第7章『闇なる者の決断』

第22話『過酷な運命』

僕らはダークエルフの里に向かっている。

もうここには2度と来ないと思っていた。

いや、来たく無いと思っていた。


しかし、あの虐待の日々を招いた剣が、母の形見だったとは想像もつかなかった。

剣は厳重に保管され、その置いてある場所も特定の者しか近づく事も出来ない。

15年という月日が、伝説の剣を古びた鉄屑のようにさえ思える状況下に置かれている。


(まさか、あの剣が…。)

今でも 母が愛用し、僕に託そうとしていたとは信じられないでいる。

あんなに憎かった剣が、今はとにかく逢いたい。

今度見る時は僕の目にはどんな風に映るんだろう…

いろんな思いを胸に、里へと急ぐ。


コオチャ達一行はジィールの東側に位置する、隣国デファーに向かって進む。

その途中から道を外れ、誰も近づかない場所である暗黒の森の入り口に到着する。

「懐かしいなぁ」

フィスナーがコオチャを見つめる。

ここで、二人は出会った。

「おめぇは倒れてたんだ。実はワシは起こそうかどうかまよったんだぜぇ」

フィスナーは厭らしい笑みをこぼした。

しかし、その迷った結果、僕はここにいる。


「ありがとう、フィスナー。」

キョトンとしたが、彼は照れ笑いをしていた。

しかし、フィスナーも良い方向に転んでホッと胸を撫で下ろした事もあった。


(これは、運命なのか?)

時々、ふと思うときがある。

あの時自分がコオチャを無視して家路を急いだらどうなっていたか…?

王は?

アルシャンは?

そして、今は…?

そう思うと、とんでもない者を拾ったと、つくづく思うときがある。


「いよいよ、暗黒の森だ。運良くコオチャの言う仲間のダークエルフに会えるといいが…」

ルシャナは不安を隠せないでいる。

父が、兄コオチャ捜索の為に国中を探したのに、唯一捜索し切れなかった場所なのだ。


それは、暗黒の森の恐ろしさを示す事柄としてははずせない。

そう聞けば、誰もが近寄る事は無いだろう。

「ルシャナ様。わたしが必ずやお守り致します」

「…ありがとう」

マークがルシャナの不安を読み取った。が、2人ともその会話がまったく意味がない事は解っている。

しかし気休めでも、そう言わなければ気持ちが萎えてしまいそうだった。


「ここに立っていても雷神剣は手に入らないよ。行きましょう。」

リスネットは意を決して、真っ先に歩き出す。

シータもその後ろ姿を追った。

残りの者もついて行く。

最後にコオチャが重い足を前に出した。


暗黒の森の中は、日が差さないほど木が密集し、地面が乾かないせいかジメジメしている。

獣道も無く、まったくの手探り状態で進む。

どう行けばたどり着くのかは、誰にもわからない。


しばらくの間は少し進んでは後ろを確認したり、木に目印をつけながら進んだが、入り口がまったく見えなくなったころ、先頭を歩くリスネットがふと立ち止まる。

「精霊の数が極端に少ないわ。でも、全然いない訳ではないから、なんとか里まではつけそうよ」

しかし、それだけの事で安堵は出来ない。

里に着いてからが問題なのだ。


森の中は更に暗くなる。

昼間のはずなのに、状況としては夜に近い。

しかし、コオチャは気になる事があった。

「ねぇ、リスネット。精霊の数が少ないと、その、なんと言うか…」

ずっと先頭を歩いていたリスネットが、ふと立ち止まった。

振り返った彼女自身が精霊のように見えた。


「そうね、仲間なんだからちゃんと話しておかなくっちゃね」

すでに暗黒の森の中を歩き出して、結構時間がかなり経っていた。

休憩を兼ねて少し足を止める事にした。


「ここは精霊が媒介としている自然が極端に偏っているの。風や光はまったくないし、地面は太陽光を帯びてないせいか、精霊達を寄せ付けていないわ」

この森の中の状況を冷静に分析していく。

「地面は水を大量に吸っているけども、水の精霊はまったくいない。ずっと道案内をしてくれているのは、入り口にあった巨木の精霊。彼は何百年もここを見てきたせいか、こんなに闇の精霊が氾濫していても物怖じせずについてきてくれている」


そう言うとリスネットは自分の左肩を見つめた。

そこに木の精霊がいるのだろう。

「そして、あたしの力についてなんだけど…。この状況でも精霊魔法が使えるかどうか…」

彼女は急にうつむき、肩を落とした。


「あたしは媒介が無くても精霊を呼ぶ事が出来るの。」

「どうやって?」

シータは話に聞く精霊使いとは明らかに次元の違う力を持つリスネットに尊敬の念を抱いていた。

「それは…、体の中から…」


北の大精霊王の秘密に皆が好奇心の眼で見ていた。

しかし、一人だけが不機嫌に聞いていた。

「リスネット。よけぇなことは話さなくてもいいんだぜぇ。知らねぇ方がいいこともある」

フィスナーは腕を組みながら、一人輪の外を向いていた。


「いいの、フィスナー。この際だから…。結論から言うと わたしは人体実験を受けたの」

「なんだって!!!」

コオチャが反応する。

一般人の知らないところで行われている人体実験。

時々噂になる変死体…


「あたしの体の中には、精霊達を住まわせている魔石が埋め込まれているの。だから、自然を媒介にする必要も無いし、詠唱や必要としないの。でも、信じてほしい。自分の意思でそうしたんじゃないって、本当なら全ての地位や名誉を捨てて、この石を取り除きたいって…」

吹いていないはずの冷たい風を感じた。


「いいじゃねぇか、こうして生きていられるんだからよぉ」

フィスナーが無造作に言い放つ。

人体実験を受けたものは、そのほとんどが変死体となる。

「ありがとう、フィスナー…」


「その魔石はどこに…、そして取り除く事は出来ないのですか?」

マースが尋ねた。

ごく自然な質問だ。

「取り除く事は出来るわ」

「じゃぁ…」

「でも、その途端に死ぬ」


!!!


「そして…その…、魔石は子宮の中に…」

あまりに酷い話に皆、言葉を失った。

「子を宿すように、精霊達を宿しているの…」


「僕と同じさ。一生背負っていくしかないんだよ」

コオチャはあっけらかんに言った。

彼の運命も過酷であった。

だからこそ説得力もあるだろう。


「おい、コオチャ。なんて事を言うのだ」

「だって、逃げる事は出来ないんだよ」

皆がハッとする。

個々の力でどうする事も出来ない現実。


―――宿命


それは背負う者にしかわからない。


「リスネット殿、あなたがどのような過去があろうともジイールは、いや、少なくとも私自身は今までとなんら気持ちに変化はありません」

ルシャナはコオチャの発言に納得しつつも、リスネットに対しては今までと変わらないことを誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る