第102話 マリオネット

 血の海と化した大聖堂司令室にて、カクテルは各部屋の様子を観察していた。

「ほう、最強寺拳凰さんがジェラートさんを倒しましたか。なかなかやりますね。ハンバーグさんはご愁傷様という感じですが……」

 他の部屋にも目を向けてみると、レバーの宝物庫では盗品を運び出す兵士達を指揮するホーレンソーの姿。ビフテキはフォアグラの部屋へと続く階段で立ち止まり王宮に連絡をとっている。そして入り口の魔法陣部屋では、救護班の治療を受ける幸次郎とデスサイズ。

 ふと、その部屋の魔法陣が光った。何者かが転移してきたのだ。

「おやおや、これはこれは」

 カクテルは楽しそうに笑って両手をぽんと合わせる。

「どうやら、この茶番も終わりのようですね」

 水瓶座アクエリアスのカクテル。本名、カクテル・サダルメリク。己の技術力を世界に役立てるため妖精騎士団に入った、魔法科学の天才技術者である。その貢献度は非常に高く、彼の技術なくして現在の妖精界は成り立たないと言わしめるほど。

 だがそのもう一つの顔が、猟奇趣味のマッドサイエンティスト。己の見たいものを見るためならば手段は選ばない、妖精界一危険な男であった。



 物語は数時間前に遡る。騎士達がそれぞれのバトルルームに到着した辺りのことである。

 カクテルの向かった先は、大聖堂司令室。ミッションはこの部屋を制圧して端末を操作し、大聖堂各地に仕掛けられたトラップを解除することだ。

「さあ~て、カクテル博士のお楽しみタイムですよ」

 司令室で待ち構える第二使徒・至高の天才ポトフと第二十使徒・永遠のチクワを前にして、カクテルは暢気に笑っていた。

「ああ、君デチたか」

 二人の内の子供の方――第二十使徒チクワが舌足らずな声で言った。

「その姿でここに来るのも久しぶりデチね」

「まあ、今回は騎士の仕事として来てますから」

 二人はフレンドリーな様子で話す。その間、禿げた中年の方――第二使徒ポトフは微動だにしなかった。

「まさか騎士の一人が教団幹部だったなんて、騎士団の連中は思ってもいないだろうデチな。尤も、教団側でもそれを知っているのはフォアグラ様とボクタンだけデチが……」

「そう、この究極にして至高の天才である私が教団の一員であることはトップシークレット。それ故にこちらではその人形を動かしてポトフという人物を演じているわけです」

 マネキンの如く先程からぴくりとも動かないポトフを見ながら、カクテルは笑った。

「君には感謝してるデチよ。君のお陰でボクタンはこうして若返ることができたんデチから」


 第二十使徒チクワは、一代にして莫大な財を成した大企業の社長であった。

 その彼が何よりも恐れたことが、老いることである。妖精の寿命はおよそ五十五年。人間は百年生きる者もいるというのに、どうして妖精の命はこうも短いのか。どんなに金を持っていても死んでしまえば何も残らない。

 五十を過ぎ急激な老いが始まったことで、チクワは酷く焦った。そこに目をつけたのがフォアグラとカクテルであった。カクテルはチクワの身体を改造して子供の姿にし、それに感激したチクワはフォアグラ教に入信。無限に等しい資金を以って教団をバックアップした。更には社員全員を強制的に入信させて洗脳兵士化し、戦力増強にも力を貸したのである。


「さあ、君もここに座って一緒に見るといいデチよ。七聖者が騎士団を屠るところを」

 モニターには各部屋で妖精騎士と七聖者が対峙する姿が映し出されている。だがカクテルは、そんなものにはさして興味が無さそうであった。

 突然カクテルの十本の指先から糸のように細いワイヤーが出て、それがポトフに巻きついた。チクワが驚く中カクテルがワイヤーを引くと、ポトフはバラバラに切り刻まれた。

「な、何デチか!?」

 顔に血がかかり、チクワは青ざめる。足下には頭部の肉片が転がっていた。

「ヒギャアアアア!!」

 起こったことを理解し、思わず悲鳴が上がる。カクテルはポトフを人形と呼んでいたが、その中身は明らかに血が通っていた。

「ど、どういうつもりデチか!? どうしてポトフを!?」

「不要になったので処分したのですよ」

「不要に……あ、ああ、そういうことデチか! 正体を公表し、今後はカクテルとして教団幹部の活動をしていくと……」

「読解力が無いですね。頭まで子供になりましたか? 私は先程言ったはずですが。騎士の仕事として来ていると」

 すっとぼけた調子で答えつつ、その表情には殺意が籠もっていた。逃げようと身を乗り出したチクワの頬にワイヤーが触れ、血が垂れた。

「ヒ……」

 チクワは一瞬で血の気が引き背筋が凍った。もっと先に進んでいたらざっくり切られていただろう。

 いつの間にか、司令室にはカクテルの魔法によって生成されたワイヤーが張り巡らされていた。それは一本一本が細くて視認にし辛く、しかも骨まですり抜けるように切断する圧倒的な切れ味。不用意に動けば体のどこが輪切りにされるかわかったものではない。

