第279話『北部戦線③』
ガントレット率いる騎士団第25師団より離れたケイト隊は、廃墟の物陰を利用しながら少しずつアジトへと近づいていった。
数分の後には大きな爆発音が遠くに聞こえ、戦闘が開始されたことを実感する。
(皆無事に帰れますように…)
そっと祈りを捧げながら、ケイトは先を急ぐ。
恐らく敵は、ガントレット男爵の方へ戦力が集中するだろう。
どのぐらいの規模かは、当てになる情報がない。
それだけに、アジト調査は迅速に行い急ぎ戻って戦線に加わることで少しでも戦力アップになるだろう。
誰もがそう思うが、ケイトは忠告する。
焦りはミスを誘い、全てが駄目になることを。
その忠告に従い、アジト入口を目前に、一呼吸置くことができた。
盗賊団ファミリアの入り口には、一人だけ門番らしき人物の姿が確認できた。
扉は開放されており、戦闘員があわただしく前線へ駈け出していったことを想像させる。
暫く様子を見ていると、門番は退屈そうなそぶりを見せていた。
(既に戦闘員が出払い、帰ってくるまで門番に出番がないということか…)
トルクがそう分析すると、仲間に目線を配る。
デューク、ソフィア、シルフィーナそしてケイトが力強くうなずいた。
再度トルクから視線を投げかけられたシルフィーナが矢をつがう。
魔法では爆発音や衝撃音するため、大きな音が出てしまう。
まだアジトに残っていると思われる残兵を呼んでしまう可能性があるか為、矢による攻撃をしかけることにした。
シュンッッッ!!
彼女の放つ矢は普通ではない。
異常な速度で空間を切り裂き、しかもその威力は半端ではない。
ドッッッ
矢が当たった瞬間、一瞬で門番の姿が視界から消えた。
すると、小さい物音ではあったが、音に反応して中から二人の盗賊が顔を出す。
「チッ…。またサボってやがるな…」
そう言い残し建物の中に入っていく。
どうやら彼らは、門番がサボって定位置を離れたと思ったようだ。
その門番はシルフィーナの矢の直撃を受け、遥か後方へ吹っ飛ばされていた。
(相変わらず凄まじいですね…)
トルクは、彼女の射撃術の全容を把握しようと努めていた。
そうすることにより、攻撃時の指示や戦略をより的確に組めるからだ。
だが常に、彼の想像や予想を超えてしまう力に驚愕するばかりだった。
頃合いを見て仲間に視線を配ると、5人は素早くアジトの側面へ移動する。
周囲への警戒を怠ることなく門へと近づいた。
中の様子を探ると、数百人は収容できるのではないかと思われるかなり広い部屋があり、その中央付近には、勝利を確信しているのか油断する警備兵がポツンと3人いた。
遠くには、奥へ続く扉を確認する。
トルクはのぞかせていた顔を引っ込めると、
「ここからが正念場です。各自油断しないようお願いします」
と助言する。
発見されれば残兵が一斉に襲ってくるだろう。
どのぐらいの兵力が残されているかにもよるが、過酷な戦いになることは間違いない。
極力隠密に、そして迅速にアール王子探索を行うことが望ましいだろう。
一つ懸念されることは、盗賊団ファミリアのボスに遭遇した場合だ。
彼が残虐非道なファミリアを率いている以上、彼がもっとも残虐非道だと思って間違いない。
それに近衛兵や側近がいてもおかしくないだろうし、そうなった時の対処は厳しいものになる。
その突破口として、たかが3人の敵兵に慎重にならざるを得ない状況とも言える。
ここでミスをすることは致命的となる。
そこへケイトが立ち上がる。
「私が囮になります。シルフィーナの射撃術が正確無比ならば、私の背後より音も無く敵を倒せるでしょう」
案としては良かった。
だが、大きな危険がケイトを襲う。
見破られた場合、真っ先に襲われるからだ。
そう思ったトルクは、自らが囮になることを提案するが、ケイトはゆっくりと首を横に振る。
「囮は女性の方が敵も油断するでしょう」
そう言われるとトルクも否定できない。
誰もが危険を承知でここにいるのだから、危ないからと身を引く者はいない。
そう感じたデュークはケイトの肩を軽くたたき大きくうなずいた。
