第171話『最後の竜戦士』

ハイ・カリビアーナ城内では、激しい戦いが繰り広げられていた。

双方とも先の戦いでの疲労が残っているはずなのだが、その動きはそんな疲れを感じさせない。


竜戦士としてみれば、この都の将来がかかった戦いである。

今奮起しないで、いつ戦うのかという思いが強い。

一方ギルク側は、総大将であるギルクの野望の為に戦っている。

その野望、理想は共に高く、多くの共感を得た結果が、先の戦いであれほどまでもの軍隊をも動かし、ジイールの危機での大規模戦闘までをも引き起こせた。

その野望は、今だジイール側には知られていない。


そして、全ての戦いに身を起き、勝利に導いたコオチャが再び剣を振るっている。

両陣営の戦いは甲乙付けがたいほど僅差であり、その状況が逆に、ギルクの態度が気に入らなかった原因だ。

最初はこちらの苛立ちを引き出す作戦かとも勘ぐったりもしたが、そんな小手先の手段を用いなくても、彼がこの場に参加するだけで形勢は悪くなるだろう。


(何故ギルクは参加しないのか?)

(部下だけで倒せると思っているからなのか?)

(あの不満げな表情は嘘か真か…?)

色々な思いが交錯する。


そんな中、コオチャはリンクの一瞬の隙を縫い高出力のファイヤーボルトを撃ち込む。

ドッッッフーーン!!!