「ま、まさか裏切る気デチか? それともまさか、最初からスパイだったと……」

「生憎ですが、教団に力を貸していたのは本心からですよ。テロが起これば私の見たいものが沢山見られますからね」

「じゃあ、騎士団が人間界に行っている間テロを起こさないよう指示したのは……」

「私の見られないところでテロを起こされたって面白くないじゃないですかー」

「じ、自分勝手な……!」

「貴方がそれ言っちゃいます?」

 身動きがとれぬ状態でガクガク震えるチクワを、カクテルは楽しそうに見下ろす。

「貴方達には大変楽しませて頂きましたよ。テロによって引き起こされた幾多の悲劇には心が躍りました。それにここでなら、強化改造という名目でいくらでも実験台が手に入る。私にとって理想的な環境でした」

「だ、だったらこのままボクタン達の味方してくれればいいんデチ!」

「教団に国家を揺るがすほどの組織に成長して貰うのも悪くはなかったんですけどね。これからもっと面白いことが起こるんです。なのでもう不要になった教団は処分することにしました。最期に噛ませ犬として役立って頂いてね」

 一本のワイヤーが、チクワの首に巻きついた。

「い、嫌デチ! 死にたくないデチ! 僕のお金全部あげるデチから! 殺さないで欲しいデチ!」

 目に涙を浮かべ、今にも吐きそうな声色で叫ぶ。

 カクテルにとって命乞いの言葉は、さながら心地よい歌声の如し。チクワが怯えれば怯えるほど、カクテルは気分が高揚した。

「いかに私といえど子供を殺す機会というのはなかなかないものでしてね。貴重な機会を頂けたこと感謝しますよ。尤も中身はお爺さんですけどね」

「嫌デチ……せっかく若返ったのに……こんなところで死ぬのは嫌デチ!!」

「ああ、ついでにいいこと教えてあげましょうか? 貴方は自分が若返ったと思ってるみたいですが、実は見た目を子供にしただけで寿命は微塵も延びてないんですよねそれ。つまりそのうち普通に老衰で死んでたわけです。尤も残念ながらそれを待たずして今死ぬわけですが」

 それを聞いた途端、先程まで喚いていたチクワが急に黙った。自分が何よりも求めていた若返りを否定されたことは、あまりにもショックが大きかったのだ。

「いやぁ、そんなに長生きしたいんでしたら、ジェラートさんに凍らせて貰った方がまだマシでしたね。ま、その場合動くことも喋ることもできませんが、永遠の命だけは得られますよ?」