作戦は決定した。
ケイトはそっと周囲の土を体に浴びせると、よたよたと建物の中に入っていく。
中の会話や小さな音を逃すまいと、残された4人が聞き耳をたてていた。
「すみません…、水を分けていただけませんか…?」
道に迷った旅人を装う。
運がいいのか悪いのか、ケイトは神官らしからぬ私服に近い服装をしているのが幸いした。
敵はケイトを、ただの旅人だと信じ油断したようだ。
ここへ来るまでの道のりが長いのも幸いする。
見た目からして長時間歩いてきたと感じさせたからだ。
「女、もっとこっちに来い。浴びるほど飲ませてやるぞ」
不敵な笑いが起きる。
外でタイミングを待つトルクの握り拳が震えているのを、ソフィアは見逃さなかった。
その気持ちを察したのかのように、シルフィーナが扉に近づく。
中では男達の薄ら笑いが響いている。
「もっとこっちに…」
男達が立ち上がりケイトに近づこうとしたその瞬間、ソフィアはケイトの背後に潜むように躍り出ると、わずかに見える敵の体の一部を次々に撃ち抜いた。
「うっ…」
叫び声を出すことなく倒れる男達。
見事3人の敵兵を一瞬にして倒してしまった。
ペタンと座りこむケイトは、やはり恐怖心があっただろう。
トルクは急ぎ近づくと優しく抱きついた。
一瞬トルクの胸に顔をうずめたケイトだったが、直ぐに彼の顔を見上げる。
「先を急ぎましょう!」
力強くうなずくトルクだったが、小刻みに震えていたケイトの恐怖を知ることはできない。
敵兵もさることながら、背後より放たれる矢が、もしも手元が狂ったら自分に当たっていたからだ。
だがその神業を繰り出したシルフィーナを見たケイトの顔は、自信に満ち溢れていた。
孤独に生きてきたシルフィーナにとって、仲間という今までに味わった事の無い感触に驚きの連続だった。
(ケイト…、私を信じて、命を預けてくれたのね…)
その信頼が、彼女に安心感を与えていた。
シルフィーナにしてみれば、未だに騙されて戦わされていると疑ってもおかしくは無いと、どこかで思っていた。
それほどまでにも世間と離れてくらしていた彼女だからこそ、ケイトの行動は新鮮であり信頼を得ることができた。
「おいどうした!」
突如奥に続く扉より声がかかる。
敵の仲間がいるようだ。
急に静かになったためか不審に思っているようだ。
もしくはサボって外に出ていると思ったかもしれない。
デュークとソフィアが急いで死体を壁際へ移動させると、5人は扉の陰になるように潜む。
奥に続く扉はこちらの部屋に開くようになっている。
扉が開けば自分達がその陰になる。
ガチャリ…
おもむろに開いた扉から一人の敵兵が現れる。
その姿を確認するや否やデュークの剣が敵兵を貫いた。
「ぐっ…ぬ…」
言葉にならないうめき声を残し絶命する。
死体を再び奥の部屋から死角になる場所へと移動させる。
緊張感が高まるなか、奥の部屋から数人の声が響く。
「おい何かあったか!」
「またサボってやがるのか…」
「そんな奴は郊外へ放り出してしまえ!!」
敵は少なくとも3人。
更にいる可能性もあった。
トルクは決断する。
「ここは一気に攻め立てます。後は臨機応変にいきましょう」
他の4人は静かにうなずきながら武器の準備をする。
「トルク、ここは目くらましの魔法でどうかな?」
ケイトの提案だ。
なるほど狭い空間で閃光を浴びせれば、何人いようが全員が不意打ちをくらい、こちらは一気に攻撃態勢へと入れる。
直ぐに決断する。
「それでいきましょう。ただし、私も暫く見えなくなります」
ゆっくりと金属のこすれる音を出しながら、敵兵が近づいてくるのが分かる。
金属音がするということは、鉄製の鎧を着込んでいると想像できる。
トルクは自分の持っていた護身用短剣を床で滑らせながら転がす。
カランカランカラン…
乾いた音が部屋に響き、当然敵兵の注意は転がる短剣に向けられた。
「ん?」
その瞬間を見逃さなかった。
トルクは扉の前に躍り出ると、敵兵を確認する間もなく閃光弾を打ち放つ。
ドンッ!!!
