第2章『盗み出された神器』
第7話『ジィール国の最高司祭候補達』
連日サマリア城では、最高司祭の話題でもちきりになっていた。
最高司祭と言うのは、西の都の国単位において司祭系では最高位の立場の事を言う。
同じように宮廷魔術師と言うのは、魔術系では最高位となる。
国によっては両方のポジションが空白だったり、どちらか片方が空白だったりする場合もあるようだ。
これらは王によって違うらしく、慣例とかで定められているわけではないらしい。
ジィールでは、建国以来両方共配置されてきたけど、先に述べたように最高司祭の座は現在空白となり、たった一つしかない席を巡って、水面下での激しい争いが起きている。
ちなみに剣術系の最高位は、国によって大きく違う。
ジィールにおいては、第1騎士団長がそれに当たる。
健在、最高司祭候補には3人の候補者がいた。
夫婦で候補となっていたうちの夫の方、『マキ=ゼブック』が辞退を表明し、マキの妻『ルスール=マチ』と、『ダグ・ラジュク=ラス・アタフ』の一騎打ちとなった。
ジィールの最高司祭の座が空白になって、15年程度経つ。
これは異例なことだ。
だが、それには理由がある。
理由を説明するには、まずは異次元の世界について知る必要がある。
現在確認されている異次元の世界は、『天界』、『精霊界』、『妖精界』、そして『魔界』がある。
僕らの世界は『下界』と呼ばれているらしい。
精霊界の住人も、妖精界の住人も、そう呼ぶ。
その4つの異次元の世界は、下界と緊密な関係があり、下界での異変は他の異次元の世界に影響を及ぼすと言われている。
そうした状況下の中、精霊界と妖精界の住人は中立の立場だ。
下界を支配しようとする野心もなければ、保護しようとする意識もほとんどない。
ただし魔界には、支配する野心がある。
下界を征服する事によって、万年争う天界へ攻め入る為の戦力増強が出来ると考えているようだ。
その為、下界の住人を惑わしては、バランスを崩そうと試みてきた。
その1例がダークエルフに代表される、闇属性種族の誕生だ。
天界の住人は、そういった魔界からのアクションに対して、必要最低限ではあるが手を差し伸べてきたと伝えられている。
必要以上に関わりを持とうとしないのは、下界のバランスを崩してしまうからだ。
そう言った背景から、僕らの世界は、常に脅かされていると言っても過言ではない。
そして15年程前、その魔界から招かざる使者が送り込まれてきた。
通常外界から下界に降臨するには、『ゲート』と呼ばれる門にて、異世界を繋ぐ必要がある。
そのゲートが聖域バルディエットに突如出現し、『魔王』と呼ばれた魔界の住人が現れた。
数百人の勇気ある冒険者達が魔王に挑んだが、彼を魔界に押し返した時には、たった6人しか生き残っていなかった。
この6人の功績を称え、6大精霊王と呼ばれている。
魔王討伐直前までは、ラジュクが最高司祭の座に就任する予定だった。
彼は若くして、その絶対的な攻撃力を武器に、他の司祭を寄せ付けなかった。
しかし魔王が現れると、その魅力にとりつかれたのか、討伐隊には参加しなかっのだ。
そんな中、王アンスラックスと宮廷魔術師テールが立ち上がり、他の仲間達と見事魔王を打ち破る。
聖域バルディエットにポツンとたたずむ魔王の棲み家『ハイ・カリビアーナ城』より、地下に広がる『闇のラビリンス』と名づけられた迷宮。
そこから帰還する時に、自らの命と引き換えにゲートを封印した、6大精霊王の一人『聖司祭』の称号を持つ『シース=ラウル』という女性の姿に王は心を打たれた。
そして、彼女が持っていた神器『トゥオール・ハンマー』を後継者ルスールに託したのを境に決心をし、最高司祭の座を白紙に戻した。
「城内外より投票を行い、上位3名を最終候補とする」
これにはラジュクが怒りをあらわにした。
城内では、ラジュク派が多数派だった。
だが6大精霊王シースから名指しで後継者となった『博愛司祭』ルスールと、その夫であり万民から愛された『司祭戦士』マキは、城外から圧倒的な支持を得た。
結果、ラジュク、ルスール、マキの3名が最終候補となった。
