罪者にはなりたくないからと貧民街に篭って慎ましやかな生活を送る者は少なくない。

「してムニエル様、気付いておられますかな? 我々を狙う気配に」

 これまで感じていた視線とは、明確に違う気配。やりたくてもやれない奴らとは違う、本気の殺気だ。耳を澄ませば、車の後を高速で駆ける足音が一つ。

「これだけ警備の張られた車を狙うとは余程の阿呆か、或いはよほどの強者か……何にせよ我々から金品を奪う気は満々のようですな。如何致しましょうムニエル様」

「どれ、もしや件の盗賊団かもしれぬ。我が相手しよう」

 ムニエルは立ち上がり、剣に手を掛ける。

 その時、車の窓ガラスを割って一人の男が車内に飛び込んできた。即座に、同乗していた兵士が男を槍で突く。だがその槍は容易くへし折られ、兵士は裏拳で車外へ吹き飛ばされた。

 男とムニエルは、一瞬目が合った。男はカッと目を見開き、ムニエルへと手を伸ばした。ムニエルは柄に手を掛けたまま抜こうとしない。男の手がムニエルの腕を掴むと、男はそのままムニエルを肩に担いで脱出した。

「ムニエル様ああああ!!」

 兵士達が叫ぶ。ビフテキはムニエルが攫われ行く間も微動だにしなかった。

「くそっ、何としても取り戻せ! これは国家の一大事だ!」

 隊長は指示を出す。だが、ビフテキがそれを静止した。

「待て、ムニエル様は考えがあって自ら御攫われになられたのだ。故に私は動かず見守った。諸君、盗賊達を刺激せぬよう、少人数でこっそり奴らを追え。ムニエル様を見つけても、指示があるまで動かず見守るのだ。必要となれば、ムニエル様の方から御指示は出されるだろう」

「りょ、了解しました」



 攫われたムニエルは、かつて孤児院だった盗賊団のアジトに捕らえられ、椅子にロープで縛り付けられていた。

 この状況にも関わらず、ムニエルは落ち着いて周りを見る。部屋には盗品と思わしき財宝やインテリアがそこかしこに置かれている。盗賊団の構成員は十代の少年ばかりだ。

「やはり貴殿らが噂に聞くレグルス盗賊団とやらか」

「ああ、いかにも。そして俺が頭のハンバーグだ」

 ムニエルの前に立ち、ハンバーグは歯を見せて笑う。

「貧しき者を救うために盗みを働く義賊だと聞いておったが、我を攫って何に使うつもりじゃ?」

「そうだぜお頭、今まで人攫いなんてしたことなかったのに」

 ハンバーグが普段はやらないような行動をしたことに、手下も疑問を持っていた。

「俺は一目見てわかったんだ、こいつは運命なんだと。俺はこの娘を嫁にする!」

「ええ……」

 衝撃の返答。普段はお頭が何かする度称賛する手下達も、これには少々引いていた。

「ぷにっとしたほっぺた、柔らかな肌、幼いながらに将来性を感じさせる胸、思わず触りたくなる太股、きめ細やかな髪、しかもツインテール! こんなにも可愛い女を見たのは初めてだ……創世神オムスビが、俺にこの娘と結ばれよと告げている!」

 妖精達は他者に恋愛感情を抱く時、それは神の啓示を受けた運命だと感じるという。妖精界を創ったとされる女神オムスビは、縁結びの神でもある。故にこの世界において恋愛関係とは神によって結んで頂いた特別なものとして尊ばれているのだ。夫婦間恋人間の絆を重んじ、一度恋愛関係になったならば最期まで添い遂げよという妖精達に共通する価値観はそれに由来する。

 いかにもな高級車を見つけて金品を略奪するために侵入したハンバーグだったが、ムニエルを見た瞬間、まさしくその運命を感じ取ったのだ。

「でもお頭、そいつまだ子供ッスよ」

「ああ!? おい嬢ちゃん、お前歳はいくつだ?」

「九つじゃ」

「てことはあと五年か……そのくらい全然待てるぜ」

 妖精王国の法律では、男子十六歳、女子十四歳から結婚が可能となる。とはいえ、現在は晩婚化が進んでおり二十代での結婚が一般的である。

「むしろ都合がいい。こいつは貴族の娘だ。きっと親や兄弟から、金持ちの邪悪な思想に洗脳されているに違いねえ。だがここで俺達と共に暮らすことでその洗脳も解け、真っ当な人格に戻ることだろう」

 ハンバーグがあまりに意味不明なことを言うので、ムニエルは顔に疑問符を浮かべている。

「……言っていることの意味はわからんが、其方に常識が無いことはわかった」

「勘違いしてもらっちゃ困るぜ嬢ちゃん。常識が無いのは貴族や金持ちの方だ。俺達は正義のレグルス盗賊団、奴ら悪から奪った金品を貧しい者達に分け与える正義の味方だ。嬢ちゃんもこれからは俺達の活動に協力してもらうぜ」

「理解できぬな。何故貴族や金持ちを悪と断定する? ただ金があるというだけで」

「てめえお頭に口答えする気か!」

 手下の一人が食ってかかるが、ハンバーグがそれを静止する。

「奴らは紛れもない悪だ。俺達貧民が苦しんでいる中贅沢な暮らしをし、ましてや俺達を見世物にして楽しんでいる。だからこそ俺達が正義を執行し、貧しい者達を救っているのだ」