殺傷能力は低いが、至近距離で直撃を受けた敵兵は、鎧をへこまされるほどの威力の閃光弾を受け部屋の奥へと吹っ飛ぶ。
閃光弾自体は太陽のように眩しく、目をつぶっても、手で覆っても光が脳に突き刺さるような眩しさだ。
「ぐあっ…」
数名がたまらずうなり声を出すのが精いっぱいのところへ、デュークとソフィアが部屋へ躍り出る。
消えかかる閃光弾を盾や手で隠しながら、敵兵の位置を確認する。
デュークは右へ走り立て続けに3人を斬る。
ソフィアは左に走り2人を撃ち取った。
シルフィーナも突入し、正面にうずくまる二人を一瞬で撃ち抜く。
片膝を付き閃光の衝撃に耐えるトルクの前には、ケイトが身構えていた。
閃光が収まると、何事も無かったかのように静まり返った。
違っているのは、5分前には生きていた7人が、死体として転がっていることだ。
トルクは、未だ眩しさの残る状況ながら、徐々に戻って行く視界を頼りに部屋に入る。
敵兵を見ると、鎧もなかなか高価な物を着用していた。
一般兵ではなく、多少役職を持った者だったのだろう。
もしくは近衛隊かもしれない。
どちらにせよ、アジトには必要最低限の兵力を残し、ほとんどが戦いに出ていることが予想された。
更に奥に続く扉がある。
3方向に扉は存在し、慎重に一つずつ開けて中の様子をうかがってみると、右側と左側の扉の奥は、一般兵のと思われる部屋が続いているようだ。
見ようによっては牢獄に近い作りだが、この奥に盗賊団ファミリアがひた隠しにするアール王子を捕らえているとは思えない。
アール王子は酔っ払った勢いで殺してしまえるような人物ではない。
西の都を転覆させられるほどのキーマンなのだ。
残るは正面に続く扉だが、こちらかはらかなりのプレッシャーを受けるが物音一つしない。
ひとまず手前の部屋に戻りながら更に調査をすすめると、左右には多数の武器や食料などの貯蔵庫があった。
武器、防具、薬草類、食料、水など戦いに必要な物が揃えられている。
厨房まであり、ここが本格的なアジトだということを想像させる。
(盗賊団ファミリアは…、ダンタリオンやレギオンよりも強大な存在になっている可能性があるな…)
それは、外で戦う騎士団第25師団や北の栽培場での戦いが過酷な事を意味する。
「おい…、これを見ろ…」
デュークが小声で皆を呼ぶ。
そこには人の手では持ちあがらないほどのハンマーや鉄球が保管されている。
鎧のショルダー部分だと思われる鉄板は、ソフィアが持つ盾よりも大きい。
「こんなでかい装備を、誰が…」
ケイトはトルクの顔を覗き込むが、彼は目の当たりにした現実を否定したかった。
竜戦士である小人を連れた商人ことハマーから聞いた戦いで、幾度となく登場したデミヒューマンを思い浮かべていた。
「ダークトロールの可能性を否定できません…」
その言葉に、仲間の無事を祈るしかできなかった。
ケイトはそっと両手を握り合わせ、大地母神フリレ・ラールへ仲間の無事を祈る。
ここまでのアジトの概要を調べ終わると、いよいよ本命の扉へ向かう。
聞き耳を当ててみるが中から物音はしないが、風の流入はある。
(通路か…?)
そう思いそっと扉を開ける。
予想通り通路になっており、薄暗く狭い空間が続く。
少し進んだところで地下への階段があった。
冷たく、少しカビ臭い空気が流れている。
5人は背後からの奇襲を警戒しながらゆっくりと降りていく。
ここでは逃げも隠れも出来ない。
どのぐらい下がっただろうか。
長い階段の先に、古臭い扉が現れる。
中の様子を、聞き耳を立てながら伺うが分からなかった。
「どのみち、残された部屋はここしかない…。だけど、ここが本拠地の可能性が高い。危険と判断すれば逃げよう。いいな」
トルクは自分の見解を展開する。
誰も疑う者はいない。
一般兵の生活空間が全て地上にあった以上、こちらは普通は立入れられない空間なのは間違いない。
となれば、ファミリア団のボスがいてもおかしくないだろう。
「行動を見間違えないようにしましょう」
ケイトが忠告する。
パニックになって状況判断を誤れば、一瞬で全滅する恐れもある。
パーティ内に緊張が走った。
「いくぜ!」
デュークが扉を開けた。
「ようこそ、スパイ諸君」
目の前には…、誰もが初めてみる巨大生物を後ろに、屈強な男と数人の兵士がいた。
初めて見た巨大生物は、真っ赤な皮膚に、岩をも噛み砕く牙、鋭い眼光、大きな翼を持ち、低く心臓を鷲掴みにする唸り声を出しながら、ケイト達を睨んでいた。
ソフィアは膝が震え、立っているのがやっとなほど恐怖に包まれた。
逃げるどころか、瞬きさえ許されない緊迫した状況に、誰もが死以外の選択肢を思いつかなかった。
「レッ…、レッドドラゴン………」
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