第76話『英雄司祭vs黒の戦士』
(あれは武器だったの?)
ラーファはいつも持ち歩いている木製の棒を構えた。
ルシファーはあの棍棒が武器だとは思ってなく、それを普通に構えることに驚いた。
敵将も驚いたらしく、呆れた顔をしている。
「お前、名前を聞いておこう。木の棒を俺に向けたのはお前がはじめてだ。仲間に教えてやるよ。面白い奴がいたってな」
「我が名はラーファ。滅び行く者は常に真実を見間違う。お主の名を聞いておこう。わたしの仲間の笑いものになる」
「フンッ、こざかしい。まぁ、いいや。それほど言うなら、その棒切れで撃ってこいよ!」
敵将は手招きをする。
防御らしい防御をとっていない。
ラーファはチャンスと見て、渾身の突きを鎧の隙間の奥にある腹部へ突き刺した。
ゴッ!!!!!
鈍い音と共に敵将の黒の戦士は、10メートルほど吹っ飛んだ。
それを見た戦場の者に、明暗が分かれる。
「ラーファ様の力がある限り、我等に勝利は導かれるだろう!今こそ踏み止まるのだ!」
エルナイト達は士気があがり、いよいよその攻撃力を高めた。
それに背後にはデファーの誇る司祭団がいる。
怪我や体力を心配する必要はない。
戦況は一気に覆された。
押されつつある状況ではあったが、敵の戦意が衰え始めた。
だが、黒の戦士は立ち上がってきた。
「おいおい聞いてねぇぞ、そんな威力があるなんてよ」
ダメージはある。
が、立ち上がれないほどの、渾身の一撃だったはず。
ラーファは内心驚きつつも素早く身構えて、追い討ちをかける。
「沈みなさい!!」
「なめるな!」
ただでさえ軽い棍棒は、打ち込む速度は速く、黒の戦士の防戦が続く。
さらにラーファは微妙に棍棒の持つ位置を変えることによって、間合いをずらしながら攻撃する。
それは、さっきは交わせた一撃が次はヒットしてしまう。
この状況では、思い切って踏み込めない。
そんな時、先ほどの攻撃のダメージからか、黒の戦士の一瞬膝がくずれる。
「………!!」
激しく左肩に打ち込む!
確かな手ごたえがあった。
だが、黒の戦士の目が死んでない。
(来る!)
油断せず、棍棒を素早く引き寄せる。
黒の戦士は打たれたにも関わらず、薙ぎ払いを仕掛けてきた。
ゴンッ!!!
その威力は凄まじく、さすがのラーファも耐え切れない。
体勢が崩れたところを、更に一歩踏み出し打ち込む!
カッ!!!
その攻撃も辛うじて防ぐ。
両手で棍棒を頭の上で水平にし支える。
黒の戦士は圧し掛かる様に剣で押さえ込み、鍔迫り合いの様な状態となる。
「なんてぇ木だよ。俺の攻撃に傷跡すらつかねぇ」
黒の戦士は、剣で切りつけているにも関わらず、切れ目どころか跡さえ付かない木に驚きを隠せない。
「無知なあなたに教えてあげましょう。これは樹齢1000年を超える木々の集まる森の中で、落雷にうたれ倒れた木の枝を、三日三晩かけて木の精霊に許しを得て授かり、その神木より削り取った物です。あなたのような邪心を持つ者には傷すら付ける事は出来ません」
「そいつはすげぇや。けど、使いこなせてないのが残念だなぁ」
黒の戦士の言葉は、ラーファに一瞬でも迷いを持たせるには十分だった。
それは日ごろ感じている事だからだ。
その迷いを、その一瞬の隙を見逃さない。
フッと力を抜きバランスを奪うと、すかさず蹴りを入れた。
ドフゥッ!
激しく「く」の字になるラーファの体。
気を失いそうになるのを、必死に耐えると後方へ下がる。
が、体勢を整えるのを許すまいと、更に追い討ちをかけに来る。
今度はラーファが防戦となる。
黒の戦士は今までのらりくらりとラーファの攻撃を交わしつつも、ダメージの回復に努めていたのだ。
(まずい…)
ラーファは危機感を持った。
先ほどの蹴りが、意外と効いている。
息が乱れる。
回復系魔法を使いたいが、そんな余裕を与えてくれない。
そんな時だった。
ヒュッーーーーン!