「確かにこの状況を作ったアンキモ卿は悪人であった。しかしそれはこの土地が特殊であっただけ。全ての金持ちが悪であるというのは間違っておる。其方に金品を奪われた者の中には心優しき者や、其方らに救いの手を差し伸べようとした者も沢山いたじゃろう」

「それはお前が貴族の娘だからだ!」

 先程まで冷静ぶっていたハンバーグは、怒鳴り散らす。

「義賊とやらはどんなものかと思っておったが、随分と浅はかな考えじゃ。貧しき者達を救いたいという気持ちは理解できる。しかし所詮泥棒は泥棒。大切な物を盗まれた者達の気持ちになってみよ」

 ムニエルを縛る縄が、急に解けた。

「こ、こいつどうやって……」

「縄抜けの方法は学んであるのでな」

 ムニエルは近くにあった適当な棒を手に取る。

「こいつ、俺達と戦う気か!?」

「これも世直しのため。恨まないで欲しい」

 一瞬ムニエルの姿が消えたかと思うと、何が起こったのかもわからぬまま盗賊達はぱたぱたと倒れていった。

 幾多の修羅場を潜り抜けてきた実力派の男達が、幼女が振るその辺に落ちていた棒の一撃で気を失ってゆく。傍から見たら意味不明な状況だ。

「ちっ、俺はお前を傷付けたくはないんだがな。仕方が無い、こうなったら力でわからせてやる!」

 ムニエルに掴みかかろうとしたハンバーグだったが、相手の動きを目で捉えられず。気付いた時には顎を蹴り上げられ天井に叩きつけられていた。ムニエルはその隙に、離れた位置に置かれていた自分の剣を回収する。

(くそったれ、どうなってやがる)

 自分が幼女相手に不覚を取った。ハンバーグにとっては信じ難い出来事だ。蹴り上げられた瞬間におみ足に見惚れてしまったからだと、思い込んで納得する。

 ムニエルは二本の剣を鞘から抜く。妖精王家には、代々伝わる三本の宝剣が存在している。一つは妖精王直系の男子に継承される大剣アレス。これは現在妖精王オーデンが所有する。そして残る二つが、妖精王直系の女子に継承される双剣アフロディテとクピドである。

 右手に持つ赤い柄の剣がアフロディテ。左手に持つ青い柄の剣がクピド。いずれも美術工芸品としても一級の代物であるが、当然武器としてもその性能は計り知れない。幼い少女が両手に一本ずつ剣を持って戦う姿は重々しく見えるが、その実この剣は正しき所有者が持てば空気のように軽くなる。その上切れ味も変化させられ、どんな盾や鎧だろうと切れるようにすることも、紙すら切れぬなまくらにすることも自由自在。これぞまさしく万能無敵の剣なのである。だがハンバーグは王女の顔も知らぬ身。単に高そうな剣としか認識していなかった。

 ムニエルはあえて切れ味を鈍くしているも、その一撃一撃は重い。ハンバーグはムニエルの身体に触れることすら叶わぬというのに、あちらの攻撃は的確にこちらにダメージを与えてゆく。

 獅子の威圧は、自分より強い相手には効かない――長らく忘れていたことが、記憶の片隅に浮かんできた。

 自分はこの世界で最強だと思っていた。この幼女が自分より強いというのは、とても受け入れ難いことだった。

「ば、馬鹿な……」

 地に這い蹲るハンバーグを、ムニエルが見下ろす。こんな状況でもハンバーグの視線が自然と股間に向いてしまうのは、男の性である。

 良い眺めだと思ったのも束の間、ムニエルは何を思ったか剣を収め右手を上げる。

「全員、盗賊団を確保せよ!」

 合図と共に、隠れていた王国兵が一斉になだれ込んできた。唖然とするハンバーグ。

「どういうことだ……てめえアンキモの回し者か!?」

「無礼な! このお方を何方と心得る!」

 兵士の一人が声を荒げる。

「このお方こそ、妖精王国次期妖精王、ムニエル王女殿下にあらせられるぞ!」

 威光を振りかざすように、兵士は叫ぶ。

 王家の血を引く者は、他の妖精とは比較にならない程の尋常ではない魔力を持つ。ましてやそれが妖精王直系であるならば、この世で最も高い魔力を持つ存在と言っていい。

 彼女の正体が明かされたことで、ハンバーグは自分が負けた理由を理解した。どれほど鍛えに鍛えた最強の拳闘士よりも、若干九歳の王女の方が圧倒的に強い。それが王家の血というものなのだ。

「貧しき者達を救いたいという気持ちは素晴らしい。しかし富める者も貧しき者も、愛すべき国民。貧しき者を救うために富める者を苦しめる貴殿らのやり方を、認めることはできぬ」

 ムニエルはそう言うと、しゃがんで自らの手でハンバーグに手錠を掛けた。



<キャラクター紹介>

名前:アンキモ・カリスト

性別:男

年齢:45

身長:167

髪色:白

星座:蟹座

趣味:拳闘観賞

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