第278話『北部戦線②』
時をさかのぼる事数日前…
キャハラとケイト達が合流し、北の栽培場へ向かっている途中の出来事である。
場所は自由の神殿所在地である第2首都ルクセント。
時間は深夜のことである。
既に街は眠りに入っていた。
王都リクレクルのように眠らない街ではない。
昼間の喧騒も忘れる時間だが、一人の青年が未だ起きていた。
(夜は更に神秘的だな…)
青年は風貌に似合わず、自由の神殿が醸し出す独特の雰囲気に浸っている。
(多くの神官や司祭は、この空気に触れ、更に己を高めようとしただろう…)
ふと、そんな事も思った。
そう思わせる威厳と厳格さがここにはある。
彼はこの地の生まれではないが、ジイール国独特の、全体的には質素な造りながら細部に手の込んだ建築物が好きだった。
(今日はここで寝ちまおう…、罰あたりか?)
自分は神官でも戦士でも魔術師でもないが、何故かそう感じてしまう。
最後部から真正面にある2体の像は、遥か昔にこの地を治めた神を模した物だと言う。
向かって左側の女性の像は、先の竜戦士伝説の始まりとなり頭部が無くなったのだが、今は復元されている。
竜戦士の証であるペンダントも元の通り首に掛けられていた。
(まさかあのペンダントも本物だったとは誰も思わなかったよな)
彼は、竜戦士伝説の戦いに参加している。
その時の激しい戦闘を思い出していた。
(やっぱりここで寝よう)
青年は足を組み、手を後頭部に回すと、そのまま長椅子の上で横になった。
物音一つしない空間で、彼はゆっくりと眠りに落ちようとしていた。
礼拝堂内の明かりは足元がかろうじて見える程度だけが灯され、寝る分には苦にならない。
そんな時である。
ドンドンドン…
弱々しく礼拝堂と外部をつなぐ扉を叩く音が聞こえる。
ドンドン…
更に小さな音が聞こえた。
彼が通常の人なら、見逃すか気にしなかったかもしれない。
ガバッと起きると足早に礼拝堂の扉を開けた。
ガチャッ!
そこには扉にもたれかかるようにして人が倒れ込んでいる。
「おい!大丈夫か!!」
肩の辺りをグイグイッと揺らしてみる。
薄明かりの中で倒れている人物を見ると、自分よりも少し年上の青年のようだ。
「おい!!」
更に揺らしてみると、小さくうなり声が帰ってくる。
まだ生きているようだ。
「誰か来てくれ!!!」
直ぐに彼は礼拝堂の中に向かって叫んだ。
倒れている青年は運がいい。
ここは神官や司祭が集う自由の神殿だからだ。
数秒の後、礼拝堂奥の扉が開く音が聞こえる。
パタパタパタッと小走りに誰かが近づいている足音が続く。
彼は振り向かなくても近づいてくる人物が誰だか理解できた。
平素より神々しい気配をもっているからだ。
「どうかしましたか?」
女性だ。
年は自分と同じぐらいだろう。
彼女は倒れている青年を見るなり、すぐさま精神力を高める。
その力は素人にもわかるほど強烈だ。
直ぐに彼女の体の周囲に聖なる力が漂うと、手より暖かい光が倒れた青年を包む。
すると、目に見えて顔色が良くなり、呼吸が安定しているのがわかった。
「もう大丈夫よ…、あら、お久しぶりね」
「そうだな。こっちに来ていたのか」
「ええ。中の医務室に運ぶの手伝ってくださる?」
あぁ、と短く答えると、彼は救助した青年をかつぎ中へ入っていく。
翌朝、二人は助けた青年から話を聞いた直後、自由の神殿から姿を消すことになる。
騎士団第25師団は、早朝よりオグロ村を出発し、朝日を迎える頃にはゼムビエス国境を越えようとしていた。
小休止と軽い朝食を取り直ぐに出発する。
だが誰の心の中にも、この軽い朝食が最後の食事になるかもしれないという不安を抱えていた。
オグロ村を出発する時こそ士気の高かった軍団だが、時が経つにつれて不安ばかりが募る。