 愉快なジョークを言っても、チクワから帰ってくる言葉はない。

「さようならチクワさん。貴方も他の幹部も、そしてフォアグラさんも……最高の操り人形マリオネットでしたよ」

 四方八方から襲い掛かる無数のワイヤー。チクワに抵抗する術は無く、一息つく間もなくバラバラの肉片と化した。

 返り血を浴びたカクテルは、楽しさのあまり高笑いを始めた。血の海の中で、残虐な笑い声だけが響いていた。




 そして現在。

 ジェラートを撃破した拳凰は、炎で体を温めながら治癒魔法で傷を癒していた。

「それにしてもよく倒したもんだ。相手は第一使徒だろう」

 ハバネロは治癒の光を拳凰に照らしながら尋ねる。

「まあな。無茶苦茶強かったがなんとかなったぜ」

 少し痛みが引いてきたところで、拳凰は立ち上がり歩き出した。

「おい、どこへ行く」

「まだ一番強い奴が残ってんだろ」

 平然とした態度で言う拳凰に、ハバネロは溜息が出た。

「お前、フォアグラと戦うつもりか」

「たりめーだ」

 傷も完全に癒えぬまま、拳凰は最上階に繋がる扉へと足を進める。

「だったら俺の後ろに乗っていけ。俺もフォアグラ戦に加勢する」

 ハバネロはバイクを召喚し、拳凰に乗ることを促した。

「ありがとよ。そんじゃお言葉に甘えさせてもらうぜ」

 拳凰が後ろに乗ると、ハバネロは一気にエンジンを噴かせ体当たりで扉を粉砕。バイクで階段を駆け上った。

「いいなこのバイク。クソロンゲのバイクよりよっぽどイカしてるぜ」

「俺は機能性重視だからな。ハンバーグのようにわけのわからん飾りをゴテゴテ付ける趣味は無い」

 程なくして、フォアグラの部屋の扉が見えてきた。だがその前に倒れている者が一人。近づいてみると、四肢を切り落とされたソーセージであった。

「ソーセージ!」

 ハバネロはすぐにバイクから降り、治療を始める。拳凰は大扉を開け、フォアグラの部屋へと乗り出した。

「クソロンゲ!」

 拳凰の声が響く。部屋に入って最初に目に入ったのは、肺を切り裂かれて呼吸ができず苦しむハンバーグの姿であった。

「ハンバーグまでもか!」

 振り返るハバネロの額に汗が流れた。たった一人で騎士を二人も倒した。騎士団にいた頃よりも更に強くなったフォアグラの圧倒的な力を、戦わずして実感させられたのだ。

「また新手か……これほどの人数を通すとは、七聖者どもは何をやっているのか」

 エアブレードを生成しながら、フォアグラが言う。

「最強寺拳凰! 早くハンバーグをこっちへ!」

 ハバネロはそう叫ぶも、直後何かの気配を感じ階段の方を向いた。

「お、おう!」

 拳凰がハンバーグを抱え上げようとしたその時だった。一陣の風が吹き、何者かがフォアグラの部屋に飛来した。

 拳凰達に背を向け立ちはだかるのは、小さな少女。最初に拳凰の目に入ったのは、ぴっちり身体に張り付いた水色のレオタードとそれが軽く食い込んだ張りのある尻であった。

(お、いいケツ……)

 少し顔を上げると、手には煌く二本の宝剣。薄紫のツインテールをなびかせて、王女ムニエルが凛々しく立つ。

「ハンバーグよ、よく戦ってくれた。ここからは我に任せるがよい」

 予想だにしない人物が現れたことに、一番驚いていたのはハンバーグであった。拳凰に後ろに投げられながらも、大きく目を見開き驚嘆していたのである。

「ソーセージとハンバーグの治療は私に任せて」

 階段からまた別の声がした。ムニエルと共に大聖堂に転移して来た、ミルフィーユである。

「騎士団の戦闘力トップ2が助太刀に来てくれるとは有難いね」

「私は負傷者の治療に来ただけ。ムニエル様一人いらっしゃれば、戦闘で私の出る幕は無いわ」

 二人の負傷者をハバネロから受け取ったミルフィーユは、両手に治癒の魔力を集中。強力な魔法で一気に治療を始めた。

「ビフテキよ、あんたが呼んだのか」

 ミルフィーユの後ろに立つビフテキに、ハバネロが尋ねる。

「うむ、対フォアグラの切り札としてな」

 そう答えるビフテキに、ハバネロは目を細めた。

「さて拳凰様、貴方もこちらに」

「お、おう」

 ビフテキに言われて、拳凰は戦いに巻き込まれぬ位置まで退避。

 ムニエルと対峙するフォアグラは、全く恐れることも危機を感じることもなく不敵に笑っていた。

「次から次へと懐かしい顔が涌いてくる。まあ全員纏めて相手してやっても別に構わぬのだが……王女ムニエル、我が力を誇示するには絶好の噛ませ犬ではないか。よかろう、まずは貴様の相手をしてやる。神の御業によってその幼い命、儚く散らすがよい」

 たとえ王女を前にしても、自分が上であることを誇示するかの如く尊大な態度を崩さない。対するムニエルは、フォアグラの初手に備え構えを変えた。

「フォアグラと戦いたかったですかな、拳凰様」

 緊張感の中、ビフテキは拳凰に尋ねる。

「ああ、だが今回はお姫様に譲ってやるぜ」

 別に空気を読んだわけでも、フォアグラの強さに臆したわけでも、ましてやいい尻見せてもらったからでもない。純粋にこの戦いを見てみたくなったのだ。

「よく御覧下さいませ拳凰様。あれこそが“最強”にございます」



<キャラクター紹介>

名前:第二十使徒・永遠のチクワ

性別:男

年齢:51(外見は7歳)

身長:100

髪色:黒

星座:魚座

趣味:金を眺める

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