第10話『皇太子』

「このことに関して隠密に調査員を派遣しましょう。いかがでしょうか?」

幼馴染で側近である宮廷魔術師テールからの助言に、王は間を空けずに答えた。

「調査員の派遣をする。アルシャンの城当番に今のことを伝えて、団長によきに計らうよう伝えよ」

「ハハッ!」

官僚の一人がアルシャンの城当番が詰める部屋に駆け込んでいった。


「しかし、第3者にだけに任せるには、城の威信にもかかわる。だれか城を代表して調査する者はいないか?」

王は大広間に詰める者達に問い掛けた。

しかし反応はない。


どう考えても危険な調査だと、誰の目にもわかるからだ。

最高司祭候補の二人に加え、ジィール自慢のエル・ナイト1小隊も全滅しているのだから無理は無い。


空白の時間。

静けさだけが漂う。

実際には数十秒しか経っていないのに、その場に居合わせた者達は、1時間にも相当する時間を経験した。


「その役目 この、ルシャナ=パティに申し付けてください!」

次期ジィール10代目国王、皇太子ルシャナは、いつのまにか王座の前に進み出ていた。

今回騒ぐ者はいない。


彼より技術的にも、体力的にも、経験的にも優れた人物は大勢いるのに、彼がこの事件の真相を突き止めたいと進み出ているからだ。

すると、いつもは息子にも厳しい王も、父親顔をして進言を受け止めた。


「俺が初めて剣1本で旅に出たのは13歳の頃だ。おまえは遅いくらいの初陣だ」

ルシャナは真っ直ぐに、王であり、そして父親の顔を見据えている。

「いい面構えだ。これをくれてやる」


王はそう言うと、躊躇せず彼の左側に突き刺してある神器「聖剣エクスカリバー」を取り上げ、ルシャナに突き出した。

「辛い戦いになるかもしれん。持っていけ」

さすがにルシャナは困惑した。

王の代名詞である聖剣を受け継ぐには、自分は力不足だと思っている。


「遠慮はするな。おまえの思いに対する、私の気持ちだ」

更に聖剣を突き出す王。

ルシャナは一気に聖剣を握る。

これ以上躊躇うと、城内の士気に関わると肌で感じたからだ。


「必ずや父上の意思、受け継いで見せます」

王は大きく満足げに頷く。

しかし、彼とテール以外は自分を恥じ、うつむく者しかいない。

「ラジュク殿、傷は最高司祭候補と言われるそなたでも深手には変わりませぬ。少々別室にて休まれよ」

ラジュクはテールの意見に不快感を表したが、場の雰囲気が反抗をゆるさなかった。


テールは傷を癒すというのは口実で、自分を監視、監禁を目的に発言しているのはすぐに理解できたからだ。

「ありがたきお言葉・・・。協力できる事は何でも致します。いつでもお呼び下さい」

「うむ、そうさせてもらう。まずはしっかりと休養を取れ」

「ハハッ」

王は騎士団の方に目線を配ると、ラジュクは5人のエル・ナイトに囲まれ別室へとつれていかれた。

黙って見ていたルシャナが静寂を破る。

「では、行って参ります」

「おまえは責任感が人一倍強い、期待しておる。必ずやこの事件を解決へと導け。死を恐れてはいかんが、しかし死んでは何もならん。いつでも協力を求めよ。アルシャン団長にも伝えてある、うまく人を使え。」

「ハハッ!」


ルシャナは大雑把だが自分を心配する親心を感じ取った。

それほどにこの事件はルシャナ自身には荷が重いのだと伝わる。

誰もがなにも出来ない。

発言する事も、身動きすら取れない。

王の怒りを買うのは間違いないからだ。


そんな中テールだけが冷静に発言する。

「先ほどの少女を探してほしい。行き先は同じはずです」

「はい、テール様。シータの事ですね」

「そうです。彼女は自分の親を尊敬しております。それゆえ今回の事件に一番ショックを受けているはず。早まらぬよう城に連れてきてほしい」

「王としても依頼する。ルスールとマキの血を絶えさせてはならん。それはジィールにとっても損失を意味するからだ。それに今回の件、少なからずわたしにも責任があると感じている。なんとかしたいのだ」

「かしこまりました」


ルシャナは立ち上がり聖剣を装備する。

「ルシャナよ、おまえの気持ちもわからぬでもない。知っている通りその剣は誓いを立てないと本来の力を発揮する事はできぬ」

「はい」

「今回の旅で自分が持つにふさわしいかどうか確かめたいのであろうが、いつでも契約を結ぶが良い。自分の納得のいく方法を自分で選べ」

「有難うございます」

ルシャナは笑顔を覗かせた。

王は…父は自分を理解してくれている。


この状況をたまりかねた一人の騎士が飛び出してきた。

そしていそいでひれ伏した。

「こ…皇太子様には荷が重過ぎます。なにとぞ他の者に…」

だれもが耳をふさいだ。

「ばかやろう!!!!!」

あまりの大声に部屋中の窓ガラスが震え、そのうちの何枚かは粉々に砕け散った。

一番遠くにいる貴婦人でさえも数人倒れた。気を失ってしまったのかもしれない。


「これは王直々の命令だ!誰も逆らうな!!最初に名乗りをあげなかった恥を知れ!!!」

この部屋の中で耳をふさがず聞いているのはテールとルシャナ、そして直訴した騎士のみである。

その騎士は顔を上げた。

泣いている。

そして若い騎士は無言のまま大広間を走って出ていった。

誰も止めるものはいない。


それを見たルシャナが叫んだ。

「なぜ今の騎士を止めないのだ!」

ルシャナは急いで彼の後を追った。

王は静かに、逞しくなったわが子の走り去る後ろ姿を見送った。

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