第9章『小さな希望の始まり』

第280話『北部戦線④』

(このままでは押し切られる!!)

キャハラは、盗賊団ファミリアとの真正面からの衝突に耐えきれないと感じていた。


「男爵!ここは混戦に持ちこみましょう!!」

「承知した!!全員突撃!!!!大激戦だ!!!!」

オオオオオオオォォォォォォォオオォォォオ!!


雄たけびと共に、騎士団第25師団は突撃を開始する。

こうなれば前衛も後衛もなくなるため、敵の組織的な部隊の威力を半減できると考えた。

騎士団員達は、剣と盾を信じ、果敢に敵陣営に飛び込んでいく。


ゼムビエスを飛び出した騎士団第25師団員は、たった100人で国を背負って戦っている。

何故自分がここにいるのか分からなくなっている者もいるだろう。

だが彼らは、命を預けた第25師団長であるガントレット男爵の命令に従順する。

この戦いが正しいかなんて誰もわからない。

生き残った者が決めればいい。

そう思い込むことで体が軽くなった。

アドバイスしてくれたのはキャハラだ。


そんな彼の言動は、近くて遠いと言われるゼムビエス国民をも虜にする。

筋の通った行動を通す事は難しいからだ。

もちろんキャハラはそれが出来る男だ。


全容を現したファミリア団は、想像を超える陣容であった。

本体は盗賊団員である。

その数はおよそ300人。

この時点で3倍近い勢力と敵対していることになる。

これに加えダークトロールが2体混じっているのがネックとなっている。


そして、一番やっかいなのは、旧ギルクの配下であったはずのシーベルとルイーザがいることだ。

前線では槍使いのシーベルに対して、同じくギルクの配下であったセリティが激闘を繰り広げている。


「貴様ともあろう者が裏切りとは片腹痛いな!」

「いつまであいつの幻想に付き合っているつもりなの!」

二人は罵り合いながら激しく撃ち込んでいる。

敵、味方共に、二人の気迫に押されて近寄ることもできないでいる。


騎士団から見れば、最低限の戦力で強敵を抑え込んでいる意味は大きいが、セリティが開放されれば自軍の戦力も大きく跳ね上がることも確かだ。

それに加え魔術師ルイーザが、広範囲に渡って魔法を展開する。

あの竜戦士であるヨシカと互角に戦った腕前は、キャハラの魔力程度では抑え込もうなどと思わない方がいいだろう。

それどころか、戦力差を拡大させる動きに、騎士団側は押され込まれていた。


その状況を少しでも打破するために混戦へと持ちこんだのだ。そこは魔術師の弱みでもある近接攻撃が生きてくるはずなのだが、ルイーザに対しては近づくことさえ困難だ。

この状況を少しでも助けているのが、ナルの活躍だった。

気配を消し物陰から撃ち込まれる鋭い矢は、魔力であれば誰よりも機敏に反応し対処できる自信を持っているルイーザと、唯一抵抗出来る手段だったかもしれない。


だが、ナルの援護射撃をも、一人に集中しなければならない状況に、ゼムビエス軍からしてみると大きな戦力ダウンだ。

そうでもなくても3倍近い戦力差と、ダークトロールの脅威は半端ではない。

ドワーフのザットとキャハラが、何とか好転させようと努力するも、焼け石に水となりつつある。


(ダークトロールだけでも沈められれば…)

キャハラは虎視眈々とその一瞬を待ち続ける。

広すぎない空間での戦闘が幸いし、囲まれる事はなさそうだ。

混戦になってきたとはいえ、広い空間での戦いだったらならば囲まれて追い込まれていたかもしれない。

混戦し敵味方入り乱れている状況は、ダークトロールの攻撃力を半減させることに成功していた。


(さすがジイール歴戦の戦士よ…。この状況ですら好機をうかがっている)

ガントレットは、一見優男にも見えるキャハラの見方を変えた。

変えざるを得なかった。

彼ら数人がいないだけで、とっくに壊滅していたであろうし、キャハラの指示だけでかろうじてだが戦いになっている。

自分には不可能だと感じた。


「キャハラ殿!あの化け物の弱点をご存じか!?」

ガントレットが尋ねる。

膝の裏の皮膚が柔らかいことを告げると、

「ひっくり返せば何とかなるな!」

と、すかさず先を見越す男爵を心強く感じた。


「指揮は任せた!俺は前線にて化け物を仕留める!!」

そう言うなり駆けだすと、苦戦する部下にダークトロールの弱点を教え、何とか攻撃しようと試み始めた。


対峙するだけで心臓を鷲掴みにされそうなほどの迫力を持つダークトロールとは、誰もまともに戦うことはできない。

もちろんキャハラでも不可能だ。

だが囲い込み、執拗に弱点を攻撃することで、倒す機会を作ることはできるかもしれない。


これが混戦でなければ鉄球を振りまわされて一網打尽だったかもしれない。

狭い空間がゼムビエス側に有利に働いていた。

しかしキャハラは油断していない。

3倍という勢力差はじわじわとその効果を発揮している。

傷つき倒れるものが徐々に現れてくると、ますます警戒感を強めた。


(このままではいずれ全滅する…)

