第51話『嫉妬』
ルシャナは正装に着替えると厨房を覗き、食事の準備が完了しているのを確認してから、再び大広間に戻ってくる。
そこにはテールが待ち受けていた。
「そろそろお見えになりますかな?」
「うむ…」
ルシャナは何時になくソワソワしている。
その時、バタンッと大きく扉が開いたかと思うと「ルシャナ~!!」と、明るく元気な声が、大広間いっぱいに広がった。
声の主は手荷物を放り投げ、一目散にルシャナに飛び込んだ。
「ルシファー…」
二人は抱き合いながら そっとお互いの存在を確かめた。
懐かしい匂い…、少し成長した体…。
二人だけの空間…
思わずその場にいる者たちが目のやり場にこまるほど、二人は強く抱き合い離れようとしなかった。
しかし、その静寂をやぶった男がいた。
「ルシャナ!約束通り来たぞー!」
コオチャである。
彼はルシャナとルシファーのそんな関係を知らない為、二人だけの時間を平気で壊してきた。
二人はそんなコオチャの声に我に返り、ほんの少し距離をとる。
「おぉ、コオチャ。遅かったぞ!」
動揺しつつも普段通りに答えるルシャナだったが、ルシファーはそうはいかなかった。
「ルシャナのバカ!!!」
突然大声を出したかと思うと、今度はその場に崩れてしまった。
そして、ワンワンと泣き出してしまったのだ。
「ルシファー………」
ルシャナは片膝をつき、ルシファーの顔を覗き込んだ。
「だって…、だって…、魔王が復活して…、ルシャナったら、倒しに行っちゃうんだもん…」
「もちろんさ、俺は西の都の平和を願っている」
「それでルシャナが死んじゃったら…、あたしどうしたらいいのよ!」
ルシャナの胸に顔をうずめた。
大広間はシンと静まり返った。
「今日は、重大な用件の為、このような時間に訪問させて頂いてます」
不意にラーファが伝える。
視線が彼に集まる。
テールはピンときて、この状況を打破しようとした。
しかし、それは一人の少年によって、絶妙なタイミングで破てくれた。
「それよりさ、さっきからいい匂いがしてるんだ」
それはコオチャだった。
テールはホッと胸を撫で下ろした。
なにやら嫌な予感がいたのだ。
空気を読んだかのようなラーファの発言。
こちらが断りきれないような、有無を言わせない雰囲気を、コオチャが見事破ってくれた。
目論見がはずれたラーファだったが、悔しさより嫉妬した。
テールの様子をうかがう限りでは、珍しく慌てた様子をチラッと見せた。
それを見逃さなかった為、今回の任務は成功したものと感じた。
しかし、あのテールより先に、先程あったばかりの少年が、場の空気を変えてしまった。
これでは、こちらの思惑とはずれてしまう。
交渉はじっくりと進めるしかなくなった。
そして、その少年の存在に嫉妬した。
彼はルシャナ王の事を親しく呼んだ。
そんな事が可能なのは身内だからだ。
と、言う事は彼は噂のシーク王子に間違いない。
シーク王子は前王アンスラックスとニッキー王妃の間に生まれた子であり、ルシャナ王の兄にあたる。
サマリアは優秀な子に恵まれている。
自分が生まれた土地がサマリアなら、今の十倍は活躍しただろう。
やりたい事も十倍しただろう。
今の状況に不満があるわけではない。
両国の王の素質を比べているわけでもない。
しかし、コオチャの一言は、母国デファーでは絶対に出ない。
「そうですな。夕食の準備が整っております。御用件はその時にでも…」
テールはラーファの気持を知ってか知らずか、コオチャの一言に乗じ食事をすすめた。
「ありがたく頂きます。ルシファー様、とりあえず少し落ち着きましょう」
いつもの振る舞いで王女に優しく言葉をかける。
「うん。ごめんなさいルシャナ、取り乱して…」
「いいんだよ。その優しさが嬉しかった」
笑顔で返すルシャナ。
二人は再び見詰め合っていたが、ルシファーの手を引き食堂へ案内した。
「なにやら急ぎの用件があるようですな。お供の方は別室にて食事の用意がしてありますゆえ、ごゆるりとしてくだされ」
テールはラーファの様子を汲み取り、彼の部下たちを別室へ案内するよう一人の騎士に目配せした。
ラーファはテールに一礼すると、ルシファーの後を追う。
「僕ら達は後でいいよ。突然来たんだし」
コオチャはシータの顔をチラッと覗いてから言った。
シータも頷く。
テールはコオチャに顔を近づけると静かに答えた。
「そうはいきませぬ。どうやらあなたにも関係するでしょう」
それだけ聞くと、コオチャはシータの手を取り、黙ってテールの後を追った。
テールは、隣国デファー国にコオチャの存在を示しておく必要があると考えていた。
それは、ジイールにとって、大きな有益となるからだ。
ラーファの様子からは、粗方の察しが付いている。
国政の舵取りを、大きく変える程の、とんでもない事になりかねない。
思慮するテールの後姿を、コオチャは静かに見守った。
さっきの状況、有無を言わさないタイミングでラーファは用件を言おうとした。
とっさにやばいと感じ場を切り替えた。
国単位の駆け引きは見た事も無い。
だが、僕の頭は警報が鳴り響いていた。
初めての事に緊張しつつも、温かいシータの手の感触は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます