第17章『時を超えて』
第175話『最後の儀式』
バタン!
突如大広間の扉が開き、中の男達を驚かせる。
ここはギルクの居城「ハイ・カリビアーナ城」
この部屋は城が本来の機能を果たしているならば、王の間にあたる。
そんな場所には、薄っすらと埃がたまり薄暗い中、いくつかの死体と3人の男が立っていた。
シータとロセを乗せたワイバーンは勢いを殺しつつ部屋の中央部まで進む。
目の前には風、ハマー、そしてコオチャの遺体があった。
「あっ…、あぅ…」
彼女は激しく動揺し、言葉にならない表情で、変わり果てたコオチャの姿を見続けていた。
そしてワイバーンを降り、足早に駆け寄る。
石化されたうえに、腹部にはシューティングスターが突きたてられ、絶望的な状況だと直ぐに理解する。
「コオチャァァァアァァァァアァッァァァアアーーーーーーー!!」
彼女の叫びは部屋中に響く。
そして立ち上がった彼女の雰囲気はいつもの様子ではない。
ヨシカはリンクに警戒しつつも、シータに近づき耳打ちをした。
(俺があいつを何とかする。シータとカーナやロセ達でギルクを倒せ!)
彼女は意味が分からないまま、今頃になってギルクが居ない事を知った。
少し冷静さを取り戻すと、雷神剣をコオチャの傍らに置き、静かにトールハンマーを構えた。
ロセもハマーの死を理解すると、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
(もっと早く来ていれば…)
悔しさが滲み、後悔ばかりが大きくなる。
カーナの相棒のワイバーンは静かにカーナに近づき臨戦態勢を取った。
ワイバーンの噛み付きや尻尾での攻撃、足蹴りなどは、どれも人間系で防げるレベルではない。
ただ、室内のため空中攻撃は出来ないだろう。
そんな中リンクは、思わぬ来客に驚きつつも大笑いした。
「フハハハハハハハハハハ!まったくもって可笑しい。運命とは皮肉だな!」
それだけの言葉だったが、シータには痛いほど伝わった。
自分も竜線士なのにこの場に最初から居なかった。
それによって被害が拡大したことは明白だからだ。
その時である。
一瞬で場が動いた。
ヨシカはリンクの背後を取り、足元に魔方陣を展開する。
そして異界の言葉をつづると、周囲の空気がありえない動きとなる。
リンクは、何かを仕掛けようとしているヨシカを、必死に振りほどこうとするが、抵抗が激しい。
足元の魔方陣からは強烈な魔力が二人の動きを封じ込めていった。
体が硬直し、指先すら動かせなくなる。
「貴様!まさか!!」
リンクはヨシカが何を行なっているのかの検討がついた。
「無傷の戦力を多く残すにはこれが一番だからな!」
カーナやシータ達には何が起きているのか理解出来ない。
心配そうに見つめる仲間に、ヨシカは右手拳を突き出し親指を立てた。
「後は任せた!」
刹那、魔方陣の光量が一気に増え、天井に向かって弾けた。
ヒュンッ!!!
閃光と共に、あれほどの魔力が一瞬にして消えた。
ようやく視界が戻り二人が居た辺りを確認するが、そこには誰も居なくなっていた。そして、ヨシカの突き出した右手の肘より先程度が、床に転がっていた。
彼は自滅の魔法を使う事によって、コオチャでさえ倒せなかったリンクという強敵を一瞬にして消し去ったのだった。
残された者達にもヨシカが居ない事は大きな痛手となる。
だが、残った彼らは全員無傷のままギルクに挑む事が可能となった。
どちらが最善だったのかは誰にも分からないだろう。
ただ、ヨシカの行動を考えれば、彼には既に余力が無かったのかもしれない。
魔力の尽きた魔術師は、戦場においては邪魔になってしまうだけだろう。
「ばかやろう…」
そんなヨシカの気持ちを知ってか知らずか、カーナは仲間の死に対して涙した。
そして湧き上がる怒りを覚える。
バタンッ!
そんな状況へ、再びギルクが戻ってきた。
恐らくリンクの死を把握しているのだろう。
「フンッ…。くだらない奴らが残ったものだ」
軽蔑するような視線で、竜線士達を見下した。
彼の視線はそれだけで恐怖を覚える。
ロセやワイバーン辺りは足が無意識のうちに震えていたほどだ。
カーナは怒りを覚えつつも、彼なりに冷静さを取り戻そうと必死だった。
ここで怒り狂って無謀な突撃をしたところで、仲間の死を無駄にしてしまうだけだ。
そして仲間内にだけ聞こえるような小声で作戦を言い渡した。
「俺とワイバーンでギルクを足止めし、何とか応戦する。シータは一瞬の隙を突いて奇襲をかけて欲しい。もし交わされても、ロセ。おまえが仕留めるのだ」
3人と1匹は大きく頷いた。
余力の少ないシータや、前線に出しても期待が薄いロセを考慮し、彼らには最後の1撃を託した。
ギルクは何か策を企てた事を察知したものの、結果が変わる事は無いと自信を持っていた。
それは、竜戦士6人がかりで彼を倒す歴史は、既に崩壊しているからだ。
力の差は歴然であり、例え彼らが万全の状態で挑もうとも、同じ結果になると思っている。
ただ、ギルクはけじめを付ける必要があった。
刃向かってくる者が小物であろうとも抹殺し、自分の野望をやり遂げる。
その為の儀式みたいなものだとギルクは受け取っていた。
そして、油断することなくゆっくりと彼の愛刀である神器ブラッティソードを抜く。
その剣は見ただけで恐怖を植えつける。
黒より黒い刃は、血を吸い尽くしてきた証だ。
そしてその血で更に切れ味を増していく。
更にこの剣には厄介な噂が付きまとっている。
それは、剣を破壊した者を呪い殺すというものだ。
過去に幾人もの勇者が、魔剣とも言われるブラッディソードの破壊を試みてきた。
だが、未だこうして剣が残っているということは、噂が本当だと確信させていくのだった。
そんな厄介な剣だが、剣自体が使用者を選ぶとも言われ、剣に認められなかった者は不自然な死に方をするといわれている。
そして使用者を戦いに赴かせ、剣の意思により血を吸わせる。
そんな事まで囁かれているが、実際のところは謎が多い武器だ。
カーナですら固唾を呑んだ。
見惚れるほどのその剣の存在自体に、カーナは既に蹴落とされようとしていた。
「戦いはこれからよ!自分をしっかり持って!」
既にギルクの威圧に飲み込まれていたロセも、我に返る事が出来た。
震える手で矢をつがうロセに、シータは優しく微笑んだ。
ロセは不思議な気持ちになり、いつの間にか震えが止まっている事がわかると、自分一人だけじゃないと強く心に念じた。
そんなシータ自身は、既に気力も体力も精神力も限界に近かった。
ステムの捨て身の回復のお陰で立っていることは出来きたが、カーナの目論見通りの攻撃が放てるかどうかは自信がなかった。
だが、自分が倒れようともロセが必ず仕留めてくれると信じ、その為の一瞬を作り出す、その事だけに集中した。
「そろそろ死ぬ準備は出来たかな?」
ギルクの言葉一つ一つは冗談や挑発には聞こえない。
直後に起きる惨劇を暗示しているようだった。
カーナは腰を低くすると、相棒のワイバーンと呼吸を合わせた。
「オリャァァァァァァァァァ!!!」
こうして、西の都の運命をかけた最後の戦いの幕が、切って落とされた。
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