第8話『失われた神器』

「なに!?、幸福の杖が無くなっているだと?」

王は、朝一番の報告が、国をひっくり返すほどの内容に苛立ちを隠せなかった。

しかも最高司祭の就任発表は間近にあるばかりか、メインの神器が無くては就任式は開催できない。

神器の損失は他国への牽制、アプローチまでもが変わってくる程の最悪の事態だ。

王はただちに、しかし隠密に神器捜索を開始した。


 この極秘情報は、直ぐ様義盗賊団アルシャンにも届いた。

「なんと…。こんな事が起きるとはなぁ」

王からの極秘文書を見た団長のフィスナーは、不謹慎ながら久しぶりに興奮していた。

これほどの事件がジィールで起きるのは、サマリア城での謀反と、王子誘拐事件以来だ。


結束の固さでは有名なアルシャンであっても、団長は他の団員にはこの話をしなかった。

もし話が漏れれば団の解散はもちろん、自分の命の保証も無い。

フィスナーは自分の頭の中にだけに情報をとどめて書類を燃やすと、次の指令を待つことにした。

しかし、翌日には状況が一変する事になるとは想像もしていなかった。


 幸福の杖が無くなったその日は、午後から天候が下り坂に向い、日が暮れる前には暴風雨になっていた。

この日の仕事が続けられなくなるほどの雨と風に、団員達も早々にはアジトに戻ってきた。

アルシャンの仕事は多彩だ。

物や人、そして情報の捜索、修理や鍵開け、尾行なんてのもある。

どちらかと言うと、金になるなら何でもやる方針だ。


そのまま今日の仕事は終いになり、各自帰宅の徒についた。

アジトにはフィスナーとコオチャだけが残っている。

夕食も適当に済まし、取り敢えず翌日の仕事に備えた。

意外に感じるかも知れないけれど、フィスナーは料理が上手い。

これは趣味だからではなく、仕事上必須とも言えるスキルだからだ。

一人で野営が出来なければ、未開地域での活動は困難を極めるだろう。


「こういう暴風雨の後には建物の修理が殺到するんだぜ」

フィスナーが教えてくれた。確かにそうかもしれない。

このアジトも1箇所雨漏りがしているのを気付いていた。

寝付いてしばらくしてから、雷もしばしば落ちるようになってきた。

 

 僕が目を覚ました時、まだ外は暗かった。

何故目がさめたのかは解らない。

(また、ダークエルフの夢を見たのかな…)

