第3章『皇太子』

第9話『報告の真意』

 幸福の杖ハッピネス・スティックが無くなった午後、王と宮廷魔術師とルシャナ王子の3人は小会議室で話合いをしていた。

「どう思う、テールよ」

「相手は城内外部…いろいろ想像できますが、アンスの知名度を考えれば外部とは考えにくいですな。」

城外の人や組織からの仕業だった場合、そいつらはジィール国と戦争する覚悟をしないといけないことになる。


「内部の人間となるとラジュクかルスールしか思い浮かばんぞ」

アンスとはジィール9代目国王アンスラックスの古いあだ名である。

このあだ名を使う人物も、先の魔王との戦いでほとんど死んでしまっていた。


王は彼の右腕、幼馴染で宮廷魔術師のテールに絶大な信頼をおいている。

だが今回、テールに言われるまでもなくこの二人が怪しまれて当然といえる状況になっている。

なぜならば、『幸福の杖ハッピネス・スティック』はこの二人にマキを加えた3人以外には、完全に使いこなせる人間が国内にはいないからだ。

テールも使う事は出来るが、常に王と一緒にいる為、盗み出すのはまず無理がある。

そして3人にはアリバイらしいものは無い。

 

二人は結果的にルシャナを無視するかのように話を進めていた。

「しかし二人の内、どちらが盗んだか考えるとなると、ラジュクしか考えられんだろう」

「はい。ルスール殿は最高司祭に一番近い存在。そこを踏まえればそうなりますな」


「おい、ルシャナはどう思う?」

ようやくふられた話だが不機嫌な顔で、

「まずは探すのが先決ではないでしょうか。まだ遠くに持っていってないと思われる今なら、神器ともなればこちらからの魔力に反応するはず。そうなれば場所も特定できるのではないでしょうか?」

と、答えたルシャナに二人はようやく我に帰ったようだ。


彼ら大人達は神器の行方よりも、いつのまにか盗んだ犯人の方に気を取られていたからだ。

裏を返せばこんな単純な事に気付かないほど事は重大なのである。


その後テールの魔術により ジィール国所有の多目的ホール、通称「第2宮殿」にあるのがわかった。

ここは最高司祭の就任式に使う予定の場所でもある。

数日前より、エル・ナイトの1小隊と、準備の為の人員数十名を派遣していた。


早速王はルスールとマキ、ラジュクの3人にハッピネス・スティックの捜索に向かわせた。

そうすれば最高司祭への結論もでるだろうという王の考えからだ。

もしもラジュクが犯人であっても ルスールとマキの二人を相手に勝利する事は考えにくい。


最悪の事態としてはラジュクの逃亡もありうるが、その時点で西の都にはいられない状況となるだろう。

国内の何処に潜んでも、顔を知られている程の知名度が仇になる。

そして、神器の略奪は最高刑が待ち構えている。

これはどの国でも同じだ。


テールは不安を隠せなかったが王の指示に従い、念の為、義盗賊団アルシャン団長宛てに王の名を借りて親書を出しておいた。

こうしておけば即座に対応してくれるのがわかっているからだ。


ここまでが昨日の出来事である。

しかし、この3人の派遣が王とテールの想像を超えた事態となる。

その日の深夜にラジュクだけが戻ってきたのだ。


翌日の早朝に 昨日送り出した3人の内、ラジュクだけが帰ってきたとの報告に、王とテールは急いで支度をすませて大広間に集まった。

この後朝礼がある事もあって、パラパラと城の住人達も集まってきている。


ラジュクは王が来たのがわかると、誰の目にも深手を負ったとわかる包帯の取れない体で王座の前に進み出た。

アンスラックスはここに来るまでの間に、秘書官からラジュクの状態を聞いていた。


昨日深夜の暴風雨の中、瀕死の重症を負いつつも帰ってきたという。

しかし、さすがに最高司祭候補である。

歩くまでに回復しているのは見事としか言いようが無い。

彼の目をまっすぐに見据える。

普通の人間は萎縮するほどの鋭い眼光だ。


「昨日起きた事をすべて報告せよ。いったい何が起きたというのだ?」

ラジュクは深々と伏せていた顔を上げた。

鋭い眼差しを物怖じせず見つめ返す。

「はい。私ども3人が第2宮殿に着きますと、突然マキ卿がクォータースタッフにて攻撃してきました」

「………」

「私はなんとか応戦し、彼を追い詰め尋ねました『突然なにをするのだ。何の目的で』と…。すると彼は『幸福の杖は誰にも渡さん』と申しまして…」


それまで静かだった大広間が一斉にざわつきはじめた。

王は内心単独で会うべきだったと、軽率な行動をとった自分に腹を立てた。

まわりからは余計な推測が飛び交う。

(あのルスール様とマキ様が…)

(信じられない…)


特に厄介な貴婦人達は、小鳥のようにさえずり騒いでいる。

それにつられて騎士や官僚までもが騒ぎ始めた頃、思わぬ所から仲裁の声がかかった。

「うるさーい!!」

その声に大広間が元の静寂に包まれた。

だが、その声があまりに幼いので、小鳥たちは頭を揺らして声の持ち主を探し出す。

それが誰だかわかると、さっきよりもひどい状況に陥った。

(あれはルスール様とマキ様の一人娘…)

「いい加減にしないか!!!」


噂が飛び交う中、アンスラックスの声が響く。

いつ聞いても、どこから出ているか分からない大声が、完全に静寂を取り戻した。

テールが間一髪いれずに発言する。


「今の報告をまともに受け取る事はできませぬ。ラジュク殿を疑うわけではないが確実な証拠がほしい」

冷静に分析し解説する。

ラジュクはこの傷だらけの体を見よと言わんばかりに発言権を求めた。

しかし王の質問により拒まれる。


「それで、ルスールとマキはどうした?それに、あそこにはエル・ナイト1小隊10人も派遣したのだぞ?」

ラジュクは大事な報告を忘れている事に気が付く。

「…はい。二人で攻撃された私は追い詰められたのですが、運良く巨大な雷が落ちて、第2宮殿を破壊してしまったのです。それを期に私が攻撃しました。多分…」

「お前以外全員死んだというのか!」

王は立ち上がり再び叫ぶ。


噂や憶測をたてる者はいない。

城内は異常な緊張感に包まれた。

これは15年前の出来事王子誘拐以来の事件なのだと…

しかし、テールだけは冷静に事を進める。


「アンスラックス様。このことは真実がはっきりするまで伏せておくべきです。国民に不安を植え付けてはなりませぬ。それと個人的見解としまして、エル・ナイト1小隊が全滅するほどの落雷とはなんとも想像できませぬ」

「うむ」

王は動揺から立ち直る。

どっかと王座に座った。


「よし。これはサマリア城内だけの扱いとする。噂を広めたものはどんな手を使ってでも見つけ出し処刑にする事を明言する。皆従え!」

大広間は水を打ったように静まり返った。

静寂が王の意見を受け入れた証拠になるのと同時に、事の重大さが広がっていく。

テールはそれを確認するとさらに進言してきた。


この事件を終息させるための意見を。

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