残してきた村民の半分は戦えない子供と老人だし、戦う男達も実戦経験の無い素人ばかりだ。
首都に残してきた家族も心配だ。
盗賊が頻繁に襲って来ていたころは、多少なりとも戦闘をこなし逃げる手段などにも長けていたが、皮肉にも、ジット王が盗賊と密約を結んだその時から戦い方を忘れた。
向後の憂いばかりでもない。
これから戦う相手は、残虐非道で知られる盗賊団ファミリアなのだ。
捕まったら最後、何をされるかもわからない恐怖がある。
不安が最高潮に達したころ、盗賊団アジト付近に到着した。
日が昇り始めている。
気温が徐々に上がり緩い風が頬を伝うが、その全てを誰も分からない。
それほどの緊張感が全員を飲み込もうとしていた。
軍団を率いるガントレット男爵が右手を挙げると、永遠と思われた行軍が止まる。
誰もがアジトが近いのだと感じていた。
岩が並ぶ場所の陰に隠れ、身を潜める。
一度アジト潜入を試みようとしたトルク、デュークそしてケイトが岩陰の端よりアジトを確認する。
チラッと見ただけで3人が帰ってきた。
トルクの説明によると、アジトまではもう少し距離があり、警備隊の姿は無かったという。
この場所は昔、宿場町として栄えた場所であり廃墟が多数残っている。
アジト以外の、どの廃墟に盗賊が潜んでいるかは分からないため、ここからが実質の戦場になると告げられた。
トルクの言葉が一区切りつくと、ケイトが立ち上がる。
「私は怖くてしかたありません」
突然の言葉に一斉に視線が集まる。
誰もが感じている心境だ。
「捕まったら何をされるのか…、一人で10人をも相手する事になったら…」
目を背ける者もいた。
「自分が死んでしまったら残された家族はどうなっちゃうのだろう、この戦いに負けたら家族、親戚、友人はどうなっちゃうんだろうって…」
誰もがうつむいた。
「でも…」
「でも、私はここで逃げたくありません」
数人が顔を上げ、ケイトに視線を送る。
「何故ならば…、今逃げても結果が変わらないからです」
その言葉にほとんどの者が顔を上げた。
再びケイトに視線が集まる。
「思い出してください。栽培場で聞いた他国の物語を…。あれは夢物語ではなく現実なのです!」
(そうだ!あの話を忘れてはいけない!)
(現実から逃げては今までの繰り返しになる!)
(俺達の手で取り戻すんだ!!)
男達には覇気が蘇ってくるのがわかる。
そこへキャハラが前に躍り出た。
「俺達は奇跡的に勝利を掴んでこられたのかもしれない」
視線が一斉にキャハラへと移る。
「だが奇跡は待っていても来なかった」
その一言にドキッとした者が多数いただろう。
「奇跡を呼び込むんだ!その為に多大なる犠牲を払ったかもしれない…、しかし!!」
一呼吸おいて、
「無念にも倒れた仲間は、王都中央広場の噴水の下に眠り、祖国の繁栄を永遠に見守ってくれている!!そして、噴水を見る度に思うだろう!彼らの犠牲の上に自分が立っていることを!!!」
「私達がその奇跡を呼び込む為の一石を投じましょう!!」
ケイトが締めくくると、敵地に近いため大声は出せないが士気が完全に戻ってきたことが誰の目にも見えた。
頃合いを見てガントレット男爵が前に躍り出る。
「野郎ども!死ぬ覚悟はできたか!!その命…、俺に預けろ!!!」
一斉に敬礼する騎士団員の姿は、悲壮感漂う中にも気迫と覇気を感じ取れた。
その感触を十分に確認した男爵は次の指令をくだす。
「これより敵陣へ乗り込む!どこに敵がいるかは不明だ!だが、発見次第陣形を整えその場で踏みとどまることとする!ケイト達は直ぐに前線を離れアジトへ突入するのだ!!」
「いくぞーーーーー!!!!」
オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!