寸前のところで交わしたリンクだったが、そのボルトの向かった先にはギルクが居た。

敵味方の誰もがギルクを注視した。


ファイヤーボルトが被弾した証に、小規模ながら煙が立ち込める。

ヨシカとルイーザは、コオチャが放ったファイヤーボルトが人並み以上の威力と速度を持っていた事を把握している。

これが安易に撃ち出せるならば、かなりの脅威だ。


だがギルクは、台座に座ったままの姿で、鞘に収まったままのブラッティソードでファイヤーボルトを打ち消していた。

顔は相変わらず不満そうである。


コオチャがけしかけた。

「ギルク!出てこい!」

彼はフンッと、つまらない挑発だと受け止めている。

が、やれやれといった顔をして、未だ鞘に収まったままのブラッティソードの先端をコオチャに向ける。


「お前達は重大な過ちを犯した。それゆえ生きて帰ることは出来ぬ。だからつまらないのだ」

コオチャは反論しようとしたが、ギルクの言葉によって遮られる。

「一つ。それぞれの過去からの決別が済んでないこと」

「一つ。お前が雷神剣を持ってないこと」

「一つ。5人で来たこと」

「以上、お前達が勝てるための必須条件をクリアしてないからだ」


この言葉の意味は大きかった。

風は失った右目に関する過去、カーナは獣に魅入られし過去、ハマーは師匠への想いという過去、ヨシカは約束を果たせなかった少女という辛い過去を持っている。

なるほどコオチャにも辛い過去はある。

時間があるならば、それぞれの思い入れのある地へ赴き、辛い過去からの脱却が出来ていれば、更なる力の向上は見込めただろう。

勿論、ギルクの策略により、そうさせる時間を与えなかったのも事実だ。


雷神剣は首都防衛の意味を兼ねて置いてきている。

これは自らが決めた事だが、余りある雷神剣の存在感は、それだけで無用な戦いを避ける事が出来る存在だ。


そして最後の理由…

これだけは理解出来なかった。

「竜戦士は5人ではない。6人だ。それにおまけがいる奴も二人ほどいただろう?」

ギルクはコオチャの考えを読んだのか、そう答えた。

「6人って…。まさか…」

「その『まさか』だ。ペンダントは6個存在しているのに、何を思い上がってやがる」

コオチャは動揺した。

確かにもう一人、竜戦士である証のペンダントを持っている人がいる。

「シ…、シータの事か?」

ハマーは思わず尋ねた。


コオチャは静かに頷くと、なるほどギルクが不満なのも分かった。

だが、今更戦いを止めるつもりはないだろう。

そして、カーナのワイバーンもロセも、この場に来る事は想像しがたい。

つまりは勝てる要素をギルクの言うつまらない思い上がりで自ら削り取っていたのだ。


城内は静まり返ったまま、そして不意に再開された。

精神的な差が広がり、状況は竜戦士達に悪くなっていく。

そんな雰囲気を振り払うようにヨシカが叫ぶ。

「あいつの作戦かもしれねぇぞ!気を抜くんじゃねぇぇぇ!!」

確かにそれも言えた。竜戦士達は気持ちを切り替え、ヨシカの言うように、自分に都合の良いことを思い込む事で、なんとか精神力を保っていた。


そんな状況を見下した、ギルクが追い討ちをかけるように挑発した。

「早く片付けろ!俺は自室で寝るぞ!!」

これには竜戦士達の闘志に火が付いた。

それと同時に冷静さを欠いてしまったのだった。


城外ではステムの無謀ともとれる申し出に、アンスラックスが必死の抵抗をしていた。

「私の命で、この少女が助けられるなら本望です。許可を得なくても術式を行う!」

「駄目だ!」

こんなやり取りが続き、ステム自身は周囲のジイール軍の騎士達に両腕を取られて身動きが取れない状況になっている。

ミルも、まさか自分の命と引き換えとはつゆ知らず、こんな大事になってしまい、どうして良いか判断が付かなくなっている。


そんな時、シータは目を閉じたままつぶやいた。

「人の命は…、誰もが同じ重さです…。そして唯一平等で比べる…事は出来ま…せん…」

その言葉は博愛の精神を貫くシータらしい回答だった。

アンスラックスは満足げに大きく頷いた。


「気持ちはありがたい。だが、いずれ竜戦士達が帰ってくるまで休息を取り、無事に連れて帰る事を誓う。どうか、ここはわしの面目を立てるつもりで引いてはくれぬか?」

彼は半ば嘆願するように、軽く頭を下げながら答えた。


だがステムは激しく反論した。

「あなたともあろうお方が…。本当に今のままで勝って帰ってくるとお思いか?」

その言葉にアンスラックス以外の周囲の人も殺気立つ。

国を、都を背負い、必死に戦う竜戦士の思いを、半ば踏み躙るような言葉だからだ。


「わしは信じておる」

「竜戦士は…、竜戦士はこの少女を含めた6人の事を指すのだが、それでも答えは変わらぬか!」

「!!」

その言葉に周囲も言葉を失った。


「だから私は願いしているのだ。私一人の命で、数え切れないほどの人が助かるというのに…、なのに…、なのにそれをさせてくれないとはどういった了見か!」

「それでも…、人の命の重さは…、変わりません…」

そう言ってシータはゆっくりと、ゆっくりと起き上がる。


急ぎアンスラックスは彼女の肩を抱きしめると、首の据わらない赤子のような彼女を見た。

瞼を開けた彼女の瞳は、疲れきったボロボロの体とは対照的に、凛とした眼差しを保っていた。


「それならば…、私は…行かなくてはなりません…」

「無理だ!そんな体で何が出来るというのだ!」

「この戦い…は…、勝てば繁栄…、負ければ…滅亡…。ならば、私は…」

「もういい!喋るな!!今は安静にしていなければ死んでしまうぞ!」

そこへ不意に訪れたのは、カーナの相棒であるワイバーンにまたがったロセだった。


「おいら達も行くよ。元々おいらとこのカーナのワイバーンも二人で一人みたいなもんだ」

ジイール軍は緊迫した。

そんな時である。

フィスナーが上空に何かを見つけた。


「おい、ワイバーンが来るぞ?ラルフじゃないか?」

そう言って目を凝らす。

視力の優れたエルフが、仲間が乗っていると告げた。


それを聞いたアンスラックスは、コオチャのもう一つの忘れ物を思い出した。

その瞬間である。

ステムは力の緩まった手を振りほどき、高めておいた精神力を一気に解き放ちシータに術式を施した。


ドフッ!!!

眩しい光と共に暖かい感触が周囲を包み込む。

一瞬の出来事で、誰もが何が起きたか理解できないでいたが、泣き崩れる気力の戻ったシータと、倒れ伏せているステムを見て、何が起きたのかを理解した。

彼は我が命を投げ出し、シータを回復させたのだった。


泣き続けるシータの肩を、ミルが優しく抱きしめる。

「シータも必死なのは分かるわ。けど、私達の気持ちも受け止めて欲しいのです。暗い過去から脱却し、ようやく日の当たる生活が営み始められたのです。そして、その手助けをジイール国が無償の愛でしてくれている事。この事実はドワーフ達が死を恐れずに戦いの輪に飛び込んだのと同じ事なのです」

シータは両手で顔を覆ったまま泣いた。

不意にミルの方を見たシータの顔を、周囲の人たちは一生忘れなかった。




―――――抱えきれないほどの愛が―――――




―――――零れている―――――




狂っていた運命の歯車が、徐々に歪を直そうとしていた。

しかし、終結までの時間はあまりにも短く、いくつもの不安要素を抱えている。

誰にもこの先どうなってしまうのか、予想すら出来なかった。

唯一信用出来るのは、今、瞳に映っている現実だけなのかもしれない。

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