ラジュクは有無を言えない状況にされた。
やはり圧倒的な攻撃力を持っていながら魔王討伐隊への不参加が響いた。
ここからは王を含めた最高幹部での選考会となるはずだったが、不利となったラジュク派の計らいによって、状況が変わらぬまま時間だけが進む。
この泥沼の選考会の裏側には『神器』が深く関わっている。
ジィール国に限らず、どの国にもある神器とは、古くから伝わる大いなる力を秘めた代物で、武器や防具、または道具といったものがある。
大浄化の後、人間達が生き残りを賭けた戦いに立ち向かう時、各地に神々が降臨し、その強力な道具=神器を使って最初の土台を築いたと伝えられている。
その後神器は、人間達に託され今に至っていると各地の伝承は続く。
人間達はその神器を大切に扱ってきた。
それは、神器そのものが人間達の心の支えでもあるし、誇りでもあるからだ。
やがてそれらの神器は国や都市が形成されると共に1箇所に集まってくるようになる。
そうして集められた神器は、ある種その国の力のバロメーターとも言える。
強い神器を多く所持し、尚且つそれを自在に操れる人材がいる事実は、隣国にとっては脅威以外の何物でもないからだ。
そしてここに『
国の通例では最高司祭にこの杖の所持を認め、窮地には幾度と無く使用されてきた。
今のジィール国が存在するのも、杖の力が大きく関わっているといっても過言ではない。
この杖は圧倒的な精神力を消費する代償に、魔力を何倍にも増幅する力を備えている。
これを利用すれば、低級の単純魔法が、天変地異を起こせるほどの力へと増幅することも事実上可能となる。
この事を背景に、王としては「野心家」のラジュクより「博愛司祭」ともうたわれるルスールの方が信頼できた。
その為一部の熱狂的なラジュク派の切り崩し工作が必要となったのだが、結束が固く、なかなか切り崩せないでもいた。
そんな状況を見たマキは、自ら最高司祭候補を辞退する事によって、自分を推薦する一派を妻ルスールに注ぐことに成功した。
これによりラジュク派は、一層窮地に追い込まれる結果となった。
最高司祭最終候補の二人は、まったく別の力を備えている。
ラジュクは圧倒的な魔力を武器に、中級の治療系魔法はもちろん、攻撃補助及び守備系魔法、更には非戦闘系の魔法までも扱うことが出来る。
しかも武術、特に剣術にも長けていた。
さすがに攻撃魔法は扱えないが、その他の魔法をオールマイティに使用出来る上にそのレベルも常人を超える力を持っている。
一方ルスールは、ジィール西部にある、この国の司祭達の修行の聖地『博愛の神殿』の出身者で、魔法は上級治療系と一部の補助魔法しか使えない。
しかし、神殿在住時の厳しい試練を主席で乗り越えてきたばかりか、その過程でついたあだ名が「博愛司祭」である事を聞けば、いったい何人の人々を癒してきたか想像する事すら出来ない。
彼女の名声は神殿を中心に広がり、今や名前を知らない人を探すのは困難なほど万民に愛されている。
国を守るという観念からラジュクの武力が取り上げられがちだが、しかし彼女の力も侮れない状況になった。
それは神器トール・ハンマーの存在である。
別名『いかずちの槌』とも古い書物には記され、攻撃面において不利になりがちな司祭や僧侶・神官の大きな助けとなるその攻撃力は、ハンマー系では類を見ない力を秘めている。
サマリアに伝わる物語の一つに、双神山脈が左右二手に分かれているのは、トール・ハンマーによって裂かれたからだという記述があるほどである。
しかも6大精霊王シースの後継者と認められたとなると、人民の支持を集めるのも無理はない。
時は熟していた。王は強行手段に出ようとした。
ルスールを最高司祭に指名してしまうつもりでいたのだ。
就任式を10日後と発表し、式典の準備に入った。
この緊迫した状況の中、ジィール全国民が最高司祭にどちらが就任するのか、もっとも注目している時に、大事件は起きた。
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