突然の大声に驚く者はいない。
高まった士気を爆発させ、岩陰より廃墟へ向かって一気に突き進む。
120人弱の軍団を隠密行動させることは不可能だからだ。
騎士団前方の一群には、キャハラ隊のセリティとザットが混じっている。
セリティは女性ながら屈強な体と、重そうに見える斧を軽々振りまわす姿は同じ仲間からみても頼もしい限りだ。
一方ドワーフのザットも斧を振り回しながら、一生懸命に走っているが背が低いため最前列より遅れている。
しかし彼の放つ気迫は周囲の仲間に緊張感を与えるほどだ。
さすが屈強なドワーフであると思わせた。
キャハラは中央辺りに陣取り、全体を見渡そうと努めた。
見た目は普通の青年でありながら、彼の言動は筋が通っており、厳格を重んじる風潮のあるゼムビエス国民に受け入れられようとしている。
そしてトルクと並び唯一の魔法を使うことができ、現に数種類だが攻撃補助魔法を展開していた。
神官・司祭がいないため、これ以上の補助魔法は期待できないのだが、初めて目の当たりにする魔法の効力に驚くばかりだ。
戦闘が始まれば更に驚く事になるだろう。
最後尾には、ブラックエルフのナルが弓に矢をつがえたまま小走りに追いかけてきている。
時折後方を確認する辺りが実践慣れしていると思わせる。
エルフで言うとまだ子供の為、ザットと同じく背が低く前線が確認できないでいたが、廃墟での戦いになれば近くの建物を利用し物陰から射撃を繰り出せるだろう。
彼女が全体を見渡せる限り、的確かつ迅速な援護射撃が期待できる。
今は誰もそれを分かってはいないが…
ケイト達は部隊の右辺に陣取り、そのまま向かって右側から侵入するルートを選択していた。
前回のままであれば、右側には廃墟が多く隠密行動がしやすいからだ。
いよいよ廃墟の中を進み始めると、ガントレット男爵と視線を交わし更に右へと移動を開始し数秒後には全員の姿が視界から消えた。
(頼むぞ…、トルク…、ケイト…)
ガントレットは視線を前に移すと、集中力を高める。
異様な気配を感じ取ったからだ。
元は広場だった場所に出ると、彼は直ぐに急進をやめ小休止がてら陣形を整え始める。
ここは視界が広いのに加え、これだけの人数を展開してもまだ余裕がある。
ゲリラ的に物陰から襲われたのでは、地形を把握していないこちらは不利と考えた。
100人を超える軍隊が突入してきたにも関わらず、敵は未だ出現していない。
軍団は警戒しながらも急いで陣形をくみ上げる。
そこへ突如、最後尾より一筋の矢が飛んでいく。
ヒューーーーーーーーン!!
太陽を背にし崩れかけた建物の屋上より、誰かが落ちていくのが分かる。
ガントレットは直ぐに号令をかけた。
「敵の斥候だ!直ぐに敵が来るぞ!!各員戦闘準備!!!」
ドフーーーーーーーーン!!
男爵の言葉が終わるかどうかの時に、突如異常に鋭い魔弾が軍団を飛び越えナルにヒットする。
ズザッーーーーー…
数メートル吹っ飛ばされたナルはピクリとも動かない。
あまりに突然の出来事に、軍団全員の動きが止まってしまう。
「敵襲ーーーーーー!!!!!」
直感的にそう感じ叫んだのはキャハラだ。
彼は敵にも魔術師がいることを想定しなかった自分を悔やむと同時に、この奇襲による壊滅を回避しようとした。
敵の姿は確認していないが、潜んでいそうなところに向かって魔弾を打ちこむ。
激しい爆発音が響き、仲間の集中力が蘇えらせた。
すぐさまナルのところにいくと気を失っているだけのようだ。
揺すり起こす。
「大丈夫か!」
「肝心な時に油断しちゃいました…」
「心配するな。今は回復に努めるんだ。必ずナルの力が必要になる。頼むぞ!」
「はい!」
弱々しく座りこむと、息を整え前線へ意識を集中しているようだ。
キャハラはナルの無事を確認すると、取りあえず中衛の位置へ移動する。
前線には敵影が多数確認できた。
だが、その陣容に…
これからの戦いの終わりをイメージすることはできなかった…
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