そう思ったが、すぐ布団を頭までかぶり寝ようとした。


その時一つの雷が落ちた。

ドゴォォォン・・・・・。

音や光は今までのと変わらない。


しかし、胸騒ぎを覚えた。

すぐさま跳ね起きフィスナーの部屋に向かった。

トントン

ドアをノックするのと同時に扉が開いた。


「寝起きの悪いコオチャにしては上出来だ」

「それより、今の雷…」

「うむ、ワシにも感じた。なんといったら言いかわからねぇが…」

「おいらは、憎しみと妬みを感じたよ。それも背筋が凍るほどの…」

「うむ。しかし、今すぐ動くのは危険だ」

「どうして?」


「団員には言ってねえが、実は今日、サマリア城で神器の幸福の杖が盗まれたのだ」

「なっ、なんだって?…そんな事が…」

僕は言葉を失った。


城から宝物が消える…

それは他国からは失笑を、国内からは罵声を浴びる事になる。

しかも、最高司祭の誕生まで、国中をあげてカウントダウンしている中での事件だ。

もちろん僕もサマリア城にある神器の内容を聞いている。

その役目や、意味も理解しているつもりだ。


驚いている僕の目を覚ますかのように、フィスナーが話を続ける。

「おい、驚いてる場合じゃねえぞ。明日朝一番で城に行くぞ」

「…はっ、はい!」

「あと少し、体を休めておくのだ。忙しくなるぞ」

「了解!!」

興奮していた僕は飛ぶように部屋に戻りすぐさま布団にもぐった。

寝られるはずも無い。

また王に会える楽しみもあったからだ。

不謹慎と思いつつも、いつのまにか浅い眠りについていた。


翌朝、小鳥達のさえずりで目が覚めた。

窓を開けると、昨日の天気とは打って変わって、気持ちのいい青空が広がっていた。

ハッと我に返って、出かける準備をする。


部屋を出て吹き抜けの下を覗くと、ソファーに腰掛けたフィスナーが、何かの書類を読んでいる。

直ぐに僕の気配に気が付き、そのままの体勢で上を見てきた。

「よし、行くぞ」

「うん」


鳴かずの階段を走って降りた。

同時に立ち上がったフィスナーと、アジトを出て城へと向かう。

王都は早朝にも関わらず、人で溢れていた。

皆、昨日の暴風雨による片付けや、建物の修復に追われているようだった。


僕らはその中を、複雑な気持ちで歩いている。

いつも陽気なフィスナーとしては珍しく、しかめっ面をしていた。

すると、城の方から城当番の団員が走ってくるのが見えた。


城当番とは、サマリア城と義盗賊団アルシャンを結ぶホットライン役で、2人1組の当番制になっている。

城を運営するには細かい修繕も必要だし、広い城内では探し物を見つけるのも大変…、というのは表向きの口上で、王はフィスナーとの連携を必要としていた。

体一つでそこまでの組織に育て上げたフィスナーは、誰からも一目置かれている。


「だっ、団長!王からの伝言です!!」

城当番の団員は息を切らしながらフィスナーに近づくと、伝言を伝え始めた。

「今朝の朝礼後、王より依頼がありました。『第2宮殿に向かって爆発の原因を追求せよ』とのことです」

「よし、城での追加情報を引き続き収集せよ」

「はっ!」

「そういうこった。コオチャ、行くぞ」

「ハイ!」


二人は城に向かっている大通りを少し戻り、隣国デファー国方面に向かうキルス・リンク山脈へ進路を変えようとした。

すると、100mくらい向こうからもう一人の城当番が走ってきた。

「団長ー!てぇへんだぁ!ちょっと待ってくれ!!」


フィスナーはさっきよりも眉間にシワをよせた。

城当番達がすれ違い、遅れてきた方の団員が目の前にやってきた。

「ハァ…、ハァ…、王より伝言。昨日の爆発は最高司祭候補同士の対立にて起きた模様。その際ルスール様が死去なされました」

「なんだとぉ!」

フィスナーが叫んだ。

これほど取り乱すのは初めて見た。


「ラジュク様は全身に怪我を負いながらも、城へ戻ってこられました。その際、王とテール様との3人のやりとりがあった模様」

概要を話す城当番…

「はぁ?あの博愛司祭と謳われるルスール様が、ラジュク様に不意打ちをかけたというのか?」

「はい。ラジュク様はそう証言しているそうです。しかも、夫婦そろってとの事」

「なにっ!?じゃあ、マキ殿はどうした」

「彼も死んだようです…」

「………」

僕らは言葉を失った。

神器が無くなっている事を考えると、間違い無くこの事件に絡んでいる事は容易に想像が付くからだ。


「よし、おまえは一度アジトに行き団員達にその旨を伝えよ。そして城当番を5人に増やし情報収集に努め、四天王と連携、臨機応変に対応せよ」

「ハッ」

「ワシとコオチャで第2宮殿へ行き現地の調査を行う」

「ハッ」

「国民にこの事が伝えられるまでは隠密に行動しろ。人員が少なくなった分、今日の仕事も臨機応変に対応するように」

「ハイ!」


団員はそのまま走ってアジトへ向い、僕らはキルス・リンク山脈のトンネルをくぐった。

「コオチャ…、どう思うよ、今回の事件は?」

「間違い無く神器の争奪があったはずだよ。ルスール様達が罠と分かっていて飛び込むとは考えられないよ」

「だよな。そうなると博愛司祭ルスール様司祭戦士マキ殿を相手にラジュク様が戻ってきたと言う事は…」

「おいらもそう思うよ。ラジュク様が持っているか、背後に幸福の杖を使える別の人物がいるか…。どっちにしても奥が深そうだよ」

「同感だ。まず現地を調べよう。手掛かりがあれば王と相談するか」

「うん…」


おいらは今回ばかりは気乗りしなかった。

暗い影のある事件。

だがしかし、この先にはもっと大きな影が待ち受けていた。

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