個々の技術力なら騎士団員が高い。

そこを生かす為にも、敵戦力でのキーマンを減らす事が戦局を左右することを身に沁みてしっているキャハラは、男爵に期待しつつも自らも動いた。

だが、直ぐに目立つ行動はさけ、虎視眈々とその時を待つ。


前線では男爵を中心に一体のダークトロールを数人で囲みながら、近くにいる仲間が不意打ちを繰り返していた。

ダークトロールは、持っていた唯一の武器である鉄球を振りまわしたいところだが、多くの見方に当たる可能性がある。

そこは闇に染まった者でありながらも、同志討ちをしようとまではしていない。

恐らく指揮者である、シーベルやルイーザからの指示があったのだろう。


だが、あまりにも執拗に攻撃をしてくるため、とうとうダークトロール側の理性が飛んだ。

もともと理性と呼べるほどの理性も持ち合わせてない。


ガァアァアアアアアアアアアア!!

突如雄たけびを上げたかと思うと、溜まっていたストレスを一気に爆発させたかのように、敵味方関係なく鉄球を振りまわし始めた。

ゼムビエス軍は、注意しなくても目立つダークトロールの突如の攻撃だったが、冷静にしゃがんで交わす。

だが、入り乱れて戦うファミリア団員は、まさか仲間ごと殴りかかるとは思っておらず、かなりの人数がその場から突如消える。

鉄球に吹き飛ばされたか、粉々になってしまっていた。


血しぶきが飛び散る中、阿鼻叫喚となった前線に一筋の光がほとばしる。

まっすぐダークトロールに飛んでいく魔弾は、威力こそ弱いが正確に喉元にヒットした。

ドフゥーーン!!


雄叫びを上げていたのが致命的となる。

急に呼吸困難になると、喉を押さえながらふらつき始めた。

それを周囲のゼムビエス軍は逃さなかった。

すぐさま弱点でもある膝裏を切りつけひっくり返すと、そのまま致命傷を与える。


「まず一つ!!!」

ガントレット男爵の声が前線で響いた。

にわかにゼムビエス軍が活気づいた。

だが現実は甘くなかった。


突如豪雨のように魔弾が降り注ぎ、戦場を静寂が覆う。

敵とはいえ見事な展開だった。

目立つダークトロールが1体倒されたことにより、もともと技量の高いゼムビエス軍が活気づき、思わぬ好機が生まれるはずであった。

だが、そこを見越し一瞬でリセットしたのだ。


(だがいける!!)

キャハラはそれでも諦めない。

諦めた時点で全てが終わってしまう。

「いくぞザット!」


近くにいたドワーフ戦士ザットを誘うと、彼は頭で理解する前に体が動いた。

彼の本能も警告を発していたからだ。

その動きを最後尾で見ていたナルもすぐさま動く。


ヒュッヒュッヒュッ!!!

鋭い矢がルイーザに向かって飛び交う。

彼は物理防御壁で受け流しながら、発射場所を特定すると高速の魔弾を4本撃ち込む。

だがそこには既にナルの姿は無い。

まったく別のところから2本の矢が返ってくる。

二人は遠距離攻撃を繰り返しながら交戦を再開した。


キャハラはルイーザが再び抑え込まれているのを確認すると、シーベルに突撃した。

素早く半回転し薙ぎ払う。

大ぶりで威力は高いが隙が出来るのが欠点だ。

その隙はザットが埋める。

二人のコンビネーションは見かけよりも完成度が高かった。

だが歴戦の槍士であるシーベルにとって、単調な攻撃は簡単に交わされている。


(なんて無駄な事を…)

仲間のセリティでさえ、そう思った。

何度も何度も撃ち込むが、どれもが完璧に防がれていた。

それどころか、これ以上繰り返すと二人のコンビネーション攻撃を崩しかねない。

危険を感じたセリティも攻撃に参加する。

3人で激しく執拗に攻撃することにより、シーベルが徐々にだが押され始める。


そこは個の集まりの山賊である。

それを見ても仲間は助けにこない。

ファミリア団のキーマン二人を封じ込めると、豪雨のような魔弾に脅えていたゼムビエス軍が立ち上がる。


(ここが踏ん張りどころだ!)

「立ち上がれ同士よ!!心の剣まで折られるな!!!」

さすがは厳しい訓練を課している騎士団である。

動揺は隠しきれないが、師団長ガントレット男爵の声に反応し、近くの山賊へ攻撃をしかける。

運が良かったのは、山賊側も魔弾に脅えてしまったことだ。

ゼムビエス周辺では魔法自体見ることが皆無だからだ。


再び大激戦になると一進一退の攻防が続く。

ガントレットは2体目のダークトロールを倒すべく仲間と取り囲んでいた。

「集中しろ!!鉄球攻撃にだけ注意するのだ!!」

そこへ再び豪雨のような魔弾が降り注ぐと、ゼムビエスの騎士達の心が折れかけても、仕方がないことだったのかもしれない。

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