第44話『要塞レスモンドの閉まらない門』

師匠の所へは五分ほどで着いた。

ドンドン…

扉は借家だけあって整備がされず建付けが悪い。

急いでいて、つい強く叩いてしまった。

「壊すなよ…」


そう言いながら老剣士が扉を開けた。

「今日はもう修行はせぬ方が良いぞ。オーバーワークになる。休みも大事…」

話の途中で言葉を遮る。


「違うんだ。二、三日家を空けたいんだ。手紙が来て急用なんだ」

「…ふむ。ならば急ぐが良い。おぬしが急用と言うんじゃ、よほどのことじゃろう」

「ありがとうございます!」

手を振りながら、村の出口に向かって歩き出す。


師匠の家の中から声が聞こえてきた。

「コオチャに急用…。身内はいないと言っていましたよね?」

「まぁ、良いじゃろう。ここにきて半年、疲労も蓄積しておる。よい休暇になるじゃろ」

「急用と言いつつ 顔は笑顔でしたよ」

「帰ってこんならそれまでの男と言うことじゃ。深く考えん方がええ、マークよ」


そう言って師匠ことガルバは扉を閉めて、家の中の青年と向かい合った。

マークと呼ばれた青年は、ローブを纏い、短い髪をかき分けていた。

この村に存在する色々な職業の中でも数の少ない魔法使いであり、その冷静な判断と豊富な知識に若者の中ではリーダー格である。

年は20を少し過ぎたぐらいのようだ。


「彼はいろんな意味で注目されてます。あまり庇うとガルバ殿も危ないですよ」

「余計な心配じゃ」

そう言いつつ、小さくなって行く窓の外のコオチャの背中を眺めていた。

 

コオチャは村の出口へ向かう途中にある鍛錬場で足を止めた。

彼の見つめる先には、一見場違いな二人が訓練をしている。

一人は丸坊主で、東の都風の服装で、訓練用の長い木の棍棒を振り回している。


そしてその相手はドワーフである。

ドワーフは寒いところを嫌い北の都や東の都近辺にはいない。

西の都と言えども、最近は滅多に見ない。

屈強だが、頑固である。

エルフとは元々仲が悪いが、人間ともしょっちゅうトラブルを起こしているのも現状だ。


「おーい!!」

コオチャは大声で二人を呼んだ。

訓練に打ち込んでいた二人は、聞き覚えのある声に反応し手を止める。

そしてコオチャの元に走って来た。


「コオチャ、どうしたんだい?」

「………」

声をかけてきた修行僧の「ヨウメイ陽明」は、年の頃はコオチャより少し上で 四大都市を修行しながら旅している。


無言のドワーフはダルトン。

その容姿はドワーフの中でも異様で、異常に前のめりになっている背中に、卑屈そうな顔つき。

この村でも進んで近づこうとする者はいない。


しかしコオチャは気にする事も無く話し掛けた事から、知り合いになった。

「急を知らせる手紙が来たんで、師匠に断って出かけることにしたよ」

「そうか。気を付けて」

ヨウメイが軽く手を上げた。


「ワシも行こうか?」

ダルトンが心配してくれていた。

見かけとは裏腹に、心優しい人物である。

「リクレクルに行くだけなんだ。二、三日で戻ってくる予定だから大丈夫だよ」

「そうか」

ダルトンはまだ人間界の言葉になれないこともあり、言葉数は少ない。

しかし、無表情の顔の奥には優しさを持っていた。

「じゃあね!」

「おう!!」

別れの挨拶を交わしコオチャは出口に向かって歩き出した。

 

しばらく進むと門が見えてくる。

少し前まで要塞だったこともあり、物々しい門である。

しかし、古びていて戦争でもあったら簡単に破られるだろう。

そもそも、門を閉じることすら怪しい。


門の手前には、またもや場違いな二人を発見した。

義盗賊ことマスターと神官少女である。

マスターの男は、先ほど師匠の家にいた魔法使いのマースの幼馴染の「キーン」である。


盗賊スキルに長けていて、彼の口癖は「義盗賊団アルシャンを超えてみせる」である。

その情熱は本物だが、理解してくれる大人達はいない。

一見チャラチャラした服装、言葉遣い。

そんなところが判断基準なのだろう。

しかし、そんな男と話し相手になっている少女は…?

 

「シータ!!!」

 

コオチャは懐かしさのあまり、大声でその少女の名を叫んだ。

大き目の麦わら帽をかぶっていたせいで一瞬わからなかったが、その横顔は忘れるはずも無い。

少女も気付き大きく手を振ってきた。


「コオチャ!!!」


シータは帽子を飛ばしながらコオチャに向かって走って来た。

そして飛びついた。

「久し振り!」

「元気だった?」

そんな会話が続く中キーンが近づいてきた。


「おいおい、帽子落としたぜ」

シータはハッとして頭に手をあてる。

「ありがとうございます」

「いや、礼にはおよばねぇ。それより、コオチャにこんな可愛い友達がいたなんてな、その事が驚きだぜ」

「そうかい?」


「それによぉ、これだけ人がいて、わざわざ盗賊風の俺に話し掛けるなんて、どこぞのお嬢様かい?」

「あら、私の前を通りすぎた人の中で、あなたが一番真っ直ぐな目をしていたわ。だから信用できると思ったのよ」


キーンはからかったつもりだったが、思わぬ回答に面食らってしまった。

「スマン…、人は見かけで判断しちゃいけねぇって、コオチャとダルトンを見て反省したばかりだった。あんないい奴をほっとくところだったもんな」

「フフフ」

シータの笑顔にキーンは癒された。

その並々ならぬオーラに、百戦錬磨のキーンでさえ圧倒されそうになった。


「まっ、邪魔者は消えるさ」

「これから急用で、リクレクルに行くんだ。そこでキーンに留守中何かあったらお願いしたいんだ」

「OK。こんなことダルトンに頼んだら、おまえが帰ってくるまで扉の前にいそうだからな。それに俺の家とも近いし」

「ありがとう」

キーンは軽く手を上げて答えた。

そして村の中へ消えていく。


「私もリクレクルに向かっていたのよ。ここまで色んなグループの人にくっついて来たけど、久し振りにコオチャの顔が見たくなって寄ったの」

「偶然だね。なら一緒にリクレクルに行こうよ」

「うん!」


弾けそうな笑顔にコオチャは癒される。

シータは以前の着ていた神官見習の服装から、神官の服装に変わっていた。

リスネットとフィスナーの結婚式の時にはまだったから、たった四ヶ月で神官に昇格したことになる。

これはありえないペースであった。


そんな厳しい条件をクリアーしてきたとは思えない笑顔、そして背中には母の形見トールハンマーが装備されていた。

髪は戦闘に赴く時は三つ網にしているが、普段は一つに縛っているだけのようだ。

伸ばしている髪はかなり長い。


そんなシータと、見かけは何も変わらないコオチャは、積もる話もある仲、王都リクレクルに向かって歩き出していった。

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