暗黒の森側より黒の戦士に向けて、一本の矢が放たれた。
「!!!」
ギリギリで交わすが、太ももの鎧のない部分にズボンを切り裂き赤い筋を作る。
掠っていった様だ。
「スナイパーか。やはりお互い奥の手は最後に出すもんだよな。」
「!?」
ラーファはスナイパーの存在も知らず、向こうにも奥の手があるのに警戒した。
その時、前にばかり集中していたラーファに後方から声が飛ぶ。
「ラーファ様!」
黒の戦士に集中しつつも素早く後方を確認すると、一匹のワイヴァーンがルシファー姫を、まさにさらっていくところだった。
「姫!」
「おいおい、おまえの相手は俺だぜ!」
ルシファーに気をとられすぎた。
大きな隙が生まれ防御することも出来ない!
時が止まる!
今、ラーファは切られる寸前。
黒の戦士は勝利を確信していた。
しかし、視界の隅に微かに写る物体に気付くことが出来た。
(矢!?)
しかし、何故気付かなかった?
油断したか?
(違う…、音がしていない!)
『無音の矢』である。
空気を切り裂く音がしていない。
交わすことを諦め左腕で受ける。
ドスンッ!!!
しかし、その威力はただの矢とは思えないほどで、腕に深々と突き刺さったばかりか、体勢すら崩してしまった。
ラーファは隙を見てその場を離れるが、ルシファー姫救出には間に合わなかった。
頭の先から尻尾の先端まで4~5メートルほどもあるワイヴァーンは、ルシファーを足で掴むと高々と舞い上がっていった。
そのワイヴァーンは、同種の中でも大きな方で、地上からの通常攻撃ではどうしようもない。
ラーファはそれを確認すると、黒の戦士にとどめを刺すべく立ち上がった。
彼は突き刺さった矢を抜きさっていた。
「まぁ、こちらの用事は済んだ。立ち去りたいところだが、お前を倒してからにする。はっきり言ってむかついたよ。あまり使いたくはなかったが…」
そう言って、懐から液体の入った子袋を取り出した。
「こいつら臭いから嫌いなんだよ」
その子袋の口紐を解くと、辺りにぶちまける。
「古えより住まわれし者達よ。無念を抱き眠る勇者達よ!今こそ恨みを晴らすのだ!!」
液体を撒いた部分の地面が光り、その光りは一瞬で周囲に広がっていった。
広がりつつ光は収まっていく。
ラーファは何かが現われる予感がした。
「全員退避!リクレクル方面へ退却!!」
すぐさま号令をかけた。
奮闘していた騎士達だったが、ラーファのただならぬ雰囲気に、指示に従うことを選んだ。
「サマリアタワーに残る者達も退却させなさい!」
騎士の一人がタワーへ向かって駆け出した。
何がなんだか分らぬまま退却する。
しかし、逃げる騎士達は、恐ろしい光景を目の当たりにする。
黒の戦士を中心に、大量のスケルトンが出現したのだ。
その数はおよそ500体。
最初に現われたスケルトンは、王族の格好をしている。
その後に出現したスケルトン達は、騎士や司祭、魔法使いの格好をしたのまでいる。
「太古に滅ぼされた国の亡霊たちだ。どうだい?気に入ったかい?」
司祭の格好をしているスケルトンに傷を治してもらいながら、黒の騎士は笑っていた。
「傷ついた仲間を回復せよ。まずはあの塔を占領する。体勢を立て直しいっきにジイールに踏み込むぞ!」
黒の戦士はスケルトン達に告げる。
彼らは何も語らぬまま指示に従った。
もぬけの殻となったサマリアタワーに踏み込むと、その周りを囲い、ラーファ達を牽制していく。
その上空にはルシファーをさらったワイヴァーンが、ゆっくりと旋回していた。
「お前は城へ、そいつを連れて行くのだ。」
指示が下される。
ラーファは何も出来ない自分に苛立ちを隠せなかった。
だが、先ほどの矢を放った者の事を思い出した。
無音の矢…
風の精霊を使い音を消しつつ飛ばす矢…
超高等技術である。
その名手に助けを求めるべく、暗黒の森に向かい叫んだ。
ツインタワー周辺は、異様な雰囲気を漂わせていた。
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